「今思えば、あれ言峰だった気がする」
髪はまだ短かったし真面目そうだったし、神父の姿ではなかったけれど。
養父の墓前で会った黒衣の長身の男。
魔術講座の合間、ちょっとした休憩時間に、そんな思い出を語りだした衛宮士郎に、遠坂凛は記憶を辿り、非常に素直で率直な感想を返した。
「えーと、綺礼が髪を伸ばしたのは五年位前からだから、その頃は短くても――って、もしかして士郎のお父様が亡くなってから伸ばしたの? それって……ちょっと気持ち悪いわね」
「酷いぞ遠坂」
『あなたを信じていいですか?』
そう問うた時、どこか苦しそうな顔をした、生真面目であった兄弟子。
『はははは、何を言ってるのだね、凛。私が時臣師の為に尽力し、お守りするのは、至極当然なことだろう』
変貌してからの彼であれば、胡散臭い笑顔全開で、そんなふうに安請け合いしつつ、一切手を出さない、むしろ罠に嵌める。
一体いつからそんなに変わってしまったのか――考えるまでもなく、聖杯戦争が基点。
「気になるわ……聞いてみましょう」
基本は他人に無関心なあの破綻者が、仇敵の墓参りなどしていたというのなら、それ程に衛宮切嗣は言峰綺礼の執着を受け、影響を与えていたのだと考えられる。
「誰にだよ」
「覚えてそうな、うってつけのヤツがいるじゃない」
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衛宮士郎が遠坂凛に引っ張られつつ連れていかれた先は、港の一角。嘗てのランサーの楽園。
現在は、新旧アーチャーによる対決の場であった。
そこに居たのは険悪な雰囲気の三色だけで、珍しいことに子供たちの姿はなかった。
喧嘩になる可能性を考え、彼らなりに自重したのかもしれない。
「……ああ、本当に」
それまでは散々騒ぎ、その腕一振りで周囲を焦土に変える英雄たちが、口喧嘩などしながら釣りに興じていたというのに。
「信号機ばかトリオね」
「酷すぎるぞ遠坂」
停滞する日々に澱んでいても流石は英霊。
凛の小さな小さな呟きに、誰が信号機バカだと声を揃えて振り返る青・黄・赤。
北欧の大英雄、最古の英雄王、そして彼らとさえ渡り合える最新の英雄とは思えない間の抜けた有様だった。
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士郎の説明を、赤は無表情、青は顔を歪めて、黄は興味深げに聞いていた。
そういえばこの場にいるのは、奇しくも言峰の関係者ばかりであった。
「……ランサー、煙草を一本もらえないだろうか」
「ん? お前、喫煙者だったのか? ライターねェぞ」
生前はな――と頷いて煙草を受け取ったアーチャーは、小さく呟いて指先から火を点けた。
アーチャーは基本的な魔術は、普通に行使できる。
投影魔術の派生以外はいまだ壊滅的な自分との差を見せつけられているような気分になり、士郎は顔を顰めた。
彼の内心など丸判りだったのだろう。
アーチャーは、ふ――と、勝ち誇ったように僅かに笑ってから、慣れた様子で、殊更ゆっくりと煙を吐く。
「で? 覚えてるか?」
「じいさんの墓の前で、大火災の日付に会った男なら、言峰神父だ。オレも覚えている」
その場に居た『衛宮士郎』以外の者たちは、目を見張った。
知識として彼らが同じであることは知っているものの、皮肉屋で長身の白髪の弓兵と、小柄で直情的なオレンジの髪の少年は、普段は全く重ならない。
だが、髪をぐしゃりとかきまぜながら、まるで少年の頃のような口調で呟く今のアーチャーには、確かに面影があった。
「まだ髪が短くて神父服じゃなくて……」
「百日草の花を捧げ、煙草に火を点けてくれた男だろう?」
当然の話ではあるのだが。
まるで同じ思い出に、士郎は顔を顰めながら頷いた。
「百日草の花言葉は『不在の友を思う』。あの後、藤ねえといっしょに調べた」
話を聞くうちに、士郎は今更のように思い出した。
ぶ厚い本を調べながら、『ああ、じいさんにも男の友達いたんだなぁ』といつも女性に囲まれていた切嗣に、そんな花を捧げる男性の友人がいたんだと安心したことを。
「よく……そんなに覚えてるな」
「それなりに忘れている。ただこの町で四日間を繰り返していると、自然と色々思い出すだけだ。それに」
擦り切れ磨耗した守護者は、乱暴な召喚で当初は記憶が混乱していた。
やがて嘗て生きた時代に喚ばれたのだと理解し、段々と関係者たちの記憶も蘇った。
愚かな自分のこと、愛した少女のこと、敬愛した師のこと、家族のような友人の妹のこと、手の掛かる姉のような隣人のこと、妹のような白い義姉のこと、救ってくれた養父のこと、初めて自分の手で殺めた敵のことを。
「言峰綺礼は、衛宮士郎が――いや」
ここはあらゆる可能性が集合した世界。
遠坂凛と間桐桜が姉妹であり、イリヤスフィールと衛宮士郎が義理の姉弟であることを皆が認識し、サーヴァントが互いの真名を知り、英雄王の存在を知る。
そして、アーチャーと衛宮士郎の関係も知れ渡っている。
「衛宮士郎が、彼を必ず殺すとは限らんのだったな。凛に振り回されあちこちを忙しく飛び回る世界も、桜に寄り添い、彼女を守り生きる世界も、知識としては知っている」
言峰綺礼の結末は、従者である槍兵に道連れにされることも、魔女や暗殺者に命を獲られることも、有り得るのだろう。
だが逆引きすると。
アーチャーに――守護者などに至るのは、アルトリアとの別離を胸に刻み、走り続けた衛宮士郎であり、ゆえに『彼』は、言峰綺礼を殺している。
「言峰綺礼は、私が最初に殺した人間だ」
血塗れの我が家に、息が止まるかと思った。
イリヤを奪われた。
凛を傷付けられた。
そんな『悪』に対して殺意を込めて――自分の意思で、彼は遠坂凛から渡されたアゾット剣を振りぬいて魔力を解放した。
驚いたように、懐かしそうに、己が胸を貫いた短剣をみつめ、泥に沈んでいった黒の神父が浮かべていたものは、憎悪でも怒りでもなかった。
「彼を理解できなかった。だから言峰綺礼という人間のことを、ずっと考え続けた」
その結末を迎えた『衛宮士郎』には、言峰綺礼という男が何を思っていたのか、何を望んだのか、微塵も理解できなかった。
世界を終わらせたかったのか。ただ人間が憎かったのか。
何故最期に、それこそ泥のような澱んだ瞳に安堵の色を宿し、僅かに微笑んで泥に迎えいれられたのか。
様々な可能性を統合した、言峰ともっと深く関わりあう聖杯戦争の道の記憶も有する今ならば、ある程度ならば分かる。
彼の望みは、ごく単純な話だった。
悲劇も喜劇も虐殺も人死にも、副次的な現象。
彼はただ、同じく生まれるべきではなかった破綻者として、『望まれないモノ』の誕生を見届け、祝福したかった。
安堵と微笑みの理由は、あくまで推測に過ぎないが。
衛宮士郎に養父と四次聖杯戦争について問われた時、言峰は普段以上の饒舌を以って仇敵について語った。
同じく普通から外れていたから、他からは同類扱いをされたが、互いにとっては、真逆な相容れない存在であり、ゆえに認められず、存在を消去し合ったのだ――と。
『衛宮士郎』が『衛宮切嗣』となった道で、彼は歓喜を隠さなかった。
今のお前はアレそのものだと。
ならば敗れるはずがない、有象無象の輩の平穏の為に大切な者たちを悉く殺し、聖杯戦争を終結に導くだろうと断言し、歪んだ信頼すら覗わせ、熱に浮かされた目をしていた。
その狂おしいまでの執着心は、最期の瞬間に、泥の底にて待つ、誰かの姿を見せたのではないか。
泥に殺された――――地獄に在るに相応しい誰かを。
「ふん、あの家を時臣の娘の血で汚し、衛宮切嗣の娘を攫ったのは」
悩み苦しむ聖職者は、悪辣な本性を自覚し、すっかり変貌したというのに。
いつまでも、衛宮切嗣の死後さえも、言峰綺礼は、衛宮切嗣と彼に関するものに対しては、妙に子供じみた態度に出た。
「言峰の――綺礼なりの嫌がらせであろうよ。雑種、貴様ではなくキリツグへの――な」
昔を思い出し、英雄王はマスターを名で呼んだ。
あの飄々とした魔術師殺しに忠告され、名でなく姓で呼ぶよう習慣づけ、なんとか矯正した。
最期の日、戦闘後にへばった衛宮切嗣を武家屋敷に送ってやった際に、彼が別れ際に言った楔。
『送ってくれてありがとう。今までも色々お世話になった……よ? で、王様。これからも現界するなら、言峰の呼び方を直した方が良い。成人男性が成人男性を名で呼ぶのって、日本ではそうそうない。正直、すごくゲイっぽい』
『何故、我相手は礼が疑問系なのだ。それとそんな大事なことは……四年前の時点で教えよ』
「……奴との最期の会話は、そんなだったな」
「「じいさん……」」
魔道でも聖杯でも現界についてでもなく。
至極どうでも良いことが、最期の会話内容であったとは。いや、カトリックの教義的には、大切といえば大切なことではあるのだが。
「嫌がらせでお腹に穴開けられた私の立場って……それにしても、あんたまで結構仲良かったのね、意外だわ」
「奴らは四年程共闘していたからな。必然的に、我とも付き合いが長くなる」
四年間。英霊には一瞬かもしれないが、人の身にはそれなりの時間。
ましてや代行者や魔術師専門の殺し屋である彼らのように、その場その時にて敵味方が変わる裏で生きてきた者たちにとっては、決して短くない共闘期間。
「蟲爺と魔術師の小僧が分析・後方支援・後始末、奴らが計略・罠に嵌める役・前線という感じか。割と好き勝手に暴れていた」
死徒から魔術師から犯罪者まで分け隔てなく犠牲になり、外道極まりなかったぞ――と、平穏な世界での、ここ最近の抜けっぷりから忘れがちだが、本来はかなり残虐性が高い暴君にそんな評価をされる養父を想い、『衛宮士郎』たちは遠い目をした。
そういえば、言峰も――あの破綻者さえもが、嬉々として魔術師殺しの外道な所業を語っていた。
「その分析役の魔術師って、第四次の参加者なの?」
「ああ、ライダーのマスターであった。昨年くらいに教会に知らせが来ていた。時計塔とやらでそれなりの地位に就けたとか」
知り合いだったら気まずいわね――と、英雄王の答えに顔を顰める凛は知る由も無かったが。
知人どころではなかった。
時計塔での後見人であり、彼女が倫敦にて巻き起こす多種多様な騒動で迷惑を掛けまくるロード・エルメロイ2世その人であったりする。
「……英雄王、君もそれなりに協力していたのか」
「我は司令官だ――君臨し前線に出ることはない立場だとキリツグが言っていた」
問いに妙に誇らしげな顔で踏ん反りかえった王様に、士郎とアーチャーは、介入されても放っておいても面倒な奴を、養父が巧く口先三寸で丸め込んだのだな――と推測した。
正解だった。
「そういやアイツ」
それまで『(∩ ゚д゚)アーアーきこえなーい』とばかりに耳を塞ぎ、頑なに言峰話に入ってこなかった槍兵は、ポツリと呟いた。
「……あん時だけは、気前良く魔力くれたな」
弓兵が魔女の元に下り、己がマスターを裏切った【道】の話。
そもそも初見から、スカした態度が気に食わなかったのだと。
見れば苛立つし、話せばムカつくし、闘えば殺したくなる。
とにかく奴とはソリが合わないと、そう話したとき、聖職者は、珍しいことに、いつもの嘲笑を消して無表情となった。
二度目ゆえに令呪の縛りもないし、貴様の弟子を助けたいという望みにも沿っているだろうから、あの魔術師の小僧小娘たちに手を貸し、弓兵は殺すと告げたときなど、ならば持っていくと良いと頷き、今まで供給を絞っていた魔力を急に寄越した。
『存在自体が苛立つほど、合わない相手なのだろう? 存分に殺し合うといい』
裏で暗躍する黒幕タイプだと思っていた。
だから、あんな風に『決着をつけてこい』と同意のことを言われたのが不可解だった。
「自分は、決着つかなかったからだったのか」
「ああ、それで突き穿つ死翔の槍を……私はあの時、少しの魔力も無駄にしたくなかったというのにな」
アーチャーは恨めしさと憤りを併せて乗せ、ランサーを睨みつけた。
魔女からの供給は最小限にされ、更にはその後に、再度裏切る算段があった彼にとって、魔力は非常に貴重であったのに、景気良く必殺技――まさに必ず殺す技――をぶっ放してくれた大英雄さまのお陰で、自身の魔力を含めて限界近くまで振り絞る羽目になったのだ。
『エミヤ』に本能的に嫌がらせをする病気にでも掛かっていたのか、あの神父は――というアーチャーの愚痴に、衛宮士郎はあり得るんじゃないかと軽く青ざめた。
何しろ初対面の折から――正確には子供の頃に会ってはいるのだが――、嫌味の棘を投げつけられ、ちくちくと散々いびられた。
まあ、それは眼前の弓兵にもされたことだが。
「嫌がらせだけとは限らん。……贋作者。貴様、元はその小僧だということは、心臓に傷が残っているのか?」
「…………槍で串刺しにされたのだ。消えるわけなかろう」
旧弓兵の脈絡のない問いに、新弓兵は顔を顰めて応じた。
魔槍に穿たれた傷跡は、生涯消えることなどなかった。
直後に莫大な魔力でもって修復されたとはいえ、必殺の槍に心臓を貫かれた完璧なまでの致命傷。
短くも苛烈な生において数々の傷を負った彼の中でも、最も深いものなのだから。
「あやつも心臓の傷を後生大事に抱えていた。聖杯と十年間もつながっていた男だ。……貴様の正体について、何か勘付いていたのかもしれんな」
黄金の王は、にたりと笑み、それこそが共通点だと告げた。
心臓を貫かれて死に――――蘇生した男と、心臓を貫いた男。殺し殺された仲。根本レベルから合わない互角の敵。
誰かと誰かを重ねるには十分な理由で、何か共感じみた想いがあったのかもしれない。
私が言峰神父の方なのか――と心底嫌そうに呟いた白髪の青年は、青髪の青年の満面の笑みに気付き、眉を吊り上げ怒気の篭った声を出す。
「何だね、その腑抜けた顔は」
「お前になっても傷が残ってんのか。それってグッとこねぇ? ちょっと見せてみ」
「おい、近寄るな。離せ駄犬」
にやにやと笑みを浮かべにじり寄ってきた槍の英霊を押しのけながら、弓の英霊は最大レベルのNGワードを口にした。
「ぁあ? やろうってのか。弓兵」
「その喧嘩、言い値で買おう、槍兵」
一瞬で赤と青の武装を纏い、双剣と長槍を構えた英霊たちを、同レベルの速度で現れた天の鎖が、遠慮なく海へ突き落とした。
互いに意識が集中していたのであろうが、結構間抜けた話であった。
「てめぇ、何しやがる!」
「英雄王!?」
一旦霊体化して戻れば良い話なのに、律儀に仲良くがぼがぼしている赤と青を見下ろして、黄金は煩いわと言い捨てて、魔術師の少年少女たちの方へ振り返った。
「まあ、連中も、常にあんな感じであった」
少し懐かしいと目を細め呟いたその顔は、意外なほどに優しいものであった。
どうやら海の中で足引っ張り合ってるらしい赤と青の英霊による低レベルな争いを呆れた表情で眺めながら、どこかにはあるのかなと、少年は呟いた。
「ランサーとアーチャーみたいに、じいさんたちが騒がしく喧嘩をしている世界が」
「……この下らぬ箱庭は、第五次聖杯戦争のあらゆる可能性の集合体。五次が生じれば綺礼の仮初の命は必ず終わり、そもそもキリツグが健在であれば奴は五次の開始を許すまい」
それゆえに、この世界に彼らは存在しない。
どれだけの平行世界を覗いても、彼らは生きていない。
けれど四次時点、いやそれ以前の分岐から生じる数多の世界を探し尽くせば。
妻と娘を連れて全てから逃げ出して、小さな幸せを得た衛宮切嗣が居るかもしれない。
破綻と折り合いをつけ、普通から逸脱しすぎぬように、巧く平穏な一生を送る言峰綺礼が居るかもしれない。
関係者が誰も死なない、平和的な結末を迎えた第四次聖杯戦争があるかもしれない。
そもそも魔術も聖杯も存在しない【普通の世界】があるかもしれない。
そんな――いつかどこかの世界でならば。
「どこかで相変わらずキンキン、バンバン騒がしくやってるかもしれんぞ」
似た者同士でありながら対極同士でもある彼らは、妙に息が合いつつも仲悪くやっているのかもしれない。
当人同士は相変わらず仲が悪いのに、妻子たちは意気投合し、仲良くしているかもしれない。
「その擬音って……喧嘩に刃物や銃を使っていたのかよ」
「預託令呪や魔術礼装まで使った本気のものは流石に一度きり」
一応彼らにとって、最初と最後は別格の本気の殺し合いだったのだが、英雄王の中では最後のも喧嘩の範疇に入るようで平然としたものであった。
「だが黒鍵や通常の銃程度は、日常であったな。一般人への隠蔽担当であったライダーのマスターは『瞬間暗示が得意になりましたよ。ハハハ、ちくしょう』などと愚痴っていた」
ざぱん――と水音がなった。
やっと堤防に上がってきた赤い方が、すっかり水を吸った聖骸布を無表情でぎゅううううっと絞り、水気を切る。
水に濡れ前髪が下りてしまい、誰かに良く似た幼い顔立ちになった男は、無言でとある方向へ顎をしゃくって姿を消した。
どこに誘われたか理解したのだろう。
青い方も乱暴に水を拭った後、獰猛な笑みを浮かべて後を追った。
「え、あ……遠坂、アレ大丈夫なのか?」
「宝具『使わない』っていう最低限の取決めがあるみたいだし、良いんじゃない」
傍から見れば、どれ程熾烈な命の遣り取りでも、真名を解放しない以上、彼らにとっては遊びだろう。
一応、彼らは双方魔術師でもあるのだから、人払いや消音についても、問題ないはずだ。
「喧嘩したくなったんでしょ。士郎のお父様と綺礼の話聞いてたら」
四年も共闘し、だが、様々な条件により、殺し合えたのは二回きりだったという、魔術師殺しと代行者。
対して彼らはこの輪に在る間は、じゃれあいでも本気でも、何度でも幾らでも遊べる。
「なんか複雑だな」
同性で肉体の模る年齢も近く。
戦闘技術も噛み合う彼らは、確かに好敵手と呼べる存在なのだろう。
『なあアーチャー、暇だから殺し合いしようぜ』
『失せろ戦闘狂。むしろ今すぐ座に還れ』
言い争いの応酬の後、結局は本格的な戦闘になっている姿を、繰り返す日々にて、時折見かけた。
そんなとき、獰猛に笑むランサーは勿論だが、アーチャーも仏頂面の奥に、ひどく愉しそうな感情が見え隠れする。
青の閃光に為す術も無く心臓を貫かれた身としては、そんな領域にまで至った未来を尊敬しているし憧れてさえいる。
尤も、口を開けば皮肉と嫌味を投げつけてくる姑のような存在に、素直に告げる気は全くないのだが。
衛宮士郎は、アーチャーに『成る』つもりはない。
遠坂凛もセイバーも、周りの人々も、アーチャー当人も、望まないだろう。
それでも未来における槍兵のように。
養父にとっての神父のように。
認め合う互角の相手というものと、会ってみたいなとは思う。
「俺にもいつか良い感じなライバルとかできるのかな」
「あら、ちょうど時計塔で噂になってたんだけど、日本人で死徒二十七祖を連続撃破してる異能の青年が居るらしいわよ」
「……そんな物騒なやつ、関わりたくないな」
探して襲い掛かってみればと笑う師匠に、苦笑いで返す少年は知る由もなかった。
淡い橙の髪の魔術使いと、蒼眼の死神の運命は交わり、その後も交錯し、時に共闘し、時に殺し合い、犬猿の仲として有名になる未来の話など。
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「せっかくの休日に、なんで君と顔合わせなきゃいけないんだよ!」
「これこそ宿命というものだ。今日こそ決着をつけてやる!!」
見事な秋晴れ。頭上には万国旗。
呑気な声援が飛び交うそこは、小学校であり、舞台は運動会のようだ。
「キリツグ、頑張れー」
「お父様は……無様に負けるとよいです」
ストレートの白い髪の少女が声を張り上げ、緩めのウェーブを描く白い髪の少女が、ボソリと呟く。
「くくく、私が勝てば、彼女たちの願いを同時に砕けるのだな」
そしてお前の顔にも泥を塗れると嘯く同僚に、キリツグと少女に呼ばれた男は顔を顰めた。
「捻くれすぎだろ! ていうか君、娘さんにどんな教育してんの!?」
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「何見てんだ、マスター」
すぐお隣のビルにて、人知れず世界の危機が救われた。
広域バイオなハザートを巻き起こすであろう殺戮細菌を開発していた科学者が、抑止の守護者に阻止された。
座に還るまでの猶予時間、屋上で佇んでいた魔術師である赤の守護者は、無言で隣の学校のグラウンドらしき場所を指し示した。
「ん? ……なんでクソ神父と、アレと同じくらい目の死んだオッサンが、校庭で高度に闘ってるんだ? つーかあっちっの白いの、シスターの幼女時代か」
「幼女いうな。どうやら父兄参加競技の決勝戦のようだな。運動会の」
運動会か――という青い男の呟きを、運動会だ――と赤い男は首肯した。
いや、そんなはずねェだろと律儀に突っ込む青い男に、赤い男は肩を竦める。
「この世界でのこの国は軍事国家よりのようだからな。彼らの動きも、裏家業ではなく正規軍人のものだ」
「どんな軍事国家だって、父兄参加の種目で格闘はナシだろ。大人しくリレーでもしとけ――おお、クロスカウンター」
見事にお互いを打ち抜いたカウンターに意識を刈り取られたらしく、ふたりともバッタリと倒れる。
ダブルノックアウトのカウントが進んでいくが、双方とも動く様子はない。
「ありゃ無理だな」
「……彼らは引き分けるという起源でも背負っているのだろうか」
妻らしき白の美女たちが、あらあら大変と、揃って呑気に優雅に目を丸くし。
娘らしい、無邪気に元気なのと、やたらどんよりしているのと、空気は対照的なのに、見た目は似ている白の少女たちが応援する。
そんな物騒ながらも平穏な光景を見下ろしながら、守護者は柔らかく微笑んだ。
「危機は未然に防げ、『彼ら』の姿を目にできるとは。今回の呼び出しは珍しく良いことだらけだったな」
「なんつーか、一定周期でお前のメンタルケア図ってる感があって、どうにも気に食わねぇ」
「世界の思う壺だとしても――毎回地獄よりは助かる」
とある世界での繰り返す四日間。
正規英霊の中でも高名なものたちは、多種多様――本当に様々な分野に渡り世話になった抑止の守護者が、この閉じた円環を出たらまた、魂を摩耗していく凄惨な刻を過ごすことを認めたくなかった。
魔術師でもある彼と、使い魔という枠に嵌められた分霊である彼ら。
守護者は、『仕事』の際には、世界からのバックアップを受けて現界するのだから、魔力には余裕がある。
キャスタークラスとして呼び出される英霊としては最高位の神代の魔女と、同時代の堕ちた女神、原始のルーンを修めた騎士。
第五次聖杯戦争とは歴代最強の英霊たちが集った回次――と言われるだけのことがあり、魔術面においても恵まれていたうえに、更には、累計時間ならばたっぷりとあった。
世界の仕組みそのもの――彼の責務からの解放――は流石に難しかった。
それゆえ、システムに自分たちの存在を捻じ込み、赤の守護者の能力と技能を書き換える手法をとった。
元々、彼は目にした武具を投影するというその能力ゆえに、世界に成長を許された異例の存在。討伐にプラスとなる能力を得れば、それが最新の彼のデータとなる。
勿論、その方法でさえ簡単な話ではなかった。
だがひとりひとりが、人を国を世界を、救ったり傾けたり守ったり滅ぼしたりした規格外の存在。
そんな者たちが揃ってひとりを救う為に協力したのだから、叶わないはずがなかった。
彼を孤独にしない。
無限に続く地獄のなかで、彼を独りにしない。共に在る。
かくて『英霊の分霊を使い魔とする錬鉄の魔術師』――掃除の対象や規模により、相応しい分霊を複数騎召喚し、圧倒的な力で以って薙ぎ払い、被害を最小に抑える赤の守護者が誕生する。
ちなみに、召喚される使い魔について差別はしていないと赤の守護者は語るのだが、戦闘能力と魔術的能力のバランスが良く、性格的にもマトモな槍兵か騎乗兵が呼び出される確率が突出している。
「お? 帰還のお時間か?」
「そのようだな」
身体が希薄となり、大気に溶け込むように消えていく。
牢獄に戻る時間が来たのだろう。
「長生きしてくれじいさん、イリヤ……あと言峰もな」
囁くように祈りを残し、守護者は座に還った。
同じ姿をした、違う道を歩んだ愛しい者たちを最後まで見つめながら。
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