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― 外法小ネタ  先祖の心 子孫知らず ――


珍しいことに。
修行場で剣士の姿を認めた拳士が、安堵した表情を見せた。

「壬生、ちょうど良かった」
「龍……何かしでかしたのか?」

不吉なものを感じ、顔を顰める相手の質問には答えず、緋勇 龍斗は問いで返した。

「澳継を何処かで見なかったか?」

やたらと困った様子の相手に、壬生は首を捻った。
彼がこれほどに切羽詰った顔をしているのを見たことが無かった。ましてや探す対象者は、犬猿の仲。

「何か用でもあるのか」
「用件は皆無だが、あいつの命に係わる」

壬生は、何故自分は此処でこいつに会ってしまったのだろうと哀しくなった。
正直、無かったことにして屋敷にでも戻りたかった。

だが、きっと。
本当に――風祭 澳継の命に係わることなのだろう。おそらく下らぬ原因にて。

「心底……聞きたくないが、一から事情を語れ」


機嫌良く道を歩いていた龍斗は、落とし穴に引っかかった。
無論、彼が素直に落ちるはずもなく、察知し飛び退いた。

だが罠の設立者は似合わぬ事に、その飛びのく先を完全に計算していたらしく、着地した場所は湿地帯の如く泥だらけだったという。

遠ざかっていく甲高い笑い声を耳にした龍斗は、静かに佇んだ後に――――ものすごい穴を掘ったらしい。しかも多数。

無反応を訝しみ様子を見に戻ってきた相手を、怒り狂った振りで追い回し、誘導し、落としたのだという。


「後で拾おうとは思っていたのだが、場所を失念した」

村では有名な話。彼の絶対の弱点。
距離感覚と方向感覚を有さない。普段ひとりで山から村へと戻ってくるときは、人の気配を察して辿っているのである。

人が多数居る村の中では、迷った末に、下忍や民に連れられて屋敷へ戻ってくることは、珍しくもない。

「お前は本当に道を覚えられないのだな」

町でも無理なのに、山など覚えられるわけがないだろう――と聡明な阿呆が偉そうに胸を張る姿に、壬生は眩暈を覚えた。
しらみつぶしに探すしかないのかと溜息を吐く壬生から視線を逸らし、龍斗がぼそっと呟く。

「問題はあと一つあってな」

常人では聞きとれないほどの小声に、壬生は肩の重みが数段階増したのを感じた。

黙り込み、射殺しそうな視線だけで先を促す壬生に、龍斗は歯切れ悪く語る。

「半刻もすれば拾ってやるつもりだったんだ。それが……天気が良くてな」
「龍……何刻眠っていたんだ」

そろそろ日も暮れようかという空を見上げ、壬生は虚ろな声で問う。
聞かない方が良い気が多分にするのだが、聞いておくべきであろうから。

「……二刻ほどだ」

洒落にならなかった。

「今すぐ皆を招集しろ。桔梗や九角には、探索の術を使ってもらえ」
「……怒られ」
「そんな場合か!!」

壬生にしては珍しい怒鳴り声であったからこそ、『今の彼』にも捉えられたのだろう。


「た……助け」

彼らだからこそ気付けた。
弱々しい救援を求める囁きに。

「……何だか本当に弱ってるな」
「お前のせいだ。お前の」

暢気な相手の背をどついてから、壬生は周囲の気配を探った。
先程の声の方向と合わせて判断し、移動しようとした壬生の背に、忠告がなされる。

「壬生、気を付けろよ。辺り一帯に、人の身丈以上の穴がいくつも在るからな」

元凶の口から。

「お前が掘ったのだろう。お前が」

今度は腰の辺りを蹴飛ばしてから、すり足で慎重に移動し、風祭を呼ぶ。
弱々しい応答を頼りに、程なくして穴の位置は突き止めた。

深さも規模も落とし穴という域を脱していた。
壬生は穴をじーっと見下ろしてから、尖った視線を作成者に向けた。

作成者は、その身を木陰に隠し、顔だけをちらりと可愛らしく覗かせながら、何かを差し出してきた。

「ほれ、縄」
「俺に引き上げさせるつもりか?」

平然と頷いた龍斗は拝むように手を合わせ、縄を置いて身を隠す。

まあ確かに面倒だ――と、諦めきった壬生は、縄を取った。

助けた場に彼が居合わせれば、風祭はいくら消耗していようとも挑みかかるであろうし、それは鬱陶し過ぎる。


「た……龍斗は……、あの……くされ外道は何処だぁッ!!」

懸念は正解であった。

息も絶え絶えだというのに、風祭は壬生の襟首を絞めながら問い正す。

助けてやってこれか――と、壬生は疲れた顔で溜息を吐く。
抵抗する気力も、庇う義理も存在しないので、彼は素直に答えた。

「……お前の上だ」
「な……がッ」

だが教えてもらおうとも、今のぼろぼろの風祭に、降ってきた龍斗に対して反応できる筈もなく。
とん――と軽やかですらある手刀に、彼の意識は絶たれた。

気を失った少年を担ぎ上げ、龍斗は壬生に問うた。

「酒は好きだったな?」
「……口止め料か?」

兼、手伝い賃だと笑う龍斗に、この上何をさせる気なのだと壬生は頭痛を覚える。
だが、結局は――酒の誘惑に負けた。


「龍斗ぉッ!! てめェよくも」
「何を寝ぼけてるのだ。騒がしい」

跳ね起きた風祭は、相手の怪訝な顔と台詞に硬直した。
慌てて周囲を見回すも、確かにそこは彼の寝床であった。

「あ……え……あぁッ?」
「騒がしい。眠れぬのならば、山でも走って来い」

眠そうな目を擦り、龍斗は寝起きの声で吐き捨てた。
周囲は暗く、夜中の雰囲気。これでは龍斗の方が正しい。

「んな馬鹿なッ!!」
「……煩いと言っただろう? 夜中だぞ」

本気で不機嫌な声音に、風祭は思わず黙り込む。
黙った風祭に対し、尚も怪訝な眼差しを遣った龍斗は、寝床に潜り込み、布団を被り告げた。

「さっさと寝ろ。愚か者」

嘘だろうとぶつぶつと小さく呟く風祭の哀れさに、寝たふり中の壬生は、闇の中で声には出さず苦笑した。
盗人猛々しいとはまさにこのこと。

気絶させたときは、どうするつもりなのかと思ったが、まさか夢で押し通すとは。


人形姫と純朴な大男と寡黙な面師には、素直に頼んだのだろう。
黒衣の忍びは、おそらく物で釣ったのだろう。

土砂と水とで、一帯の落とし穴の痕跡を一挙に消去し、風祭の怪我は面に宿る力で癒し。

あとは寝床に運んで、目を覚ますまで待ち構えた上での完璧なる演技。

鬼だった。
正に人の心を捨てた鬼。
ある意味では鬼道衆の理想形なのかもしれないが、きっと構成員全員が猛烈な勢いで、首を横に振るだろう。

「え……え? ゆ……夢だったの……か?」

怪我がないこと、己が確かに夜着を纏っていることを確認し、自信を喪失したらしき風祭は、いつまでも呆然としていた。


壬生は笑いを堪えるのに、随分と苦労した。

全くもって笑ってしまう。彼らの技が似てるのは道理。

共に己の一族から逃げ出した彼らは、結局、運命が引き寄せてしまったのか、出会った。
家系的な――生まれながらの兄弟弟子。大極を為す対極。表裏たる双龍。

確かに戦闘時の彼らはその通りだろう。
完成し尽くされた連携にて舞う、恐るべき死の踊り手たち。

対して日常は――なんなのだか。


「どんな一対なのだか」

呆れ、苦笑する、彼――壬生 霜葉は知らなかった。知る由も無かった。

繋がらないかもしれない未来。
これより壱百年以上も先の話。

『こんなに息が合ってるのに、なんで、普段はああなんだろうな』

己が子孫と、彼の子孫が、同じ関係となり――仲間たちから同様の扱いを受け、同種の感想を抱かれることになるなど。


風祭とのインターバル会話 落とし穴云々で思いついた小ネタ。

一刻の時間を間違えてました。
yahooの辞書が今の三十分って教えてくれたんですけど……。それがいかんですよな。
家の古語辞典と、知らせてくださった方を信じて、二時間だとします。

風祭、4時間放置で。

なんか龍斗がただの乱暴者になりつつあります。
この時代の力関係は、どうにも陽龍>陰龍ですな。

寝泊り場所は、何話だかで同じ部屋に風祭が居たようなので、
外様組(別名:天戒の拾いもの組)は、屋敷にまとめて暮らして
るのかなと思いました。

ちなみに龍斗は方向音痴、龍麻は音痴という弱点があります。
葉佩は運痴にしようかと思いましたが、そうすると物語の
根底が崩れるので断念しました。

題名は曽祖父の心、曾孫知らず(140年ってこのくらいですか?)
にしようかとも思いましたが、壬生ん家の家系図が
よく分からないので、先祖と子孫にしました。