「夢見が悪かったんで、鍛錬しましょう」
転校生の突然の世迷言により、夜の体育館に皆が呼び出されていた。
皆が眠そうな眼を擦る。
夜中に強引に起こされたのだから、機嫌は当然、宜しくはない。
本当に仲間全員が集合していた。
つい先日、役目より解放されたばかりの副会長補佐までもが、不機嫌な顔で座っていた。
「夢で……俺の睡眠を邪魔する気か?」
据わった目をした青年が、眠りを大事にする者代表として抗議の声を上げる。
だが、返って来たのは、珍しくも真面目な顔をしての反論。
「悪いけど、俺の夢見はちょっと洒落にならん。あの感覚からすると、近いうちに、学園が組織的に襲われる」
ちょっと待ってて――と、姿を消した転校生は、戻ってきたときには、化人を連れていた。
「では真理っちにプレゼント」
何故化人――とか。
どうやって気絶させて運んできたのか――とか。
一体どこから突っ込んだら良いのか不明だが、わざわざ気を失っていた化人に活を入れ、無造作に放り投げる。
「し、師匠、こやつは剣撃が効き辛いのだがッ」
それをどうにかしてこそ武士だと笑った青年は、倉庫に入って、次は美しい女性のカタチをとった化人を持ってきた。
「これは墨木んな」
「射撃耐性持ちでは」
乗り越えてこそソルジャーと、親指を立てて、また倉庫に入る。
人数分。
能力上不適切な敵を充てがって、彼は観戦モードに入った。
一応は、どうしようもないほどに危険になった場合は、動けるように心掛けながら。
「いつもは相性が良いのばかり、選んでるんだけど、悪いと大変だろ」
はははと明るく笑う転校生に、へばった皆は、力なく頷いた。
確かに彼の言葉通り。
的確なタイミングで『指示を出された上』で、有効な攻撃を出せば良い普段とは、全く違った。
「じゃあ、ちょっと休憩」
阿鼻叫喚の惨劇を経て、皆が突っ伏す中で、ひとり元気な転校生は宣言した。
ずっとフォローに回っていたというのに、息一つ乱していなかった。
「一曲流してるから、その間休んでて」
勝手に体育館端の機械を操作し、適当に選曲する転校生の勝手さに、何人かはたったの一曲の間だけかと抗議するつもりだった。
纏う印象を一変した転校生が、音もたてずに立ち上がるまでは。
凛とした眼差し。極限まで張りつめた雰囲気。
今までとは全く違う。化人を前にしても、執行委員と対峙しても、常に飄々としていた顔から、表情そのものが消えていた。
いつしか、空気さえも変わっていた。
しん――と、全員が息を呑んだ。
疲れただの眠いだのと、不平のざわめきが消えた。
一挙一動に、惹きつけられる。
緩急ついた動きに。芸術のような舞に。
曲とは何ら関係の無いのだろうに、ワンテンポたりともずれることなく。
まるで、この曲のために書き下ろされた演舞。
動から静へ、静から動へ。
流れる水のように流麗。流れる風のように無形。
曲の終わりとともに、舞も――いや、型も終わる。
俯いていた顔を上げたときには、既に普段通りの飄々とした表情に戻っていた。
「はい、休憩おしま……うぉ、怖いよ皆」
振り返り、皆の注視に気付いたのだろう。
大袈裟に驚く転校生を、険のある眼差しで睨んでいたのは、特に武に深く関わる者たち。
剣士と――ある意味拳士。
がたんと音をたて、荒々しく立ち上がったのは、最新の仲間の方であった。
彼は震える拳を硬く握り、先輩を睨みつける。
「……ふざけないで下さいよ。あの時は……手ェ抜いてたんすか?」
「あれはあれで、俺の本気。テンションの問題だ」
皆を酷く傷付ける訳にもいかんかったし――と、彼は笑っていた。
無性に苛立ちを覚え、無言で殴りかかった少年は、標的が掻き消えて踏鞴を踏んだ。
「今のテンションだと、本気がコレくらい」
声は背後から。
冷たい手が、少年の首を掴んでいた。力を入れれば、簡単に圧し折れるのだろうと分かるほどに完璧に。
「これは威張れることじゃないんだよ。テンションにより戦闘力が大きく上下するのは、俺が素人ゆえのあかつか……痛、噛んだ……浅はかさ」
底冷えのする笑顔で、彼は告げた。
「鍛錬の第二段階は、しばらく俺の相手をすること。テンションが上がった今の状態の――ね」
後に現実となった襲撃。
武装集団に脅かされた学園は――やたらと平和であった。
「フッ……つまらぬものを斬ってしまった」
「……完全装備の兵士さんに襲われたのに、そんなに怖くないですね」
図書室にて。
兵士をみね打ちにて、完膚なきまでに倒した青年に、本来であれば、怯えていたであろう眼鏡の少女が呟いた。
少しだけ彼女の落ち着きを残念に思いながら、眼帯の青年は答えた。
「まあ、あの師匠に比べれば」
「ほんと雑魚ッすね、こんな奴ら」
素手で兵士を昏倒させた少年の言葉に、長髪の青年は、矢にて兵の服だけを器用に、すここここーんと壁に縫いつけながら肩を竦めた。
「あの時の彼から考えれば、大抵の存在が雑魚ですよ」
先に恐怖を知った一部の生徒の活躍により、哀れな兵たちは速やかに排除されたがゆえに。
この転校生さんは、多分、あのイベントは夢に見てしまうので。
本気モードのこの転校生に追いかけられた皆は、女の子であっても、
兵隊が怖くなくなってると思います。
ちなみに、この皆の休憩中に、ひとりが曲を流しながら踊ったら、全員黙りこくって見ていたというエピソードは、あるイントラさんの実話。
そのイントラさんは、自分の身体をほぐす為に踊っただけなのですが……同じ振りなのに、一挙一動のレベルが違いすぎて、ほんと目が離せなかった。
まあ惹きつけられながらも、あ、これ、ネタに使えるとか思った私も、ちょっとどうかと思いますけども。
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