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―― 黄龍小ネタ 裏事情 ――

※ この話は、九龍妖魔学園紀のかなりのネタバレと
  深刻なネタバレを含みます。
  現在未プレイで、今後プレイする予定のある人は見ないほうが
  宜しいはずです。



高校の保健室。
その場に居る三人のうち二人は、似つかわしくなかった。

ひとりは学園の保健医。
裏の顔がなんであろうとも、表はあくまでも職員。

もうひとりは、派手なジャケットに派手な色のシャツを着た、二十代後半の男。
この学園では、何度か生徒に目撃された不審者として知られている。

残るひとりは黒ずくめの二十代半ばの青年。
落ち着いた物腰ではあるが――この上なく完璧な、部外者であった。


「――報告は以上です。特に質問等がなければ、失礼しますが」

帰国のついでに、所属機関よりメッセンジャーの真似事までさせられた黒衣の青年の機嫌はあまりよろしくなかった。
同僚であるふたりに伝えた内容が、より不快感を助長させる。

この学園に潜入する異端審問官たちから出された質問の返答――ロゼッタ所属の宝探し屋についての調査が気に障った。
あまりにも誰かを思い出させるその内容が。

「久しぶりの日本なんだから、そんなに急がなくてもいいじゃないか」

だからこそ――折角の日本だからこそ、さっさと帰りたいのだとの言葉を、青年は飲み込んだ。

確かな根拠があるわけではない。
ただひたすらに、嫌な予感がするだけで。

「私はこれでも多忙の身なので」

取り付く島もなかった。
即座に踵を返した青年の背に、探偵は笑いながら声を掛ける。

「なかなか面白いぜ、あの宝探し屋は」
「興味ありませんね」

振り向きもせず、冷たく言い捨てて、青年は保健室を後にした。
残されたふたりは、不思議そうに顔を見合わせた。彼らの知る青年は、冷静を通り越して感情が無いかのように振舞うのが常だった。

「……彼があれほど不機嫌なのも珍しいな」
「アノ日なんじゃないのか?」

ばきょっ――というくぐもった打撃音と悲鳴が聞こえてきたが、黒衣の青年は、振り返ることさえなく、足早に進んだ。この学園を一刻も早く出るべきだと、彼の優れた勘が、五月蝿いほどに警告しているがゆえに。



黒衣の青年は、門の近くまで来たところで、己が機関に所属するきっかけとなった人物――探偵のふりをした同僚の言葉を思い出し、溜息を吐いた。

その宝探し屋とやらが擁く宿星は、おそらく――大地の王。
トラブルメイカーを象徴するかのような存在なのだから、傍から見ている分には面白いだろう。

この学園に近付いた時点で嫌な予感がした。
足を踏み入れて確信した。

奴が居る――と。

メール、電話による連絡はある。
だが、姿を見た仲間はいない。

大学院の方には、体調を崩したとの連絡があり、余程の重大事しか顔を出していないらしい。
そして、顔を出す人物は、話を聞く限り、どうにも――ドッペルゲンガーくさい。


ここ最近、半端な行方不明となっている『奴』。
誰よりも面倒くさがりの癖に、誰よりも面倒事を引き寄せる男。
認め難い己の半身。

『面白い宝探し屋』の特徴は、彼と重なり過ぎていた。



ガサガサと音をたてて、凄まじいスピードで、何者かが飛び掛ってきた。
考え事をしていたせいか、反応が遅れ――それゆえに、青年は、的確すぎる行動に出てしまった。

「とうとう見つけたわよッ!! ダーリ……あら?」
「なッ」

反射的に、蹴りを襲撃者へ見舞っていた。
一応は普通の男子生徒らしい相手へ、致死の蹴りを。

「くッ」
「い……いやぁあッ!!」

何だか嬉しそうな悲鳴に、このまま蹴り抜こうかとちょっと思った青年だったが、どうにか努力を続ける。



努力は実った。
蹴りは、顔の大きな男子生徒の直前で、止まっていた。但し、他者の助力があったが。

逆側より蹴りで止めた足の持ち主が、呆れたように呟く。

「いきなりそれか。すどりんが死んじゃうだろ?」
「反射運動だ。それに死にはしない筈だよ。……お前が居なくても、頭蓋骨陥没くらいで止められていた」

それは死ぬだろと肩を竦める青年は、見慣れた――というか見飽きた顔であった。
だが、服装が――久しぶりすぎた。

「……何かのプレイかい? 暇人だね」
「……ああ、女教師と男子生徒で、楽しんでんだよ。好きでやってるんだよ。そっちはどうしたんだ? 組織のパシリか?」

表情は互いに笑顔のままで。
双方からメラメラと殺気が立ち昇りかけた殺伐とした空間で、男子生徒は全く空気を読まずに、平然と尋ねた。

「あら、ダーリンのお知り合い? なんだか似てるけど」

こちらもイイオトコねェ――と、蹴り殺されかけたことは気にしないらしい男子生徒が、じーっと黒衣の青年を物欲しげに見つめる。

「あー、んー、……従兄弟のお兄ちゃん」

色々と葛藤したのか、彼にしては珍しいほど言いよどんだ末に、転校生は答えた。


「なんだか似てるから間違えちゃったのよ。ダーリンかと思って飛びついたのに」
「……言いふらすよ」

彼らは、ダーリンと呼び呼ばれるほどに、親密な仲らしい。

長期間身を隠した上で。
新たな学園で、新たな仲間たちと、新たな境地を切り開いていると、皆に言いふらそうかと思った。

今回の帰国の意味は、そのためにこそあったような気分にさえなる。

「ははは、お兄ちゃん。こっち来なさい」

黒衣の青年の首根っこを掴み、額に青筋を浮かべて歩き出そうとした『ダーリン』相手に、男子生徒は悔しそうに身を捩った。

「あ〜ん、ダーリン。アタシも交じりた〜い!!」
「ははは、ハニー。却下」

ルパンダイブしてきた男子生徒に、転校生は、ガスッと容赦なく、鳩尾に拳を叩き込んだ。
用具室らしき場所に、一撃で気を失った男子生徒を詰めてから、屋上に付き合うようにと、黒衣の青年に告げた。



屋上にて、転校生から経緯を聞いて、黒衣の青年は、痛むこめかみを軽く押さえた。

あり得ない。
一体、どんな運勢をもっていたら、そんな展開になるのか。

確かに、この相手の巻き込まれやすさは知っている。熟知しているとも言える。
だがロゼッタは、かなりの規模の組織である筈なのに、他人を誤認するだなんて。

「どうにかならんのか。可哀想だろ俺」
「僕が尽力すれば、不可能ではないかもしれないけれど、面倒だから嫌だ」

そもそもロゼッタとMM機関は、明確に敵対しているわけではないが、協力関係では、断じてない。
状況に応じ、協力も敵対もする。

ゆえに、ロゼッタの構成員を解放する為に働きかけることは、組織的な『借り』となってしまう。
そんなマイナスを背負い込むつもりはなかった。

しかも――こいつの為に。

「自力で頑張るんだね。この学園の秘宝とやらを手に入れて、自ら組織と取引すればいいだろう?」
「ここにいると、エグられるんだよ、トラウマを。ラスボスと、……その一歩手前になるであろう人物が特に」

探索も敵も――実は、それほどの難易度ではない。
最後の番人であろう人物も、生徒会長も、確かに力は強大。だが――彼から見れば、まだまだ未熟。

ただ、どうしても思い出してしまうのだ。

助けられなかった――気の合う宿敵を。
止められなかった――道を半ば転がり落ちた親友を。

珍しくも真面目な半身の顔に、青年は少しだけ考えた。
無論、単独でこいつの為に苦労を背負い込む気は欠片もない。

それでも、日本の退魔機関のお偉いさんである元仲間や、嘗て在籍していた闇の世界の元同僚辺りに、連絡くらいは取ってみようと思った。
完全なる解放は難しくとも、少しは有利に働くかもしれない。

「ところで――なんだよ、あの的確かつ間抜けなコードネームは。残虐なる龍王なら恥ずかしいだけだが、三無主義は合い過ぎてて酷いぞ」

本気で沈んでいた転校生が、顔を上げて、文句を言い出す。

MM機関より、彼に名づけられたコードネームは、それなりに広まっている。
だが、『無気力・無関心・無慈悲の三無主義者な大地の王』という名は、却下されたために、審問官でも、一部の人間しかしらないはずであった。

おそらくは、この学園に居る審問官のうちの口の軽い方が、洩らしたのだろう。

「何も間違ってないだろう?」
「間違っちゃいない。だが身も蓋もない」

己の性格が、褒められたものではないという自覚はあるらしい。
そんな彼がこれ程までに沈みこむからには、本当にジクジクとトラウマを抉られているのだろう。


とてもとても珍しいこと。
嘗ての仲間が聞いたら、奇跡と驚愕したであろう珍事が起きる。


「正月過ぎまでは日本に居るから――面倒なことになったら、連絡を寄越すといい」

青年は、仕方なくではあるが、助け舟を出す。

「陰陽寮とか飛水とか拳武を前面に押し出した上でなら、少しならば手を貸してやってもいいから」

あくまでも自分はメインではないけれども。
それでも、力を貸してやると。



黄色い人の半身が、天香学園に来た場合のお話。

完全には助けてくれなくても、少しくらいは手を貸してくれる感じです。
ま、とりあえず思うこととしては、もう少し大人になるといいよ、君ら。

大学院にたまに顔を出す人物が、ドッペルっぽいと判断されたのは、『少し真面目になった』との評判が立っていたからです。真面目な方が偽者ということで。