「最近ドウヨッ!!」
イントネーションが少し異なる元気の良い言葉に、皆守は眉を顰めた。
エジプトからの留学生の声であるはずだが、そのテンションは何だ。
「そう、最近どうよ。それで良し」
対して聞こえてきたのは、転校生のクールな声。
皆守の聖域たる屋上で、留学生と転校生が語り合っているらしい。
面倒なことには関わりたくなかったので、皆守は、こっそりと覗いてみた。
黒髪で褐色の肌の留学生と、茶髪で色白の転校生とが、妙にくっきりとしたコントラストを成していた。
「デハ我ガ王、I Love You ハ日本語デハナント?」
「うーむ『好きにして』かな」
至極真面目な顔で、転校生が答えていた。
ふんふんと、感心した様子で頷き、『好キニシテ』と律儀に繰り返す留学生の哀れさと、転校生の酷さとに、皆守は思わず飛び出していた。
「違うだろッ!!」
半ば飛び蹴りとなった突っ込みを、転校生は、ついーと横に避ける。
振り返り、落ち着けという転校生に、皆守は続けて突っ込む。
「落ち着けるかッ!! そもそも、『最近どうよ』は何の訳って説明したんだ? 言ってみろ、こら」
「みにゃもり、怖いぞ。『最近どうよ』はHow Are You? に決まってるだろ」
みなかみだと怒鳴り返す皆守に、転校生は、落ち着ききった表情にて、肩を竦める。
「いや、本当に落ち着けって。冷静に考えて『ご機嫌いかが?』とか言うか?」
「あ、あァ、確かに……って、I Love You は『愛してる』でいいだろうがッ」
危うく説得されかけた皆守ではあったが、突っ込みどころに思い当たる。
いくら意訳であろうとも、『好きにして』は何か間違っている。
「チッ……気付いたか」
小声で舌打ちする転校生に、なんて腹の黒い男だと、皆守は慄いた。
こいつは笑顔のままで、何でもやるに違いないと確信する。
「真面目な話、英語苦手なんだよ。だから理系なんだし」
「理系? お前……世界を飛び回ってる宝探し屋だろうが」
突っ込みに不意を突かれたらしく、転校生は目を丸くした。
『あー、そういえば、そうだった』などと呟く様子から察するに、本気で忘れていたらしい。
「そうだったって――お前、雛川にも紹介されただろう。親の仕事の都合で、世界中を巡っているって」
「……あ、ああ、だからやたら皆に英語聞かれるのか。不得意なのに」
納得した――と、手をポンと叩くジェスチャーに、皆守の方こそ困惑する。
宝探し屋というのは、英語が不得意でやってけるのだろうか。
「そんなで平気なのか?」
「ん? 読み書き能力は、そこそこあるぞ。ただ実践がなあ。英語が得意なやつって、無意味に前向き人間が多いから、中学の頃から英語が嫌いで嫌いで」
「……やっていけるもんなのかよ」
確かに類まれなる後ろ向き人間であるこの転校生は、英語好きに多く見られる、ポジティブかつアクティブさとは、合わなさそうではあるが。
「我ガ王、デハ、今マデ教ワッタノハ、間違イナノデスカ?」
「うーん間違いとも言い切れないんだが、How Are Youとかは『やあ』くらいの方が無難かも」
哀しそうな顔に、一応、わずかな良心が咎めるのか、留学生に対して、まともに教える転校生の姿に、皆守は溜息を吐いた。
「教えてもらうなら……英語が得意って居たか? 大和は話せるだろうが、試験だの文法だのはよく分からんって言ってたしなァ」
恐ろしいことに、既に十数名存在する仲間たちの中に、英語が得意である者は、ひとりとして存在しない。
会話でなら夕薙 大和であろうが、文法的なことならば、この嘘つき転校生になってしまう。
「ふっふっふ、やはり俺が頑張るしかないな」
「ハイッ!! ヨロシクオ願イシマス、我ガ王」
「……忠告する。止めておけ」
仲間となる全ての面子の中で、英語が得意である者は、確かに存在する。
転校生の旧友が、それに当たる。
だが、彼の登場は、まだまだ先。
「I Want Youは『やらせろ』」
「ヤラセ……」
「止めろッ!!」
トトが正しい日本語を見につける日は遠い。
この転校生さんは、ちょっと酷いというお話。
厳密には嘘じゃないかもしれませんがね。
ところで、調べたのですが、英語に+補正があるのって、本当に亀だけなんですね。
ルイ先生とか、じいさんとか、それこそ夕薙もなし。
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