「ああ、本当に申し訳ない。ずっと帰れなくて」
いつもの通り、屋上に休憩にきた皆守は、聞きなれた声に足を止めた。
扉を出たすぐの場に立ちつくす、この上なく仏頂面した白衣姿に、首を捻りながら声を掛ける。
「こんな所で何をやってんだ? 奥行けば良いだろうが」
「……行けるものなら、行ってみろ」
不機嫌全開で指差した先には、何やら携帯電話にて熱心に話し込む転校生の姿があった。
「ありがとう。愛してるよ……少しでも早く、君に会いたい」
皆守は、思わず吹き出した。
だが転校生は、本気らしく、真顔のまま会話を続けていた。
端麗の表情に、じんわりと納得する。
相手が誰かは分からないものの、先ほどからずっと、このバカップル会話を聞かされてるいたのだろう。
「どうしたんすか? ふたりして似た表情して固まって」
電話を切った相手は、居場所のなかったふたりにとっくに気付いていたのか、平然と話しかけてきた。
あれほど甘々の会話を他人に聞かれたという気恥ずかしさは、欠片もないらしい。
「聞いてるだけで疲れたんだろうが」
「全くだ。……それにしても、君は外に彼女がいたのだな。泣く娘らも多そうだ」
端麗の言葉に、転校生は、女の子を泣かしちゃうのはいけませんねぇと考え込んだ。
「あ、彼氏かもしれません。女の子は泣かない」
「「もっと泣くだろう」」
同時突っ込みだった。
素早かった。
呆れただけの皆守とは違い、少々口調が荒かった端麗に、転校生は首を傾げてから、得心がいったのかポンと手を打つ。
「あー、そういえば、中国の方は同性愛に対して今も相当厳しいんでしたっけ。俺はやっぱ百合はともかく薔薇は駄目です」
「薔薇だの百合だの言うな。中国に対してそんな説があったかな」
馳☆周の本で読みましたと答える転校生に、あれを本気にするなと端麗は首を振った。
「全て真実だと、新宿に近寄ることさえ怖いだろう」
「確かに新宿って、普段は普通ですからねぇ。……でも薔薇駄目で百合平気ってのは、構造による部分もあると思うんですよ」
転校生は、普通に下方面へと話題を移行した。まだ夕方なのに。
いわゆる『究極の選択』の一つだと前置きして、彼は直滑降で、下っていった。
「銃突きつけられて、同性とヤれって命令されたら、女性は諦めてヤる人がそれなりに居ると思いますけど、男性は割と死を選ぶでしょう。凹側か凸側かで、また違うでしょうけど」
「凹凸いうな、露骨だ。だが、まァ……」
皆守は考えてみた。
ヤらなきゃ殺される。
……確かに死を選ぶかもしれなかった。
「私は……死ぬくらいなら、確かに女性とするかもしれないな。君は?」
「男と……か。死ぬかもしれないな。……お前はどうなんだよ」
結構な逡巡の末に言葉を搾り出した保険医と級友とに、転校生は笑顔で肩を竦めた。
「ふふふ、この負け犬どもめ」
態度が非常にでかかった。
相手のひとりは教職員なのだが。
「ちょっと考えてみればいい。例えば聞かれたとする。『カレー味のウ……』」
「言っとくが、俺にその『究極の質問』とやらをした奴は、例外なくぶちのめされてるからな」
皆守は、転校生の言葉を途中で遮った。
端麗が目を見張るほどの剣幕だった。本気すぎる。
「どっかの橙色の魔術師みたいなことを言うなよ……。でも、それで正解じゃんか」
基本丁寧寄りの態度を保つ転校生が、珍しくフランクに笑う。
意味が分からず戸惑うふたりに、そのままの調子で彼は続ける。
「俺だったら、銃を奪って強制してきた奴らを撃つね。何も相手が提示した選択肢から選ぶ義理なんてない」
至極偉そうに。平然と。
「……それじゃ選択になってないだろ」
「無茶苦茶な坊やだな……」
呆れかえりながらも、感心もしていた。
きっと彼はこうやって全てを乗り越えて行くのだろうと、納得させられる。
与えられた条件下だけではなくて。
抜け道も、回り道も、落とし穴さえも網羅して、その上で判断を下す。
最善を得る為に。
「はっはっは、気分が良い。もっと褒めて」
「「褒めてはいない」」
ちょっとしたバカ話。
でも、これは、この転校生さんの考え方の基本だったりします。
あと、馳☆周さんの作品は、フォモが多すぎると思うんだ。
※橙色の魔術師云々は、奈須きのこさんの空の境界から。
私は同人時代の方しか持ってないので、やや表現が違うかもしれませんが、その人は、ある名前で呼ばれると、相手をぶっ殺します。
私を虎と呼ぶな。(←違う)
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