TOPへ

――  九龍・黄龍小ネタ 二つ名 ――

文化の日。
その周辺の文学週間とやらなのに利用率の低下を憂いた顔見知りの図書委員より、半強制的に本を借りらされた皆守は、非常に珍しいことに、空き時間に教室で読書をしていた。

不意に顔をあげ、本の背表紙を見せながら、同様の状況を経て、同じく読書中の転校生に問う。

「やっぱりお前にも二つ名とかあるのか?」


1 九龍版

ほんの一瞬。
皆守の優れた動体視力がなければ気付けないほどのわずかな間、葉佩は表情を消した。

「一応……あるな」
「……まァ、言いたくないなら別に」

既に普段通り。
だが、かすかに苦笑じみた表情を浮かべた葉佩の様子に、皆守は自分から聞いておきながら、思わず首を振っていた。

「ん、秘密にするほどでもない。朱色の超新星とか内外で呼ばれてる」
「……朱色?」

不吉な印象に顔を顰める皆守に対し、葉佩は軽い調子で肩を竦めて止めを刺す。

「大仰だよな。……最初に言われたのは鮮血の――だったんだが、直接的すぎるからって、朱色になったんだ。ほら、俺って優秀だったから」

『俺が戦闘始めても、できればあまり引かないで欲しい』

初めての探索時に、葉佩に真顔で言われたこと。

戦闘時に、チャンネルを切り替えるかのように豹変し、感情の無い硝子細工のような目で、冷徹なまでにその戦闘力を発揮する彼。

だが、『宝探し屋の姿』を皆に知られる度に、密かに傷付いていることを、皆守はもう知っている。

「嫌いなら、自分で適当なの名乗っちまえば良いだろうが」

目を丸くした葉佩が、不意に悪戯っぽく笑う。

「えー、聖人君子とか?」
「そりゃ無茶ってもんだろ」

流して欲しい――そういう想いを汲み取れないほど皆守は鈍感ではない。
茶化し、笑い飛ばしながら、二度とこの話題は口にすまいと決めた。



2 黄龍版

転校生は、ガンッと音をたてて突っ伏した。
しばらくその姿勢で固まってから、ごく自然な動作で顔を上げ、さわやかな笑顔で口を開く。

「無印の魔界都市読んでるんだ……。羅摩さやかたんのストイックなエロも良いけど、俺は南風ひとみたんの直球の方が」
「そんなことは聞いてねぇ」

反射的に突っ込んだ皆守に対し、転校生は大きく肩を竦めて飄々と続ける。

「キチク ヒドユキ先生の真骨頂は人妻系だと思うんだよな」
「作者名を微妙に変えんな。ある意味正しいが。……教える気がないのか?」

話を逸らしているのかとも思ったが、そういうわけではないらしい。
転校生は、非常に嫌そうに、小声ながら、口を開いた。

「残虐なる龍王?」
「恥ずッ!! ……何で疑問形なんだよ」

まず反射的に突っ込んでから。
それから、尋ねる級友に転校生は、顔を顰める。

「俺だって恥ずかしいよ。疑問形なのは、何度か遭遇した連中から、そう言われたことがあるから、どうやら裏で呼ばれているらしいと推測」

自分から『我は……残虐なる龍王』――とか名乗るわけないだろうと続ける彼は、顔がやや赤かった。本当に恥ずかしいらしい。

「しかし恥ずかしいが……ぴったりでもあるな」
「恥ずかしいのがぴったりな俺って一体……」

本気でへこみだした。

だが、本当に。
残虐がぴったりなのもそうだが、名前に『龍』の字が入ってることもあって、妙に龍王という言葉が似合うのだ。

「やたら面倒ごとに巻き込まれる体質で、その際には、心のままに振舞っていたら、いつの間にか呼ばれるようになってたんだよ」

彼は、投げやりに語る。

由来は――未も蓋も無かった。

確かに自分から名乗ってはいないのだろう。
だが、それはつまり、赴くままに振舞った結果から、連想された言葉が『残虐』だったということだ。

「……俺が、新しい仇名つけてやろう」

あまりに嫌そうだったので、皆守は少しばかり考えこんだ。
そして、ふと浮かんだ言葉をそのまま口に乗せる。

「残虐超人」
「ひどッ!! 俺、どっかで正義超人とかと戦わなきゃいけないんか!?」

転校生は、ぶーぶー言っていたが、どうしても『残虐』というフレーズは外せなかったのだ。
そして、続いて連想した言葉が超人だったのだ。

「……悪魔超人でも構わないんだがな」
「別にミート君を、バラバラにしねェよ! ところで今、映画に出てきた料理のレシピとかあるじゃん?」
「あ……? ああ、結構売れてるらしいな」

急な話題転換に、皆守は首を捻りながらも頷いた。
転校生の言うとおり、映画やアニメなどに出た料理レシピというものが出版されてたりする。

図書館に、取り寄せて欲しいのだろうか。
ならば相談は、七瀬にするべきだろう。

転校生は手にした本『ハンニバル』の背表紙を見せながら続ける。

「悪趣味本の一種でさ『レクター博士のレシピ』とかどうだろう?」
「そりゃほんとに悪趣味だな」

ただ単に、思いついたことを口にしただけらしい。
そんな事を思いつくなといいたいところではあるが。

「人間の腎臓(入手が難しい場合は、豚のものでも可)とか書いて、ちゃんと普通にも使えるようになっててれば、結構売れそうなのになぁ」
「もうお前は口をきくな」

そんなこと真顔で考えてる辺りが、残虐超人で、悪魔超人なのだと、皆守はつくづく確信した。



同じ出だしでも、シリアス風になる葉佩とならない黄色い人のお話でした。
しかし、痛く、かつ格好良い二つ名が思いつかん。ウエスト尾維新先生(仮名)って凄いよなぁ。