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― 魔人 小ネタ 双龍の絆 ――


「如月……すっげェ怖い夢を見た」
「それを何故僕に訴える」

迷惑そうな骨董店店主の様子にも気後れせずに、京一は興奮した状態でかなりの勢いで語りだした。



「うわ……怖ッ!!」

氷の男、キャラが違う。
それほどに、恐ろしかったのだ。

深く呼吸して、キャラを戻してから、如月はしみじみと呟いた。

「龍麻を身を呈して庇う壬生。……それは怖いな」
「だろ!?」

同意を得た京一は、意気込んで頷いた。

拳武館の事件の夢を見たのだが、展開があまりに違ったのだという。
壬生は、真神の皆の方が今の拳武よりも正しいと信じ、突如放たれた八剣の鬼剄から、龍麻をその背に庇ったのだと。

『この場は僕に任せて、君たちは先に行ってくれ』

その壬生は緋勇をあくまでも『君』呼びで、自分のことは良いから行けと、自己犠牲を見せるのだという。

しかも京一自身も、俺のいない間に大切なものを守ってくれてありがとな――とか壬生に対して、素敵に決めるのだという。
間違っても、大切なものから、蹴りを喰らったりはしないらしい。

朝から家族に心配されてしまったと、京一は笑った。

「壬生がひーちゃんを護ったあ!? とか叫びながら、飛び起きたらしくてよ」

彼らは気付かなかった。
入り口で固まる二つの影に。

拳武関連の用事で訪れようとしていた壬生と、如月が購入しているミステリ作家の新刊が出たため、借りにきた緋勇。
全て話を聞いてしまった彼らは、なんとも複雑な表情で顔を見合わせた。

「……今日は帰ろうか」
「……賛成だ。ラーメン食いに行くか?」


手馴れた様子で店内に入ってきたふたりの青年に、店主は僅かに首を傾げた。
黒の学生服の青年は、最早常連とも呼べる存在。ただ、ふたりというのは珍しく、そして連れの紺の学生服の青年は、見慣れた連中のひとりではなかった。

「おや、珍しいな。……親戚かい?」

一応は見覚えがあり、なんだか彼らが似ているがゆえの質問。

ほんの一瞬。
ふたりの額に微かに青筋が生じる。だが、彼らの共通点として、融点は低いが沸点は高いというものがある。要は不快に思うのは早いが、発露することは少ないのである。――但し、決して忘れないのだが。

「いえ、学外の友人です」
「たしか二度お伺いしていますよ」

ちゃぶ台のごとく、カウンターごとひっくり返してやろうかと思ったことは隠し通し、ふたり揃って、にっこりと擬音が出そうなほど、穏やかに笑む。

そういえば、いつだったか深夜に彼らが大量に訪れたときと、あとはやたら筋肉質な青年と一緒に来た気がすると、店主は頷いた。

納得した店主が立ち去ってから、しばしの間、静かに麺を啜っていたふたりであったが、やがて緋勇がぽつりと口にする。

「別に四六時中喧嘩しているわけでもないんだがなあ」

一応緋勇の言は正しい。
普通に会話しているときだとてあるし、平穏なまま別れるときも勿論ある。ただ、それらを覆すほど、喧嘩時の印象が強烈なのだろう。

「再会したとき、骨折するまでやり合ったのがまずかったんじゃないのかな」
「血塗れになったしなあ。……って、あれはお前が悪いだろうが」

頷きかけた龍麻であったが、即座に突っ込む。
あの行動は妙だった。わざわざ副館長派と共に、立ち塞がる必要などなかった。藤咲を助けた時点で、連中と袂を別ってもなにもおかしくなかったというのに、緋勇を旧知の人物と認識した上で、あの行動に出た。

「過ぎたことをグジグジと。馬鹿と下衆と組まされて、苛立っていたのだから、仕方ないだろう」
「ムシャクシャしてたレベルで……巻き込むな。暴れるな。人の腕を折るな」

器が小さいねと肩を竦める半身に、丼ごとラーメンかけたろかと思った緋勇であったが、他者の目と、そして京一の反応とを思い出して、どうにか耐えた。

食事が終り、立ち上がった彼らは、伝票を中央に置いたまま、しばし無言で佇んだ。
かなりの間をおいてから、壬生が呆れたように言う。

「ここでさらりと伝票を掴んだりはしないのかい? 高収入のくせに」
「常時収入ありのくせに。まあ良いか、このくらい」

一応言い返しながらも、伝票を手に取り緋勇は先を歩いた。
今や旧校舎に潜れば、金などザクザク手に入る。ワビ代としてマンションまで師匠からせしめた彼には、金銭難という言葉は無縁すぎる。

精算し、外へと足を踏み出した直後に、緋勇は立ち止まった。
危うくぶつかりかけた壬生は、微かに眉をひそめて、それから納得した。

「ああ」
「おや」

今まさに、店に入ろうとしていたふたりを、よ〜く見知っていた。

「……やあ」
「ぎゃ」

出会い頭にばったりと。
恐怖の元たちと直面した京一は、短い悲鳴を上げた。

「あ、京一? 翡翠のとこに行ってたんだ」

京一は少し泣きたくなった。
半ば笑いながら話した恐怖体験。しかと聞かれていたのだと悟らざるをえない。

まるで同じ笑みが、一対の存在の面に生じているのだ。
怖い。半端でなく恐ろしい。
物理攻撃が効き辛い高位の鬼とかに囲まれた方が、余程恐怖が少ない。

「珍しい組み合わせですね」

お前たちが並んでラーメン屋から出てくるほどじゃねェ――とあくまで心の中だけで、壬生の言葉に京一は反論した。

「そ、そそ、そっちこそ珍しいじゃねェか。どうしたんだ? こんなとこで」

一生懸命というよりも必死に、話題を逸らそうとする京一ではあったが、微笑む龍麻に、身体が芯から凍った。苛烈でも冷徹でもなく――ひたすらに楽しそうな笑みに。

「ん? さっき車に轢かれそうになったところを、紅葉が『身を呈して庇って』くれてな。その礼にラーメンを奢ってたんだ」

やっぱ聞かれてたーッ!! ――と、京一は心の中でムンクになりながら絶叫し、如月はあ〜あ気の毒に――と思っていた。

「気にしなくて良いと言っただろう? 僕は君を護る陰なのだから。……そう思うだろう、蓬莱寺くん?」
「陰を全て押し付けるほどに傲慢にはなれない。……そうだよなあ、京一?」

君呼ばわり。互いを思いやり、そして、最後に京一に話を振るふたり。
怖い。怖すぎる。
一対の存在に囲まれ、双龍螺旋脚よりも嫌な攻撃を喰らう京一から、如月はそっと目を逸らした。

出会ったのはきっと偶然。それゆえ、何の打ち合わせも無いアドリブなのだろう。

ある意味では気が合うんだよなあと、気の合った攻撃に晒され続ける人物に心の中でエールを送り、如月はどうやって逃げようかと思案していた。

自分はメインではないだろうが、それは怖いと同意してしまったのは事実。
表裏の龍が、からかいの種を逃さないのも真実。

煙玉持っていたかなと、遠い目をして胸元を探ったが、残念なことに持ち合わせが無く。

マキビシは幾つか携帯していたが、こんなものを彼らに使った日には、明日の朝日が拝めない。もしくは、屋上からロープで逆さにされた状態とか地中に首まで埋められた状態とかで拝める。

下手に逃げるよりは余波を被るほうがマシかと、諦観とともに溜息をつく。

「僕は光に寄り添い生きる陰。君を護ることだけが存在意義。それで十分さ。……ね、蓬莱寺くん?」
「本当に怒るぞ。誰かの為だけに生きる必要なんてない。……そうだろ、京一?」

苛めは続いていた。
なんにしろ、京一よりは不幸ではないだろう。


魔人学園未プレイの方から、感想を頂きました。
壬生と龍麻の関係が好きだと褒めていただき、本来の彼らの関係を思い出し、ちょっと血の気が引きました。

その辺の、あら困った感を書いてみた小ネタです。
そう、壬生は龍麻を護る陰なんだよなあ……。