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― 魔人 小ネタ 表裏一体 ――


「女連れとは不運だったな」
「貴様の悪運もここで尽きる」

人違いです――と、余裕の笑みを崩さない長身の黒衣の青年を、襲撃者たちは下手な言い逃れを――と嘲笑った。
青年が背後に庇う、黒髪の女性の怯えた表情が、彼らを余計に増長させる。

囲うように青年との距離を詰めながら、襲撃者たちは各々の武器を振り上げた。

「死ね、鎮魂歌!!」


「人違いだと――」

穏やかな完璧な笑み。
その恐ろしさをよ〜く知っている女性は、きゅっと目を瞑った。

「――言うとるやろが。人の話を聞けや、ボケがあッ!!」

足を頭より高く上げた、バレリーナのような美しい蹴りが炸裂した。

ドガッなどのレベルではなく。
めきょっという、嫌な音とともに、男は弾き飛ばされた。

「どいつもこいつも人を見るなり、鎮魂歌、鎮魂歌って襲い掛かって来さらしおって。別人やと言うとるやろ、アゲイン アンダゲイン」
「あ……、た、龍……」

怒りのあまりエセ関西弁になる恋人に、女性は縋るように手を差し伸べたものの、それは虚しく空を掴んだ。
風の如き動きで、彼は襲撃者たちの間を舞った。



「あれと似とるだと?」

ギアがトップに入った彼は、流石の彼女も止め難い。
げしげしと、既に塊と化した刺客たちを蹴り飛ばす恋人の背に、掛ける言葉が浮かばなかった。

「何処が似とんのか、言うてみいや、テルミーワイ」

そういえば、秋に関西で学会があるから、また英語で論文書かなきゃいけないと愚痴っていたわね――と、変にエセ関西弁と英語が混じってること、やけに荒れている理由とに思い当たり、女性は深く溜息を吐いた。

多忙の中、彼は結構苦労して、自分とのデートの時間を作ってくれたのだから、この反応も仕方ないのかもしれないと思いながらも、くるくると血反吐を吐きながら吹き飛ばされていく襲撃者の皆様が心配になってしまう。

やがて飽きたのか、それともこれ以上は、本当に危険なのか、取りあえず手を止めた青年は、鞄からなにかを取り出した。

「……どうしてバリカンが」
「この前も襲われてさ、持ち合わせがないから、その人のナイフで切ったんだけど、失敗して額を少し切っちゃって可哀想だったからね」

紅い塊になった皆様が、今更額の小さな切り傷を回避できたからといって喜ぶとは思えなかった。
ましてや、青年の独創性溢れる感性のままに、芸術的な髪型へ変えられている現状で。

逆モヒカン、虎刈り、格子柄、水玉など、様々な模様となった、刺客たちの髪型を、悲しみに満ちた瞳で見つめながら、女性は恋人に尋ねた。

「この人たち……どうするの?」
「責任者に引き取らせる」


「お届けものに参りました」
「……どこかの悪魔の方ですか?」

まだ年若い神父は、夜中に突然現れた黒衣の青年に問うた。
彼の届けものとやらは、ぐったりした血塗れの人間たちであり、ここはかなり有名な教会なのだから、あながち的外れな質問とは思えなかった。

「ははは、天使みたいなものですよ。この辺で、本部と関わりありそうな大きな教会っていうと、此処が浮かんだものですから。本部に届けるなり捨てるなり始末するなりして頂けませんか?」

責任者――間違われた原因に、引き取らせようと思っていたのだが、現在長期の英国出張中だと、その恋人より教えられた。
ならば面倒だから東京湾にでも投げ込むかと思った青年だったが、恋人に釘を刺され、仕方なく、異端審問と関わりがありそうな大規模の教会を訪れた。


黒衣の青年が立ち去ったのを確認し、傷付いた連中の怪我の程度を診察した後、神父は嫌々ながら、電話へと歩み寄った。
本隊と連絡をつけるために。

「S級の超常能力者でした。能力・容貌等から、『残虐なる龍王』だと思われます。はい、連中は命に別状はないので、特に治療もせずに意識だけ奪ってあります」


連絡を受け、引き取りにきた霊銃使いの審問官は、刺客たちの惨状に、深く溜息を吐いた。
嘗てある吸血鬼の事件を介し、出会った青年は、その面倒事を引きつけまくる特質と、容赦のない性質を発揮し続けた結果、今では裏でも有名な存在となっている。

『残虐なる龍王』

名付け親は、霊銃使いだった。心の底から、するりと浮かんだ言葉であり、後に青年と直に接触した者たちからは、本質をよく表していると絶賛されたコードネームであった。

ちなみに、とある同僚が提唱した『無気力・無関心・無慈悲の三無主義者な大地の王』は、合ってるのかもしれないが、格好をつける為ともいえるコードネームの趣旨にそぐわないということで却下された。

「では確かに引き取った。本当に治療してやっていないのだな」
「私は治癒系は不得手ですから。この人数の大怪我を治していたら、ガス欠になりますよ」

神父――東京に常駐する、精神系術士である審問官は、呆れた様子で肩を竦めた。

皆が皆、致死ではないが、重傷なのだ。
危険な個所は避け、なのに手酷く傷付けるという、相当に高等な技術であった。

「しかし、本当にあの人と似てますね。顔立ちなどではなく、雰囲気――というよりも空気が」

ボロボロの敵対者たちを見下ろして、苦笑し呟いた後輩に、先輩は真顔で忠告する。

「正直同意しなくもないが、忠告してやろう。本人の前でそんなことを口にしたら、命に関わるぞ」

そんなまさかと笑い飛ばしかけた神父姿の青年は、次第に表情を暗くした。
『彼』ならば、あり得ないとは言い切れない。

「確かに鎮魂歌なら……やりかねませんね。昔は暗殺者だったとも聞きますし」

すっかり暗くなった青年に、先輩審問官は首を振った。
そうではない――と。

「龍王でも鎮魂歌でも――どちらもが、やりかねないんだ」



ちょっこと、九龍・魔人クロスオーバーで出てくる話の小ネタです。
(高校に入りなおさない方の展開)
いうなれば、小ネタの小ネタ。
ゆえにとてもサラっと。