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― 九龍 小ネタ ある日の生徒会室――

「あ……遅くまで、お疲れ様」

冷ややかな目と、憤然とした目と。
明らかに歓迎はされていない空気の中で、葉佩は平然とした様子で、片手をシュビっと上げたりする。

「ここがどこかご存知ですよね?」
「生徒会室ですな」

穏やかに問う《生徒会役員》に、《転校生》もまた、にこにこと微笑む。

「貴方の立場は?」
「方向音痴の転校生。転校してきて、数ヶ月が経ったのに、いまだにとんでもない所に出てしまって、きゃあ大変」

軽やかに笑いながらも、役員たちの周囲の空気が凍えるのを理解したのだろう。表情を変え、小声でぼそぼそ呟く。

「いや、真面目な話鍵が落っこってたから、なんかガメようかと」

真顔で答えた葉佩に余程堪忍袋が砕け散ったのか。阿門は手近にあったものを手にとった。

ゆらりと立ち上った殺気に気付いた葉佩の洞察力は流石といえるし、無言のうちに振り上げられた凶刃を、白刃取りにて止めた反射神経は、素晴らしいといえる。

「あ、アモやん、それ真剣ッ!!」
「こそ泥は滅殺すべし。阿門家の家訓だ」

なんて物騒な家訓なんだと呟く《転校生》と、真理だと応じる《生徒会長》。
震える腕から、互いに全力に力を込めていることが判る。かなり命に関わる事態だと言うのに、妙なところで和やかだと、神鳳は思った。意外に仲が悪くないのかもしれない。

それはそうと、そう広くも無い部屋で、暴れないで欲しいとも思う。《生徒会長》の身長は186、《転校生》も資料によれば同じく。そんなデカイ人間ふたりが室内で真剣白刃取り中。邪魔だなあと思いながら、己の仕事関連の書類を引き寄せ、神鳳は彼らから離れた場所にて仕事を始めた。

その間も当然命の遣り取りは続いている。 切っ先が前髪に触れた辺りで、やっと危機感を覚えたらく、葉佩の顔が引きつった。凄まじいまでに他人事とばかりに熱心に仕事中の、もうひとりの人物へと視線を向け叫ぶ。

「ほ、細目!校内で惨劇が!ヘルプ」

助けを求める言葉にしては、かなり妙かつ間抜けであったが。

校内で惨劇など溢れていますよと、にこやかに微笑んだ神鳳は、弓を取り出した。

「ちなみに《転校生》と《生徒会長》。私がどちらに従うかは、ご存知ですよね?」
「と、友達じゃん。ほら部活仲間」

照準が自分へと向けられたことが分かったのか、葉佩は微笑んで誤魔化そうとしていた。
確かに彼は、言葉通りに、弓道部に属する。部に顔を出した姿など、見たことも無いが。

「貴方、転入の書類に弓道部と書いたきり、道場を訪れたこともないでしょう」
「そんなことない。しょっちゅう訪れては、物がめる日々」

ピキと神鳳の額に怒りマークが浮かぶ。
常の穏やかな笑みを消し、薄らと目を開く。当然、にこにこ細目の人間が目を開いたとき特有の、腹黒表情になる。

「そういえば、私の夜食が消えてましたが」
「ああ、美味しかったよ」

微笑みが引き金となった。ぎりぎりと絞っていた弦を、神鳳は躊躇うことなく離す。

「人としてヒデェ!!」

葉佩は叫びながらも、必死で活路を捜した。
何しろ弓の殺傷能力は、実はイメージとは異なり、相当に高い。しかもこの細目、急所狙ってやがるよと、絶望の中で――笑う。
この世界が葉佩の居場所。死と隣り合わせの絶望的な空間で、彼は全能力を発揮する。

剣呑な笑みに、阿門が僅かに硬直する。
その一瞬で葉佩には充分であった。意識の集中により、奇妙にゆっくりと進んでみえる矢に対して、白刃取り中の手首を捻って、刀身を軌道上へずらす。
刀身に弓矢が当たる耳障りな音が響く。

全員が次の行動に移ろうとした。そして、最初に実行できたのは闖入者であった。
彼は異様なまでに力強く宣言する。

「忍法粉爆弾!!」

忍者が使う煙玉とはかなり違いますよと思いながらも、神鳳は口元を押さえる。
転校生が胸元から取り出した球状のものは、瞬く間に視界を白く染めた。やたらと小麦粉の匂いがするあたり、深く材料を考えたくは無いなと思う。

「やりますね……これは、下手に動けば粉塵爆発の恐れが」
「神鳳、動くな」

生徒会長からの命に、神鳳は従った。ただの腕の一薙。それだけで白く煙っていた空気が澄む。

当然のように、転校生の姿は既に消えていたが。

「逃がしたか……」

素早く周囲を探った神鳳は、危うく顎が外れるかと思った。それほどに呆れた。

「阿門様……、牛乳とハンガーが消えています」

どこにそんな時間があったというのか。
何故にそんな半端なものを持ち去るのか。
そして何よりも……。

「この惨状、どういたしましょう……」

一面の雪景色。高価なソファーから机からに積もった白い粉を。

後に生徒会室へ戻った書記と副会長補佐役は、我が目を疑ったという。
白い粉塗れの生徒会室の中で、ものすごく微妙な表情の会計と生徒会長が、ほうきとちりとりを持って掃除していたのだから、当然の反応ではあるが。

後日、生徒会室に陣取る、由緒正しい武者鎧が忽然と消えていた。
犯人は誰か――など、推理することさえ馬鹿らしい。

常よりも更に額にくっきりと青筋を浮かべた生徒会長は、ぶるぶると震える拳を握り締め、転校生への殺意をより強めた。
墓守の使命などとは欠片も関係のないところで。


トトから鍵を貰った直後の話ですね。
普通に生徒会役員がふたり揃ってるから、ビビッたものです。