「なあ、アロマ」
「アロマいうな」
寮への下校途中、話し掛けてきた転校生に、皆守はびしっと言い返す。
大体、この転校生は、皆を名前で呼ばな過ぎなのだ。あまりに妙な名で人を呼ぶ彼に、協力者たちのフルネームを順番に言ってみろとの命じたところ、一人目――要は皆守の時点で視線を逸らしたほどに。
「……カレー?」
「……次はアロマカレーか?」
覚えない原因は確実にこれだろう。アロマだの眼帯だのガスマスクだの石だの。
端的過ぎる名称で呼んでいるから名前を覚えないのだ。
「えすぱー?」
不思議そうに首を傾げた葉佩に、皆守は沸きあがる怒りを感じた。
夕薙に甲太郎と名で呼ばれたときに、凄まじいまでに不思議そうな顔をしていた。彼が立ち去ってから、ああ甲太郎ってお前のことかと、合点したように呟かれたことなどを併せて思い出す。
「俺の構成要素はカレーとアロマか?」
かなりの怒りを今は押し殺し、皆守は静かに問うた。
「カレー7割、アロマ2割、所により睡眠、サボリ、その他という配合だと思うが」
この上ない真顔で答えた相手に、忍耐力はどこかに行った。微塵も残らなかった。
「9割占めんのかよ!」
皆守は、気付けばものすごく鋭い蹴りを繰り出していた。
普通であれば、血反吐を吐きながらくるくると回転して飛んでいってもおかしくはない攻撃を、葉佩は仰け反って避けた。といっても、完全に避けきった訳ではなく、制服の胸元から肩にかけてが見事に裂ける。
「蹴った! お父様にも蹴られたことがないのに」
阿呆な台詞を叫ぶ相手に、知るかと怒鳴り返そうとした皆守は、動きを止めた。原因は――肩に突きつけられた感触。
「ひど〜い、泣いちゃう」
「……銃突きつけられた方が、泣く資格があると思うんだがな」
抜く瞬間など見せもせず。しかもここは校舎内であった。
「いやだなあ、おもちゃだって」
冗談だと笑った葉佩は、銃を制服内にしまおうとした。その際にちらりと見えたものものしい武装に、皆守は眩暈と――訳のわからぬ憤りを感じ、葉佩の両肩をがしっと掴み、据わった目をして言った。
「座れ」
「え?」
やべ。なんかのスイッチを押した。
そう理解した葉佩は、逃げるタイミングを計っていたが、キレたらしき相手は許さなかった。
「正座しろ」
静かに、かつ、異様な迫力をもって命じた後に、皆守は携帯を取り出した。
校舎の隅で、ちょんと正座させられ、葉佩は制服を引っぺがされた。
あ〜れ、お許しをとか言いたくなったが、この剣幕では、ギャグは通じそうも無いので、諦めて座っていた。携帯により呼び出された人物が、刀剣と銃器とに秀でた者たちであった時点で、諦めは更に深いところまで進んだ。
葉佩の制服に入っていたものは、拳銃一丁に小振りの刃物。ついでに細かいものならば、ワイヤーから針金やら、やたらと出てきた。
「墨木、これは何だ?」
「グロッグ。小口径ゆえに威力は低いものの、音も小さく護身用によく用いられるものでありマス。葉佩ドノは、いつもは44マグナムであるはずでしたが」
視線を思いっきり逸らす葉佩をギンッと睨みつけ、妙な迫力で墨木に問い掛ける。
「で? 俺は弾薬取るとか出来ないんだが、実弾が何発入ってる?」
素直に手早く取り外した墨木は上官に対して報告するかのように、敬礼する。そのくらい、今の皆守の目は据わっている。
「14発でありマス。3発が空となっておりマス」
ほう――と、無茶苦茶険のある眼差しで友人を睨んでから、ナイフを手に取り、もうひとりに向かって問う。
「で、これは複製か?」
「ふむ、小振りだが良い刃紋だ。一級の小太刀だな」
話を振られた時代錯誤な人物は、手渡されたナイフの刃紋を眺め、上物だと太鼓判を押す。
「この薄い板みたいなやつ、前に見たな。……爆弾じゃねェのか?」
「え〜、何の証拠が……はい、認めますから、リカちゃんにまで電話するのは止めてくれ」
葉佩 九龍。現在の所持品。
小口径のハンドガン(装填数:フル弾数−3)
小振りのナイフ
ナトリウム爆弾
ワイヤー
延焼材
鎮火剤
救急キット
一応通常よりは軽装備で、なおかつ何発か弾を抜いてある心遣いに、皆守はむしろムカついた。
大体、延焼材に鎮火剤所持……何をするつもりなのだ。
「九龍……お前なあ、なにがモデルガンだ? 模造品だ? ここはどこだ? 戦場か?」
「まあまあ、落ち着こうよ、みなもり」
少しでも和ませようと、希望通り名で呼んでみた葉佩であったが、場は凍りついた。
「九龍……」
「それは流石にマズイと思うのでありマスが」
非常識な――と、非常識を具現化したふたりから冷たく眺められ、葉佩は珍しく真面目に困惑した。
「……前、そう呼ばれた気がしたんだよ。最近ずっとアロマだったから、分からなかったんだが……」
「え……? 何事?」
本当に理解できず、オロオロしていると、答えは本人より与えられた。
ピタピタと葉佩の頬にナイフをあてながら。
「俺はな、みなもりじゃなくてみ・な・か・みだ。苗字すら間違って覚えてんのかテメェは」
葉佩はつーっと冷汗を垂らした。
本気だったのだ。本当にみなもりだと思っていた。彼にとって、親友のフルネームは――みなもりアロマなのだ。
これはやばい。
二重の意味でヤバイ。
皆守はかなり怒っている。
そして、刃物が間近にあると、身体が勝手に最適行動を取ろうとする。叩き落すなり、所持者を昏倒させるなり、幾通りもの物騒な行動が、葉佩の脳裏に浮かぶ。
本能に近い行動を理性で抑え続けるのは疲れることであるし、皆守の顔も怖すぎる。
彼がこんなに怒っているのは、カレーライスもハヤシライスも、たいして変わらないだろうと、うっかり口にしてしまったとき以来である。
「…………逃げるぜ、次元、五右衛門」
よって、彼が選択した行動は逃走。
御丁寧にアニメチックに、駆け出す前に、反対の方向に身体を捻ってからの逃げであった。既に擬音がバビュンの域に達している。
正座の影響は微塵もないらしい。
「……拙者のことか?」
「自分が……次元でありマスか?」
なんだかんだと付き合いがいいのか、それだけ今の皆守が怖いのか。
仲間内ではトップクラスに武闘派である彼らふたりも、葉佩に続き、彼の脚力にも離されることなく後を走る。
「五右衛門は良い。むしろ納得だが、次元は認められねェ!!」
神業の逃走劇に呆気に取られていた皆守は、しばし呆然とした後、我に返った。
どこか混乱しているのか、論点のずれたことを叫びながら、彼らを追いかける。
逃走する転校生と、執行委員の中でも腕利きであった者たちと。
そして追いかける普段は怠惰な男と。
ある種悪夢のような光景を、例によって高所から見下ろしながら、生徒会長は痛む額に手を当てた。
「ははは、あばよ、とっつあん」
高笑いするアレが宿敵で、本当に良いのだろうかと。
「待ちやがれッ!!」
アレがアレで、本当に良かったのだろうかと。
自分の選択が正しかったのか悩みながら。
みなもりだと思っていたのは管理人です。
いや、ホラ、ゲーム内だと漢字だし。四コマ漫画読んで知りました。
実際の九龍の世界では、他の皆がみなかみと呼んでいるのだから、
気付かないってことはありえないはずですが、ネタってことで。
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