「プライバシーの侵害だ!!」
騒ぎに何事かと顔を出した近隣の住人たちは、生徒会役員御一行の姿を見て、慌てて扉を閉めた。尤も、聞き耳は立てているのであろうが。
「武者鎧窃盗の第一容疑者が何を言う。簡単な話だろう? 無実だと言い張るならば、部屋を見せろ」
権利を声高に主張する《転校生》を冷たく見据え、《生徒会長》はこの学園に基本的人権はないと言い切った。
「え〜、ちょっとエロエロ空間だから恥ずかしいよう。片付ける時間をくれ。そしたらお宝写真とかあげるからさあ」
「失せろ」
この光景よく見るよなあ――と、生徒会役員たちは思った。
いくらコートを着ているとはいえ、帯刀しているとも思えないのに、一瞬で抜刀する《生徒会長》も凄いと思えるし、それに反応できる《転校生》も凄まじい。
結果、真剣白刃取りの状態となっている。何度目だかの。
「あ、アモやん。それ、『失せろ』というより『死ね』だ。……真剣持ち歩くの止めようよ。いくら屋敷に余ってるからって」
「……あれもお前の仕業か? 刀剣だの甲冑だのが無くなっていると厳十郎が言っていたが」
にっこりと笑い、毛皮もあったよんと付け足す《転校生》に、《生徒会長》の額の青筋がまた増えた。そのうちマスクメロンのようになったりしたらどうしよう――と、役員たちは密かに危惧している。
《転校生》と《生徒会長》の闘いというのもなんだかなあ――な争いは、いつも通りの結末を迎えた。
ほんの少しの隙を突き、《転校生》が刀先を僅かに逸らす。
それでもバランスを崩すこともなく、すぐさま態勢を整えた《生徒会長》の揮う刀は空を切った。
《転校生》は、ひらりと窓に手をかけ、姿を消した。
「ちょ……ここ三階よ!?」
慌てて下を覗き込んだ双樹は、既に遠くをひた走る《転校生》の姿を認め、安堵し、かつ、呆れる。
確かにワイヤーだのフックだのを常に携帯しているとは聞いたことがあるが、ああも鮮やかに逃走するとは。
「被疑者は逃走しましたが……どうしましょうか」
微妙な沈黙を破ったのは、会計の声。
それが更に長めの沈黙を生む。
本来答えるべきである《生徒会長》の姿はとうにない。恐らく無駄になるであろうに、《転校生》の後を追ったのだろう。
「…………開けるんすか? 『あの』センパイの部屋の扉を」
「……素粒子爆弾くらい仕掛けてそうよねえ」
いくらなんでも、そんな訳はないだろうと言いかけた神鳳は、反論を飲み込んだ。
有り得ないとは言い切れない。
彼の非常識は、散々見てきたのだから。
「というわけで匿え」
「葉佩……何だって、よりによってボクのところへ来るんだい」
絶句した喪部の方が、常識的な反応だと言えるだろう。
確かに、互いに正体に気付いている。ただ言葉にしていないだけで。
だからといって、ワイヤーとフックのみで、窓から入ってこようとした、もうひとりの《転校生》は、絶対におかしいだろう。
「生徒会は、お前の部屋が一番入りづらいだろ。無論タダとは言わん。40ミリ擲弾か、44MAGNUM、1ケースプレゼント」
どっちが良いと首を傾げ、学生服から平然と弾薬を取り出した相手を、喪部は疲れきった眼差しで眺めた。
そもそも、なんでこんなものが服の中に入るのだろう。四次元ポケットでもついているのだろうか。
「……44を貰おう」
「口径でかいの使ってるんだなあ。なんかお前って、装飾施されまくったレイピアとか使いそうだから意外だ」
ほい――とマグナム弾を手渡した葉佩は、擲弾の方をヒョイと一瞬で服にしまった。勿論制服に出っ張りは存在しない。
そういう《力》――空間断層とかなんじゃないかと、少し真剣に考える喪部に、呆れたような声が掛けられる。
「意外と言えば、部屋が汚ねェ。もうちょっと整理しろよ」
部屋を見回し、溜息を吐く葉佩の態度に、喪部は少々むっとした。
「自分に把握できれば、問題はないだろう?」
部屋は――カオスであった。
神経質そうに、ぴっちりと角度まで決めて揃えてそうな外見に反し、服は脱ぎ捨て状態。床のあちこちに小山が形成されている。ベッドの半分程も山に侵食されていた。
「把握……できてるのか? 確かに個人の自由だが。……ところで、客に茶も出さないのか、この家は」
「……砒素と筋肉弛緩剤とバクテリア。どの辺りが好みかな?」
該当する薬品類を実際に手に取り見せながら、喪部は据わった眼差しで問う。
「紅茶でもコーヒーでも、ぎうにうはたっぷり、砂糖は少なめで」
微塵も動じない相手に、日本茶に要望通りのものを入れてやろうかとも思った。
だが彼の精神構造上、一級の品を無駄にするのは、耐えがたかった。
仕方無しに、小山を手馴れた様子で乗り越えて、お湯を沸かしに向かった。
ちなみに簡易キッチンは、なんか生命体でも生まれそうな状態になっている。その光景を見てしまった葉佩は、何も見なかったことにするらしく、無言で正面を向いたまま、ザリガニのように引いて逃げていった。
ここで青酸カリでも盛れば、今回の仕事は楽に進むのだよなあ――と、七割方本気で考え込んでいた喪部は、雑巾を破るような悲鳴に、我に返った。
振り返ると、同業者がわなわなと震えていた。
「ら……卵のうと蛇の肝踏んだ……。く、黒と黄色が混じって……。小型冷蔵庫買ってきて、保管しろよ!! 金あんだろ!!」
靴下にぺっちょりと貼り付いたモノ――潰れた肝と、中身が押し出された卵のうを、葉佩は半泣きになりながら剥がしていた。腕利きながらふざけた態度ばかりの、この敵の泣き顔を見てみたい――と、喪部は確かに思っていたのだが、このシチュエーションはちょっと違う気がした。
「その程度ことで騒がしいよ。ボクなんて、起きたら背中に挽肉が張り付いていたこともあるというのに」
「そこは威張るとこじゃねェよ。……くそう、俺の冷蔵庫に整然と詰められた牡丹肉と卵のうと蝙蝠の羽を見せてやりたい」
懸命にティッシュで拭きとり、皮だけとなった卵のうを包んで、ゴミ箱へ投げ捨てながら、ぶつくさぼやく葉佩の言葉の内容を想像した喪部は、それはそれで嫌だろうと思った。
だが、言質をとり、微かに笑う。部屋を――彼の領域を見ておくことは、決して無駄ではない。
「なら、見せてもらおうかな。……生徒会の方は平気なのか」
「一応トラップが仕掛けてある。細目あたりは『大丈夫ですよ』とか小者くんに押し付けそうな気もするけど、流石に嫌がるだろ」
『危険物処理に液体窒素を使い、凍結させる手法があるそうです。あなたの《力》で凍らせれば、大丈夫です。おそらく、きっと、多分』
『段々、確率が下がってるっすよ!!』
『信じれば願いは叶います。さあ、ほら』
『頑張ってね』
『ふたりして、ものすごく遠くの物陰に隠れながら言うなーーッ!!』
同時刻、葉佩の部屋の前では、確かにそんな会話が繰り広げられていた。
「解除したから入って平気だぞ」
やはりベランダからの侵入に付き合わされた喪部は、勧められた椅子に腰を下ろし、非難の眼差しを投げる。
「……この部屋を整然と言い張る気かい?」
「どこが汚いというんだ。キミが何を言っているのか分からないよ」
喪部の真似なのか、葉佩は、気障に前髪を払って肩を竦める。
確かに汚くは無い。
だが、雑多という点に関しては、喪部の部屋と大差ないと答える人間も多いのではないか。
人としてどうかと思うファラオの胸像に、武者鎧。
こんな夜中に闘ってそうな相性の悪そうなものを、平然と飾る神経が理解できない。
遮光器土偶のぬいぐるみなど売っているのだなと感心さえするし、机を占領するカレー鍋も不思議な存在であった。
壁に貼られたポスターたちにも、まとまりがない。
おまけに、ホレ見てみろ――と突きつけられた冷蔵庫には、得体の知れない肉類が、みっちりと、ぎっしりと、ぴっちりと、たっぷりと詰まっていた。夢に見そうな詰まりっぷりであった。
「はいはい。美しいよ。素晴らしいよ。だから即刻その扉を閉めてくれ」
「なんて失礼な反応だ。こんなに綺麗なピンクなのに」
ぶつくさと不満を溢してから、コーヒーいれてくると葉佩は立ち上がった。
彼がキッチンに行ったのを確認してから、喪部は、ベッドの下をチェックし、絶句した。
戻ってきた葉佩に、咎めるように言う。
「……キミの場合、銃器類が酷いじゃないか。ベッドの下に無造作に突っ込むのは可笑しいと思うが」
「エロ本探す同級生じゃないんだから、速攻覗くなよ。大体、他のどこに置けっていうんだ、そんな場所をとるもん」
一応収納スペースも用意されているのだから、そうするべきであろうにと、喪部は呆れる。
本当に、無造作に突っ込んであった。並べてすらいない。しかも性能が無茶苦茶であった。
特にマシンガンとライフルは、底辺と最高級という極端ぶり。
ハンドガンは、性能と価格が様々なところから考えるに、これを主として使うのだろう。
「昔のは売るか捨てなよ」
「俺のコレクションだ。売らないからな。ほれ、コーヒー」
「ありがとう。堪能させていただくよ」
なら簡易毒物判定紙を使うんじゃねェ――と呆れてから、葉佩は自分の分を口に含み黙り込む。
「なんか寂しいよな。どこが勝つにしろ、そろそろ終わりだ」
しばし後、彼は呟いた。
コーヒーを飲みながら、どこか遠くを眺めながら。
墓――遺跡の探索は、かなりの深度に進み、生徒会役員たちさえも解放された。
秘宝を利用する者が手に入れようと、護る者が手に入れようと、封じる者たちが勝とうと。
終焉は近い。
「つまらない感傷も持っていたのかい?」
最初は、噂とは当てにならないものだと、喪部は思った。
完殺者と恐れられるロゼッタの新人は、能天気に学園生活を満喫していた。
守護者たちを解放し、級友たちと笑い、墓守の長とまで、奇妙に和やかに遊ぶ彼の姿に、朱色の超新星など、大袈裟な名を付けた馬鹿は誰なのかと思った。
だが、そんなはずがない。
甘いだけの男が、ここまでやれるはずがない。
「信じようと信じまいとお前の勝手だが――」
彼は表情を持たぬまま呟く。
「俺はこの生活が好きだった。普通の学園生活が楽しかった」
既に諦めたかのように。
過去形で。
「そんなにぬるま湯が好きだというのなら……キミが勝ち残れば良い」
気が抜けたような葉佩の声音のせいか、意外にも極上であったコーヒーのせいか。
喪部は、下を向いたまま、ぽつぽつと呟いていた。
墓守――あの生真面目な《生徒会長》は、墓荒らしたちを封じるだろう。今まで代々の者たちの選択と同じように。――たとえ彼個人が望まなくとも。
喪部自身が残ったのならば、所属する組織が、これほどの規模の遺跡を、放っておくはずがない。当然の成り行きとして、生徒たちの命も脅かされる。
本人と、そして組織の性格上、最も平穏な結末を迎えるのは、お調子者の宝探し屋が勝った場合だろう。
寝惚けたことを口にしたな――と、自分の発言内容の下らなさに我に返り、顔を上げた喪部は驚いた。
葉佩が目を見張っていた。本当に。
騒々しい彼は、その実、真の想いは包み隠す。激しい感情表現全てが、カバーなのではないかと思う程に。
そんな彼が、心底驚愕した様子で、呆れたように首を傾げる。
「ど……どうしたんだ? 前髪めくっちゃうぞ?」
「言葉の意味が分からないよ……下らないことを言ったね。忘」
喪部は言葉を途中で飲み込んだ。
葉佩も同様に、背中に冷やし素麺を入れられたように、身を竦める。
原因は怒気――というか殺気。
――そこに居るな?
静かな声が――秘められた怒りをよーく示していた。
ドア越しでさえ、宝探し屋たちが硬直する程に。
「開けろ……いや、いい。開ける」
生徒会長の処刑宣告に、溜息を吐いた葉佩は、一瞬で色々と諦めたようで、肩を竦めて喪部を見た。
「悪いが窓から出てくれ」
「……窓から入って、窓から出ろか。そんな時間もあるのかな」
喪部のぼやきに、葉佩はしばらくは平気だと、自信をもって断じた。訝しげに眉を顰めた喪部が、自信の理由を問う前に、悲鳴が響いた。
「う、うわッ!! ……ななな、なんすかコレ!?」
「なぜ、霊魂がこんな所に……」
「冷静に観察してないで、どーにかして下さい!! アンタ専門家でしょう!?」
そういや、運の悪い人物を真っ先に目指すようにしてあると、魔女に説明されたなあと、葉佩は大いに納得して頷いた。生徒会の最不運者は、間違いなく後輩クンであろうから。
「……何をしたんだい?」
「ああ、こないだ依頼人から、霊的トラップを貰ったんだ。正しい手順で開封しないと、本物の霊が襲い掛かる優れもの」
霊の力は大したもんじゃないから、早急に逃げないとな――と笑いながら、葉佩は手早く、鼻から口元までを簡易マスクで覆う。
「対ガスの用意した方が良いぞ。アモちーがわざわざ声を掛けて、おまけに廊下からは男の声しかしないってことは、外に香りの罠が用意されてるって考えるべきだ」
「無用だよ」
葉佩の言葉通り、窓を開けた瞬間に、宝探し屋たちの意識は、一瞬だけ薄くなった。
だが、前もって準備をし『抵抗する意思』を持っていた葉佩にも、そして人ならざる力を有する喪部にも、それ以上の影響はなかった。
「地上でいいか?」
ワイヤーの到達点を、近くの樹に既に定めている葉佩の問いに対し、喪部は首を横に振った。
「これ以上キミの馬鹿騒ぎに巻き込まれるのは御免だ。ボクは屋上へ行く」
「了解……酷い言われようだ」
喪部は己で登攀するつもりであったのだが、葉佩は律儀に、ワイヤーを屋上にも設置してくれた。
じゃあな――と短く告げて、葉佩は三階より危なげなく飛び降りる。
そのまま屋上にて、定時連絡の準備を始めた喪部は、微かに聞こえた悲鳴と――そして感知した《力》の波動とに、現実の方を疑った。
「普通《力》使うか!? こんな所……いやッ!! 皆が見てるわ」
「……知るか、見させておけ」
うわーん、こんなのアモちーのキャラじゃねェ、どっちかってーと喪部だ――と叫びながら、《転校生》は喪部の眼下を走り抜けていた。無論、《生徒会長》がその後を追う。
「……失礼な。ボクはどちらかというと『見せつけてやれ』だよ」
ビッグバードとコヨーテか。泥棒とどこぞの刑事か。
そんな連中を思い出しながら、喪部は呆れた顔で独り言る。
呆れているうちに、通信の準備は整った。
通信先からの応答を確認し、喪部は――言葉に詰まった。
報告すればいい。
それだけのことだというのに、言葉が出てこなかった。
『この生活が好きだった』
既に過去形で呟いた同業者の、虚ろな瞳を思い出す。
「エージェント?」
「通信の調子が悪かった。……進展なし。引き続き、調査フェイズとする」
鍵を手に入れたと。
人員の派遣を要求すると。
告げるべき言葉を飲み込んでしまった。
下らないことをしたなと、喪部は己の行動に苦笑する。
未だ怒号と悲鳴と騒ぎは収まらない。
強力な《力》を使う《生徒会長》と、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、しっかりと避ける《転校生》を眺めながら、喪部は、微かな声にて呟いた。
「……コーヒーの代価だよ」
次の定時連絡まで。たった半日の猶予だけれど。
くだらない、つまらない、平穏な生活を謳歌すれば良いと思った。
……ギャグだったのに、微妙にシリアスが混じりましたな。
代価は一日にしようかと思ってましたが、シナリオブックを調べてみたら、
喪部が鍵を手に入れた翌日に、速攻、組織が来襲していました。気が短いヤツめ。
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