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― 九龍 小ネタ 石の花園 ――

「翠三桃洗は、流れるような綺麗な造形でね。石はそのままで美しいけれど、あの技術は凄かったと思うよ」
「うわー。いいな、これ欲しい。乾隆款龍紋翠杯盤。あ、出雲大社の勾玉、どんな感じだった?」

絵葉書に加工された翡翠の写真を、葉佩が羨ましそうに――もの欲しそうに眺める。

「ああ、深緑で龍を象った彫刻がされていて、確かに君が好きそうだね。勾玉は優美で大きくて凄かった。縄文時代にあんな技術があるなんて素晴らしいよね」

あの子たちも沢山の賞賛の声を貰って、本当に嬉しそうだったよ――と、自身もとても嬉しそうな顔を、黒塚はしていた。

「俺も行きたかったな……あれ」

混雑する展覧会でも、彼は石と会話をしてたのかと、一瞬疑問に思った葉佩は、それよりも大きな問題点に気付いた。

「どうかしたのかい?」
「ここ、外出禁止……だろ?」

特例はない筈。
ああ、そんなことかと、役員でもなく、執行委員でさえない一般生徒は、あっさりと言った。

「生徒会長に頼んだんだよ」

当然のように。
ふんふん、そうかアモちーにと、納得しかけた葉佩であったが、直後、驚愕のあまり立ち上がってしまった。

「……アモちーに語ったのか」
「熱く語らせて貰ったよ。理解してくれたらしく、外出許可をもらえた」

黒塚は平然としていたが、それはとんでもない偉業であった。そもそも、役員のガードを、どうやって破ったのか。

「役員に怒られなかったん?」
「一緒にご清聴頂けたよ。眼鏡の彼なんか涙ぐんでたほどさ」

ああ、そりゃ泣くだろうなと、葉佩は頷いた。
なんというか……黒塚さえ居れば、最終決戦も楽に勝てるのではないかとも思った。


「おや、どうなさったのです?」

屋敷を訪れ、応対に出てきたダンディ執事に、葉佩は恐々と問いかけた。

「お見舞いというか……アモやんの加減をお伺いに。熱でてませんか?」

あの黒塚の語りを、まともに喰らってしまったのだ。
葉佩はある意味で――まあ、あそこまで深くはないが、同類と言える。
収集対象が石に限定されていないだけで、モノへの収集癖も理解できるし、なにか意思のようなものが込められていることも認めている。

だが、生徒会長たちは、そういう意味でなら、普通の人なのだ。

「ばっちり出ております。……四十度近く」
「あ〜」

なんというか、『あちゃあ』であった。
役員たちは、全員倒れていた。熱が出ていた。毒気に――と言ったら、黒塚に少々悪いが――中てられていた。

ここまで威力があるのならば、最後の階層に足を踏み入れる前に、黒塚に長々と語らせようかとも思ったが、生真面目な生徒会長は、きっと高熱であろうとも、懸命に立ちはだかるだろうから、可哀想なので止めておく。

「お見舞いの品を持ってきました。夜中になると動き出す土偶とか、たまに奇声を発する人形とか……」
「是非お持ち帰りください」

きっぱりと告げると、執事はさりげなく、内部への進路を遮った。
皆、嫌がるなあと、葉佩はしょげた様子で土偶等を、どでかいリュックにしまう。既に先に見舞った副会長補佐役とか書記にも断られていた。会計には凄まじく冷たい目で見られた。

「で、本当は、これです。真面目に作ったもので、妙な材質は入ってません。お口に合うようでしたら、あげて下さい」



寝込む若き主の部屋へ、静かに影が忍び込む。
生まれたときより慣れた気配に、墓守の長は、目を開けた。

「厳十郎か」
「お目覚めで御座いますか?」

重々しく頷いた主の顔色が、随分とまともになっていることを確認した上で、食欲の有無を尋ねる。軽いものならばと答えた主に、執事はあるものを手渡す。

「……うまいな」
「ふ、きっとお喜びになるでしょう」

半身を起こし、口に運んだ主人が、思わずといった様子で洩らした感想に、執事はそっと笑みを溢した。

「葉佩さんの手作りだそうで」
「ぶッ」

大きく咳き込んだ主に、さっとティッシュを差し出して、執事は微笑む。

「遺跡のものは使用してないとのことです。卵のうも媚薬も蛇の皮も魚肉も」

バーの備品がいくつか減っていた気は致しますが――と、目を光らせながら、執事は続けた。

「礼を……、いや、俺から伝えるべきだな」
「その方が宜しゅうございましょう」

あの騒がしい宝探し屋は、他の役員たちにも、お見舞いだと彼ら自身の好物を配ってきたらしい。

複雑な表情のまま、それでも優雅なスプーン運びにて、食べ続ける主の姿を、執事は笑みながら見守っていた。

前に葉佩に好物を聞かれた際に、彼はそんなものはないと答えたという。
ゆえに、葉佩はこんなもので良いのか不安ですがと、前置きした上で、牛乳プリンを二つ渡していった。

『生徒会室から、よく牛乳が『獲れ』ますので、割と好きなのかなと思いまして』

根拠を聞いたならば、また主の青筋が増えてしまいそうだが、葉佩の推論は正解であった。
毒見用にどうぞとの言葉通り、執事は一つを念のため口にしたのだが、確かに美味かった。

ベースとなる牛乳の味が、どう考えてもバーで利用しているものだという事実は、そのうち彼とはきちんと話をしなければならないと決意させたが。

「……何か適当な品を用意しておいてくれ。奴に借りをつくるなど御免だ」

拗ねたように、寝床へ頭まで潜り込んで、彼は呟いた。
執事は畏まりましたと頭を下げて、厳かな声音で、顔には笑みを浮かべ、退出する。

「お休みなさいませ。どうか良い夢を」

寝室の扉を閉めながら、執事は淡く下らない希望を抱いた。

主と葉佩が敵だということくらいは、深く理解している。
それでも――こんな日々が、少しでも長く続けば良いと心から願った。


石くん、翡翠の展覧会を見に行く為に、会長に掛け合うの巻。

丁度開催期間が、九龍の頃だったので。
冒頭はギャグだったんですけど、なぜ半端にシリアスが混じるんですかね。
あと、題名と内容が合ってないですね。
……セバスチャンの夢とか?