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―― 九龍小ネタ 美味○んぼ ――

メシをたかろうと思った皆守は、料理上手の部屋へと向かった。

作らせるメニューは、やはりカレーか、変わり所でマトンカレーか、あっさりとチキンカレーか、ヘルシーに野菜カレーか、それとも今日は気分を変えてカツカレーかなどと考えながら扉を開けると、和食によるものと思われる上品な香りが漂っていた。

発生元であろう簡易キッチンへ足を踏み入れた皆守は、並んだ仰々しい調理道具と、料理人の姿とに、しばし言葉を失った。


「……何をしてるんだ?」
「見て分からないか?」

分からない。より正確に言うならば理解したくない。

「……分からないから聞いている」
「常識が足りなくないか? 調理中に決まっている」

しばらくしてから、どうにか搾り出した皆守の問いに、もの凄く気合の入った葉佩が答える。
話し掛けるな阿呆といわんばかりの集中力を発揮していた。

確かに本気なのだろう。真剣度がいつもと違う。

だが純白のフリルのエプロンは、とりあえず止めろと言ってやりたかった。胸のところがハート型なのも止めて欲しい。
あと、エプロンに三角巾は、なんだか合わない。




それからしばらくの間、本当に真剣な表情で――格好はともかく――料理に集中していた葉佩は、一口味見をして頷き、火を止めた。

「よし!! 秘伝のかにすきができた。味見することを許可するぞ、カレー舌」

カレーのルウをいきなりぶちこんで、やっと食える味になったと笑ってやろうかと、むかつく呼び名に皆守は真剣に考えたが、この調理の腕だけは確かな転校生の自信作とやらには、興味があった。


基本的にはスープ、お情けレベルに小さなカニの欠片の入った『かにすき味見セット』を一口啜り、皆守は驚愕に目を見開いた。

「……う、美味い」

海原雄山ですら納得しそうな美味さであった。京極さん辺りならば、きっと涙を流す。栗田さんなら、しゃっきりぽんだ。

材料の豪華さを考えたとしても、美味すぎる。

「ふっふっふ、やはり愛情は最大の調味料なんだな〜」

くるりとターン。
気色の悪いほど上機嫌の葉佩に、皆守は青褪める。

「悪いが、そっちのケはないぞ」
「お前相手ではない」

一歩引いた皆守に、葉佩は一瞬素に戻り、トーンが二段階は落ちた声で応じる。



「奈々子さんからメールをもらってさあ」

でへでへとだらしなく笑う同級生から、メールの文面を見せられた皆守は血の気が引いた。これはただの愚痴だ。彼女も、きっと本気ではない。

「正気に返れ! メールで知り合いに適当に、『疲れた、寒い、暖かいナベでも食いたい。カニとか良いな』と愚痴っただけで、最高級のかにすきを本当に持ってこられてたら、普通は引く!!」
「正気を失うことが、恋の成就のコツさ」

手際良くよそう椀さえもが、どうにも高級品。
この前、器が見つからないからと、ジョッキでうどん食っていた奴と同じ人間の持ち物とは思えないほどの上等な品であった。


「ほら、連絡先もらえたぞ。どこ行こうかな」
「……なんでだよ。……俺が間違ってるのかよ」

愚痴ったメールに対し、本格高級料理を振舞われても、あのウェイトレスは引くこともなく喜んだらしい。

だが、流石に、遺跡に連れ込むのはどうか。
連絡先を教えてくれた意図は、きっと、『少し気になるカレに歩み寄る』という程度のはず。遺跡に同伴OK――ということでは決してないだろう。

執行委員たちのように助けられたわけでもなく、八千穂のように事件に巻き込まれたでもなく。
黒塚や七瀬のように、遺跡に興味があるわけでもなく。

理由もなく、なんら力を持たぬ一般人である彼女が、非日常に耐えられるとは思えなかった。



「それッ!! えいッ!!」

後に、特に何の問題もなく、化人にピザを投げたりして、協力している彼女の姿に、皆守は自分の常識こそが間違っているのか、真剣に悩んだ。

そして、遺跡にぽつぽつと落ちている傷んだピザを見て、何となく、力なく、ぽつねんと思った。


多分環境に優しくないんじゃないかな――と。



仲間内で、奈々子さんが一番偉いんじゃないかと思いました。
ある意味で。