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とある街の曲り角にて、ふたりの青年がぶつかった。

「「Exucuse……」」

なんとなく互いに黙る。
なぜなら相手は、こんなとこで早々会うとは思えない、同国人の外見をしていたから。

「あ……申し訳ない。少々不注意で」
「いえ、こちらこそ」

軽く頭を下げ、日本語にて謝罪しあう。
だが、特にそれ以外の会話するでもなく、それぞれの行き先へと歩みを進める。

このままであれば、彼らの運命は交差することなく、すれ違うはずだった。
茶髪の青年が、少し先の道端に落ちたものに気付かなければ。

「ん?」

だが、足早に立ち去った青年のものであろう落し物に気付いてしまった茶髪の青年は、それを拾い上げた。
小型のコンピュータは、そうそう安物とも思えず、まだ急げば追いつけるかと、足を踏み出そうとした瞬間、動きを止めた。

慣れ親しんだ、危険の空気。
周りを囲む敵意を持った気配たち。

「○△×……××!?」
「△△○○×○○!!」

エジプトで交わされる、早口の英語。
一応、理解程度は可能な青年は、失敗を悟った。

彼らが口にしているのは、纏めれば『例の機械を持っているし、東洋人だから、目的の人物だ』ということ。

「マジでか」

青年は泣きたくなった。
例の機械とは、このハンドヘルドコンピュータもどきであり、目的の人物とは、自分のことであろう。

殺気立って囲む相手に、納得させるだけの流暢な英語での説明は思いつかないし、彫りの深い典型的西洋人顔の彼らに、日本人の顔の区別をしていただけるとも思い難い。

厄介事に巻き込まれるのは、いい加減慣れてはいたが、旅先で、他人の事情に引きずり込まれるのは、さすがに酷いと思った。

敵意というよりも殺意の中で。
いい加減面倒になってきた青年は、力任せに切り抜けようかと思った。

目付きが、目の色が、変わろうかという瞬間に、横手から『こちらだ』と老人の声が掛かる。

それは、救いの声であった。
――青年よりも、囲む男たちにとって。




案内役と名乗った老人に、PCに使用者たる名前を入力するよう促された。

ここはやはり王道として御○苗優か、それとも原典を大切に八○大か。
結構真剣に悩んだ彼であったが、やはりパクリはよくないと首を振る。

では痛い名前はどうか。
十六夜沙羅紗とか蘇芳杜岐耶とか、絶対小学生のうちは書けないであろう画数で、笑ってしまうほど綺麗な字面の、その筋の人間には痛い!!と絶叫されそうな名にするか。

色々と悩んだ後に、画面に入力し、半ば笑いながらエンターキーを押下する。

だが、残念なことに、渾身のギャグは機械にスルーされた。
合成音声が応じる。――確認しましたと。

「居るのか!? おい!!」
「何を騒いでおるのじゃ」

案内人は首を捻った。このハンターは、名前を入力するだけで、何を一々騒いでいるのか。


―― 1st.Discovery 年齢不詳の転校生 ――


「転校生の……び、毘沙門天くんです」

転校生の大人びた端正な顔立ちに騒いでいた生徒たちが、教師の紹介に、しんと黙り込む。

心は一つ。

『どんな名前だ』

もうどうにでもなあれと、完璧なまでに自棄になっている転校生は、黒板に流麗な字で矢鱈と画数の多い字を書き、穏やかに綺麗に微笑んで名乗った。

「はじめまして。これからよろしくお願いします。――――毘沙門天 龍夜です」

照合に通った名前は毘沙門天 龍夜。
居る筈ねえだろこんな名前――と入力した名への答えは、照合完了。

その後は、幾ら人違いを主張しようと聞き入られることはなく。
ぶつかった青年の組織らしき連中も、敵対するらしき連中も――聞く耳持たなかった。

あまりにむかついて、追手である敵組織らしき連中を、片っ端から叩きのめしたことも、マイナスに働いた。
見事な任務成功に、次の任務が与えられ、あとは幾ら主張しようとも、話はトントン拍子に転がりつづけ、今――ここに在る。

二十四歳にもなって、学生服を身にまとって。
六年前の春と同じく、転校生として、美人教師の横に立っている。

己のトラブル吸引体質は熟知しているつもりであった。個人レベルならば、もはや哀しむことすらなく、早急に解決するようにしている。
だが、秘密組織だかなんだかの一員として巻き込まれるのは、なにか可笑しいだろう。

「184センチ、77キロ。スリーサイズは秘密です」

次々と繰り出される質問に、にこやかに受け答えながら、転校生の心はとても荒んでいた。
壊れ気味であったといっても過言ではなかった。




学園内を案内され、意味ありげな登場人物たちと次々と挨拶を交わした転校生は、自室へと戻ったとたん、ベッドに寝転んだ。

だらしない姿勢にて、指令であるメールを眺めた転校生は、一時間はたっぷりと悩んでいた。

脱出を主とするか、任務を主とするか。

いっそもう、ロールプレイングとして割り切った方が良いのかもしれない。
協会所属のハンターとして行動し、任務を達成して、外部と連絡を取り、MM機関なり陰陽寮なりの実力者である知人たちに動いてもらう方が楽かもしれない。

諦めの気持ちで自室にセットされたパソコンを立ち上げ、情報通りに武器を扱うサイトにアクセスし、沈黙し、またしばらくの間、床をごろごろと転がった。

「ぼったくりやがって、あのばカメ」

もうこの上なく、知人の運営するサイトであった。雛型の段階で見た記憶がある。
消去してやれば良かった。そう思うほどに、全般的にクオリティはともかく値段が高い。

「そもそもShadow Of Jadeって恥ずかしいぞ」

自分の名前をサイト名に入れる。そうそうできることではない。

「はー。こうなりゃ楽しむか」

知人のサイト――その気になれば連絡できる接点が、脱出を後回しにした。
ごそごそと、荷物をあさり、のろのろとした動作ではあるが、装備を身につけた。




「へへへ〜、こんな時間に墓地で何してんの?」

無邪気な少女の笑顔に、本気で頭が痛くなってきた。
彼が通常人の気配すら掴めない筈がない。だが、現実に気付けなかった。

舌先三寸そのもので。
適当に口先だけで応対しながら、転校生は、この学園の違和感の元を理解した。

少年少女の集う全寮制の学校としては、信じがたいほど活力がない。エネルギーがない。皆――気配が希薄すぎるのだ。
こんな活発な少女でさえも。

まるで、どこからか、常に吸収されているかのように。


「まったく……困った連中だぜ」

現れた無気力くんは、しっかりと気配があった。
飛び上がった八千穂の肩を安心させるようにポンと叩き、転校生は振り返った。

「八千穂はともかく転校生のお前まで、墓場で肝試しか? それに……何だそのイカれた格好は」

枕が替わったからちょっと寝付けなくて――などと、言い訳を口にする。
自室に届けられた装備一式から、身にまとっているのは、ベストやナイフ程度。

「格好は趣味だ、ほっといてくれ。迷彩服・軍服サイコー」

暗視スコープやら重火器など、どうみてもおかしいレベルのものは置いてきたのは幸運だった。
ミリタリー趣味と言い張れなくもない。
凄まじくギリギリの線ではあるが。




更に墓守の老人にも見つかり、不穏フラグを着々と築く己のイベント吸引力に本気で泣きそうになりながら墓地を後にした転校生は、不意に顔を上げ、校舎の屋上に視線をやる。

「毘沙門天クン、どうかしたの?」
「……この学校でロングコート着てる奴居る? まだ9月だけど」

一瞬黙った同級生ふたりが、生徒会長だと答えたことで、転校生は確信した。

視線を感じた先には、雰囲気たっぷりに、屋上でコートをなびかせる長身の男がいた。

というか、目が合った。
常人には見える筈のない距離と暗さではあったが、互いに常人ではない。

魔人だからこそ、気配やら視線やらを感じとれる。
力があるからこそ、学園中にて何らかの手段で少しずつ行われているであろう生気吸収の影響を受けない。

一般生徒は、存在を感じにくい。
力ある者は、普通に気配を掴める。

絶対の判別方法が確立されてしまった。

「つ、つまんねー。ネタバレ喰らった気分だ」

打ちひしがれた様子で、転校生はヨロヨロとその辺の墓に寄りかかった。墓への嫌悪感とか恐怖とか畏怖とかは特にないらしい。

「ど、どうしたんだ、転校生」
「あー、……気にしないでくれ」

折角前向きに、ゲームを楽しむ気分になったというのに。
彼には分かってしまう。彼の瞳には、力の有無が映ってしまう。

誰が一般生徒の中に潜む執行委員なのか――そんな謎は、意味をなさない。

というよりも、現時点で既に、紹介されたクラスメイトの白岐と――目を丸くしているやる気のなさそうな同級生に、力があることを理解してしまう。

特に彼は酷い。先程ちらりと見えた人影――よりによって生徒会長だという――と、遜色ないだけの力がある。
本当にラストもしくは、間際の敵だということなのだろう。

まあ、友人的に近付いてくる人間だ。
クライマックスにて、衝撃的に正体を明かしてくれる『予定』なのだろう。

酷いネタバレだと思う。
図書室で借りた推理小説の人物紹介欄の名前が丸で囲われ、こいつが犯人と朱書きされているようなものだ。

「いや、ここまできたら、意地でも楽しむけどな」
「「?」」

なぜか苦渋に満ちた表情で呟いた転校生の不思議な行動に、八千穂と皆守は不思議そうに顔を見合わせた。

「さーて、色々見られちゃったし、これからもよろしく。ふたりとも」

転校生の一点の曇りもない整った笑顔は、何故か暗闇にこそ、ひどく映えた。


八千穂はこちらこそ――と無邪気に微笑み、
皆守はああ――と躊躇いがちに頷いた。