TOPへ

―― 2nd.Discovery 蜃気楼の少年 ――

どすん、どがん、どんがらがっしゃん。

騒々しい音を立てて転がった転校生を、皆守は静かに見下ろしていた。

別に倒した訳ではない。
……いや、ある意味でならば、倒したといえる。

ただ質問したのだ。

お前宝探し屋なんだって? ――と。

「見事な足ズッコケかましたじゃないか!! ……なあ、やっちーか? やっちーからなのか!?」

黙っていればという前提が必要ではあるが、ハンサムの範疇に入る整った顔立ち。
帰国子女という煌びやかな肩書き。長身。

既に女子生徒たちの注目の的となっている転校生は、よろよろと起き上がり、皆守が頷いたのを見て、ぎゃあぎゃと騒ぎ出した。

「くっそー、キスして舌入れて、お前はもう私の虜、口外することなど許さない――とか、少コミ的な展開を繰り広げれば良かったのか!?」
「……お前帰国子女だろ。なんで少女漫画なんか知ってるんだよ」

皆守も少女漫画に詳しい訳ではないが、最近の傾向として少女漫画の止まらぬエロ化――筆頭は少女コミックという雑誌――という話を、耳にしたことがあった。
だが、つい最近戻ってきたばかりの帰国子女が、なぜそんなことを知っているのか。

一般常識だろうと平然と答えた転校生は、やっと精神が落ち着いたのか、腕を組みポーズを決めて語りだした。

「いいや違う。俺はトロ職人。築地の十二代目であり、先代の父が普通の職を選んだ隔世相続の為に冷遇されているから、この学園に眠る伝説のネタを手に入れ、周りを見返す――」
「葉佩クン、昨日より代が増えてるよ?」

ひょこっと顔を出した元凶――八千穂に、途中で遮られた葉佩は、モデル立ちのまま、つーーと傾いて、壁に寄りかかった。

「おまけにどっかの歌舞伎俳優の話をぱくってるな」

八千穂の突っ込みと皆守の追撃に対し、君ら突っ込み厳しい――と非難がましく呟いた葉佩は、不意に静かに八千穂を見つめた。

「あ……その、ごめん。だって、皆守くんに誤魔化しきれなくて」
「酷い。ふたりだけの秘密だっていったじゃないか」

ごめんねーと逃げていく八千穂の背中を見ながら、葉佩は肩を落とした。
次いで、見計らったように届いたメールに目を通し、本当に眩暈を感じた。

差出人は七瀬。内容から、もうこの上なく勘付かれていると分かった。

八千穂は――トレジャーハンターという単語が思い出せなかったばかりに、七瀬に聞いたのだろう。服装や装備を具体的に挙げて、遺跡に埋もれた宝を探し出す人たちの職業名を。

わーい四人目だと呟く葉佩の声は乾いていた。

「八千穂に見つかったのが運の尽きだったな」

少し同情するかのような皆守の言葉に、葉佩は全くだと深く頷いた。
なんか出だしから躓きすぎて、段々楽しくなってきた。脳内麻薬が出てるのかもしれない。

今後、正体を聞かれたら、必ず明かすという自分ルールを設定したろうかとさえ思っていた。

「ところでお前ら、今日も墓地に行く――」

皆守の言葉を遮るかのように響いた悲鳴に、ふたりは同時に顔を上げた。
音楽室からだと呟き、駆け出した皆守に、追走しながら、葉佩は首を捻った。

確かに悲鳴が聞こえたというのに、他に反応している生徒たちは居ない。俯き押し黙ることはしても、助けに行こうなどとは思わないらしい。


「手……あたしの手が……」
「こいつは……」

泰然としたところがある皆守でさえ、絶句していた。
倒れていた女子生徒は、壊れたように、手が手がと繰り返す。

双方とも、仕方のない反応だろう。
彼女の手は、まるでミイラのように干からびていた。手だけが干物と化していたのだ。

音楽室に居た怪しい男が、突然襲い掛かってきたのだと語る彼女は、恐怖を思い出したのか、錯乱しだす。
とりあえず彼女を保健室に運ぶといった皆守に、葉佩は頷いて応じた。

「ういよ」

平然と女生徒を気絶させた葉佩は、彼女を軽々と抱え上げた。
確かに百八十後半はあろうかという長身ではあるものの、それほど筋肉質には見えないのだが、何ら苦ではないらしい。

「うぉい、わかめ、保健室どっちだっけ」

気絶させる無茶も含めて、思わず呆けてしまった皆守に、葉佩は問いかける。

「誰がわかめだ。1Fだ」

我に返った皆守は、一応言い返してから、まだ校内に不慣れな転校生を先導するために、先に進んだ。


「おい、急患だ。いるかカウンセラー、おい?」

保健室で大音量は良くないような気がするという葉佩の内心をよそに、皆守はかなりの大声で叫んだ。
その声に反応したのか、奥から出てきた人影を見て、葉佩は斬新な保健医だなあと感心した。直後に、そんな筈ないと気付いたが。

「そこをどいてくれ……」
「ああ、失礼」

通り過ぎた生徒らしき人物は、葉佩よりやや背が高かった。
日本人って小柄なのではなかったのか――と、小さく呟いた葉佩の声が聞こえたわけではないだろうが、やたら青白い顔色をした彼は、立ち止まり振り返った。

「君は……誰だ?」

早速宝探し屋だと名乗ったろうかと思った葉佩だが、流石にそれでは馬鹿丸出しなので、普通の転校生としての紹介に留めておいた。
3−Aの取手 鎌治と名乗った彼は、どうにも暗い顔で保健室を後にした。

「大丈夫かよ、取手の奴……、そうだ、そんな場合じゃない。おいカウンセラーッ!!居ないのか!!」

取手と、そして気絶した女生徒と。
忙しく心配する皆守に、本当にオカン体質なのだなあと、葉佩は感心した。

「騒々しいな。そんなに大声を出さなくても聞こえている」

落ち着いた女の声が応じる。
椅子に腰掛けて、煙草をふかしていた女性は、チャイナ服に白衣を纏っていた。

チャイナ・白衣・煙草。
一体、どの辺の層に訴えたいんだと、葉佩は少し疑問に思った。

自分に視線を移し、見ない顔だなと首を傾げた彼女に、葉佩は何度目かの名乗りを上げた。

「転校生の葉佩九龍といいます」
「ああ、職員会議でそんな話が出ていたな。私は劉 瑞麗という」

彼女は、中国福建省から、去年この学園に赴任してきたばかりだと言った。

「じゃあまだ新しいんですね。お友達」

転校生と並び、新任の職員は、注意すべきだろうと思っていた。
ましてや、わざわざ国外からやってきたという彼女は、性格の一言で済ますには、落ち着きすぎていた。それゆえ、葉佩は笑顔で彼女を要注意人物と認識した。

「怪我がなくても、何か悩み事があればいつでも保健室に来るといい」

転校生を――新入りを警戒するのは、他の組織でも同じ事。優しく手ほどきしてあげようと、悪戯っぽく笑む彼女に、葉佩は笑顔でお願いしますと頷いた。
実際は手の内の探り合いなのだが、彼からみれば、どうでも良い会話に、痺れをきらしたのだろう。皆守が、苛立たしげに間に入る。

「んなこと話してる場合じゃないだろッ!!こいつを見ろよ。手が干からびて――」

怪奇現象にも動じることはなく、劉は平然と、まるで精氣が吸い取られているかのようだ――などと口にした。

てきぱきと女生徒の診察を始めた彼女に任せて、葉佩たちは保健室を後にする。
ちらりと振り返った上で、面倒事に巻き込まれたくないと嘯く皆守に、本質はオカンの癖になどと思ったが、葉佩は突っ込みはせずに、適当に応対していた。

劉先生は、どこの人なのだろうなあと、いくつか候補を思い浮かべながら。


放課後、またも自然に皆守と一緒に、寮までの短い帰宅路を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえた。しかも、かなり切迫した状態のものが。

「ん……? この声は取手?」
「砂だ……、黒い砂だ……。やめろ、こっちに来るな!!止めろォォォッ!!」

何か見えているのか、取手は辺りを恐怖の眼差しで見回し、必死の形相で走ってきた。

だが、何かあったのかと訊ねる皆守に、彼は、何もなかったよと、不思議そうに答えた。
演技などではなく、一瞬で忘れたかのように、平然とした態度で。

納得できない皆守が、再び問う前に、明るい声が掛けられた。

「あれ、みんなで何してんの?」
「八千穂にカウンセラー、何でお前らが一緒に?」

玄関で一緒になったんだという八千穂に頷いた後、劉は笑みとともに物騒な忠告をする。

「まっすぐ寮へ帰った方が良い」

学園内に化け物が出没するらしいと微笑む保健医の余裕に、もう少しオロオロするなり、眉唾だと疑うなり、『普通の人』として反応すべきではないのかと、他人事ながら、葉佩は心配になった。

尤も、化け物はどんなものなのか――だの、墓に秘密があるんじゃないか――だの、包み隠さず口に出す八千穂に、人の心配をしている余裕はないと、悟ったが。
口止めを真面目にしないと、何をばらされるか分かったものではない。


押し黙っていた聞いていた取手が、墓には近寄らない方が良いと、ぼそぼそと呟いた。
ありがとう、でも――と八千穂が言いかけたとき、取手は、唸り頭を抑えた。
だが、心配する劉先生に対し、平気ですと、彼は青い顔のまま応じる。

痛みに慣れきったような彼の言動に、八千穂が心配そうに言った。

「取手クン、具合が悪くなったら、遠慮なくあたしたちにいってよ」
「君たちでは、僕を救うことはできないよ」

取手は、あくまで暗く首を振る。
専門であるルイ先生ですら、救えないのだから、君らに何かができるはずがないと。
嘲笑とは違う、諦めきった顔で、彼は言った。


行かなくてはならないところがあると言い残し、取手は去っていった。

彼について、保健医はいくつか補足するかのように語った。

取手には、墓地に起因するらしき心の闇があること。
若くして死した姉に関する記憶が、彼の中ではごっそり抜け落ちていること。
防衛機制によって、悲しみの大元である姉の死を忘れながらも、彼の心は救われていないこと。

墓地が関係していると聞いた八千穂は、昨日見つけた怪しい穴に潜ってみれば分かるんじゃないかと言った。

「取手クンの失われた記憶を取り戻す鍵は、あの墓地の怪しい穴にあると思うんだ」

あ〜、あ〜、あ〜、もうばらした――と葉佩が反応に困っているうちに、先に皆守が激しく否定した。
お前の勘なんかに振り回されるのは御免だと。

「それに、心の傷なんてのは、誰にだってある。誰の力も借りず、自分で乗り越えるべきもんだろ」

何でそんな薄情なことを言うの――と怒る八千穂の頭に、ポンと手を置いて、葉佩が反論を引き取った。

「別に肩代わりするわけじゃない。少し手を貸すだけで助けとなれるのなら、寄り道してもいいかと思う」

皆守の言葉は酷く正しい。傷は自分の力で乗り越えるもの。それは当然の心構え。
おまけに自分は万能ではない。奇跡の癒しがあるわけでもない。

けれど、ほんの少しのきっかけで救われる人がそこにいるのならば、手を貸しても良いと葉佩は思った。
劉先生にまで墓の穴の存在がばれた以上、今更極秘裏に進める必要は無くなったのだから。

「これから取手のような人間をいちいち助けていくつもりか」
「必ずじゃない。けど、助ける手段と余裕があるときくらい、いいだろ。探索のついでだ」

表情に険が増す皆守に、苦笑しながら応じる。

己が身を投げ打ってまで、他者を救う聖人にはなれない。
何があろうとも、どんな状況でも、苦しむ人を救うことはできない。

それでも主目的のついでならば。
己も相手も助けられるのなら。

「勝手にやれ。ただし、俺を巻き込むな」

吐き捨て去っていった皆守の背を、八千穂は呆然と見ていた。
あんな皆守クン初めて見たという彼女の呟きに、彼も根が深そうだなあと葉佩は思った。

あの世話好きの気質に、無気力な表面。
悲劇の主人公ぶる奴も偽善者も嫌いだと吐き捨てた彼の口調は、普段から考えれば強すぎた。


部屋で武器やら携帯品を整えていた葉佩は、部屋の前で止まった気配に顔を上げた。
ノックするべきか迷っているのか、ドアの前で固まっている人物に、声を掛ける。

「もじゃお? 今開けるよ」
「名前で呼びやがれ」

反射的に言い返してしまった皆守は、舌打ちした。
まだ、どうすべきか迷っていたというのに。

仕方なしに部屋へ足を踏み入れた彼は、呆気にとられた。
所狭しと並べられたのは、映画でしか見たことがないような銃器類。

「……これ、墓に持ち込むのか?」
「ショットガンはでかいから持ってかない。ハンドガンとナイフと爆弾いくつかくらいだ。……まずは」

で、どうしたんだ? と首を傾げる葉佩に、皆守はさっきは悪かったと頭を下げた。

「八千穂の言うことも一理あるかもしれない……墓地に行くなら、俺も誘ってくれ」
「ああ、けど時間に余裕あるから、メシ食いに行こうかと思ってたんだが」



選択肢など、生徒には殆どないわけで。
男ふたりで連れ立って、食堂のドアをくぐると、店員が駆け寄ってきた。

「いらっしゃいませ〜、マミーズへようこそッ」

ビラ配りだとかで、昨日顔見知りとなったばかりの、新入りだといっていた少女――舞草 奈々子が、テンション高く出迎えた。

ご注文はお決まりでしょうか――というお決まり文句に、葉佩はにっこりと笑った。

「奈々子さんがいいな」
「ぶはッ」

皆守は、飲んでいた水を吹いた。
葉佩はとろけるような笑顔を浮かべたまま、平然とトレイでガードした。

メシ食いにきて、ついでのように女を口説くなと突っ込みたくなったが、葉佩はそんな隙など与えずに、ウェイトレスに対し、ガンガンに攻勢で突き進んでいく。

「えええええ〜、あたしですか〜ッ!?」
「初めて貴女にビラを貰ったあの時から、私の心は――」
「おい、こいつは帰国子女だから簡単にその類の言葉を吐くぞ、信じるな」

律儀に狼狽する店員に、イタリア人みたいなもんだと思って、気にするなと皆守は告げた。
軽い男みたいに言うなよ〜という転校生の抗議は、おしぼりを投げて黙殺する。

こいつなら、罰ゲームにありがちな、ハンバーガー屋でのスマイルの注文も、恥ずかしげもなくこなせるに違いない。


「またね〜、奈々子さん」
「は〜い、またのお越しをお待ちしておりま〜す」

お前はこれから、あの危険な墓へ潜入するんだろうが――と蹴りをかましたい気分を、必死に抑え、皆守は自分よりも背の高い男の首根っこを引っ掴んで歩き出した。
ずるずると引き摺られながらも、まだ手を振っている葉佩を睨み、問う。

「やる気あんのか、お前は」
「あるけど今から出しても馬鹿だろ?」

予想よりもずっとずっと静かな声で応じた葉佩は、すっくと立ち上がり、すたすたと歩き出した。

「じゃあ、後でメールする。寝てたら寝てたで構わないからな」
「……行くって言っただろうが」

突然変わる葉佩に、調子を狂わされる気がして、皆守は頭を乱暴に掻いた。
本当に急に変わるのだ。顔つきやら雰囲気が。


「さて、ふたりにまずお願いしたいことがあるんだけど」

プロからの訓示に、姿勢を正したふたりに告げられたのは、不可思議なこと。

「俺が戦闘始めても、できればあまり引かないで欲しい」

危険な仕掛けや動物への注意ではなく。

「なんだ、そりゃ」
「どういうこと?」

ロープから降りたばかりの場。広間のような空間で。
ガンガンに生命反応があるなあと、端末のようなものを覗いていた葉佩が最初に口にしたのは、そんなことであった。

「う〜ん、皆、ザリガニが後ろに下がるように、引くんだよ。戦闘中の俺を見ると」


蝙蝠というには大きすぎる影の襲来に、八千穂が悲鳴を上げる暇も、必要も無かった。
パシャンという小さな音。

ふたつに断たれた蝙蝠もどきの残骸が、左右に落ちる。

ギィという、遠くでの微かな鳴き声と同時に、銃声が轟く。
銃を取り出す様子など見えなかった。けれど気付けば彼は銃を手にしていた。

暗闇の向こう側で、何かが弾ける音が、確かに響いた。


「あ……あ」
「八千穂……声を殺せ。さっきの葉佩の顔を見ただろう」

震える八千穂に、皆守は小声で告げた。

先程の葉佩の表情は、苦笑という言葉で済ますには、哀しすぎた。
『お願い』を口にしながら、諦めと自嘲の混じった顔をしていた。

彼女も、それは分かっているのだろう。
頷き、口元を抑え、懸命に洩れる悲鳴を押し殺す。

それでも尚、堪えきれないほどに、今の葉佩は恐ろしかった。

感情など微塵も無い硝子細工のような目。
大振りのナイフと拳銃を慣れた手で、滑らかに入れ替え、鮮やかに止めを刺す姿。

皆守でさえ、背筋に寒気が走る。
問いに大袈裟にスッ転んだ男と――ウェイトレスに笑顔で手を振り続けた男と、同一人物だとは思えなかった。

『敵影 消滅』

コンピュータの合成音が告げても、葉佩はまだ緊張を解かなかった。
己が目と感覚で確認し、それからやっと銃をしまう。

「……ごめん、怖くなかった?」
「あ……う、うん。あんな大きな蝙蝠、初めて見たから、びっくりしちゃって」

ごめんねと謝った、八千穂の下手な――そして、優しい嘘に、葉佩は微かに笑った。

「……大丈夫かな。多分この先、もっとエグイ姿のやつがいるよ」

今のうちに引き返すかと問う葉佩に、八千穂はふるふると首を横に振った。

たとえ皆守が、いや、葉佩も行かなくても、ひとりでも、取手を助けに行くと思っていたのだ。
大体、自分が付いてきたから、葉佩はあの姿を見せる羽目になったのだ。怖いから帰るなどとは、口にできる筈がなかった。


「ちなみに、どんなのが居るんだ?」
「はっはっは、人型。ゾンビみたいなやつの反応が検出されてる」

ゾンビ。
妙に明るく口にされた、嫌なイメージしかない単語に、ふたりは顔を顰める。

「しかもこの部屋に」
「いやぁッ!!」

ライトを顔の下に当てながら続けられた葉佩の言葉に、八千穂は飛び上がった。

「葉佩、この状況でふざけるな」
「いてて、この部屋ってのは本当だって。多分仕掛け連動式なんだよ」

ある程度近付いたり、宝箱を開けるなり、なんらかの挙動に反応するものなのだろうと、皆守にこめかみをぐりぐりされながら、葉佩は説明した。

「でも、ゾンビなんか隠れてたら、気付きそうだけど」
「連動式は、大抵、無機物に偽装されてるからねぇ。そのミニ土偶か、正面の彫刻みたいのが怪しいかな……ほら、連動式だった。下がってて」

説明しつつも、さっさと宝箱を開けた葉佩は、溜息を吐き、瞬時に銃を構える。

見事に予想の通り。
彫刻からミイラのような化け物が現れる。

タタタンという軽い音。
それだけで、化け物の五箇所が一斉に穿たれる。

眉間、手首、胸部、腹部、足首。

崩れ落ちる化け物と端末とに目を走らせた葉佩は、もう一体の化け物には、足首だけに二発放った。
先程とは異なり、化け物は二発で塵と化した。

「今の何で? クリティカルヒット?」
「やっちー、ゲームやりすぎ。弱点だよ」

葉佩は苦笑しながら、端末に表示された情報を見せる。
今のミイラのような化け物の外観やデータが、やたら細かく記されていた。

「えー、何これ? すごいね」
「H.A.N.Tっていう、うち所属のハンターが貰える情報端末。何にもしなくても、情報が累積されてくけど、弱点とか積極的に調べておいた方が後々楽だから」

楽して生きよう、一度きりの人生。
真顔で結んでから、葉佩は銃弾を装填する。それから宝箱を覗き、何かを取り出す。

「粘土?」
「欠けたミニ土偶の修繕に使うんじゃね? まあ、美術系は得意ってほどではないんだが」

ぶつくさ言いながらも、ぺたぺたと粘土をこね、まともな像を視界に入れながら、手早く近い状態に持っていく。
大体、他の像と同じ形となった時に、作動音を感知したとの音声がH.A.N.Tからなされる。

「正解だな。ふ、こんな不細工でも良いとは、チョロイな。さ、行くぜぃ」

すたすたと先の扉に近付く葉佩をよそに、八千穂と皆守は顔を見合わせた。
どちらかともなく呟く。

「上手いよねェ」
「……上手いな」


「明らかにボスだなあ」
「うん、いかにもボスだね」
「……確かに、この上なくボスだな」

今までとは段違いに物々しい扉を前にして、三人は唸った。
扉自体の大きさといい、厳重になされた封印といい、妙に凝った装飾といい。

その扉は全身で、『向こうにボスが居ます』と主張していた。

装備をチェックし終えた葉佩は、視線をふたりへと向ける。
彼らが頷いたのを確認して、扉に手をかけた。




「墓から出て行け」

かなりの広い空間で。
薄暗闇の中、突っ立っていた奇怪な装束の男が、くぐもった声で呟いた。

「その声、どこかで……」
「取手だ……」

皆守の言葉に、八千穂は一瞬言葉を失った。
だが、すぐに果敢に問いかける。

「どうしてキミがこんなところに……それに、その格好は?」
「この墓を侵す者を処分する――それが生徒会執行委員たる僕の役目」

執行委員という言葉に絶句した八千穂と皆守のただならぬ様子に、葉佩は、まだその単語聞いてないと、部外者の気分で寂しくなった。

「どこで買ったんだ、その服」
「……論点、そこじゃないだろ」

哀しかったので、思わず声に出した呟きに、皆守が律儀に突っ込む。
だが、取手は自分の世界で完結しているらしく、そんな呑気な遣り取りも耳に入っていないようで、暗い声で宣言した。

「ここが君たちの墓になる」

キイキイという声と羽ばたきの位置を大体確認しながら、葉佩は手早く必要な武器を取り出した。

「まさか殺すわけにもいかないしなあ」

苦笑とともに呟く。
力量は見れば分かる。彼は相手にならない。殺していいのならば――更に楽だ。

それでも、級友たちは彼を救う為に、非日常に足を踏み込んだ。
自分も、手を貸すくらいならば、できると思って来た。


だから、多少苦労が増そうが、穏便に――ぶちのめす。


二匹ほど裂いた時点で、葉佩は取手が止まったことに気付いた。

「安らかに眠るがいい――」

不可視の力を、勘と経験とで察知し、飛び退く。
残された哀れな従者たちがまともに喰らい、干物が出来上がる。

「ふーん」

女生徒の手を干からびさせたのと同じ。
劉先生の言葉を借りるのならば、精氣を奪う力。

範囲も効果も読みきった。
人ならざる力は、人知を超えるから恐ろしい。威力を知ってしまえば、それはただの強力な手段であった。

あとは普段と同じく。
積み将棋の要領で、王をとるだけ。



ただでさえ視界を制限する拘束具を身に付けた取手に、葉佩の動きを追えというのは酷だった。
確かに前にいた人影が、完全に消失する。

「何処に逃げた!?」

きょろきょろと周囲を見回す《力ある者》など、葉佩にとっては隙だらけの木偶と同じだった。

「がはッ」

ナイフの握りの部分を、強かに鳩尾に叩き込まれ、取手は呼吸さえも奪われた。

力を行使する暇はなかった。
続いて側頭部を、痛烈な横薙ぎの蹴撃が襲った。


「……生きてんのか?」

ガタイこそ良いものの、健康的とは言い難い取手に対し、少し酷くないかと皆守は思った。

「鳩尾は即効性だけど、後に響かない。頭は脳震盪起こしやすいように蹴っただけだ。ま、そんなことよりふたりとも、彼引っ張って端っこに行ってくれ」

表情が戻らないまま、葉佩は振り返りもせずに告げた。
取手相手に一度はしまった銃を取り出し、弾丸を装填しながら。

「葉佩クン? ……きゃッ!?」

けたたましい音が鳴る。
葉佩の持つ端末から、緊張した警告が発せられる。

『高周波のマイクロ波検出。強力なプラズマ発生を確認』


「な、何ッ!! 取手クンの身体から黒い砂みたいなものが……壁に吸い込まれていく!?」
「おそらくこれが取手に取り憑いて呪いをかけていた奴だ。気を付けろ」

先のエジプトでのアヌビスと同じ。
体躯といい力といい、雑魚の化人とはレベルの違う、真の『ボス』が現れる。

ただ、これは弱点が分かりやすいなあと、葉佩は思った。
試しに撃ってみたら、正解だった。

男の顔と、女の顔を持つ化け物。
両方の眉間を撃ったところ、女の顔の方が急所だと知れた。

あとはある程度の距離を保ち、連射するだけ。
動きが鈍い分楽勝だと判断しかけた葉佩の背に、寒気が走った。

「きゃあ!!」

原因は遠すぎた。
わざわざ端まで引いた八千穂たちの近くに、蜘蛛――というには少々大きい化け物が出現していた。

「今、行――え?」

『ボス』にとりあえず銃弾を叩き込んで、振り返った葉佩は、しばらくだが硬直した。
信じられないものを見た。

そりゃ、ラケットを念のため持ってきたとは、彼女自身から聞いていたし、一流のテニスプレイヤーのサーブは凄まじいスピードに達すると知識では知っている。

「やだッ!! 来ないでッ!!」
「……葉佩、お前、そっちに専念して平気なんじゃないか? 蜘蛛の数、少ないし」

だが、一撃で、蜘蛛の身体が弾けるほどのスマッシュを、女子高生が打つのはどうかと思った。
それでも現実として、八千穂が蜘蛛を倒せているのだから、認めるべきだろうなあとも思う。

「……任せた。危険になる前に爆弾投げろよ」
「承知した」

念の為、事前に皆守には、威力が低めの爆弾を渡してあったので、葉佩は、任せきることにした。

ならば自分の役目を果たすだけ。


「この楽譜は……姉さんが僕にくれた楽譜」

呆然と、取手は残された楽譜を抱きしめる。
倒され消えた化け物が、代わりに残した楽譜を。

「忘れていた。この呪われた力と引き換えに、失くしたものが何だったのか」

姉は微笑んでいたのに。
大好きなピアノを弾くことができなくなっても、音楽も人の心に残るのだと。

だからいつか自分がいなくなっても、あなたの心で生き続けるから忘れないでと。

姉のありったけの願いと想いの込められたこの楽譜を――忘れていた。
力と引き換えに。

姉を失ったことから目を逸らし。
得た筈のものから目を背けて。


墓地まで戻ったとき、取手は楽譜を手にしながら、葉佩に問うた。

「君が僕の大切なものを取り戻してくれた。君は何者なんだ?」
「ただの宝探し屋だ」

早速自分ルールが役に立ったと、苦笑ぎみに思った。
まあ、銃ぶっ放しておいて、今更、君を救いに来ただけの級友だと言い張るのも無理だろうから、仕方ないかと諦める。

生徒会執行委員とやらには、全バレするのだろうなと、ちょっと先を考えると不安になってきたが、今は思考の中から懸案を蹴り出す。

「二度と取り戻せないと思っていた宝物を、君は探し出してくれた。だから、今度は僕が君の力になるよ」

おずおずと、長身には思えない控え目な態度で、取手は微笑んだ。
そこに闇の中で力を奮っていたときの影は微塵もなく。

「……ありがとう」

少し後ろめたく思いながらも、葉佩は差し出された手を握った。

確かに、探索のついでだった。
彼との間に、手加減できるだけの技量の差があったから、助けられた。

それは優位に支えられた偽善だったかもしれない。
それでも、取手が笑えたことが、そして、八千穂と皆守の安心したような笑顔が――嬉しかった。