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―― 4th.Discovery 明日への追跡 ――

「金髪でナイスバディの異星人と交配実験もされるらしいぞ」
「巨乳の美女と交配かァ……」

昨日のテレビ番組の話をしていた同級生たちが、顔を赤くして教室から駆け出していく姿を、皆守は呆れきった目で眺めていた。
近くの転校生に、お前はどう思う? ――と話を振ってみる。

「金髪美女は、大味であんまり好きじゃないな。俺はどちらかというと、アジアンビューティーの方が……」
「論点はそこじゃねぇッ!! 異星人の話だ」

そういえば、こいつはインターナショナルっぽい。
真顔で生々しく返され、皆守は危うく納得しかけたが、ズレを突っ込む。

彼の希少な大声を聞きつけたのだろう。
異星人という言葉に、葉佩よりも先に、反応した人物が居た。

「他の星の人からしたら、私たちも異星人ではないでしょうか?」

それは別のクラスの『普段は』大人しい少女。だが今は例外。

「それにこの広い宇宙の中で深い叡智と文明を持った生物が人間だけな筈はありません。私は必ず――」

何かスイッチ入ったらしい七瀬が、饒舌に語りだす。
うわちゃーという顔の葉佩と、いち早く離脱の態勢に入る皆守に気付くことなく、彼女の情熱は迸り続けた。


「そ、そうだね。きっとゼロじゃない」
「えェ。きっといつかその存在が明らかになる日がくるに違いありません。皆守君もそうは思わ――皆守君?」

ぐぅぐぅと、わざとらしい寝息を立てて、皆守は寝たふりに徹していた。
やっと七瀬の意識が、比較的まともな世界へと戻ってきたと知り、大きく伸びをしてみせる。

「ふァ〜あ、異星人談義は終わったか?」

七瀬はかなりご立腹らしく、しばしジト目で皆守を睨んでいたが、不意に悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「気をつけた方がいいですよ。異星人は常に私たち人間を誘拐する機会を狙っています。彼らは不思議な光で、私たちを包み込み――」

まるで怪談を語るかのような暗い声で、彼女は切々と懇々と長々と延々と語り続けた。

事件の年月まで、そらで語れる彼女は素晴らしいと思うが、そろそろ勘弁して欲しいなあと思う葉佩に、助けてくれと、ちょっと何かに救済とか慈悲とかを祈る皆守。

だが、救いの御手は特になく、チャイムがなるまで、七瀬は異星人について、みっちり語り続けた。

「――異星人に誘拐されていたことが、後になって判明したんです。……あッ、つい長話を――。それじゃ、また。探索頑張って下さいね」

チャイムの音で我に返った彼女は、本の整理があるからと、急ぎ教室を駆け出した。
解放された安堵に浸っていた皆守は、少したってから彼女の発言に、違和感を覚えた。

「……探索って。おい、もしかしてお前の正体がバレてないか?」
「あー、やっちーが彼女に聞いたらしいんだよな。武器持って暗視スコープ身に着けて、遺跡に埋もれた宝を発掘する人について――、俺が転校してきた次の日に」

そりゃ気付かれるだろうなと、皆守は八千穂の浅慮に少し呆れた。
不穏な人物の存在を容認するほど、この学園は甘くないというのに。下手をすれば、いや、上手くいっても退学、最悪は命に係わる問題になるだろう。

「まァ――退学云々の以前に、あの遺跡で死ぬ可能性もあるがな」

そこまで考えてから、皆守はふと気付いた。
葉佩のそもそもの理由を聞いていない。もはや紛れもない――言い逃れのきかない協力者の立場にありながら。

なぜここを訪れたのかは説明されていたが、根源についてはまだ聞いていなかった。

「……お前は何のために宝探し屋なんてやってんだ?」

命すら賭ける必要のある危険な遺跡へ、なぜ飛び込むのか。
目的は金か、名誉か、それともスリルの為なのか。

問いに、葉佩は少しだけ考えて、首を横に振った。

「全部外れ。どれでもない――っていうか、俺には語るほどの立派な理由がない。……両親が、正確には、父親が宝探し屋だったんだよ。母は考古学者で、父の協力者だった」

だから流されただけだと笑う彼の表情は、ひどく空虚だった。
いつもはもっと上手く被う表情が、作り物のようだった。

空ろな笑みと、そして、両親の話が過去形であったことが気になった皆守が、重ねて問おうとした瞬間に、騒々しい叫び声が上がった。

「やばァァァァいッ!! 寝坊しちゃったよッ」

遅刻遅刻〜とばかりに、全力で駆け込んできたのは、八千穂だった。
ただ問題は時間帯にあった。遅刻と言い張るには、あまりにもダイナミックな時間であった。

「何時だと思ってんだよ? 寝坊したって時間じゃないだろうが」

転校生と深く関わなど厄介極まりない。
その内面を知る必要など、どこにもないはず。

だから、もしかしたら初めて垣間見たのかもしれない葉佩の素顔から目を逸らして、皆守は八千穂に話しかけた。

「だめじゃん、やっちー。どこかの遅刻王なみの大遅刻だ」
「誰のことだ?」

いつもの通りに戻った葉佩に、皆守も何事もなかったかのように突っ込む。
さぁてどなたでしょうねぇ〜などと、ムカつく態度で返す葉佩には、先程の影はなかった――見えなかった。

「目が覚めたらこんな時間だったんだもん。昨日時計が止まっていたから、そのせいかと思ったんだけど、朝見たら動いてて……不思議だよね〜」

それは、まるで先程の七瀬の話そのまま。
止まっていた時計に、消失した意識、途切れた記憶。

「それにいつの間にか床で寝てたみたいで首が痛くてさ……あれ〜? 何か首筋にできてる〜。虫に刺されたかなァ」

ご丁寧に、彼女の首には赤い点ができていた。
七瀬が語った実験の痕跡――インプラントの如く。

「どしたの? 皆守クン」
「……ちょっと気分が悪くなってきただけだ。保健室で横になってくるわ」

表情を曇らせて、皆守は教室を後にした。
妙に顔色が悪かった為、普段であればサボリを咎めるであろう八千穂も、不思議そうに首を傾げる。

「あッ、行っちゃった、ヘンな皆守クン」
「まあまあ。……やっちー、ちょっと首見せて」

素直に見せる警戒心のない少女の首筋を覗き込み、葉佩は小さく頷いた。
この上なく普通の原因。確実に、虫に刺されたあとであった。

「うん、虫に刺されてる。化膿しそうではないけど、あまり触らない方が良い。気になるようだったら保健室へGO」
「う〜ん、触らなきゃ別に痛くないんだよね。……じゃあ時間があったら、ルイ先生の所に行ってくるよ」

インプラントもどきは虫刺され。この分だと、止まって再び動き出した時計とやらも、衝撃を与えたとか、そんなオチであろう。

ただ、やたらと深刻に捉えていた皆守には、楽しいから黙っておこうと思った。
彼も本来は、そうそう信じやすい性質ではないのだろうが、遺跡にて超常現象を目の当たりにしているがために、ありえないとは言い切れなかったのだろう。


放課後に少し相談に乗って欲しいことがあると、声を落として持ちかけてきた八千穂に、葉佩はあっさりと頷いた。
その際には、面白そうなので、是非にでも皆守を巻き込もうと決心しつつ。



授業終了後に、何かわからないことはないかと尋ねてきた担任教師と、葉佩は談笑していた。
彼女は、本当に不審な転校生なんぞを気にかけているらしく、演技とは思えない表情にて、心配しているようであった。

「それじゃ、寄り道しないで、真っ直ぐ帰るのよ?」

最近不審者が目撃されているのだから――と、まるで小学生にでもされるような注意に、葉佩は苦笑しながら頷いた。

「先生、こいつは、忠告に素直に従うようなタマじゃないですよ」

だが、まぜっかえすような声が掛けられる。
やや低い声に、ふたりが振り返ると、そこには、逞しくもか弱い同級生が居た。

「おや、ダブルダブリ先輩、おそよう」
「……葉佩、君、もしかして怒ってるか?」

嫌味の塗された言葉に、夕薙は顔を顰める。

麗しの先生との語らいを、むさい人物に邪魔されたことなんて怒ってナイヨーと、ケケケと笑う葉佩に、これは結構本気かもしれないと、夕薙は冷や汗をかいた。

「……葉佩君ったら。夕薙君、身体の具合は良いの?」

嗜めるように葉佩を軽く睨んでから、雛川は、病弱な生徒を阿る。
先生の授業が受けたかったなどと、葉佩に劣らずに軽口を叩く生徒に、雛川は安心したように微笑んだ。

それでも、やはり心配なのだろう。

あまり無理はしないでと、何度も振り返りながら、立ち去った担任を、ふたりは笑顔で見送った。

だが、その姿が消えると同時に、笑いを消した夕薙が呟く。

「正に、呪われた学園に咲いた一輪の花だな。だが世の中には、ああいう花を手折ろうとする愚かな連中もいる」

この世から根絶やしにされるべきだと思わないかと、暗い目で同意を求める同級生に、葉佩は軽く肩を竦めた。

「わざわざ手を汚すまでもない。二度と馬鹿な真似が出来ない程度、一生影に怯える程に、半殺し」

そんなのは甘いと、真顔で呟く夕薙から、葉佩は濃密な殺気を感じた。
平穏な世界に生きる者には、そうそう持つことのできない、本物を。

少し緊張した葉佩に気付いたのか、夕薙は、変な事を訊いてすまないと、表情を普段に戻して話題を変えた。

学園に伝わる怪談『二番目の光る目』を知っているかという問いに、葉佩は首を横に振った。
概要をちらりと聞いた気はするが、情報は多角から貰うに越したことはない。

だが、夕薙の話も、前に聞いた概要通り。
巨大な目と目が合うと、身体を焼かれ、その影だけが残るという怪談。

ただし、夕薙は、口元を歪めて付け加えた。

「人を焼き殺す目など存在する訳ないと思わないか?」
「ない――とは言い切れないが、少し都合のいい話だな」

ないどころか、葉佩は、実際に発火能力者と――見ることで火を放てる者と、会ったこともある。
だが、ここで夕薙相手に、馬鹿正直に告げる必要はないし、彼の言いたいことも分かっていた。

『生徒が消えること』に対して、あまりに都合のいい噂だと、夕薙は言いたいのだ。

「やはり君もそう思うか。……一年前、俺が転校してきてから聞いただけでも、そういった類の噂はかなりある。特に、墓地や歴史に関する話は多い」

墓地には行ってみたかとの問いに、葉佩は素直に頷いた。

「ああ、特に面白いこともなかったが」
「……実は、夜中に墓地へ行った時に、奇妙な光景を目撃したことがある。生徒会の連中が、墓地に集まって何かを話していた」

重要な秘密を漏らす夕薙は、気付いていないのだろうか。
もしも、彼が本当に『普通』であるのならば、そんな光景を目撃して、今なお記憶までもが無事であることがおかしいというのに。

下校のチャイムの音に、夕薙は、表情を消し、去りながら忠告めいたものを残した。

「葉佩――生きてこの学園を出たければ誰も信じるな。それじゃ」

黙って聞いていた葉佩は、夕薙の姿が完全に消えてから、僅かに笑った。
夕暮れに翳る世界では、誰からも見えなかったであろうが、驚くほど酷薄な表情で、彼は呟く。

「ああ。今までも、そしてこれからも――――誰も信じていないさ」



「お待たせ、ゴメンね、コートまで来てもらって」
「パンツがたくさん見れたから、お釣がくる」

アンダースコートだと少し焦った顔で訂正してから、八千穂は、来てくれてありがとうと嬉しそうに笑った。

「何だよ、相談ってのは?」

具合の悪いところを呼びつけやがってと、不機嫌そうに睨む皆守に、葉佩は驚きを見せる。

「うわ、居たのか。何か、ルイ先生のとこで、カレー星人の夢を見て、幸せなんだかうなされてるんだか分からん状態だって聞いてたが」
「お前なァ、メールが何通来たと思う? あれじゃストーカーだぞ」

どうせ皆守クンは仮病でしょ――と、ケロリと済ませた八千穂は、その後の抗議も聞こえていないかのように、華麗に流した。

最近誰かに見られているような気がする。
自分だけではなくて、女子寮の皆が感じている違和感なので、女子寮を見張って、証拠を掴んで欲しいのだと、彼女は言った。

そんなもん警備員に頼めという皆守のもっともな意見は、聞かなかったことにするらしい。

「あくまでもあたしの推測なんだけど、もしかしてこれって異星人の仕業じゃ」
「お疲れさん。じゃ、葉佩。俺先に寮に――」

くるりと踵を返した皆守の制服をしっかりと掴み、八千穂が抗議するも、皆守が、珍しく大声で、バカ野郎と切り捨てる。

「まあ、確認することでやっちーたちが安心できるなら構わないよ」

苦笑しながらも、葉佩はふたりの言い争いから一歩引いて頷いた。
女子寮を覗く異星人はともかく、怪談との関連性を検証するのは悪くはない。

「おい、本気か? 八千穂の言うことをいちいち真に受けてたらキリがないぜ?」

ボソボソと小声で尋ねる皆守に、葉佩が応える前に、八千穂が腕を組み、勝ち誇った顔で、はっは〜んなどとほくそ笑んだ。

「さては皆守クン……怖いんでしょ?」
「な――ッ!?」

単純な手に、皆守は顔色を変えた。
なんて素直なんだと、葉佩は少し感心した。こんな安い挑発に、今時乗せられる人間が居るとは思わなかった。

「そっか、ゴメンね。怖いのに無理いって」
「……わかったよ。見張ればいいんだろ?」



「うう……寒い。さすがに夜になると冷えるなァ」

自分で乗せられたのだが、寒さに我慢ができないのだろう。ぶちぶちと文句を言い続ける皆守に、葉佩は苦笑しながら、いくつか携帯品を手渡した。

「ほら、大量のホッカイロプレゼント」
「う、悪い。……それにしても、こんな危険なこと、同級生の俺たちに頼むか? 異星人相手に誘拐――いや、変質者相手に怪我でもしたらどうするんだよ」

寒さで頭が鈍っているのだろうか。
葉佩は、失笑すら浮かべて応じる。

「異星人はともかく、一般の変質者さんなら遅れはとらない。相手が武器持ってても」
「ああ、そりゃそうか」

当然の事実に、皆守は納得した。

どう考えても葉佩の方が強い。
むしろ葉佩の戦闘力に対抗できる変質者が居たら、危険すぎる。

「しかし、だ。これで風邪でも引いたらシャレに―――ん? 何か鳴ってるぞ」

受信したのは、八千穂からのメール。
能天気極まりないそれに、葉佩が脱力していると、連続して、受信音が鳴った。

「お? まただ。もしかして女からか? お前も中々隅に――」

暇つぶしの種を見つけたとばかりに、笑う皆守の眼前に、文章が突きつけられた。、

「ああ女からだ。ああ、その通りだ。見るか、オイ?」
「いいのか? …………すまなかった」

妙な剣幕に、首を捻りながら覗きこんだ皆守は、しばらく無言でスクロールさせ続け、最後の受信文字数制限に引っ掛かっているところをじーーっとみつめた後、謝った。

「……すごいよな。オーバーって初めて見た気がする」

今届いたメールは、確かに女から。
七瀬からの、忠告だか薀蓄だかよく分からないもの。

異星人との遭遇時にすべきこと――という、肝心の忠告の前に、文字制限によって止められている、超長文メール。

更にメールが届いた。皆守と葉佩とに、同時に。

どこからか監視してるんじゃないかと思うほどの絶妙なタイミングで届く、八千穂からのメールに、皆守は疲れた顔でため息を吐いた。

どうやら、抵抗する気力を失ったらしい。

仕方なしに、歩き出すと、すぐに、何人かの女子生徒たちの声が、微妙に反響して聞こえてきた。

「お、おい、葉佩……」
「風呂場だな。お、あの子スタイル良いな」

狼狽する皆守を余所に、ヒョイと覗き込んだ葉佩は、予想通りの光景を目にしながら、ごく自然な様子で感想を漏らす。

何を考えてるんだと、引きはがそうとした皆守は、背後から、甲高い笑い声を聞いた。

「カレーレンジャーと葉佩ではないか。こんな夜中に女子寮の周りをうろついているとは……さてはお主らも……か?」
「ええ、もちろん」

いやらしい含み笑いに、葉佩は笑顔で首肯した。
俺は違うと、皆守は散々言い張っていたが、こんな場面、本当の説明をするほうが面倒だろうだから、否定しなかった。

「こんな短期間で、このスポットを探すとは、葉佩、お主、中々やるのう」

自分は別のスポットに行くと去っていく境の背を、皆守は苦渋に満ちた眼差しで睨んでいた。同類に思われたのが、余程不快だったようだ。

「諦めろよ。事情を説明する方が面倒だろ」
「それにしたってなァ……あのエロジジイ、異星人騒動の犯人じゃないだろうな?」
「断定はできないが、あの人なら、女子生徒に気付かれないような気がする」

真顔で答える葉佩に、皆守は、確かに説得力があると、頷いてしまった。



見廻りを続けていた葉佩たちが、一通りの確認を済ませた所で、声が掛かった。

「ちょっとそこの君たち」

葉佩はゆっくりと振り向いた。

校務員の老人ならば、覗き目的にうろついていたと言われても、納得できなくもない。
だが、今、声を掛けてきたのは、派手な革のジャケットを着た、全く見知らぬ男。

「俺の名前は、鴉室 洋介。平たく言えば私立探偵ってヤツだな」


探偵という名乗りに、葉佩は微かに苦笑した。

自分も前任者たちも、危険を承知で内部に入るしかなかった。
それほどに、部外者が、たかだか私立探偵が、この閉じた空間である学園に忍び込むことは困難極まりない。

皆守も、気になったのだろう。
色々と生徒に訊きたいことがあると言う男の言葉を遮り、どのようにして、この場に居るのかの説明を求めた。

「ふむ、確かに。実は、俺は探偵といっても普通の探偵じゃなくてね」

真顔で語りだした内容によれば、彼は銀河連邦警察の一員なのだという。
地球に飛来した異星人が、悪魔や化け物として恐れられているのだそうだ。

なんだか楽しくなってきたので、葉佩は黙って聞いていた。
蹴るだけなら、いつでも可能だしなと思っていると、流石にネタが切れたらしい。

「悪の異星人たちと戦う為に俺のような宇宙刑事が、世界各地に派遣され……まだ聞くの?」

どげしッと音を立てて、皆守の蹴りがヒットした。
見知らぬ人に対して蹴りは酷くないかなとも思ったが、オチが少し弱かったので、仕方ないかなあと、葉佩は納得した。

「真面目に聞いていれば、突拍子もない話並べやがって。さっさとこの学園にいる理由を話してもらおうかッ!!」

無気力学生の剣幕に驚いたのか、男は、今度は比較的筋の通った内容を語った。

学園で行方不明になった生徒の親に依頼されたのだと。
不法侵入などの違法調査も辞さない契約で。

協力者も居るのだから密告も無駄だと笑いながら去っていった男の容姿を、葉佩は目に焼き付けておいた。

再度語った理由も、まだ納得できるものではなかった。
本当に探偵如きが侵入可能ならば、自分は身分を偽装して生徒になる必要など、なかったのだから。

「探偵か、協力者ってのは一体? ……まァ、考えても仕方がない。さっさと見廻りを終わらせて帰るとしようぜ」



見廻りが終わり、異星人とも遭遇しなかったことで、皆守が安心したようにのびをする。それから、ポケットに手を入れて缶を取り出す。

「おっと、そういや、缶コーヒー買っておいたのを忘れてたぜ。カイロの礼にやるから、お前も飲めよ」
「サンクス」

受け取った葉佩が、一口飲んだと同時に、茂みで音がした。

「ん……今何か音がしなかったか?」

低い振動音が響き、白い煙が辺りに充満する。
よく働かぬ視界の中で、眩い光が満ちる。

「お、おい、葉佩ッ!! あれを見ろッ!!」

狼狽した皆守が指した先に、奇妙なシルエットが浮かび上がった。

「ワレワレハ、コノ惑星カラ六十九万光年離レタ星カラヤッテキタ。コノ惑星ノ生物ヲ調査スルタメニ」

煙に包まれ、僅かに発光しているかのように見える物体は、機械による合成音のような声で語りかけてきた。

「やっぱりこの宇宙に異星人はいたんだ。七瀬たちが正しかった……」

こいつ結構純情なんだなと、葉佩は、呆然と呟く皆守を横目で眺め、感心していた。
彼には普通に――ドライアイスの煙と光源による照明にしか見えなかった。声も、本当に合成音だった。

「ワレワレヲ探シテハナラナイ。多クノ同胞ガ、コノ惑星ヲ攻メニクル」
「葉佩……。今、俺たちは地球人の歴史的瞬間に立ち会っているんだッ!!」

そろそろ突っ込もうかと思っていた葉佩だが、皆守の反応があまりに面白かったので、しばらく放置することにした。

このままであれば、皆守は、七瀬二世になっていたかもしれない。
それほどまでに、皆守は感極まっていた。

だが、運命のいたずらか、それとも、神の情けか。

「ワレワレヲ探シテハナラナイ。ワレワレヲ――」

第三種接近遭遇とやらは、興がノリにノっている最中であったが、残念なことに、ブチっという音ともに、光等の効果が消えた。

「あ」

奇妙な沈黙に、一帯が包まれる。
必然的に、女子寮からの暗闇への悲鳴などが聞こえてきた。

「きゃァァ、停電ッ!?」
「そんなに電気使ってないよね? あれ? 何このコード? 外に伸びてるんだけど」

女性が多数暮らし、常時一定以上の使用量がある女子寮の電源では、光源とスモークと効果音に要した電気量に、耐え切れなかったようだ。

「ワレワレヲ……おぐォッ!!」

まだ頑張ろうとした影に――薔薇を咥えた男子生徒の顔面に、コーヒー缶がめり込んだ。

「酷。中身入りだろ」
「あ……悪い。つい投げちまった」

ぼぐっという音がしたほどにめり込んでいた。中身入りは伊達ではない。

「ちょっとアンタッ!! 痛いじゃないのよッ!! 中身の入った缶なんて死んだらどうすんのッ!?」
「やかましいッ!! 驚かせやがって、紛らわしい登場すんじゃねェッ!!」

キイキイと抗議してくる怪しい男子生徒に、皆守は怒鳴り返した。
結構本気でビビらされていたようだ。

「さてはお前が異星人騒動の犯人だな? 大人しく、そのマスクを取ってもらおうか」
「キィィィッ!! 地顔よッ!!」

地団太を踏み、シルクのスカーフらしきものを噛んで悔しがっていた生徒は、ゆっくりと落ち着きを取り戻して、悠然と名乗る。

「アタシの名前は朱堂茂美。アナタたちは、皆守甲太郎と、葉佩九龍」

彼らの名も言い当て、イイオトコはメモに網羅しているのだと、誇るような朱堂の語りに、葉佩は嬉しそうに笑った。

「わーい、褒められた」
「そんな場合じゃないだろ。……お前が、八千穂や他の女生徒たちを監視していたんだな?」

剣呑な目付きで凄む皆守に、朱堂は余裕の表情で頷いて見せた。
だが、珍しく真面目になった皆守が実力行使に出る前に、女子寮が騒がしくなった。

「ちょっと、外で男の声がしない?」

女生徒たちが、外の不審者たちに気付いたようだった。

「アタシ、剣道部だから木刀持ってるよ」
「私も弓道部だから弓があるわ」
「あッ、ここに金属バットがあるよ」

平穏な学園生活――というよりも、人生さえもが終わらされそうな会話に、男たちは顔を見合わせた。
沈黙の中で、最初に行動にでたのは、当の不審者だった。

「……それじゃ、アタシはこのへんで」
「おう、またな――ってな訳に行くかッ!!」

ボケかけながらも後を追う皆守だったが、どうにも離されていく。

「オカマの脚力、ナメたら、あかんぜよォォォッ!!」
「ま、マジ速い」

本気で呆れたように、葉佩が呟く。
それほどに、朱堂の逃げ足は凄まじかった。

このままでは埒が明かない。そう判断した皆守は、走り続けながらも、葉佩に告げる。

「俺があいつを追い掛けるから、お前は部屋に戻って武器になりそうなものを取って来い」
「いくつか携帯しているが?」

普通に返されて、皆守は顔をしかめた。
この学校は、戦場ではない――はず。おそらく。

「まあ、流石にフル装備じゃないから、取ってくる。じゃあ、追跡は任せた」

立ち去る葉佩が、爆弾が『ちょっと足りない』もんな――などと呟いていたことに、皆守は恐怖した。

普段から、ある程度は爆弾を持ち歩いているのだろうか。自分はその隣で、何度もアロマに火を点けたのだろうか。

考えると、今後奴の隣に居るだけで気が休まらないので、呟きは訊かなかったことに――記憶の奥に、沈めることに決めた。



自室で武器をひっくり返しながら、支度をしていた葉佩は、届いたメールに目を通し、小さく吹き出した。

朱堂の逃げ出した先は、遺跡の内部。
ここまでは、比較的予想の範囲内であった。

ただ、『非常にイヤ』とこの上なく強調している文面に、皆守の渋面が目に浮かんでしまって、笑いが消えなかった。
本日の行動から、彼が意外に面白くも素直な人間だと分かった為に、更にからかいたくなる。

おちょくりと実益を兼ねて、葉佩はPCを立ち上げた。



「ちくしょう。いつまで準備しているつもり……ん?」

ぶちぶちと文句を垂れていた皆守は、話し声に気付き、顔を上げた。

影が二つ分、近付いてくる。
人影――八千穂を連れた葉佩に、皆守は不機嫌な様子で話しかける。

「おい、随分遅かったな」
「ははは、悪い。良い依頼がなかなかなくてな」

全く悪いと思っていない葉佩の表情に、皆守の眦がぎりぎりと吊り上る。

「……人が早く来いって言ってんのに、依頼チェックしてたのか?」
「ゲームも少しプレイ」

怒りを押し殺した声にも、ぐっと親指を立てて、平然と笑む。
八千穂には、きちんと準備が終わってから連絡したのだというから、また腹立たしい。



「あ、なんか落ちてるよ」

通常時の探索も含めれば、遺跡に潜るのは、もう皆慣れたものである。
特に、最も慣れた八千穂と皆守は、H.A.N.Tよりも先に、場の異常に気付くことも多かった。

「ああ睡院かな……ぎゃふん」

八千穂の指したものへ近寄り、メモを拾い上げた葉佩は、古典的な言葉を発して、頭を抱えていた。

「どうし……捨てちまったらどうだ?」
「……本物をくれないと困る」

覗き込んだ皆守は、力なく呟いた。
葉佩もしばし迷ったようだが、ゆっくりと首を振って、紙を仕舞う。

遺跡で何枚か既に拾った先達のハンターの残した手記ではなく、大きな大きなキスマークの付いた、朱堂からのメッセージであった。本物は、彼の手によって回収済らしい。

妙に脱力した為か、それとも慣れゆえの油断か。
彼らは直後に、散々な目に遭った。



「オーホホホホホッ!! ここまで追ってくるとは中々やるじゃないの」
「本当に、ここ大変だった。特に吊天井は酷すぎる。あと、睡院メモ返せ」

無表情に文句を口にする葉佩に、皆守と八千穂も深く頷いた。
吊天井の何が酷いかというと、罠の解除後も、天井が下がり続けたのだ。

ぎりぎりの所で止まってはくれたが、本当に死ぬかと思った。
助かった後で、葉佩がチェックしたところ、古くなっている為に反応が鈍かったそうだ。
もう少し解除に手間取っていたら、正しい手順を踏んだのに、間に合わずに潰されていた可能性もあったという。

「メンテナンスがなってない」
「そ、そこまではアタシの管轄じゃないわ。アタシの仕事は――アナタを処罰すること。この墓の存在を知ってしまったアナタを」

執行委員として。
百発百中のダーツにて処罰すると、朱堂は宣言した。

「あなたのハート――貰います」

うふっとばかりに何だか妙に妖艶に微笑み、投げキスをしてきた執行委員に、男ふたりは青ざめた。
断じて《力》への畏怖ではなかった。

「アロマバリヤー!!」
「何しやがる、人を前に押しやるな」

オカマからの投げキスに対し、友人たちは、お互いを前面に押し出そうとしていた。
庇い合いの逆。美しい友情もあったものだ。

「ちょっとふたりともッ!! 何遊んでるのよ」
「あいサー。真面目にやるか」


八千穂の叱咤に、葉佩はおどけて敬礼してみせた。

機械のごとき精密な射撃。
朱堂は、己の《力》をそう誇った。

一ミリと違わずに、同じ箇所を狙うことができる。

葉佩も投擲は得意な方だが、そんなことができる訳がない。

確かに大した芸だ。
だが闘いにおいて、それがなんの役に立つというのか。

必要なのは、急所なり重要箇所なりに着実に当てること。

一ミリずれれば効果のない急所など葉佩は知らないし、もし存在したとしても、そんな高難易度の箇所より、どこにでもある普通の急所を狙えば良い話だ。


彼の力は、本当に『精密』にあるのだろう。速度も本数も常識の範囲にある以上、葉佩には脅威たりえなかった。


言葉通りに、一直線に並び迫るダーツに、普段であれば、笑いさえ漏れただろう。
素晴らしく凄まじく、そして意味のない芸に。

だが、今は、何の表情も浮かばず。
葉佩はわずかに身体を捻り、射線から消える。

最低限の逃げ。ゆえに、距離を詰めることへの影響は微弱。

「なッ、何なのッ、アナタはッ!?」

焦りを隠せずに、一斉掃射。
今度は狙いを散らしていたが、雨のごとく降るナイフからも生還した経験を持つ葉佩相手には、単純に足りなかった。

殆どを身体の捻りのみで躱し、体幹部への避け難い部分は、ナイフの一振りで落とす。

その勢いのまま、腹部に強烈な肘を一撃。
堪らず屈んだ朱堂の顎に、流れるような前蹴りがヒットする。

長身の葉佩の頭の位置にまで上げられたつま先が示す通りの勢いで、朱堂の身体は吹き飛んだ。
蹴り上げられ、地面に叩きつけられただけでは勢いは消えず、もう一度跳ね上がり、今度こそ地に落ちる。

「……一段と容赦ないな」
「失礼な。……あの吊天井、怖かったからな」

皆守のツッコミを否定はせずに、葉佩はいつものように朱堂を端に寄せるように指示する。嫌々爪先を掴んで引きずる皆守を流石に酷いと思ったのか、八千穂が半分引き受けて軽く持ち上げ、避難を完了させる。

ほぼ同時に、黒い砂が実体化した。

現れたそれは、寄り代に影響されたのか、一直線に、葉佩の元に突き進もうとした。
だが、愚直に突っ込んできた化人は、標的に、ひらりと身ごと避けられ、見事なまでに壁の窪みにはまった。

こんな幸運もあるんだなと感心しつつ、側面から手早く一通りの手段で攻撃した葉佩は、H.A.N.Tの分析結果に、乾いた声で笑った。

「うわはは、鞭が特効だ。何か嫌だな」
「俺は鞭を自由自在に使えるお前が、少し嫌だけどな」

皆守のもっともな突っ込みに、葉佩は一般技能だと言い返し、鞭を凄まじい速度で振るった。

太陽マークのついた魚といった外見の化人は、しばらくはまったままで、ビチビチと苦しんでいたが、特効との葉佩の言葉は真実らしく、段々と抵抗が弱まり、そして、動かなくなった。

光と共に消える化人の中から現れたのは、古びたコンパクトだった。



「ほれ、なくし物」
「こ、これは、アタシが初めて買ったコンパクト」

墓地に戻り、囲みリンチの陣形の中で。
俯いていた朱堂は、葉佩から手渡されたコンパクトを驚愕の表情で凝視した。

鏡に少しひびが入ってしまったそのコンパクトは、確かに彼が初めて買ったもの。
生徒会に捧げたはずのもの。

「アナタって人は……。アタシの負けね。アタシもオカマの端くれ。これからはアナタに力を貸してあげるわ」

晴れがましく笑う彼に対し、大団円で済ませられなかったのは、八千穂。
仁王立ちにて、強く睨みつける。

「それじゃ、白状してもらうわよッ? 何で女子寮を監視していたのか――」

途端に言葉を濁す朱堂を見逃すつもりはないらしい。
睨みをきかす八千穂からは、逃げられないと悟った朱堂は、観念した。

「羨ましかったのよォォォッ!!」

地面に倒れこみ、彼は白状した。
執行委員などは関係なく、女性が羨ましかったのだと、彼は嘆いた。

花のように美しく、蝶のように優雅な女性が。
自分には、渇望しようとも持ち得ない憧れが。

「わかったわ。朱堂クン――ううん、茂美チャンの気持ち、わかったよ」

ただ遠くから眺めていたのだが、それももうできないのだと寂しく呟く彼に、八千穂は優しく微笑んだ。

「夢に憧れることを誰も責める事なんてできないよ。このことはあたしたちだけの胸にしまっておこうよ」

女子寮の皆には、ちゃんと誤魔化しておくという八千穂を、朱堂は天使を見るように眩しく見つめた。

「八千穂サン……」
「ほら、誰かに見つかる前に早く行って」

繰り返し頭を下げながら、立ち去ろうとしていた朱堂は、葉佩にぶつかった。
ガタイの差から、朱堂の方がよろめき、制服から何かを落とす。

「あッ、ゴメンなさい、葉佩ちゃんにぶつかっちゃって。シゲミったら、ドジッ子」

てへっと可愛らしく舌を出す朱堂であったが、葉佩は軽く十字を切った。別に神を信じてはいないが。

「おいッ、お前の学ランから、何か落ちたぞ?」
「あッ、いっけない」

慌てて拾う写真は――葉佩の動体視力には、落ちる途中で見えたが、女生徒たちの隠し撮り。
先程覗いたシャワー室らしきものや、テニス部の少女たちのアンダースコートやら、更衣室での体操着への着替え中やら。

「頼まれていた写真を落としちゃったわ、せっかく苦労したのに、汚れたら売り物にならないから、気をつけなくちゃ」

ふーふーと、息を吹きかけ、土や砂を落とす朱堂は、修羅が誕生したことに気付いていないのだろう。笑顔で振り返り、別れを口にした。

「それじゃ、改めて、みんなバイビー」
「ちょっと待たんかいッ!!」
「何かしら? 八千穂さ――ぐはッ!!」

いい感じで、八千穂の拳が炸裂した。
もしかしたら遺跡での葉佩の肘に、匹敵していたかもしれない。

「なッ、いきなり、何すんじゃ――あうッ!!」

今度は蹴りがヒット。

「せっかく『ちょっとエエ話』でまとまりそうだったのに」
「もう不可能極まりないだろ」

溜息を吐く葉佩に、諦めを浮かべて首を横に振る皆守。
彼の言葉が正しいだろう。今から『ちょっとエエ話』に持っていくのは、難易度が高すぎる。

「その写真はどういう事?」
「こ、これはその……」

八千穂の怒気は当然だろう。テニス部たる彼女は、当然のように、レースのスコートが晒されたナイスアングルな写真を取られていた。

せめて話だけでもと、懸命に言い募る朱堂に、八千穂は聖母の如き優しい笑みを満面に湛えて――拳を鳴らした。

「何よ? いってごらんなさい?」

こんなに恐ろしい笑みは、そうそうない。
絶対なる死を身近に感じながら、朱堂は懸命にボケた。

「えッ、え〜と……ア……、アイム ユア ファーザー」

だが、スベった。

うわーと、葉佩が小さく呟き、皆守はアロマパイプに火を点けて、遠くをみつめた。
相変わらず隣に火薬庫が居るのだが、今はとりあえず、目の前の阿鼻叫喚の惨劇から、意識を逸らしたかった。

「やっちーって、徒手もいいもん持ってるよなあ」

ボコボコにされ続ける朱堂を、遠くから眺めていた葉佩は呟いた。
鍛えれば、かなりの領域に達しそうだと続ける彼に、皆守は疲れた声で問うた。

「……助けてやらないのか?」

葉佩の答えは、肩を竦めるジェスチャーであった。

「お前……あの間に入りたいか?」
「お断りだ」

即答。

何しろ八千穂は背後に不動明王を背負っていた。仁王像とかでも良い。あれがオーラとかいうものだろうか。

「寒いよなー」
「寒いな」
「眠いよなー」
「眠いな」

運動中の八千穂と、それどころではない朱堂には分からないかもしれないが、かなり寒かった。

「けど、止めるのも怖いよな」
「怖いな」

葉佩の短い感想に、皆守の短い相槌が返される。その繰り返し。
彼らには、そのくらいしかすることがなかった。

「睡院メモ、血に汚れる前に、返してほしいんだけどな」

ファイリングして保管しているのにと、残念そうに呟く葉佩に、皆守は肩を竦め返した。

「手遅れじゃないか?」

本当にぼこぼこにされる朱堂の懐に、仕舞われているのだろうから。