面倒くさい。
それが、この真神学園に転入した際の素直な感想。
次々とされる質問に、にこやかに答えながら、つくづくそう思う。
顔を赤らめた女の子たちの質問は、とどまる気配もない。
それに伴って、男の顔が怖くなってるし。やれやれ。
「あだ名はなんですか」
あだ名?
流石に返答に困った。何しろ男子校には、普通は存在しない制度なので。
「中高と男子校で、苗字で呼ばれていたので浮かびませんね」
えーー、とかぶぅぶぅ言われる。
あー、めんどい。無理矢理考えるか
「小学校の頃まで遡れば、苗字プラスちゃんで……」
そこで気付いた。その頃は、角倉じゃん。しまった。
緋勇てことは……ひっちゃん?いやそれは変か。
「ひーちゃんって呼ばれていました」
可愛い、とか聞こえる。
ホントは、かっちゃんだったけどな。
それからも質問が幾つか続いた後、見かねたらしい美人の先生の助け舟で、解放された。
なんか、会話し過ぎてやる気が尽きた。
軽く紹介されたクラス委員さんとやらは、相当な美人だった。
少しさとみに雰囲気が似ている。というか、名前まで似ている。
ミサトアオイとアオバサトミ。偶然だろうが。
授業終了後、その美里さんに話しかけられる。
少し話していたら、ショートカットのコが割り込んできた。このコも可愛い。
それで、ざっとクラスを見渡してみたら、このふたりが最高峰だけど結構レベルが高かった。
「美人さんばかりなクラスですね」
とりあえず学校についての感想を聞かれたので、正直な印象を答えた。
ふたりとも赤くなりながら、戻っていった。純だなあ。
「あんなに赤くなっちゃってかわいいねェ」
背後から軽めの声が聞こえてきて振り返ると、教室だというのに木刀を持った奴がいた。
蓬莱寺京一と名乗ったそいつは、雰囲気が炊実に似ていた。
なんだこのクラスは、俺のトラウマを刺激して楽しいのか。
少し不機嫌な気分を隠して、受け答えをしていると、蓬莱寺はあんま目立った真似をしないよう、不良さん達を指して言った。
何気なく視線をそちらに向ける。
むせるかと思った。吹き出さなかった自分の精神力に乾杯。
すげえ、新宿にあんなのが、まだ生息しているんだ。鎌倉でさえいないぞ。
学帽被った下駄の番長さんとかもいるんだろうか。はっぱは、くわえて欲しいよな。身長も2mは欲しい……。
しばらくトリップしてたら、不安がってると思ったのか蓬莱寺が慰めてくれた。
ありがとう、でも違うんだが。
昼休みになったら、また美里さんが声をかけてくれた。
それに伴なって背後の不良さん達から、殺気が感じられた。
ひょっとして中心らしい不細工な彼は美里さんを?め、めちゃくちゃバカにしたい。
イチャモン付けてくれないかなぁと思っていたら、つけてくれた。
校舎裏?トイレ?とドキドキしてたら、残念なことに蓬莱寺君が助けてくれた。
ちぇっ。
彼はそのまま校内を案内してくれた。いい人だ、さりげなくかばってくれてるんだろう。
ちょっと遊びたかったんだが。
さすが鳴瀧さんが転校させただけはある。
蓬莱寺君の案内中に会った生物教師には、ちと笑った。
マリア先生の苗字にも転んだんだが、こっちの方も負けてない。
ALUCARDに犬神ね。よーく、覚えておく。
それにしても、佐藤とか名乗っちゃイカンのだろうか、ああいうヒトは。
そのあと、メガネの女の子ふたりに会った。
蓬莱寺くんは両方苦手らしく、光の速さで逃げていったけど、彼女たち可愛いと思うけどな。
裏密さんも、電波具合が素敵じゃないか。尤も――電波じゃなくて、マジもんなんだろうが。
放課後、さっきの新聞部のほうのメガネ――遠野さんと会話していた。
流れから一緒に帰るという話になったところ、不良1くんがやってきた。
彼がせっかく喧嘩を売ってくれたんだが、遠野さん強すぎた。
不良くん大困り。あ〜あ。追い払っちゃいそうだな。
お、中心の角刈り君登場。良かった。これで遊べる。
遠野さんはいないほうが本性出せる。
だから、大丈夫だと告げて、彼女を戻らせた。
連れていかれた先は、た……体育館裏だった。レトロだ。
さぁてと、なんていおうかな。
女の子が寄ってくるのは仕方ないだろ。
君とは、顔も頭も出来が違うんだから。
大体美里さんは、高望み過ぎるんじゃないか。
分相応という日本語を学んだ方が、今後の為だよ。いくら馬鹿でも。
て、とこか。
すぅ、と息を吸いこみ、口に出そうとした瞬間、上から声がかけられた。
「ちょっと転校生をからかうにしちゃァ、度が過ぎてるぜ」
この声は、蓬莱寺君か。いつから居た?
ていうか、驚くとこはそこじゃないな。
今時、樹の上で昼寝する人がいるとは思わなかったよ。さすが魔界都市新宿。
下りてきた彼と、不良さんたち、勝手に喧嘩方面で話しが進んでる。
面倒だな。
「俺も前からお前の不細工なツラが気に入らなかったんだよ」
あ、ずるい俺が馬鹿にしたかったのに。
しかも、言葉が足りない。
車に轢かれた両生類とか、フライパンで打殺された腐乱死体とか、他にも言い方があんだろうに。
怒らせるにはタイミングを完璧に逃してしまったな。仕方ない、罵詈雑言は諦めて、むかつかせる方向で行こう。
熱血か良い子嫌いとみた。かえるくんは。
で、俺が熱血は絶対に嫌なんで、良い子ちゃんだな。ははは、大得意だ。
今から哀しそうな目で見とこう。
「オイッ、緋勇ッ。俺のそばから離れんじゃねーぜッ」
構えた不良さんズに、蓬莱寺君が見栄を切る。
しかし、つくづくいい人だ。本来彼が巻き込まれた面倒事なのに。
「ああ」
では、簡単に叩きのめした上で、哀しそうにしよう。決定。
ほとんど蓬莱寺君にやらして、下がっていれば、蛙が突っ込んでくるだろう。それまでは、ゆったりと見物。
蓬莱寺くん、凄い。
あまりに暇だから眺めてたんだが、ちょっと見とれてしまった。
素手に木刀は卑怯だよな、と思っていた。が、それどころではなくて、時々氣まで発してる。
いいのか? 通常人相手に。
おー、キレイな放物線を描いて不良さんが壁に激突。あーあ、失神。
「余所見してんじゃねぇッッ!!」
残り二体になったとこで、怒号が響いた。
蛙クン、予想通りの体当たり系突進。アホみたいにスキだらけ。
掌打一発で簡単に倒せそうだったが、ふっ飛ばしたいから敢えて龍星脚でいく。
タックルを軽くかわし、わざと壁の方向へと蹴っ飛ばす。当然氣もありでな。
おー、直線で激突。イイ音だなあ。
「て、てめぇ」
おお、起きあがってきた。これは正直予想外。ファイトだ男の子。ビバ根性。
だがムチャクチャ肩で息してるぞ。
ここで更にノすのも捨てがたいが、飽きてきたんで方向転換。
「佐久間くん、もう止めよう」
哀しそうな目。消え入りそうな声。
コレが一番むかつくだろう。どうよ?
正解だった。
すっげェ赤ガエルだ。笑える、うけけけ。
表面上は哀しげの態度のままに保ったが、これは腹筋に辛い。
電車の中で、面白いギャグ漫画を読んでしまった気分だ。
俺が腹筋を鍛えている間に、何人かの気配が近付いてきた。
その内のひとりが叫ぶ。
「そこまでだ、佐久間ッ」
すごいデカい。筋肉。
俺より7,8cmくらい高そうだから190いってそうだな。
かえるくんは、あからさまに狼狽した。彼相手も弱いんか。だめじゃん、番長。
あそこまで怒らせたのに、デカい人はこの場をどうにか収めた。
美里さんとのアメとムチ攻撃とはいえ、すごいな。
筋肉くんは、カエルが悔しそうに去ったあと、謝ってきた。
「レスリング部の部員がいいがかりをつけたようであやまるよ。すまん」
うわぁ、イイ人だ。全然彼のせいじゃないのに。こっちも負けずにイイ人返し。
「そんな気にしてないよ。君のせいではないのだし」
「いや、先に喧嘩を売ったのはこっちだからな。だが…そういってもらえると助かるよ。俺は、醍醐雄矢。お前と同じC組の生徒だ。よろしく」
君、今日ずっと居なかったよな。
「ああ、よろしく」
サボっていたのか、羨ましい。
俺が通っていた学校は、欠席はおろか、遅刻早退も、親の届を学校に提出するんだぞ。
卒業までに、一度サボるのが、俺の中一からの夢だったんだ。達成したのは、莎草のときだけだったが。
筋肉くんは、武道の心得もあるようだ。あの蹴りだけで、古武道の技だと見抜かれた。
それにしても、その時から観てたということだよな。乱闘を止めもせずに。
嫌な予感が、ヒシヒシと。
『真神学園がどんなところかって? 普通の都立校だよ』
鳴瀧さんの白々しい笑顔が浮かんだ。普通の学校……ね。
教師の名は、高名な闇の眷属と同じ。
それに加えて、一目で技から流派を判別したどう見ても使い手な男と、氣を練ることが可能な剣術使いが同級生。
東京の『普通の学校』とは、恐ろしいもんだな、鳴瀧さん。
その時、考えを読んだかのように醍醐くんが言った。
「誰がいいだしたのかは知らんが、いつの頃からか、この真神学園はこう呼ばれている。魔人学園―――とな」
魔人学園――か。
やれやれだ。とっても平凡な学園生活を、楽しめそうだな。
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