適度に部活に精を出し、喧嘩を売ってくるそこそこの腕を持つ連中を適度に相手する。
繰り返す毎日、変わらない明日――そんな日常に退屈していた。
クラスの連中は、賑わっていた。今日、編入する転入生の噂で。
高校の三年、しかも新学期は始まっているこの時期に。
期待感と幾ばくかの好奇心が混じった噂が、色々巡っていた。
「転校生?こんな時期にか?」
「ああ、楽しめるやつだといいな」
格闘バカの友人は、そう笑った。
確かにそう思わんでもないけどよ。
だが、いつも通りの答えを返しておいた。
「けッ、美人なら良かったのに。野郎なんざ、な」
期待はしていた。
名門高校からの優秀な成績、美形だった、面白そうな諸々の噂を聞いたからだけではない。
理屈じゃない。
ただ、なにかが変わるんじゃないかとの予感があった。
「さあ入って、緋勇クン」
マリア先生の後に続いて入ってきた転校生を見て、女生徒達が歓声を上げる。
172cmというマリアの、ヒールの分を足した状態より更に高い。
182,3と思われる長身に、美貌と言えるほどの端正な顔立ち。
それに呼応するように、男連中のムッとした感情が、感じ取れるほど強くなった。
「緋勇 龍麻です。これからよろしくお願いします」
そんな敵愾心に気付いていないのか、そいつは柔らかく微笑むと軽く礼をした。
これで、怒りの気が結構揺らいだ。単純だな。
転校生は、女生徒達の嵐のような質問攻めにも、にこやかに受け答えしていた。
が、出身地―神奈川県で、少し疑問に思った。
この時期に、わざわざ転校する必要があるのか?
新宿からなら、通えるだろう?
同じ点を責めどころと思ったのか、あまり誉められない性格をしている奴が、わざわざ立ち上がる。そして、勝ち誇ったように訊いた。
「神奈川県からワザワザ、しかも3年だと言うのに転校してきたのですか?それとも何か事情が、いえいえ、言えないような事ならいいんですけど」
いやな奴だな。
どう答えるんだと思い眺めていたら、緋勇は微笑んだまま、あっさりと答えた。
「父の海外赴任に伴い、兄の新宿のマンションに居候する事になったんです。ただ、私のいた学校には『生徒は県内から通うこと』という校則がありまして」
「な、なんですか、それは?」
微笑みにたじろいだのか、そいつは言葉に詰まっていた。
緋勇は全く動じずに続ける。
「中学生が遠くから通うのはキツイため、作られた校則なのでしょう。が、なぜかそれは、高等部になっても有効なのです。
受験資格に、県内に住む者とあるぐらい厳格で。よって転校するか、家にひとりで残るかという選択肢になりました。
そうしたら父親が、面倒くさい転校しちまえ……と。
そういった理由での転校です。別に暴力事件を起こしたとかではないですよ」
すらすらと答える。最後に嫌味をさりげなく塗して。
聞いた奴は、黙っちまったな、理路整然と答えられて。
やっと質問タイムが終わった。
マリアに促されて席へ向かう緋勇の動作に、かすかな違和感を感じた。
あまりに自然体すぎて。
なにか武道をしているのかも、と思った。
休み時間に美里と小蒔が、緋勇のトコから顔を赤くして戻って来る。
一体なにを言ったんだと疑問に思い、ついでに挨拶に向かう。
挨拶ついでに、佐久間達の事を告げると、緋勇が目をやる。
緋勇は、軽く驚いたような表情になると、考え込んだ。
脅しすぎたかなと思い、フォローをいれておく。
お坊ちゃま学校出身だそうだし、護身術として武道経験があるだけかも知れないしな。
佐久間達に既に目をつけられたようだし、気を付けておくか
案の定昼休みに、佐久間に絡まれていた転校生を、案内と称し連れ出す。
信じられねェ、…なんでアン子と裏密が平気なんだよコイツは。
あのふたりにも、にこやかに挨拶をかえし、友好的に対応するとは。
恐ろしい奴だ。懐が深すぎる。
放課後、HRから部活までをサボって昼寝をしていたら、荒々しい気配が五つも近付いてきて、目が覚めた。
喧嘩か、と下を見ると、佐久間たち五人と緋勇だった。
だが……、気配は五つ
もう一度探ってみても、結果は同じ。
この状況にあって、いやこの状況だからこそか、緋勇は全く気配を発していなかった。
緋勇も、さっきは確かに気配があったハズだ。
やっぱ只者じゃねェ。
多人数に囲まれながらも、緋勇は全く慌てるそぶりを見せなかった。
むしろ悲しそうにうつむき、ため息をつく。
緋勇が意を決したように口を開こうとした瞬間、飛び出した。
「ちょっと転校生をからかうにしちゃァ、度が過ぎてるぜ」
佐久間たちみたいな阿呆に、コイツがワビをいれる必要なんて、無ェんだからな。
こんな事に巻き込まれた緋勇は気の毒だが、久しぶりの喧嘩だ。思う存分、暴れさせてもらうぜ。
「オイッ、緋勇ッ。 俺のそばから離れんじゃねーぜッ」
三人目を吹き飛ばし緋勇の方を見ると、少し離れた位置からこっちを眺めていた。
オイ、さすがに余裕見せすぎじゃねェか?
俺の視線を読んだのか、佐久間も緋勇の様子に気付いた。
目に苛立ちが宿った。やばい!
「余所見してんじゃねぇッッ!!」
佐久間が、飛びかかっていく。
慌てて最後のひとりをぶちのめしたが、間に合わない!
「緋勇ッ、逃げ」
最後まで言う余裕はなかった。
本当に、一瞬の事だった。
見切りというヤツだろう。
佐久間の攻撃を、ほんの少しだけ後ろに下がりかわし、カウンターで蹴りを叩きこんだ。
モーションこそ美しかったが、大して力を込めたようには見えなかった。だが、あの重い佐久間が、一直線で吹っ飛んでいった。
鳥肌が立った。
達人級でさえ、実戦での見切りは数センチが限度だと聞いた事がある。
それをコイツは、数ミリ単位で行った。
それだけの事を行いながら、緋勇はただ哀しそうに静かに、佐久間の様子を見ていた。
辛うじて起き上がり、なおもいきりたつ佐久間を、何処からか現われた醍醐が制する。
事態に気付いた美里が、連れてきたらしい。
醍醐の介入と、美里のとりなしのおかげで、この場はどうにか収まった。が、佐久間のことなんぞ、もうどうでも良かった。
これで、循環するが如きの日常から、逃れられる。
望んでいた平穏との決別、それが間もなく起きる気がする。
この転校生と共にいれば。
そう確信した。
そして、それは正解だった
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