TOPへ
―― 東京魔人学園剣風帖 第弐話 ――


昨日は、単細胞生物を馬鹿にできて楽しかったなぁ。

「緋勇くん、おはよう」

楽しい思い出に浸っていたら、掛けられた声に反応するのが、少し遅れた。
あ、緋勇って俺のことか。まだ慣れていないな。

「おはよう。ごめん、ちょっとボーとしてた」

振り返ると、美里さんがいた。
また、蛙クンが絡んで来るんじゃないかと思ったが、それも面白いので、教室まで適当に談笑しながら行った。


「おはよう」

教室に入ったら、一瞬しんと静まった。
なにしろ美男美女だからな。

あ、期待の蛙は来ていない。残念だ。


授業を無事に終えると、蓬莱寺が寄ってきた。
なんだか元気な奴だ。

一緒に帰る?
それはいいけど愛か?そんなに構うなんて。

まあ、承諾したからにはと、帰り仕度をしてたら遠野さんが来た。
昨日のことを、心配してくれたらしい。

「昨日、あの後、あいつらと……緋勇君―なにかあったの?」
「ちょっと、校舎裏でいじめられちゃった」

蓬莱寺に、嘘つけって目で見られたけど、気にしない。
その後も愛を込めて受け答えしてたら、遠野さんが、蓬莱寺に追い返されちゃった。

「緋勇君―。今度は、このアホのいない時にゆっくり話しましょ。じゃあねッ」
「そうだね、ふたりっきりでね」


ひらひらと手を振っていたら、蓬莱寺が不思議そうにこっちを見ていた。

「おまえ、どういう趣味してるんだ?」

そこまで不思議そうに聞かんでもいいだろうに。
美人じゃん、グラマーだし

「ぐらまぁ?だれが」
「なにを言ってるんだい、蓬莱寺クン。アレは89はあるよ」
「なんだとぉ!!でもアン子じゃなぁ」

彼女、美人だと思うけどなぁ。
そのとき、横から声が掛けられた。

「まったく、お前は見てて飽きん男だよ」

う、醍醐くんだ。
彼が蓬莱寺と話しているうちに、腹イタイって逃げようかな


いつ逃げようかとタイミングを計っていたら、先に醍醐くんに言われた。

「そうだ、京一。ちょっと、緋勇を借りていいか」

ぎゃあ、やっぱり。
こんな爽やか武道家系が、俺を見逃すわけがないんだ
見ろ、あの目の輝きを。

やだな、絶対強いよ。
どうして強いのと戦うのが、楽しいのかな。
俺は弱いの踏んづける方が面白いんだが



彼らの会話を聞きながら、つくづく思い知らされる。
【強さ】に対して考えが違うなあ、と。

それにしてもやっぱり見てたんだな、最初っから。
タイミングが良すぎると思った。
そのことに気付いてたとは、蓬莱寺も意外に鋭いんだな。


「緋勇、すまんが、ちょっと俺につきあってくれないか?」

醍醐くんに訊ねられた。
これは、強制イベントだよな。
きっと"いいえ"を選んでも、"はい"を選ぶまで、永遠に選択肢が出るんだ。
幻想水滸伝とかみたいに。

「ああ」

しかたないので頷いた。
なんか蓬莱寺まで来ることになった。連戦とかいったら怒るぞ。


醍醐くんの案内で、部室とやらについたけど、なんか変だ。
なんでレスリング部にリングがあるんだろう。
アマレスってマットだろう?俺の知識が足りないのか?

それにしても、部員がいない。蛙くんのせいらしい。
他校生と喧嘩して謹慎処分か。若いねぇ。
って、思いっきり怒らせたからか。元は俺のせい?



「緋勇―。用意はいいか」

醍醐くんに間接的にだけど申し訳ないコトしたし、本当に楽しそうだから。
本気で相手をしよう。

そう決めて、構える。

「いつでも」

フェイント付きのタックル。
氣も発っしてるし、レスリング以外にもなにか下地があるのだろう。
予想よりスピードもある。

だけど

俺はもっと迅い。


タックルにあわせてカウンター気味に掌打を決め、コンビネーションで蹴り上げる。
これで吹っ飛ぶかと思ったら、醍醐くんは、踏みとどまってラリアートをしてきた。スゲェ。だが、それもスウェイバックで、鼻先数センチでかわし、一挙に背後に回る。
卑怯かもしれないけど、防御堅そうだからな。

一瞬で氣を高めて、無防備な背中に剄をかます。
それでも念のため構えていると、蹴りが来た。タフだな。

でもね、ハイキックは格下にしか当たらないよ。
余程の蹴りの専門家でもない限り。

しゃがんですかし、正面からもう一度、剄を叩きこむ。



さすがに動かなくなった醍醐くんと蓬莱寺を残し、その場を去る。
俺はいないほうが、よさそうだし。


その日はすごく良く眠れてしまった。
なんかスポーツマンみたいでくやしい。



今日も滞りなく授業を終えたと思ったら、マリア先生に呼ばれた。

悪いことしてないよな
と考えながら職員室に行ったら、誰もいないよ、おい。
舐めてんのか?

一応ざっと探してみる。
その後も、少し待ってもこなかいので、帰ろうかと思い、部屋から出ようとしたら、人とぶつかった。

犬神先生だった。
気配出しといてくれよ。と非難したくなったが、俺も気配絶っていたのか。
だから、先生も気付かずにぶつかったんだろうな。
まだ、考え事してたり、寝てたりすると、つい気配を絶っちゃうんだよな。



先生は俺に用件を聞くと、意味ありげな事を言って去ってしまった。

「彼女に気を許すな。美しい花は、美しいだけじゃないって事を忘れるな」

あまり仲は良くないのだな、と思いながら待っていると、やっとマリア先生が来た。


クラスの皆とは仲良くなれたか、とのご質問に、満面の笑顔で”ええ”と答える。
全部がウソではない、実際あのクラスは善人が多くて微笑ましい。

その流れで、蓬莱寺と美里さんについても聞かれた。
蓬莱寺は分かるけど、なぜ美里さん?


先生の目的がよく判らなかったが、気にせずに帰ろうとすると、門の所に蓬莱寺が待っていた。
気のつく奴だなと思って眺めていたら、向こうも気付いたらしく駆け寄ってきた。

蓬莱寺が言うには、これからどこかに寄る上に、他にも誰かが来るらしい。
雑談していると、遠慮がちな声が掛けられた。

「よう、緋勇」

醍醐くんだった。
そうか、気を使ったのか。本当にマメだな蓬莱寺。

「やあ」

下手に大丈夫とか言わない方が良いと見た。その対応で正解だったのか、醍醐くんはなんか照れてる。本当に良い人なんだなぁ。こっちまで照れるよ。



彼らいきつけのラーメン屋に行くらしい。
いつの間にやら、どこからか現われた桜井さんも、一緒になった。
蓬莱寺が渋っていたが、彼の負け。
桜井さんは、脅迫がなかなか上手い。



ラーメン屋に着くと、旧校舎の話から幽霊話になった。
旧校舎の怪談って、ひねりが足りないと思うが。

ふと横を見て気付いた。なんか醍醐くん、顔が青い。
小声で訊いてみる。

「大丈夫?こういう話、苦手?」
「い、いや。そそそんな事はないぞ」

じゃあ、なぜどもる。この図体で幽霊が怖いのか。
面白いな、この人は。

そんなこんなでラーメンを食べていると、遠野さんが駆け込んで来た。
が、走ってきたのか、言葉も出ないようだ。

「み、みず…」

ぜいぜい言いながら、手近にあった蓬莱寺の水を、一気に飲む。

「俺の水――ッ」
「水一杯で騒ぐなッ」

叫んだ所を、醍醐くんに突っ込まれる。
誰とでも漫才ができるな、蓬莱寺は。

一息ついた遠野さんが、叫んだ。

「み、美里ちゃんを探してッ!!」



なんでも、話題の旧校舎にふたりで入ったらはぐれたらしい。
うんうん、大変だったね。
でも、入んなよ、そんなトコ。



「なるほど、事情は判った。このまま見過ごすわけにもいかんだろう。
京一ッ、一緒に学校へ戻るぞ。緋勇、お前も来るよな?」

ヤダ、と言えん雰囲気で、今更なにを。

「ああ、心配だから急ごう」
「頼りにしてるぞッ。さァッ、行くぞッ」
「さっすが、やっぱ頼りになるわッ」

いきなり頼りにされた。ま、いいか。慣れてるし。



旧校舎は、嫌な雰囲気だった。空気が淀んでいる。

そんな中でも、桜井さんと蓬莱寺は漫才をしてたが。
但し、醍醐くんは、それどころじゃなさそうだ。
冷や汗でている、大丈夫かよ本当に。

「男が四人も居るんだ。別に怖いこたァねーさッ」

蓬莱寺が、醍醐くんを慰めようとしたのか、明るくいった。
また桜井さんに怒られそうなことを。ていうか、既に怒られてるし。

顔は可愛いと思うけどな。桜井さん。
そりゃ、自分の事を"ボク"という女の子を生で見る事ができて、少し感動したことは否定しないが。


奥まで行ったところ、青い光が見えた。

「おいッ、誰か倒れてるぜ」

蓬莱寺の言葉通り。美里さんが、あの青い光に包まれて倒れている。
やれやれ、皆は呆然としているし、経験者が行くか。

光が消えた彼女に近寄って、抱き起こす。
これって、能力に目覚めたってことだよな。
可哀想に……力について、真面目に悩みそうな人なのに。


「緋勇…くん?」
「大丈夫?めまいとか吐き気は平気?」

みんなも次々に心配しているが、それどころじゃなさそうだ。
周囲に、怪しい気配がどんどん増えていく。
美里さんと遠野さんは、危ないから戻って貰おう。

「遠野さん」
「遠野さんなんて堅っ苦しいわよ!」

こんな事態に、余裕あんな〜。
結構、やばい状況なんだけどな。

「じゃアン子ちゃん、美里さんを連れて、この部屋から出てくれる?」
「なんでよ?」
「ヤバイから。あの赤い光とやな音の元を、どうにかしなきゃ。どうやら蝙蝠みたい。桜井さんは、どうせ残るだろう」

弓持ってるし、ありがたいくらいだけど。

「正解。でもボクは桜井さんなの?」

女の子って強いよな、ホント。なんで、こんなに余裕なんだ。
緊急事態だと思うが。

「小蒔ちゃんは、後ろから援護。醍醐は彼女の"ぬりかべ"、俺と蓬莱寺が遊撃ね。
蝙蝠の弱点は腹、上段攻撃をメインに。じゃ、気を付けて」

指示らしきものを言い捨てて、とりあえず周辺まで近付いていた蝙蝠を、バッシバシ吹き飛ばす。
アン子ちゃんたちが逃げ出したのを横目で確認してから、少し離れたところまで遠出して、倒し出す。


しばらく各自で、蝙蝠を屠っていたときだった。

「こいつらで終わりかッ」

蓬莱寺が、大技で蝙蝠を一気に吹き飛ばした。
安心したらしく、蓬莱寺の注意が少し緩む。

だが世の中、良いことばかりじゃない。
偶然それから免れた一匹の蝙蝠が、蓬莱寺の死角から近付くのが見えた。

「蓬莱寺!右上ッ!」
「くッ」
「ギャァ」

蓬莱寺は、反射的に木刀を薙いで、蝙蝠を倒した。
だが、あれは少しくらったな。

周囲の敵を倒してから近寄ると、上腕部を結構大きく裂かれていた。
倒し終わったことだし、醍醐たちに周囲に気を配ってもらって、止血をはじめる。


「痛ッ、いてェ」
「男の子でしょ、騒がないの!」
「おかんか、お前は」

などとやっていると、美里さんが戻ってきた。

「京一君、怪我を」
「これくらい大したことないって」

エライ対応の違いだな。美人に弱いなオマエ。

「動かないで」

美里さんが、裂傷に手をかざす。
縛ってもなお、出血が続いていたのに、ピタリと止まる。それどころか、すぅっと傷が塞がっていく。
あーやっぱり能力が目覚めちまったな。

「み、美里、どうやったんだ?今の」
「分からないの、ただ傷を癒せるような気がして」

ヒーリングか。教祖とかになれるな。
くだらない事と並行して、この状況についても考えていた。

巨大な蝙蝠やこの寒気・瘴気など、ここはヤバすぎる。
早く出た方が良い――そう思ったそばから、美里さんが光り出す。

「早くここを出よう。このままだと美里さんが」
「そうだな、ここは、チョット普通じゃねェ」
「くッ…。どうやら、おかしいのは美里だけじゃないらしい。俺の体も」

醍醐が、そして全員が、青の光を纏う。

おいおい、四人も引きずってくのか。頼むから、順番に目覚めてくれよ。

と、呑気に構えていたら、自分も光っているのに気付く。
えー、二度目ぇ!?

――目醒めよ……


もう目覚めたっつーに。

俺の突っ込みもむなしく、例の声と共に気が遠くなる。
あ、でもこないだ程じゃない。かすかにだが、意識が残ってる。


「全く、人の忠告を聞かない奴らだ」

呆れたようなつぶやきが聞こえる。

「やれやれ」

担ぎ上げられ、運ばれていく感覚がある。
三人同時に持ってる。スゲェな。

かすかなしんせいの香りが、その人が誰であるかを告げる。
安全だと思った瞬間、一気に気が遠くなる。耐えても疲れるだけので、意識を手放した



目が覚める。
他の四人は、まだ気を失ったままだ。俺は二度目だから、軽いんだろう。

しばらく待っていたら、美里さんが目を開けた。
それから、ほぼ同時に全員が目を覚ます。

気を失ってから、三十分近くたっていた。

「どうやらみんな無事か」

まさか全員が、能力持ちだとはな。
鳴瀧さん、先に言ってくれよ。



「俺たちは、いったい」
「まァ、いいじゃねェか。美里も無事だったんだしよ」

悩みかけた醍醐くんの肩を、蓬莱寺が軽く叩いた。
いいのかよ

「美里さん、本当に大丈夫?」
「ええ。ありがとう、緋勇くん」

微笑んだけど、表情が翳っていた。やっぱり力について悩んでるな。
美里さんと醍醐くんとかは、悩みそーなタイプだもんな。


「まぁ、なんとかなるよねッ。 ところで龍麻クン、葵は美里さんのままなの?」

余裕だなあ。いつのまにか龍麻くんだし。
君は、悩まんのか。

「葵ちゃんってなぁ……。小蒔ちゃんも言いにくいし。
じゃあふたりとも呼び捨てでもいい?小蒔と葵で」

「もちろんッ!!」
「ええ」

結構、図々しいかと思ったけど、あっさりと首肯された。
いきなり、女の子を名前で呼び捨てか。


そのまま会話はどんどん能天気な方向へ、進んでいった。
小蒔と蓬莱寺は、あんまり気にしなさそうたもんな

しかもまたラーメンを食うらしい。いいのか、それで?

一番後ろを歩きながら、旧校舎を振り返る。

犬神先生といい、化け物といい、どうなっているのだか……なにが眠っているのか、そのうちに探ってみよう。
そう決意してから、ラーメン屋に向かう一行を追っていった。

戻る