「醍醐君!!佐久間君が転校生の緋勇君を!」
走ってきたのだろう。
学園の聖女と名高い美里が、息を切らしながら必死に叫んだ。
彼女にそこまでさせる人物に興味を覚えたが、今はそれどころではない。
佐久間は、相当に強い。
それが多人数で、ひとりを囲えばどうなるか。
奴らはおそらく、校舎裏だろう。急がなくては。
そこで佐久間たちは、見慣れぬ者を囲っていた。
転校生は、それほど焦ってはいないが、困惑しているようだ。
止めねばと思った時に、京一が飛び入った。
五人ならば、京一が後れをとる事はない。
奴らにも、お灸が必要だろう。
放っておくことにする。
京一の喧嘩を見るのも、久しぶりだからな。
高見の見物を決め込み、ただ眺めていた。
相変わらず京一のスピードは凄まじく、部員達は、次々と倒されていく。
少し離れていた転校生に、佐久間が襲い掛かった。
しまった。京一と離れすぎている。
俺も、間に合わない。
そう思った瞬間、転校生がすっと身を引き、直後に佐久間が吹っ飛んだ。
見切りそしてあの蹴りは、確か古武道、それも実践派の技だ。
……面白そうだ。
緋勇は、京一と話していた。
ひとりの時の方が良かったが、仕方あるまい。声を掛ける。
「京一。ちょっと緋勇を借りていいか?」
昨日少し前から見ていた事を、京一に勘付かれた。
こういう事には、本当に敏い奴だ。
「まったく、お前には驚かされるよ。それだけ、頭がキレながら、学校の成績は最悪っていうんだからな」
反論する京一を、緋勇は面白そうに眺めていた。
こうやって見ると、一挙一動が流れるようで、隙が全くない。
これは楽しそうだ。
見学すると言い張る京一と緋勇を連れて、部室へ行く。
「ここも、相変わらずだな。ん?他の部員はどうしたんだよ」
本当に敏い。異常に気付いた京一が、聞いてくる。
緋勇に気を使わせるのも悪いので、言いたくなかったんだが。
「うむ……。昨日の夜、佐久間と他校生が歌舞伎町でモメてな」
「昨日っていや、緋勇」
「ああ、その帰りさ」
緋勇は、なにか考え込んでしまった。
佐久間の事を気にしたのだろうか。
彼にはなんの責任もないのに、申し訳ないことを言ってしまった。
緋勇と対峙すると、奇妙な感じをうけた。
なんだか懐かしい。
その理由はわからぬまま、観察する。
端正な顔のせいか、細身に見えたが、上着を脱ぎ、袖を軽くまくった姿は、結構がっしりしている。
身長差も、それ程は無い。
これほど大きいのと闘うのは、久しぶりだと、自分のデカさは棚に上げて、つい楽しくなる。
自然と笑みが浮かんだ。
スピードでは、勝てまい。となると、捕まえなければならない。
「緋勇――用意はいいか」
そう尋ねると、一分の隙もなく構えた緋勇は、微かに笑って答えた。
「いつでも」
「行くぞ!」
体勢を崩すためのタックルは、かわされるどころか、カウンターをくらった。
その連撃をなんとか踏みとどまり、ラリアートを叩きこもうとする。
が、視界から相手が消えた。
それと同時に背後から衝撃が来る。
「クッ」
どうにか耐えて、その方向に蹴りを放つ。
しかしダッキングで軽くすかされ、至近距離に入られる。
「醍醐。生きてるか」
わずかにうわずった声で、京一が聞いてくる。
意識を失っていたのか。完敗というやつだな。
「どうだ、お前も闘ってみるか?」
冗談じゃねぇ、そう答えた京一の瞳は、そうは言ってなかった。
いつもはふざけているが、京一の強さへの求道心は並みではない。
しばらくして、京一が静かに呟いた。
「面白くなってきたな」
ああ、本当に。
翌日、京一が誘ってきた。
「ラーメン食いに行かねェか。緋勇も連れてよ」
「ああ、ただし緋勇が構わないならな」
奴は、あまり乗り気ではなかった。
基本的には、闘いは嫌いなのかもしれない。
それを、半ば無理矢理引っ張っていったのだから、気分を害しているかもしれない。
「で、奴はどこだ?」
「なんかマリア先生に、呼ばれてたぜ。校門でまってりゃ、そのうち来んだろ」
しばらくすると、緋勇が歩いてくるのが見えた。
静かな男だ。気も動作も――全て。
闘いで見せた、烈光のような輝きが嘘のようだ。
「よう、緋勇」
なんと言うべきなのか判らず、とりあえず挨拶をする。
「やあ」
ごく自然に返され、ほっとする。
拘っていたのは、こちらだけのようだ。
そのままラーメン屋へ連れていった。
遠野の話では、緋勇のいた高校とは、全国でも屈指の名門校で、かつ、東大の現役合格生の出身校上位10校に入る進学校でもあるらしい。
だから、ラーメンなど食べた事がないなどど言われたら、どうしようかと実は心配していた。が、さすがにそんな事は無いようだ。
しばらくすると、騒がしい音をたてて、その遠野が、駆け込んで来た。
旧校舎の取材のため、美里とふたりで中に入りこみ、はぐれたらしい。
赤い光というところで、嫌な予感どころではない程の悪寒がしたが、仕方あるまい。
「なるほど、事情は判った。このまま見過ごすわけにもいかんだろう。京一ッ、一緒に学校へ戻るぞ。緋勇、お前も来るよな?」
夜中の旧校舎など初めて来たが、先程の、怪談話とあいまって寒気がしてきた。
気分が悪い。吐き気さえ込み上げてきた。
俺は、この外見に反して、迷惑にも霊感と言うものが強い。裏密に、前世で高僧だったらしい、と言われたほどだ。霊を感じたことは、腐るほどある。その経験から、わかることもある。
ここの空気は、霊に悪意を向けられた時に似ている。
奥の教室で、美里が青く光っていた。
あまりの異常事態に誰も動けないでいた。そんな中、緋勇が平然と教室に入り、美里を抱き起こす。
そして意識を取り戻した美里を、遠野に押しやった。
呆気にとあられる彼女らに対して、うんざりしたように逃げるように告げる。
なんの事か分からなかったが、緋勇が指した方向に、複数の紅い光が見えて鳥肌が立った。どうやら恐れていたモノではなく、コウモリらしい。
尤も、それだとて、異常なことに変わりはない。
緋勇は、とくに焦る風でもなく、全員に指示を出した。
最後のコウモリに、京一が僅かに傷を負わされたが、こちらの被害はそれだけのようだ。
緋勇は、止血する様子も堂に入っていた。
相当量の出血を間近にしても、平気のようだ。
そこへ、戻ってきた美里が、傷口に手をかざした。
淡い青の光が、傷口に吸いこまれていく。
すると結構な傷であった筈なのに、塞がっていった。
美里本人にも、そんな事が可能な理由は判らないらしいが、一体どういう事だ?
「さっさとここを出よう」
緋勇がそう宣言するとほぼ同時、美里が、またもや光り出した。
それどころか、呼応するかのように、俺や皆までもが同様の状態となる。
「くッ。どうやら、おかしいのは美里だけじゃないらしい。俺の体も……」
意識が遠のく。視界が歪む。
懐かしく――知らない声が聞こえる。
――目醒めよ。
目醒めよ。白……
なんの……ことだ?
目を覚ますと、そこは旧校舎の外だった。
一体どうやって、ここへ?
「まァ、いいじゃねェか。美里も無事だったんだしよ」
わざと京一が明るく言った。皆の不安を和らげるために。
こいつはこういう奴だ。
「美里さん、本当に大丈夫?」
「ええ。ありがとう、緋勇くん」
緋勇が気遣うが、美里の表情は晴れない。
それはそうだろう。
事態が、全く理解できないのだから。
桜井と京一が、元気づけるようにふざけ合う。
こういう時の彼らには、本当に助かる。
……それにしても、びゃくとは何の事だ?
何かが始まったらしい。それだけは判った。
その予兆たる転校生を、振りかえると、彼は、強い光をその目に宿して、旧校舎を見つめていた。
その姿が、なにかを強く訴える。
今はわからないのが、もどかしいほどに強く。
緋勇と自分の間には、きっとなにかがあるのだろう。
緋勇を護れるようになりたい。
その『なにか』がわかるまでには。
強くなろう。
緋勇を護れるほどに、強く。
|