血まみれの日本刀を抱きしめ、虚ろに笑いつづける男
桜の幹が、血を吸い上げ朱に染まっていく。
朝っぱらから不吉極まりない夢を見て、機嫌が悪かった。
そんな朝に、ヤツの気配を感じ取った俺が、多少の意地悪をしても、誰も責められまい。
「おはよう、葵」
目の前の葵に挨拶をする。わざと呼び捨て、笑顔つきで。
殺気が強まる。蛙くん久しぶりだなぁ。うっとり。
それにしても、相当なストーカーだね。ずいぶん遠くから見張っている。
そのまま葵と、仲良く教室へ向かう。強まる殺気が楽しいのう。
昼休み
醍醐はまた、トレーニングだとかでサボリ。
蓬莱寺はジャンケンで負けたんで、購買へパンを買いに行っている。
その戻りを待つ間、屋上からボーと桜を眺めていたら、突然話しかけられた。
「ひとりで花見か?」
犬神先生が、煙草に火をつけながら言った。
だからアンタ、気配を持ってくれ。心臓に良くない。
「友人を待っているだけですよ。そのような風雅な趣味は、有しておりません」
「なるほど。ところで緋勇……わざと、佐久間を挑発するのはやめておけ。醍醐は天然だが、お前は意識してのことだろう」
素晴らしい洞察力。
ええ、その通り。面白いから。
「なんのコトだか」
「わからんなら、構わないがな」
その余裕が素敵。
だから、こちらからも牽制しておく。
「そういえば先生、この前はありがとうございました」
「なんの事だ」
「分からないなら構いません。ただ、しんせいはあまりない銘柄ですよ」
一瞬だけだが、先生の眼が殺気を含んだ。
いいなぁ、こういうやりとり。これこそが俺。
「たつまぁー、買ってきたぜ」
そこに、蓬莱寺が戻ってきた。
ナイスだ。ちょっと殺されるかと思ったよ。
「ありがとう」
「いやぁー、えれぇ混んでてよぉ。げッ!! 犬神」
最後の部分は小声だったが……聞こえるって、それは。
「教師を呼び捨てとは感心しないな、蓬莱寺」
ほら。
そのまま、また、ぎゃあぎゃあ言い合ってる。
まさに犬猿の仲……そのままだな。
「まったく。あの野郎は、鼻だけは効くからな…」
先生が離れたのを確認してから、蓬莱寺が愚痴をこぼした。
そりゃあなぁ。それよりも、まだ彼の可聴範囲内な気がするんだが。
「いい先生じゃんか」
「どこがだよ!! 見る目がねぇなぁ」
やはり聞いていたのか、五時間目の生物で、俺と蓬莱寺は指された。
イヤガラセか、随分とまた難しいのを……。
しかし、俺に答えられない理数系など、無きに等しい。
ということで、スラスラ答えてると、皆のオォという歓声に混じって、不良さんたちの舌打ちが聞こえた。
あんたも煽ってんじゃん、先生。
HR終了後、醍醐とだべってたら蓬莱寺がニヤニヤしながら来た。
俺の歓迎会? 今ごろ?
ああ花見にかこつけたのか。
花見か……犬神先生もそんなこと言ってたな
「舞い散る花びらを見上げながら、龍麻と友情について熱き語り合いをだな」
「……その本音(ココロ)は?」
「いや、さぞかし酒がウマいだろうなァ」
少し意識を飛ばしている間に、蓬莱寺が怒られていた。醍醐、真面目そうだもんなぁ。
ただ、酒には強そうだよな。むしろ蓬莱寺よりずっと強いイメージ。
「なんだよ、じゃあ、龍麻にも聞いてみろよ」
そこで俺に振るな。
「お前は、どうなんだ緋勇。高校生が、酒なんて、もってのほかだと思わんか?」
すまんが余裕で呑める。
だが流れ的に、ここは良い子ぶるのが正解とみた。
「そうだね。良くないな」
「裏切りモノォッ!!」
非難がましく叫ぶ蓬莱寺には、そっとささやく。
秘技・こうもり。
「バカだな。入れ物を入れ替えとけ。ペットボトルかなんかに」
「そっか。なるほど」
君はバカたれだな。
相づち打ったら、ばれるじゃん。
案の定、醍醐の目付きが鋭くなる。あーあ。
「酒はだめだからな。お前の場合、ジュースに混ぜてでも持ってきかねん」
ほらバレた。おまけにマリア先生も呼ぶんかい。
犬神先生ほどじゃないだろうが、酒があったらばれるだろうな。
なんやかんやでアン子、葵、小蒔も来ることになった。
そして、皆でマリア先生を誘いに行くことになる。職員室に向かう途中だった。
顔面をフライパンで殴打されたような奴が、廊下にいた。
おや、ケロりん。
朝から気配は感じてたが、やっぱ来てたんだ。
醍醐がやたらと明るく友好的に話しかけてるけど、炊実といい……ひょっとして、実は俺と同じ性格してて、敢えて煽ってんだろうか?
「俺に近寄んじゃねェ!!」
当然の結果として、佐久間はキレた。
そりゃこんな卑屈な奴に、優しく接したらそうなるわな。
「緋勇。俺ともう一度、闘え……」
ヤだ、めんどい。
葵も、私の為に争わないで的な目で見てるし。
別に君のためでもないんだが。
皆のいないところで仕掛けてくれれば、自己存在意義を疑うくらいに、ケチョンケチョンに潰してさしあげるが。
人前でそれをやったら、人格が破綻していることがばれてしまう。
「佐久間君、ボクにそんな気は」
「逃げんのか、てめェ」
ほう面白いことを言ったな。
バカか。突込みどころ満載だ。
前に圧勝しておきながら、ここで敢えて控えめにいこう。
「そうとってくれて構わない」
哀しそうに呟いてみる。
おーほーほっほ、どう? うわーすげぇ顔。
「バーカッ。てめェとやったところで、龍麻が勝つに決まってんだろ」
蓬莱寺ナイスタイミング。この組み合わせ最高だよな。哀れみ&罵倒。
「なんだとォ」
面白いほどに怒ってんなぁ。血管切れるぞ。
あれ、去ってった。抑えたか。
「ますます、卑屈になってやがんな、あのアホ。醍醐も龍麻も気にすんなって。どーせ、ひとりじゃなんにもできやしねェよ」
蓬莱寺の台詞に、心から同意。
俺は言われなくとも、欠片も気にしないが、醍醐は悩みそうだな。
「あ、そうだ。どうせなら、ミサちゃんも誘おうよ」
途中で、思いついたように小蒔が言った。
俺は構わないが、蓬莱寺と醍醐が凄く嫌がってる。そんなにダメか?
なんだか可哀想になって悩んでたら、誘わないモードになってた。
正直、俺はいた方が楽しそうだと思うんだが仕方ないか。
職員室に着いても、マリア先生の姿はなかった。
蓬莱寺が、好都合とばかりに、やっぱりやめようとか、ぶーたれてるが、当然の如く皆から却下されてた。
立場弱いなオマエ。
しばらくして、人が入ってきたと思ったら、あーあ。
「ちッ、よりによって、いちばん会いたくないヤツに」
また蓬莱寺が、顔を顰めた。だから聞こえるって。
それは、犬神先生だった。
「ヤツじゃなくて、先生――だろ? 蓬莱寺」
相変わらず仲が悪いな。
それにしても蓬莱寺、素直すぎだ。
「……とぼけるのが上手いな。それじゃあ、この間のは見間違いだったか」
それはギャグですか?
話自体は全然聞いてなかったのに、思わずそこだけ反応してしまった。
ああ、ただの嫌味か……上手い訳ないよな。
「この間って……何だよ?」
誘導尋問に引っかかんなよ。
「お前ら、この間の夕方、旧校舎に入っていっただろう。なァ、緋勇龍麻」
なぜにフルネームで振ってくる? まあ、ご指名だし答えるか。
「ええ、知的好奇心から皆にお願いしました。立入禁止だったんですよね、申し訳ありません」
誤魔化すってのは、こうだろ、こう。
「お前は素直だな、緋勇。蓬莱寺も、お前ぐらい素直ならな」
「龍麻――、お前、素直すぎんだよッ」
蓬莱寺……幸せだな。なんて正直に受け取るんだ。
今のは、俺ら両方に対する嫌味だよ。
旧校舎についての話では、続いて、アン子ちゃんも自爆してるし。
そんなに素直だと、ジャ−ナリストとしては不適なのでは?
考えている間に、もう話題が花見の話に移っていた。
「桜って奴は、人に似ている。美しく咲き誇る桜も、一瞬の命(せい)を生きる人も。だが、どんなに美しかろうが、やがては散ってしまうのだ。
……俺には、無駄に咲き急いでいるように思えてならない」
とっても実感こもってますぜ、先生。
このヒトにとって人間は、大切な人も、愛した人も――それこそ一瞬で消えていくのだから、そりゃしみじみするか。
「でも、先生。だからこそ、桜は美しいのだと思います。はかない命だからこそ……。
人だって、そうだと思います。死があるからこそ、人は強く、激しく、そして優しく、一生懸命生きてゆけるのだと、私は……思います」
それはそれでエエ話だが、人間に言う資格のない言葉だ、葵。
資格があるのは、永遠に近き時を過ごしてなお、そうやって考えられる強い者だけだ。
「それは、死というものを知らない人間の詭弁だよ。君は――――いや、すまない。話が過ぎたな」
想いを吐露しかけ、我に返ったのか口をつぐんだ。
そして、話題を変えた。
「で、花見に行くのに、職員室に何の用があるんだ?」
マリア先生を誘いにきたとか話しているが、つい先生の言った事を考えてしまう。
時の流れと永劫か。
本来、俺みたいに執着心の薄い適当な奴の方が、長寿に向いてるんだろう。
全てを記録する傍観者ってのも意外に面白いかもな……。
「まッ、花見もいいが、気を付けて行けよ。中央公園に、桜以外のものが、散らんように……なァ、緋勇」
考え事中に、いきなり話を振るなよ。
しかも、そんな不吉な話。そういえば、今朝見た夢は、桜吹雪と血飛沫が同時に飛んでいたな。
「心得ておきます。ただ私は運が悪いですからね」
「何だよ、他に散るものって。……ゴミか?」
蓬莱寺と、ほぼ同時に答える。
蓬莱寺……その純粋さを失わないでくれ。
呆れたのか、先生は行ってしまった。
入れ替わるように、マリア先生がやってきた。
花見はOKだが、やっぱ酒はダメだそうだ。呑めるかなと少し期待してたのにな。
六時に集合、では解散となりかけたところ、校門前で裏密さんに会った。
気付いたアン子ちゃんが声をかける。
裏密さんは、呪文と共にこちらへやってきた。
蓬莱寺たちがひきつけを起こしかけてるけど、俺は特に問題無いな。
オカルト好きなんだ。某キチク秀行とかよく読むし。
「うふふ〜。ところでみんな、お揃いでど〜こ行くの〜?」
「お花見。ミサちゃんも行かない?」
小蒔の誘いに、なんとなく横で頷いてみた。
そうしたら、蓬莱寺と醍醐が、悲しそうに恨めしそうにこっちを見ていた。悪いな、君らが苦手なの忘れてた。
幸いというべきなのか、彼女は行かないそうだ。占いに凶事が起きると出たらしい。
意外だ。凶事なんて、むしろ喜んで、見学に来そうなのに。
アン子ちゃん情報によれば――最近、村正の盗難事件があったそうで。
裏密さんの占いにでたイメージは――獣と妖刀と血の惨劇。
で、さらに俺の夢を加えると、妖刀に魅入られた人間による殺傷事件が起きるて辺りか。
「まあ、信じる信じないは、みんなの勝手だけどね〜。緋勇くんは、ど〜お?」
これだけ条件が揃ってるんだから、当たるんだろう。
俺の夢も、最近は予知夢に近いことも多い。
「勿論、信じるよ」
そう答えたら、なんかくれた。
本物の護符のようだが。いいのかな、もうけ。
校門で一旦解散となったが、葵の表情が冴えないのに気付いた。
暗く沈んでいる。
みんながばらけかけた所で、彼女に声をかける。
「葵、まだ不慣れなんで連れていってくれないかな?」
「ええ、勿論」
やっと表情が明るくなる。
美人は、こうでなくちゃいかんよな。
葵との待ち合わせ場所へ行くと、もう彼女は待っていた。
「ごめん、待たせた?」
「いいえ、今着いたばかりよ」
よし。
この答えをする女性は、基本的に好みの場合が多い。
公園に着いても、皆は見当たらなかった。
「まだ、だれも来ていないの?」
「そのようだね。ちょっと早かったかな」
そう答えると、葵はまた表情を曇らせた。
彼女はうつむき、なにか考え込んだ後、意を決したように、聞いてきた。
「ねェ、龍麻くん。私、聞いてもらいたいことがあるの」
「俺でよければ、幾らでも」
恐らくは、力についてのことだろう。
普通は悩むよな、ああいう事が有ったら。
「ありがとう。龍麻くんて優しいのね。なんだか、龍麻くんのそばにいると安心できるの」
見せ掛けの優しさのせいかもな。
その類の事は、いろんな連中にも、よく言われたし。
「あの旧校舎での出来事から、私の中で何かが変わった。それは私の心に呼びかけてくる暖かい気持ち。
でも、ときどき、私が私じゃなくなっていくような気がして。元の私が消えていくようで」
語尾が、段々小さくなっていく。
泣きそうな顔をしている。
「このまま、みんなのことを忘れていってしまうんじゃないかって。怖いの。どうしていいか、わからなくて。龍麻くん…。私、私…」
彼女は半ば泣いていた。
もしかして、昔の記憶ってやつか? いわゆる前世。
こんな経験をしてなければ、『はいはい電波』の一言で切り捨てるんだが。
現実を否定しても、意味のないことだ。
いきなり記憶が流れ込み、錯綜している彼女が、混乱してしまうのも無理はない。
少し強引だが、彼女を抱き寄せる。
「あッ」
本当は、こんな一気に進まない主義なんだが。
俺も微かに覚えている。
遥か昔に、彼女と出会ったことを。
懐かしく、暖かい女性。
葵が、さとみに似ているんじゃない。
さとみが、葵に似ていたんだろう。
「忘れてしまっても、俺達が覚えていればいい。また、築きあげればいいだろう。何度でも」
髪を撫でていると、彼女は安心したように目を閉じた。
ついキスしようかと思ったが、それは少々進行が早すぎるだろう。
落ち着いた彼女を、そっとはなす。
落ち着いたら照れてきたのか、葵は、頬を赤らめて俯いた。
消え入りそうな声で呟く。
「ごめんなさい。変な話をして」
「いや、俺も」
ちょうどそこへ、タイミング良く蓬莱寺と醍醐がやってくる。
抱き寄せてる時でなくて、良かったな。
雰囲気を察したらしく、蓬莱寺が、にやにやしながら言う。
「こいつはチョット来るのが早かったか。なァ、醍醐」
「ホントだよ。この野郎」
軽く蹴っ飛ばす。
「おいおい、龍麻。目がマジだぞ」
「うふふ、龍麻くんったら」
焦る蓬莱寺を見て、葵は屈託なく微笑った。
少しは気が晴れたみたいだな。
アン子ちゃんと小蒔が一緒に来て、そのすぐ後に、先生が時刻通りに到着した。
乾杯の音頭とともに、なんやかんやで宴会がはじまった。
相当に賑やかな騒ぎとなる。
上半身裸になってポーズを取る蓬莱寺に、小蒔とアン子ちゃん、それに先生までもが爆笑する。
……蓬莱寺、ノンアルコールでよくそんなに飛べるな。どこかで呑んできたのか?
でもたまにはいいな、こんなノリも。
きゃあぁぁぁーー―ッ!!!
宴もたけなわ、盛り上がりの最中に、悲鳴が聞こえてきた。
これは……あの夢、かな?
既に立ち上がった蓬莱寺が、木刀を手に取る。さっきまでとは、別人の目で呟いた。
「妖刀とかけて、散るものと解く……」
聞きとがめた、小蒔が叫ぶ。
「そのココロはなんなのさッ?」
「さァて、な」
薄く笑ってそう応じ、袱紗の紐を咥え解く。
判ってたのか。
そういえばコイツは、意外に鋭かったなと思い出す。
騒ぎの中心へと向かう。
むせ返るような血臭のなか、日本刀を抱き、だらしなく笑う男が一本の桜にもたれていた。
夢の通りだな。
ざっと見た所、死者はいないようだが、怪我人が多い。
「あなたたちは、早く逃げなさいッ!!」
俺達にそう告げると、マリア先生は、わざわざ男に近づいた。
用心はしているようだが、刀を持ち返り血浴びた男に……正気か?
いくら座り込んでいるからって……
「ヒーヒッヒ」
急に立ち上がった男は、目の前の獲物に興味を示した。
「だめだッ。せんせー危ねェッ!!」
蓬莱寺の警告もむなしく、先生は狂った男に捕まる。
あのオッサン、さりげなくチチさわってやがるし。
ゆるせんな。
「大丈夫よ。緋勇クン、あなたたちは今のウチにお逃げなさい」
気丈にも先生は、俺達を逃がそうとする。
捕まった女性がそう言ってるのに、逃げるのはさすがにできない。
「そこまで根性が腐ってはいません。
先生が仰ったいたでしょう。俺は大切なものを護りたい」
答えたものの、実際問題としては難しいな。
多分先生は少しくらいの怪我なら平気のはずだから、無理矢理やるか。
物騒な考えに傾きかけた時、男が悲鳴を上げる。
どうやら、隙を見て先生が噛み付いたらしい。さすがだ。
逃れてきた先生を、背後に押しやる。
これで、あいつを三人がかりでタコ殴り、と思ったら、血に惹かれた狂犬が、わらわら集まって来やがった。
ちっ、面倒な。
「アン子ちゃん、先生。怪我人を連れて避難してください」
危険地帯から、皆を逃がした方がいい。目撃者も減るし。
咄嗟にそう判断して、彼女らに誘導を頼む。
「ちょっ、ちょっと! 龍麻くんたちはどーすんのよっ!!」
「あれをぶっとばす。逃げて」
ふたりが逃げたあと、やっと全体を見回すと、おい、狂犬みたいの……八匹もいるじゃねーか。多すぎだろ。
しかも葵に近い。ったく。
旧校舎で、色々試してみた結果、俺達の力は、葵以外は、氣による防御・攻撃の強化。
葵は、回復や補助――いわゆる僧侶系だった。
きっとレベルが上がれば、バギクロス(ホーリーでも可)とか使えるようになるんだろうが、今は攻撃手段を持たない。
誰か、彼女の護り専門が必要だな。
「葵、後ろに下がって回復と護りを。
醍醐と蓬莱寺は、離れすぎない程度に遊撃して犬を頼む。小蒔はふたりの援護、できる限り正面以外のやつを狙って」
そして、自分が小蒔と葵のガードに入る。
それにしても、こいつら重心が低いからやりにくい。俺や醍醐はまだ良いが、上段がメインの蓬莱寺や小蒔は、攻撃力が殺がれる。
特に蓬莱寺は前線で、攻撃の際の隙が大きいから危険極まりない。
近寄ってきた狂犬を蹴り上げ、指示を出す。
「葵、蓬莱寺に護りを」
「ええ」
「蓬莱寺、しばらく防御。守護が行ったら防御を考えずに、一挙に行け」
「おうッ」
「体をもたぬ精霊の燃える盾よ、私たちに守護を」
葵の詠唱によって、蓬莱寺が淡い輝きに包まれる。
これで多少の邪気なら、効かないはずだ。
「剣掌ッ!!」
それと同時に、蓬莱寺の剣先から放たれた剄が、周囲の犬を吹き飛ばす。
これでひと安心。後ろを向いて、葵に頼む。
「蓬莱寺に回復も……」
「龍麻くんッ!!」
油断していた。
いつの間にか接近していた男が、斬りかかって来た。
ぎゃあ! 髪掠めた。
日本刀で、素手の人間を襲うなよ。
蓬莱寺がいるだろうに。そっち行け。
むかついたので、おそらくは操られているだけであろう男を、手加減無くぶん殴る。
おまけだ。おりゃ。
正拳プラス中段蹴りで、男は動かなくなった。
生きている……ような気がするので、あまり考えないことにしよう。
「あんたたち」
誘導を終えて、戻ってきたアン子ちゃんが呆然としていた。
マリア先生も同様の表情だ。尤も、こちらは本心ではないだろうが。
「アン子ちゃん。言わないで欲しい。先生も、お願いします」
こういったことの可能な人間だと、広めたいわけじゃない。
皆も、口々にお願いする。
「ふんッ。馬鹿にしないでくれる? あたしが、そんな事すると思う?」
「思わない。ありがとう」
深深と彼女に頭を下げる。本当にありがたい。
一連の会話を黙って聞いていた先生が、静かに口を開いた。
「力というのはね…それを使う者がいるから存在するの。
気をしっかりもって、自分を見失わなければ、きっと、道は開けるはず。
あなたたちは、自分の信じた道を歩みなさい。わたしは、真神の生徒であるあなたたちを信じています」
深いな。さすがは年の功。
「ありがとうございます」
感動していた所に、パトカーのドップラー効果による音が響いた。
これは、何台か集まってきたな。
「さっさと逃げよう」
だが、情報提供するだのなんだのと、アン子ちゃんが写真を撮ってて、動こうとしない。
「醍醐……」
「……ああ」
疲れた声で言ったら、全てを察してくれた。彼女を担ぎ上げて、走り出す。
「ちょ、ちょっとッ。何すんのよッ!! 離して、離してよッ。キャ―ッ、どこ触ってんのよー。お金取るわよーッ」
どこ触ったんだ、醍醐。
緊迫感はないが、結構やばい事態だよな。
段々、犯罪じみた事をする羽目になりそうだな。
今日は疲れた。
闘い自体よりも、とにかく最後のダッシュが効いた。
持久力ないからなー俺。
あ、電話しなければ。
呼び出し音の一回目で、相手が電話に出た。相変わらずな人だ。
警察にも顔が効くような人は、この人しか知らない。
「お久しぶりです。龍麻です」
「何をした?」
何があったじゃないのか。
いきなり酷すぎる。
……まあ確かに、そちらの予想通りの用件なんだが。
「人聞きの悪い。巻き込まれただけです。本日発生した、新宿中央公園の通り魔事件をご存知ですか?」
「ああ、犯人が心神喪失で、しかも負傷して倒れていた事件だろう」
妙に詳しいな。他にも知ってそうだ。
「ちなみに巻き込まれた負傷者達は、制服姿の少年少女に助けられた証言しているそうだ」
……この短時間で、そこまで掴んでるのか。
「へぇー、そうなのですか。ところで、その犯人はリストラによるストレスで、おかしくなったそうです」
「ほう。それで?」
面白がってるな。
別に、俺は楽しく遊んでたわけじゃないんだけど。
「そして、博物館から盗んだ日本刀で、呑気な花見客を気持ちよく斬っていたら、血の匂いに狂った野犬に襲われたらしいですよ」
「制服姿のヒーローたちは何処に関わる?」
「彼らは花見客をテキパキと避難させただけですよ。酒の酩酊状態と、あまりの恐怖の相乗効果による幻覚で、妙に持ち上げてしまってるのでは?」
「なるほど。筋は通っていなくもない。では、警察やマスコミには、そういう話を聞いたと、私の方から伝えておこう」
嫌味な人だ。可愛い弟子のためなんだから、もっと気前よくやって欲しいもんだ。
「ええ、お願いします」
「龍、大事な知らせがある」
「はい?」
「私は十月頃から、しばらく海外へ行くので、その間は無理だよ」
「心得ておきます。では」
本当に喰えないオッサンだな。
それにしても海外とは……その期間は、一切助力を得られないのか。
事件起こさないように――起こしてもバレないように、気を付けないといけない。
……事件自体は俺が気を付けた所で、どうにかなるもんでもないが。
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