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見渡す限り、砂・砂・砂
息が詰まるな。
ここは何処だ?

…どうして?

なんだ?

……どうして、僕の王国に入れるの?

王国?この砂の世界がか?

……出てってよ。
…でてけッ!!

ここでやっと、目が覚めた。

なんだ……また例の夢か。
今度の戦場は、鳥取砂丘か?

それにしても、事件が起こる度に、こんな夢見ていたら安眠できないじゃないか。全く

―― 東京魔人学園剣風帖 第伍話 ――


「今日レポートを忘れた奴は、明日必ず俺の所へ、持ってくること。
いいな。特に、蓬莱寺」

犬神先生が、授業の最後に言った。
相変わらず、仲悪いな。

「ちくしょう、俺だけ四回も当てやがってッ」
「寝てたからだろ」

とりあえず突っ込んでおく。
しつこく当て続ける先生も先生だが、当たった直後に寝るのを繰り返すお前も、ちょっとどうかと思う。


醍醐と小蒔も、寄ってくる。

「何を馬鹿なことを、龍麻に言っているんだ。
お前、まだレポートのレの字もやってないんだろ」
「うるせェな。余計なお世話だ」
「図星か、どうするんだ?明日までに」

あー、そういえば俺、もう一本あるわ。

「俺が、殆ど終わりかけのレポートがもう一本あるけど使うか?
あと、結論ぐらいで終わるから、間に合うだろ」

がばっと立ち上がり、手を握られた。
いやぁ、離して欲しいなぁ。注目集めてるし。

「いいのか、心の友ッ!でも、なんで二個も書いてるんだよ」
「テーマ、どっちにしようか悩んでてさ」
「でも、ひーちゃんのレポートじゃばれちゃうよ。京一が、そんな立派なの書ける訳ないし」

小蒔がそう交ぜっ返すと、京一がムッとした表情で言い返した。

「なんだと!俺とひーちゃんの、どこがそんなに違うんだよ」


え……。
……べ、勉強面で一緒扱いされているのか?イヤだぞ。

「何だよ、俺なんかヘンなこと言ったか?」

皆の沈黙に気付き、京一が慌てる。
やばい、彼は本気だ。

「京一、本気で言っているのか?」
「そっか……京一は本当にバカなんだね」
「ンだと、小蒔」
「ひーちゃんは、この前の中間テスト学年二位だったんだよ。
しかも総合が二位だっただけで、理数系は葵を押さえて、ブッチギリのトップ」
「なにィ、裏切り者ォ!」

裏切りって…おい。
それより本気で、知らなかったのか、少し悲しいぞ。
知られてなかったからじゃなくて、同類扱いされていた事が。


ちょうどそこに、葵とアン子ちゃんが続けて入ってきた。

そのまま話題は移行していき、小蒔の夢についてとなった。
いいよな…夢判断か。俺なんかすっかり予知夢になってて……安眠が恋しい。


進路?
いつのまにか、えらく現実的な”夢”の話にかわったな。

「龍麻、お前はどうなんだ?」
「俺?進学。行きたい大学があるからね」

そう、だからこの騒動は結構迷惑。
せめて、高一くらいの時におこって欲しかったよ。



「あッ、そうだ!!夢といえば、あんたたち、あの事件知ってる?」

アン子ちゃんが、突然脈絡のない事を言う。
あの事件と言われても。

「もう、鈍いわねッ!墨田区周辺で最近起こってる事件よ」
「あァ…。原因不明の突然死や謎の自殺ってやつか?」

醍醐が、そう答えた。

質問。
何で、お前ら、そんな事知ってるんだ?

アン子ちゃんが、その事件の概略を話してくれた。
夢の中で死んでいく者、夢が原因で狂死する者…か。

それっぽいな、今回。


「犠牲者は墨田区に住む者。そして、夢の中に、真実が隠されている…か」

お、詩的だね、醍醐。



「葵、どうしたの顔色が真っ青だよ」

小蒔が、そこまで言ったとたん葵が倒れる。

「葵ッ!!」

とりあえず支える。
なんか呼吸が妙だな。倒れたのに、睡眠中みたいだ。

小蒔が、最近の葵の話をする。

墨田区に行ってから、怖い夢……?
さっきの話で、関連性に気付けよ。

しかも、運び先を保健室か霊研にするかで、皆がもめてる。
いや、これって明らかにさっきの話だろう。

「でも…、もし、大変な病気だったりしたら」

小蒔が心配しているが、それは無い。
これから起きる事は、多分全部が事件がらみだ。

「龍麻は、どっちなの?」
「京一たちには、悪いけど霊研だな。
ただの貧血には、思えない。意識の消失がおかしかった」

これで3対2になったので、霊研に向かった。



「囚われの精神は、悲しみの闇に沈む〜。決して醒めぬ、夢の迷宮〜」

霊研では、ミサちゃんがそう呟きながら、出迎えてくれた。
既に彼女は、事態を把握しているようだった。

何が起きたのか、占ってくれる。

ミサちゃんの呪文により、水晶の表面が一挙に曇る。それが徐々に消えていき、縛られた葵が映し出された。
ミサちゃんて、マジ高位の術者なんだな。


それが一瞬揺らいだと思ったら、水晶が砕け散った。
その空間を創り出した人間の妨害らしい。

役に立てなかったと、謝ってくれる。
充分だよ。


「桜ヶ丘中央病院って知ってる〜?」

ミサちゃんの問いに、誰も答えない。
みんな知らないみたいだな。

「さッ、桜ヶ丘だとォ!!」

素っ頓狂な声が上がった。
なんだ、京一知ってたのか。

「知りあいだなんて…、そんなケガラワしいッ」

どうしたんだ…お前。
そんな院長で恐怖するなんて…某白い医師か?
可哀想に。それでも、お前は友達だよ。

その桜ヶ丘中央病院というところに行った。

おい。
ここって、産婦人科なんだけど……

中に入っても、誰もいないんだが。
いいのか?病院が、無人受付で。

「すいません、誰かいませんかー」
「はーい」
パタパタと、可愛い看護婦さんが走ってくる。
随分若いな。俺たちと同じ位じゃないか?

「いらしゃいませ〜」

しかも、なんだか能天気。

「病院もいらっしゃいませというのか?」

いや、醍醐。そのツッコミはナイスだが、問題点はそこじゃないと思うぞ。



なんだ?地響きが近付いてくる。
その音にがたがた震えながら、京一が呟く。

「くるぞ」

お前、平気か?


「わしは、この病院の院長の岩山たか子だ」

おお、メフィかと思ったら、外谷さんだとは……盲点だった。やるな。
でも、確か岩山さんて、オッサンが言っていた人だ。

年齢と共に衰える治癒の力を、維持するために、外見を犠牲にした女性だって。
相当な美女だったとも言っていたな。


「ちなみにわたしは、看護婦見習いの高見沢舞子で〜す」

看護婦さんの自己紹介に納得する。
つまりは看護学生なのか。道理で。若いと思った。



先生は、葵の状態が普通でないと即座に見抜き、氣の治療に入ってくれた。
これで、一応は安心だ。

治療室から出てきた先生達の表情は、冴えなかった。
治療そのものは、成功したが、意識が戻らないそうだ。

「娘から、異様な氣がオーラのように立ち上がっておる」

それをどうにかしないと、葵の死もありうるのか。
どこのどいつだか知らんが、イイ度胸だな。

先生の霊視によると、害意は墨田区の白髭公園周辺から放射されているという。
どこの事だ?

高見沢さんが、案内してくれると言うので、喜んでお願いする。
だって、俺その辺の地理判らないし。

みんな危険だのなんだの渋っているけど、なにを言うんだ。
"立ってる者は、親でも使え"という、素敵な格言があるじゃないか。
俺は、協力は拒まないよ。


早速出ていくと、病院の外に女の子が立っていた。
確か、彼女は…

「あ、偶然ですね。私の事、覚えていますか?」
「ああ、覚えているよ」

渋谷で、ぶつかったあの子だ。
なぜこんなところにいる?

「私、比良坂紗夜っていいます。
また今度、こんな風に偶然会えるといいですね」
「ああ、そうだね」

偶然ね。ゴメンね。
俺は続いた偶然は信じないよ。

それは、必然とか作為って言うんだよ。


公園に着くと、なんか寒気がした。
高見沢さんが言うには、東京大空襲の時の霊がたくさんいるらしい。
そうか、彼女の能力って、霊感だったのか。
ちょっと俺も、う…とか思ったけど、醍醐がもっと引いてた。

しかもこっそりと、幽霊が苦手だと告げてきた。
お前には言っておくって…安心しろ、バレバレだよ。

「ねェ…、わたしって、ヘンじゃないよね?」

霊が見える能力か。別におかしくないんじゃないか。
ベーシックだよな。
俺も、悪寒がする程度にはわかるし。

「そんな事ないよ、醍醐もそうだしね」
「龍麻、俺は感じられるだけだッ!!」

即座に否定された。何と言うか……半分悲鳴だった。

「そなの?」
「そうなんだ、だから余計に苦手なのかもしれんが…」

確かに、はっきりみえるのと、気配だけはしっかりと感じるのって
どっちもツライもんな。

なんか、醍醐が高見沢さんに慰めてもらっていた。
しっかり、アドバイスしてもらっとけ。

高見沢さんが、幽霊さんに聞いてくれたので、その辺りに行った。
そこには、いかにも怪しげな廃ビルがあった。
なんで、都心にこんな場所があるんだろう?


小蒔が、高見沢さんにここで帰るように言い、京一も賛成する。
何で?葵がいないんだぞ。回復のできる人が必要だろ?
危険だからって、彼女がいないと俺達が危険だ。
せっかく高見沢さんも、もっと一緒にいたいというので、お願いする。


そこに、背後から女が現われた。
キツイタイプの美人だ。
多少化粧が濃いが、まあ許容内だし、背も高くて好みだ。


彼女に食って掛かった小蒔が、手酷くやり込められる。
そりゃ、人生経験の差で負けるよ。
幸せに生きてきたことは、悪い事でもなんでもない。
だけど、その恵まれた人生で培われた価値観を、人に押し付けるのはな……。やめた方がいい。

ついてきな
そう歩き出した女の後姿を見ながら、高見沢さんが、のどかな空気で言う。

「あの〜、あんまりあの人を嫌わないであげてね〜」
「何言ってんだよッ、あいつ悪い奴なんだよ!!」

ワルイヤツ…ね。
俺、君のそういうところは、結構マジで嫌い。
なんか、正義ってものを、信じすぎなんだよな。

「だって〜、みんなあの人を助けてあげてっていってる。後ろの、小さな男の子も…」
「男の子?」
「うん。小学生くらいの子」

その辺に、鍵がありそうだよな。

案内された先は、倉庫のような一室だった。
当然誰もいない。

「これからあんたたちを、麗司の国に案内してあげる」

そう言い残して、彼女は部屋から出て行った。

すぐに小蒔が、後を追おうとしたが、既にカギが掛かっているそうだ。
まあ、よくあるパターンだな。

しかも白い煙が、入ってくる。

「ガスだッ」

もっと、黄金パターンだね。

「無理に息を止めたりしない方が良い。おそらく、催眠性のガスだ」

あんまり頑張ると、苦しいからな。

「どうしてわかるんだ」
「あの女……藤咲だったか、招待してくれるって言っただろう。麗司の国とやらに」

「国って何処さッ!」
「夢の中だろ、今までの情報から察するに。
だから、あまり無理せず寝た方が良い。倒れると痛いから、座っていた方がいいよ」



ひとり、ひとりと目を覚ます。いや正確ではないな。
おそらくここは夢の世界だから。
辺りには、砂漠が広がっていた。あの夢と同じく。

「ようこそ、あたしたちの国――夢の世界へ」

藤咲と顔色の悪い男が現われる。

いじめられていたコイツを、葵が優しくしてしまったのか。
墨田区に行った時に。
なるほど、話がつながったな。


「そんなの間違ってる。
君は葵の優しさを踏みにじってる」

小蒔が、哀しそうに言った。
優しいな。俺は、彼のほうの事情に興味はない。

「ガタガタ言うんじゃないよ。痛みも知らない甘ちゃんが」

あ、それはちょっと同感。

「いじめなんて、ヤる方もヤられた方も悪い、なんていうヤツもいるけど、
それは、ヤられた事のない奴か、力の強い奴がいうセリフさ」

それって間違っているよな。
そりゃ、やった方が悪いに決まっている。

「ヤッた奴のどこかに、一生消えない傷が残るかい?
ヤられた方は一生消えない魂の傷を――――十字架を背負って、生きていかなきゃならないんだよッ!」

藤咲は、俺たちではない何かに向かって絶叫した。
……辛い過去持ちか。

正直言って、理解が出来ない。
いじめる方もいじめられる方も。

まず俺は、気に食わないやつと、あえて接触しようと思わない。
苛めないけど、助けない。その程度だ。

また、自殺するのもわからん。
俺だったら、自殺するぐらいなら、相手を殺すな。
たとえ、最終的に自殺するにしても、洒落にならないほど克明に記した遺書を、低俗系の雑誌に出し、更に苛めた奴らを殺してから、だな。

「そうじゃなきゃ弘司だって……」

嵯峨野は、既に目付きがおかしかった。
泣きそうな顔で呟いた藤咲にさえ関心を払わずに、嵯峨野は無表情で言う。

「そんなことどうだっていいんだよ。葵さえいれば」

ヤバイな。力に取り込まれかかっている。
藤咲の方は、嵯峨野とその弘司とやらのためだが、嵯峨野の方は、目的がおかしくなっている。

「どうだい?葵をボクに譲ってくれるなら、君たちは無事に帰してあげるけど?」

やっぱ壊れかけているな。
ふざけろ、ボケ。

「あほ。寝ぼけるなら、ひとりでしてろ。大体、葵はモノじゃない。譲るもなにも、俺たちの所有物ではないんだよ。当然お前の物でもない」

「そ、その、自信に満ちた目が嫌なんだ」

嵯峨野は、俺を恨めしそうに見てから言った。
そんなこと言われても、俺のせいじゃない。
だから続けた。

「知らんな。
御二人のご高説は承ったが、葵は関係ないだろう?いじめられて辛かった…同情でも良いのなら、幾らでもしよう。
だが、なぜ葵が自由を奪われ、眠り続けなければならないんだ?
論点が、違うだろう。
あくまでお前が、力ずくで、彼女を縛り続けるつもりなら、こちらも実力行使をする」



嵯峨野は葵を解放する気はないようだ。
周囲に悪意が満ち、それが存在感を増していく。

人魂か……あ〜あ、醍醐が引きつってる。
しょうがないな。

「京一右手、小蒔左よろしく。高見沢さん、誰か怪我したら、治してね。
醍醐は、小蒔と高見沢さんのガード」
「ああ!!」

明らかにホッとするなよ、真神の総番長。

「は〜い。みんながんばってェ〜」

フワッと周囲が温かくなった。
葵の加護に似ている。
彼女の能力は、霊を見るだけじゃないってことか。

左右はふたりに任せて、中央の嵯峨野たちの元へ向かう。
藤咲が、嵯峨野を背に庇い前に出る。嵯峨野……お前、女の子になぁ。

一瞬呆れてしまったが、藤咲を観察しているうちに、口笛でも吹きたくなった。
結構な腕だ。

「ふふふ、いかせてあげる」

幾重にも見えるムチが襲いかかってくる。
狙い、速度ともに、合格圏。それにしても、そのまんま女王様だな。

「別の機会に願おうか」

背後に回り、軽く手刀を首筋に落とす。

さて、嵯峨野は……
う〜ん、こいつ強く殴ると死にそうだな。
そーっとね。

「なんで…僕は、この世界の…支配者なのに…」



夢の衛兵たちを失い、絶望しきったのか、嵯峨野が消えていく。
暗い言葉を残して。

「ダメよッ、そんな事いわないでッ!!
生きるのに疲れたなんて、そんな――あの子みたいなこと、いわないで……」

藤咲の絶叫にも止まることはない。


――って、ちょっと待てい。術者であるあいつが消えたって事は、俺たち自然に目が覚めるまで、ここにいるのか?

しかも世界が歪み出した。
そうか、創造主(さがの)がもう必要ないと考えたからか
つーか、マジでヤバイって。



犬の鳴く声が聞こえる。
それに導かれるように、意識が戻っていく。
目が覚めると、ボクサー犬が藤咲のそばにいた。
コイツが起こしてくれたのか。

「サンキュ」
撫でる。俺は、動物には優しいのさ。



嵯峨野も藤咲の傍にいた。
ただ、嵯峨野の目は、固く閉じられていた。

「嵯峨野は?」

繰り返し嵯峨野の名を呼ぶ藤咲に、尋ねた。

「命に別状は無いわ。でも…もう…意識は戻らないかもしれない」


現実から逃げて、楽園にいることを選択したから。

「あの子と…、あたしの弟と、同じように…」

弟はこの廃ビルから自殺か。哀しいな。

「自分を殺すくらいの勇気と強さがあるなら、それを、やった奴に向けてやればいいッ。…そうじゃないかッ」

「一概には、否定できないな」

いや、本音はその通りだと思うが、この状態でそんな事肯定したら
皆になにを言われるか、わかったもんじゃない。

「だが、それこそ、苛められた者の心によるだろう。
苛めた奴なんぞと、同レベルになんかなりたくないって人もいるかもしれないしさ」
「どうしてそんなことが、あんたに言えるの?
あんたに、あの子や麗司の痛みが、どうしてわかるのさ?」
「わからないよ。だから本人に聞いてみればいい。…高見沢さん」

このために、彼女は居てくれたんだろう。
慈愛の人に話を振った。

「は〜い。そっか〜。この子、弟さんなんだ。
あのね、ごめんねッて
もう僕のために苦しまないでッて」
「ふッふざけるなッ!!そういえばあたしが改心すると…え?」

その時、声が響いた。まだ幼い子供の声が。

お姉ちゃん。
お姉ちゃん

「こ、弘司ッ?」
「ふふふ」

高見沢さんが微笑む。優しく、そして凛と。
こんなに綺麗な人だったんだ。

「あなたは可哀想な人…。自分を傷つけることでしか人を愛する事ができない。
だから、教えてあげる…。私の力で―――」

お姉ちゃん。ありがとう、僕の分まで幸せに……

「聞かせてあげる…。
誰にも等しく愛が降り注いでいる事を――」

バイバイ

「弘司、待ってッ!待って…」


昔、CLAMPという人の漫画で、変質者に殺された少女の母親が、復讐しようとしているのに気が付いた主人公が同じ状況で、その子の霊を呼び出してあげたら
"ママ、苦しいよう。あのおじちゃんをやっつけて"って言うのがあったな。

幸い母親には、声は聞こえず姿が見えるだけだったので、主人公はスッゴク
悩んだ末に、"もう幸せになってって言っています"って嘘をつくんだが。

今、突然それを思い出した。

よかったな……
弘司君は異常に優しい子で。
今、あいつらを殺してって言われたら、フォローできないもんな。

藤咲は、それで満足できたみたいだ。

『どうして仕返しもせずに、自分を殺すのか』

なんか理解できた気がする。心の脆くて、優しい子が自殺するんだな。
俺みたいなのは、五倍くらいにして返すからな。

さてと帰るか。

「藤咲、嵯峨野を預かるぞ。この子の病院に入院させるからな」

高見沢さんを、指しながら言う。
心霊治療の権威、そして、魂を癒す力を持つ看護婦のいる病院。
最適だろう。

「大丈夫だろ?」

肩に嵯峨野を担ぎ、彼女に聞く。
それにしても、こいつ軽いな。

「え〜っとぉ、大丈夫。
今特別病棟は〜、五部屋空いているから」

ちゃんと把握しているんだ。根はしっかりしているのかな。

廃ビルを出て、歩いていると、藤咲が追ってきた。
仲間になってくれるという。
そりゃ助かるけど。

「あたし、あなたの事気にいちゃったわ」

そういって、右腕を絡める。
おい、俺は男をひとり担いでいるんだが。

「ずる〜い、舞子もォ〜」

こら、看護婦、怪我人がいるんだけど。





「で、治る可能性は、結構ありそうですか?」

病院で、先生に尋ねた。

「ああ、生きようとはしている。
あとは、自分の中で決着を着けるまで、面倒をみてやるさ」
「ありがとうございます」

先生は急に黙って、しばらく俺を見ていた。

「緋勇、あんたは、驚かなかったね。
義理の親から、わしの事を聞いていたのかい?」

正直に答える。

「いえ、鳴瀧からです」
「なるほど、アイツは元気かい?」
「ええ、元気に怪しいです。今はロンゲソバージュですよ。
先生とお揃いで、しかもヒゲもはやしています」


「そうか。それは見てみたいね」

先生は、ひとしきり楽しそうに笑い、それから黙り込んだ。
そばらくして、ついでのように、軽く言う。
おそらく心からの言葉を。

「龍麻…、高見沢を頼むよ」

優しいね。みんな。

「ええ。確かに」

承知しました。
あの純粋な女の子を傷付けない。
彼女は、見た目よりも遥かに芯が強いと思うけれど。
それでも、ちゃんと護りますよ。

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