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― 東京魔人学園剣風帖 第伍話 藤咲亜里沙 ―

――――嵯峨野ちゃんよぉ

どこからか、嘲笑と何かがぶつかるような鈍い音が聞こえてきた。
それと、押し殺したような悲鳴も。

「ははは、犬の格好がお似合いだぜ」
「おら、ワンって鳴けよ」

路地裏近くで、中学生くらいの男の子が苛められていた。
周囲にいた人たちは、見て見ぬフリをしている。

あんたたちみたいな奴らひとりひとりが、あの子を殺したんだ。



太腿の鞭の感触を確かめてから、一歩踏み出す。

「ねぇ、アンタたち」

その男たちに、声を掛ける。
わざと胸元を強調して、微笑みながら。

「あぁ?なんだよ」

敵意を持ってこっちを向いたそいつは、アタシを見た途端、ニヤけていた。

「もっとイイ事して遊ばない?あっちで、アタシの身体とさ」
「あ、ああ」

連中は皆、フラフラと路地裏へついてきた。

「で、何をしてくれるんだよ?」

にやけただらしない最低の表情。
コイツら、よく見たら同じ高校の奴等だった。

「ふふ、気持ちイイ事よ」

そう言って、太腿につけた鞭を取りだし、一番前にいた男の首を絞める。


「がッは」
「スキなんでしょう、こういうの。だって、あんなに楽しそうだったものね」

そうでしょう?アンタたちだって、笑っていたもの。
さらに絞り上げる。

「や、やめ」
「やめないわ。だってアンタたち、そう言われて止めた事があるの?相手がどんなに泣いたって、続けたでしょう?」


そいつが、不愉快な声をあげてオチる。
残った奴等にも、平等に笑いかける。

「いかせてあげるわ」




「あ、ありがとう、藤咲さん」

さっき苛められていた子が、待っていた。
よく見るとこの子も、同じ制服を着ている。こ……高校生だったの?



「あ、僕は嵯峨野麗司。三年B組だよ」

タメ?意外だわ。





はぁはぁ

……ごめんね、お姉ちゃん。

「いやぁ、弘司ッ!!お願いやめてッ!!」

必死で走るっているのに、全然前に進まない。
これは夢。何度も繰り返し見た悪夢。
わかっている。でも……あの映像を、見たくない。


さようなら

弘司があの廃ビルから、飛び降りる。

いやぁぁぁーー

「大丈夫?藤咲さん」

あたしを揺すって起こしたのは、今日助けた子だった。

何でウチに――と思ったけれど、違う。
周辺の景色の印象は、砂漠の中の寂れた公園といった感じだ。

「アンタ…ここは何処よ」
「ここは、僕の国さ。藤咲さんは、悪夢にうなされていたんだよ」

嵯峨野は、少し得意そうに答えた。

悪夢から助けてくれたってことは

「夢の世界ってコト?」
「そうだよ、僕は夢を操る事が、できるんだ」

何でも?
何の罪悪感を覚えない奴らを、罰する事もできるの?

だったら……

「今までアンタを苛めていた奴等に、そのままお返しをして、
どれほど自分達のした事が、酷かったか、思い知らせてやりなさいよ」
「そうか。ここでなら僕は、できるんだ。ありがとう藤咲さん」
「亜里沙でいいよ……麗司」





「麗司〜ッ。あれ、どうしたの?この女」

その日も、夢の国を訪れた。
すると、麗司がいつもいる場所の側に、十字架に縛り付けられた女がいた。

「美里葵。
現実(じごく)でいじめられていた僕に、優しくしてくれたんだ」
「ふ〜ん。でもちょっと、扱いが悪くないかい?」
「しょうがないんだ。こうしないと、現実に戻ろうとしてしまうんだ。
現実に、強く呼びとめる奴等がいるんだよ」

麗司の邪魔をする奴らがいるの?
じゃあ

「そいつらにも、思い知らせてやればイイのよ。ここでね」



すぐ近くまで、そいつらが来ていると言うので、迎えに行った。

麗司が言っていた四人と、もうひとり看護婦の格好をしたコ。
よくこんな所まで、お坊ちゃんお穣ちゃんが、来たものね。




案内しにきた――そう告げて、少し嘲笑した。
よくあんなコを助けに、のこのことやってくるもんだと。

「葵はボクたちの大事な友達なんだ。葵を悪く言う奴らは許さないッ!!」

ショートのオンナノコが、友情で一杯の瞳で叫んだ。
真っ直ぐな瞳で、自分を正義と信じきっていて。


反吐が出る。
ぬくぬくと幸せの中だけで暮らしてきたイイ子ちゃん特有の、傲慢なほどの素直さ、正義感。
それが、どんなに偏ったモノか気付きもせずに。

だから言い返した。
泣きそうな顔で黙った彼女に、少しだけ気が晴れる。





五人を麗司のところへ案内する。

その中の緋勇 龍麻って、麗司がいっていた奴

閉じ込められても、動揺もしない。
一見ただ綺麗なだけに見えるけど、違う。
さっきのイイ子ぶったお穣ちゃんとは、何かが違う。

得体の知れないガスが出てきたというのに、倒れると痛いから、座れという始末。
どんな根拠があっての余裕なの?



「どうだい?葵をボクに譲ってくれるなら、君たちは無事に、帰してあげるけど?」

麗司の国――夢の世界に彼らを引き込んで、話を持ちかける。
美里葵を諦めるなら、無事に助けてやると。
けれど、誰も頷かない。


「あほ。寝ぼけるなら、ひとりでしてろ。
大体、葵はモノじゃない。
譲るもなにも、俺たちの所有物ではないんだよ。当然、お前の物でもない」

緋勇は、麗司の言葉にそう返した。
本気で言っている。
この異様な世界に、怯えもせずに。

「そ、その、自信に満ちた目が嫌なんだ」
「知らんな。
御二人のご高説は、承ったが、葵は関係ないだろう?
いじめられて辛かった…同情でも良いのなら、幾らでもしよう。
だが、なぜ葵が自由を奪われ、眠り続けなければならないんだ?
論点が、違うだろう。
あくまでお前が、力ずくで、彼女を縛り続けるつもりなら、こちらも実力行使をする」

そう言って、彼は一歩踏み出した。
生まれながらの王というものが、存在するのなら、それはこいつの事だ。
怖い。正直に思う。この人と敵対する事が。


でも麗司をこれ以上、傷付けさせない。

「ふふふ、いかせてあげる」

鞭を振りかぶる。



「別の機会に願おうか」

声は、後ろから聞こえた。
ウソッ、全然動きが見えないッ
うッ


気が付いた時には、麗司も倒されていた。

その表情

知っている、あの時の弘司と同じ。
絶望と諦念。

「ダメ、麗司ッ、やめてッ!!」
「いいんだよ。もう、僕は疲れたんだ。そう、生きることにね…」



麗司の姿が消えていく
もうこの世界さえ、必要ないというように。

麗司!!


そして、同時に世界も歪み出す。
創造主である麗司に、不要とされたから。



崩れていく世界の中に、エルの鳴き声が、響いた。
まるで、アタシたちを導くように。


目が覚めると、心配そうにエルが側にいた。

「大丈夫。ありがとうエル」

緋勇たちも、目が覚めたらしい。
目を細めて微笑んだ緋勇が、エルを撫でながら言う。

「サンキュ」

本当に、動物が好きな人の表情だ。
闘っているときの、冷たさが嘘のように優しい顔。


「嵯峨野は?」

麗司は、眠っていた。とても安らかに。
――安らかすぎるほどに。

「命に別状は無いわ。でも…もう…意識は戻らないかもしれない」

これは全てを捨てて、手に入れた安寧。

「現実から、いじめられる毎日から逃げて、自分だけの楽園(くに)へ行ってしまったのよ。
あの子と、あたしの弟と、同じように」

どうして……こんなことに。
どうしていじめられた子が、もっと傷つかなきゃいけないの?

「自分を殺すくらいの勇気と強さがあるなら、それを、やった奴に向けてやればいいッ。…そうじゃないかッ」

そうだろう?自分が犠牲になるくらいなら……

「一概には、否定できないな。
だが、それこそ、苛められた者の心によるだろう。
苛めた奴なんぞと、同レベルになんかなりたくないって人もいるかもしれないしさ」

アンタは強いから。
だから、そんな事が言えるのよ。

「どうしてそんなことが、あんたに言えるの?
あんたに、あの子や麗司の痛みが、どうしてわかるのさ?」

別に、緋勇が悪いんじゃない。
むしろ、正しいんだと思う。
でも、八つ当たりだとわかっていても、ひどい事を言ってしまった。

「わからないよ。だから本人に聞いてみればいい。…高見沢さん」
え?

「は〜い。そっか〜。この子、弟さんなんだ。
あのね、ごめんねッて
もう僕のために苦しまないでッて」

信じられるもんか。そんなデタラメ

「そういえばあたしが改心すると…え?」

お姉ちゃん……

これは、弘司の声?

ぼーっとしたカンジの看護婦が微笑む。
なぜか凛としてみえる。

「あなたは可哀想な人。
自分を傷つけることでしか人を愛する事が出来ない。
だから、教えてあげる…。私の力で―――」

お姉ちゃん…
ありがとう……

彼女は続ける。
優しい青の光を纏いながら。

「聞かせてあげる。
誰にも等しく愛が降り注いでいる事を――」

バイバイ

弘司。
アタシがアンタを縛り付けていた?
ずっと、何もかも憎む事で、アンタを余計に苦しめていたの?
ゴメン、悪いお姉ちゃんでゴメンね……。




「藤咲、嵯峨野を預かるぞ」

弘司の気配が消えて、しばらく経ってから、緋勇が言った。
本来なんの関係のないアタシたちに、なんでそんな。
看護婦も、大丈夫だと言う。慈母の微笑み。



どうしてだろう。
このふたりは、信じられる。
平和な場所から、高みから見下ろす『優しさ』じゃない。
多分、この人達は、辛い目にあっている。
でも、失われなかった優しさ。



先に行く緋勇たちを追いかけ、彼の右腕に手を絡める。
そして、わざと冗談のように軽く言った。

「あたし、あなたの事気にいちゃったわ」

本当に魅かれたから。

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