「ど…てだよ。…ご
お前…た…くれ…思って……。
お前だけは信じて…のに」
「ま…ちが…」
「…せぇ、もう俺は誰も信じねぇッ!!」
何だ?今のは。痴話喧嘩か?
それにしても、今日の夢は、音が遠かったな。
電波の悪いときみたいに。
……もしかして、昔の事なのかな。
部活が終わった京一と醍醐が戻ってきた。
「悪りぃ、遅くなった」
「すまんな、龍麻」
「別に平気だよ」
微積の問題集を片しながら、答える。
それは本音だった。ひとりしかいない教室は、図書室なんかより、よほど集中できて、課題がはかどったんで、むしろありがたかいくらいだったから。
「あーあーッ、こんなに暗くなっちまって……。
やっぱ部活なんてやるもんじゃねェなァ」
校舎を出て、空を見上げた京一が、心からの言葉といった感じでぼやいた。
おい……お前、部長だろ?
聞きとがめた真面目部長の醍醐と、不真面目京一が言い争いを始める。
それを聞きながら、心の中で首を傾げる。
そもそも、何で京一が部長なんだろう。不思議だ。
最強の者が継ぐがよい、とか初代が言い残したのか?
「どいつもこいつも、青春の無駄遣いだぜ」
「お前とは、青春の対象が違うからな。
…それに今は空手部の奴等の方がはりきってるぞ」
まだやってるし。それにしても全国大会か。ご苦労なこって。
美術部、しかも半幽霊部員だった俺には、理解できん。
そんな話をしながら、公園の近くを通りかかったときだった。
―――うわあぁぁぁぁ
なんじゃ、今の野太い悲鳴は。
木綿を破いたような声の方へ行くと、ゴツイ真神の男が倒れていた。
うッ……なんだ、この残留している気は。
淀みまくってるな。
「コイツはたしか、空手部の二年生だ」
醍醐……なぜ、知ってる?
スゲェな。
「腕が石に」
京一の言葉に驚いて目をやると、確かに部員くんの右腕は、石膏みたいになっていた。
……本当だ。メデューサ?
「がい…せ…んじ…」
彼は、それだけを呟くと気を失った。
鎧扇寺?
さっきの醍醐の話、真神のライバル校ってやつか?
それって、安直すぎないか。2時間ドラマ原作の推理小説じゃないんだから。
とりあえずは、彼を桜ヶ丘に運んだ。
しっかし、毎回毎回よく事件が起きるよな。
「ちょっとちょっとッ!!大事件―――ッ!!」
元気だね、アン子ちゃん。
それにしても、一日でもう掴んだのか。
「京一は?」
「そこで、昼から爆睡中」
寝続ける京一を指すと、彼女はつかつか近寄って、いきなり京一の後頭部をカバンで叩いた。
なんてダイナミックな起こし方だ。
尊敬するよ。
それでも、まだ京一は寝ぼけていて、ぶっ飛ばされた。
アーメン。
「そう。昨日の帰りよ。あんた、何か見たんでしょッ!?」
彼女は、やっと目の覚めた京一を、問い詰める。
まだ少しぼーっとした顔で、髪をクシャクシャとかきながら、京一は答えた。
「ああ、あのことね。バッチリ見たって。風でめくれたおネエちゃんのパン──」
とんでいく京一。
懲りないな。誤魔化そうと思ったんだろうけど、アン子ちゃんはムリだろ。
あーあ、首がガクガクいってるよ。
頑張れ京一。
だが、ちょうど戻ってきた醍醐が、あっさりと誘導尋問に引っ掛かる。
ダメじゃん。
で、事件について確信を持ったらしいアン子ちゃんは、瞳をきらめかせた。
自信ありげに微笑みながらも、やや声を落とす。
「別に話をタダで聞こうとは、おもってないわ。あたしのもっている情報と交換っていうのは、どう?」
そういうしっかりしたところ、結構好きだよ。
「バーターね。構わないよ」
「さっすが龍麻。イイ男」
「サンキュ。でもアン子ちゃんの話が先ね」
「チッ、抜け目ないわね」
彼女の話とは、同種の事件が他にもあった、という事だった。
ほぼ同時刻に、三人も襲われていたのか。
そしていずれも桜ヶ丘に収容された、と。ふーん。
「ウチの空手部を、潰したい奴等の仕業と考えるのが、自然ね」
彼女は、最後にそう結論をつけたが、……そうか?
これだけ条件が揃っていて、おまけに鎧扇寺のボタンが、現場に落ちていた。
ちょっと出来過ぎだよ。
これで、本当に鎧扇寺がやってたら、ミステリファンが暴動を起こすぞ。
でも総てが鎧扇寺を指している以上、行ってみるしかないな。
アン子ちゃんは、桜ヶ丘に潜入するそうだ。
…気を付けてな。あそこ、結界張ってあるぞ。
「あっそうだ、醍醐君。佐久間が退院したそうよ」
アン子ちゃんは、最後に付け足した。
誰だっけ?
ああ、カエルくんのことか。なるほど。
階段を降りていく途中で、ミサちゃんに会う。
石化能力は、邪眼ね。ふーん。
「うふふふふ〜、ひーちゃんたちといると、本当にあたし好みなことばかり起こるわ〜。
これからは、あたしもひーちゃんたちについて行こ〜かな〜」
ミサちゃんは、本当に愉しそうに笑って言った。
「ぜひ。頼りになるもんな」
本音だ。京一たちは、凍りついたけど。
諦めてくれ。術者足りないんだから。
ついでに、訊ねておく。
「ミサちゃん、石化防止の呪符ってある?」
「これよ〜、月刊黒ミサ通信で買ったの。はい、ひーちゃんにならあげるわ〜」
見てみたいな、その雑誌を。
「ありがと。助かるよ」
鎧扇寺校門前に着く。
なんか凄いな、ここ。異様に威圧感のある人たちばっかりだ。
スポーツの盛んな学校って、皆こんな感じなのか。
「ひーちゃんは、ホントにここの人がやったんだとおもう?」
校門前で、小蒔に訊かれた。
哀しそうな顔だ。
武道を嗜む人間が、卑怯な事をすると思えないんだろうか。
「思わないよ」
「じゃあ何で……」
「どうして、あんなあからさまなミスリードを置いたのか――その理由が気になるからさ。
真犯人が、鎧扇寺を犯人のように見せたいのはなぜかってね」
そう説明したら、京一達が張り切ってしまった。
自分たちが、道場の場所を訊きに行くとか言いだすし。
ヤメテ、お願い。
葵と小蒔に頼んでおく。
可愛い女の子ふたりなら、大丈夫だろ。
「本当にふたりで、大丈夫だろうか」
違うって。あのふたりだから、大丈夫なんだよ。
「お前等じゃ、喧嘩になるからダメ」
「そりゃねーぜ、ひーちゃん」
しかと。だって、お前ら絶対に喧嘩するだろう。
葵たちが聞いてきてくれた通りに進むと、すっげぇ道場に到着した。
大きさも設備も、鳴瀧さんとこ並だ。
なんか道場に入るとき、自然に礼をしちまった。
やだな、こんなクセついて。
中では、巨漢が静かに座していた。
い〜や〜だ、真面目そうだ。
「あんた、空手部の人間だな」
「そろそろ来る頃だと思っていた。魔人学園の者だな」
予想は、していたようだ。
京一のきつい口調にも、落ち着いて応えた。
こちらの方が人数が多いというのに、平然としたもんだ。嫌な予感が……。
んが。醍醐の名前を聞いた瞬間、笑いやがった。
間違いない、強い奴と闘いたいってタイプだ。
「俺の名は紫暮兵庫。空手部の主将をしている」
なんで、こっちを見て言う?
とりあえず、礼を返す。
「緋勇といったか。良い瞳をしている。真っ直ぐな武道家の目を」
きゃあぁぁ、認めんといて。いやだぁぁぁ。
「――現場には、鎧扇寺のボタンが落ちていた。どういう事か説明してもらおうか」
醍醐が詰問する。言い方キツイよ、お前。
俺としては、どうして濡れ衣を着せられそうになったか、その心当たりを聞きたいだけなのに…。
「迷惑な話だ」
ぎゃ。
「あんたの所の生徒がどうなろうと、うちには関係のない話だ」
「なんだと…」
そりゃあ、そうだろうけど、なんでそんな言い方を。
ああ、そうか。
挑発してるのか、楽しそうだもんな。
「どうだ、俺の言う事が信用できるか?」
「むずかしいね」
質問には、そう答えた。
しょうがない…乗ってやろう。
それが望みなら。
強い奴と、闘わせてやるよ。
しっかし、どこをどうすると拳で語るコトになるんだろう。
おまけに、有段者っぽい人達もわらわら出てくる。
茶帯クラスが五人、黒帯クラス三人、それにあの副将っぽい奴は、それより少し上だな。
はぁ、マジかよ。
雨紋呼んどきゃ良かった
「小蒔は、危ないからいいや。京一、醍醐、両側の方々頼む」
まあいいや、徒手空拳のプロの力、見せてあげよう。
「掌ッ!!」
「剣掌、旋ッ!!」
って、お前ら、一般の人相手に気はやめておけ。
黒帯さん、ふたりが同時にかかってくる。
65点ってとこだな。
力の方向をほんの少しかえてやり、捌く。
体勢を崩したところに、蹴りをプレゼント。
「くッ」
副将さんが、顔色を変えて構える。彼は、75点くらいか。
狙いもなかなかだが、空手はどうも直線的なんだよな。
ただの腕利きレベルじゃ、狙いの筋が読めてしまう。
あえて鼻先1ミリで躱してから、攻撃する。頑丈そうなので、掌打と蹴りの連撃を。
「いくぞッ」
かかってきた紫暮さんとやらは、意外に速かった。
醍醐もだが、ずるいよな。力も強いくせに。
なんか拳武での組手を、思い出すな。
こういう氣なしで戦るのも、たまには面白い。
引き際を狙われた。
むちゃ力のこもった正拳が、すぐ近くを通りすぎる。
風圧で、髪がなびく。
こんなもの食らったら、本気で顔が割れてしまう。
悪いけど……背後から。
五連撃くらい叩き込む。
ちょっと本気だったんで、自分でも何発かわからん。
目を覚ました彼は、やけにさっぱりした顔で、豪快に笑った。
おお、”お前強いな、あんたもな”の展開になってる。さすが、武道家。
「犯人は鎧扇寺の名を騙り、俺とあんたたちを闘わせて、潰し合うのを狙った可能性もあるな」
紫暮は、そう言った。結構、頭が切れるんだな。
…ところで、わかってんならば、ノせられるなよ。
「ちょっと無理があるような気がしない?」
小蒔、君はさっきの話を聞いてたのかね?
「いや、そもそも理由を訊きに来たって、さっき言ったろ」
「え。じゃあひーちゃんもそう思ってるの?」
「ああ、ここが選ばれた理由は、よくわからんけどね」
その俺の疑問には、紫暮が自ら答えた。
「理由ならあるさ。正確には、鎧扇寺ではなく俺個人にな」
彼から、あの見慣れた青のオーラが立ち昇る。
なるほど……彼も力に目覚めた者か。
「はァァァァァッ!!」
うわぁ、紫暮がふたりになった。あ…アツイ
でもドッペルゲンガーって、出会ったら死んじゃうんじゃねーの?
紫暮も、協力してくれる事になった。
よかった、前衛が増えた。足りなかったんだよな。
雨紋だって、本来ベストは中距離だし。
それにしても、紫暮が教えてくれた、不審な男の情報を聞いたときから、醍醐が沈みっぱなし。
まあ、アレは、俺たちの事も知っていないと、仕掛けられない罠。
その対象は、醍醐の可能性が一番高いと思っていたけどな。
そのまま病院に、空手部員の様子を見に行く事になった。
驚いたことに、病院前で比良坂 紗夜に会った。
ごめんな、俺は心が淀んでるんで、そろそろ信じられないぞ。
中に入ったら、今度はアン子ちゃんが出てきた。
……コスプレか?
彼女は、看護婦の格好をしていた。
はっきり言うけど、絶対にバレるぞ。
彼女の話によると、先生でも石化の進行を遅らす事しかできないので、今は面会謝絶だそうだ。
面会謝絶じゃしょうがないので、帰るか。
今後の展開については、明日考えよう。
今日は、小蒔は休みだった。
ちょっとイヤな考えが浮かんだので、葵に確認を頼む。
戻ってきた葵の顔は、青ざめていた。
「どうだった?」
「そ、それが――、いつもと同じように朝、家を出たって…」
…そう来たか。
二手に別れ、捜している途中、舞子に会う。
なんでも、空手部員達の石化の進行が遅くなったらしい。
先生の推測は、だれか、他の人間を石化しているんだろうと。
その”だれか”が、誰なのかが問題だ。
待ち合わせ場所の新宿中央公園で、悲鳴が響いた。
ガラの悪い男たちにからまれていたのは、比良坂 紗夜。
これもまた……偶然か?
京一や醍醐が、止めに入った。
醍醐に気付いた男たちの態度が、勝ち誇ったかのように変わった。
笑いながら、いろいろ情報を洩らす。
「お前の女も、今ごろはもう――」
「ヒャハハハハッ」
「てめェら――」
京一の剣幕に押されて、逃げようとしたそいつらの進路に、蹴りを叩き込む。
走ったスピードも足されて、ダメージ倍。
顔面だからね。膝が当たった方は、へこんでるし。
「龍麻…やり過ぎでは」
なんで?どこが?
「いいから急ごう」
助けた形になったので、比良坂が礼を言う。
「あ、ありがとうございました。
神様の偶然ってあるんですね。また、こんな風に会いたいな…」
比良坂は、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「そうだな」
……偶然にな。
それから、醍醐は心当たりの場所へと俺たちを案内しながら、犯人らしき奴――凶津のことを語った。
中学時代の友人であること。そして、殺人未遂を犯した凶津を、結果的に警察へ突き出した事を。
ああ、あの夢は "だいご" と "まがつ" だったのか。
友を裏切った事、か
ない。だっていなかったから、そんなもの。
真面目に生きているから、人を傷つけたり傷つけられたりするんだろうな。
俺はない。
執着のなさは、マイナス面でも同様だ。
本気で人を嫌いになった事もない。俺にとっては、佐久間や莎草でさえも、ただウザいだけだ。嫌いというほど人間として認めていない。
人気のない場所に着くと、醍醐は思いつめた表情で口を開いた。
「ここからは、ひとりで行かせてくれ」
「できるか、バカモン。
小蒔は、お前のスイートハニィか?全身全霊、お前だけの所有物なのか?」
まあそれでもいいけど。
「何を…龍麻」
「違うのなら、俺たちも彼女の友人なんだ。助けに行く権利くらいあるさ。
例え、恋人もどきのお前に優先権が高くてもな」
なんで、そう全てを背負い込みすぎるのかねぇ。
中に入れると、そこは女の彫像だらけだった。
これ全部、本物の人間なんだよな。
下衆だな
小蒔の像は、さらに奥にあった。
派手なスキンヘッドの男の側に。
奴か……
そいつは、像に纏わりつきながら、醍醐を弄う。
「この女、泣きも叫びもしないんだぜ」
「凶津、貴様ぁ」
やる気になれそうだな。
醍醐のポケットに、そっと護符をほっぽりこむ。
「いってらっしゃい。決着をつけな」
「ああ、頼む…」
ボスを任せられるっていいなぁ。
雑魚ってラクだ。
いつも誰かが因縁があれば、人任せにできるのに。
バッキバキ雑魚をぶっ飛ばしながら、呑気に考える。
紫暮や雨紋たちにも、連絡してあったから余裕だ。
それにしても、紫暮すげぇ強い。
ふたりいるしな。
凶津と醍醐は、真正面から殴り合ってる。
見てて痛い。身体もだけど、あんな大男が泣きそうな顔になってまで。
「痛ェな…見てるだけでよ」
「そうだね。
…なんでこんな事になるんだろうな」
距離をとった凶津が、【力】を行使する。
邪悪な波動が、醍醐を包む。
「石にしてやるッ」
だが、ミサちゃんがくれた護符が、醍醐を護る。
「何ィ!?」
力が通じない、その驚愕が、凶津に大きな隙を作った。
醍醐はそれを見逃すほど、甘い男ではない。
「せやああッ」
渾身の一撃が、まともに入った。
凶津は、呟きながら倒れていく。
「なぜだ、なぜ勝てねェ…」
女性達の石像が、元に戻っていく。
小蒔にも、ゆっくりと表情が戻ってきた。
流石に彼女でも、涙ぐんでいた。
だが気丈にも微笑む。
「本当は、怖かった。でもきっと…みんなが助けに来てくれると思ってた」
無事で良かったよ。
「ククククク」
意識を取り戻した凶津が、低く嘲笑った。
鬼になるはずだったのに……なりたかったのに、と。
おに?
憑かれたように、凶津は語る。
「もうじき、この国は変わる。俺たち力持つ者と、鬼どもの支配する国に。
奴らの名は、――鬼道衆」
きどうしゅう?
…鬼道衆
眩暈がする。
知らないはずの光景が、脳裏に浮かぶ。
一面の櫻
そこで、対峙するふたりの男。
てめェが、……の器……龍…か
俺は…角…戒
この江戸の……鬼どもの頭領だ
途切れ途切れに、声が聞こえた。
「龍麻くん!!どうしたの!?顔色が真っ青よ!」
葵の声に、現実に戻される。
今のは……?
「なんでもないよ。ちょっと立ちくらみ」
とりあえず、心配させないように答えた。
特におかしい所も無いようだし。
「それならいいけれど……無理しないでね」
「ああ、ありがとう」
今の映像…
……
姿はぼやけていたけど、あの声は
あれは、あの時の男、九角天童のもの。
もうひとりは……
この東京に暗躍する鬼たちの頭領。
あの笑いは、そういう理由か。
「行けよ、醍醐。行けってんだッ」
暗い表情のまま、凶津は、俺たちを追いやった。
哀れだな。この先こいつに待っているのは、おそらく粛清だろう。
まあ、自業自得って言葉もあるし…な。
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