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― 東京魔人学園剣風帖 第六話 紫暮 兵庫 ―

「主将……真神の空手部員が、何人か怪我をしたそうですよ」

後輩のひとりが、部活を終えた後、何気なく洩らした。
真神の空手部といえば、うちと張る強豪であった。それが何人もまとまって怪我だと?

「あの真神が――か?一体どうしたんだ」
「それが」

言いよどむ彼を、目で促した。
しばらく黙っていた彼は、それでやっと、言い辛そうにだが続けた。

「何者かに襲われたそうです。しかもレギュラーばかりが。……もしかして、我々に疑いがかかったりはしないですかね」

馬鹿らしい。そう否定することは簡単であり、当然だった。
だが何か予感がした。その騒動に巻き込まれるであろうという胸騒ぎと、どこか期待してしまう高揚感が、同時に存在した。


五人の男女が、道場に入ってきた。
緊張した表情の彼らは、真神の制服を着ていた。やはり来たか。

「あんた、空手部の人間だな」

その中のひとり、俺とそう変わらない背の大男が口を開いた。


「そろそろ来る頃だと思っていた。魔人学園の者だな」

徐に頷いて、彼らをひとりひとり観察する。

そのうちふたりは、顔を知っていた。
真神の蓬莱寺と醍醐――相当に、有名な奴らだ。
手合わせしてみたいとは、思っていた。
だが、彼らよりも更に、もうひとりの男が気になった。

長身――とはいえ、俺や醍醐よりは、流石に低いが。
静かな佇まい。そして、隙のない動作。
先刻の道場に入ってきた際に、極自然に行った礼といい、かなりの格闘経験と見た。


やはり彼らの用件とは、真神の空手部員襲撃について、だった。
襲われた奴が、鎧扇寺と呟いた上に、制服のボタンが落ちていただと?
明らかに罪を被せようとしているな。その『犯人』とやらは。

「迷惑な話だ。あんたの所の生徒がどうなろうと、うちには関係のない話だ」

わざと挑発的に応じた。
蓬莱寺に醍醐に……緋勇。全員と闘ってみたいと思ってしまった故に。

「なんだと……」

いきりたつ蓬莱寺に対し、やってはいないが証拠もないと語る。
実際、そうとしか、答えようがない。

「どうだ?俺のいう事が、信用できるか?」

一言も口にすることなく、黙って聞いていた緋勇に尋ねた。
彼は一歩引いたままの位置で、微かに考え込む。

「少し、むずかしいね」

奴は首を傾げて答えた後、小さく微笑った。
ふ……こちらの目的を気取られたか。

だが、そちらが付合ってくれるというのなら、遠慮なく願おうじゃないか。
軽く構えた三人に対し、立ちあがろうとしたところ、荒々しい気配を感じた。

「主将ッ!!」

帰れと言っておいたというのに、部員達が入ってきた。
彼らは一様に、怒り心頭といった面持ちで叫ぶ。

「あらぬ疑いを掛けられた上に、こんな私闘に付合うなど人が好すぎます!!」

それは違う。闘ってみたいから、あえて挑発していたのだから。
団体戦になってしまうが、しょうがないか。

「小蒔は、危ないからいいや。京一、醍醐、両側の方々を頼むよ」

緊張した様子もなく、あっさりと口にして、緋勇は半身を軽く引いた。
女を殴るような奴はいない――そう言い返そうとして、小型の弓を取り出すのを止める茶髪の少女に気付いた。

……『危ない』とは、俺たちの方か。

それにしても、あの蓬莱寺と醍醐が他人の指示に従うとは。ますます、興味深いな。


緋勇は、部員ふたりを、一撃ずつで倒していた。

彼らは弱くなどない。その攻撃をミリ単位で避け、離れる暇も与えずに、一撃で終わらせるか。
面白い。……面白いッ!!

副将をも、簡単に倒した緋勇の腕に、我慢できずに向かう。

「行くぞォ」

醍醐や蓬莱寺が使った、部員達を弾き飛ばしたのは、氣だろう。
緋勇は、なぜかそれを使わなかった。

使えないのか、それとも、普通の人間相手だから使わないのか――。
おそらくは、後者だろう。

奴が使わないつもりならば、こちらも付き合うべきだな。
錬氣を行うことはなく、間合いを詰め、ただ拳を振るう。

……楽しい。
組手でも、仕合でも、これほどの腕の奴と、やりあったことはなかった。

緋勇の攻撃は重く、かつ迅い。力、技、迅さ、全てにおいて優れている。
こちらは、速さでは、確実に劣っている。ならば……何発か食らっても、必殺の一撃を叩き込む。
そう決意し、掌打を構わず肩で受け、向こうが引ききらぬうちに、正拳を放つ。

あのタイミングを、かわしただと!?

驚愕が、致命的な隙となった。ほんの一瞬だけ、気を逸らした。
その間だけで、緋勇には充分だったようだ。奴の姿を見失った。

何処へ……何ッ!?

背後から爆発するような殺気が叩きつけられ、吹き飛ばされた。
何発食らったのかも、よくわからなかった。


しばし、伸びていたらしい。
気絶するなど、一体いつ以来の事だろうか。

心配そうに覗き込んでいた緋勇に、軽く頭を振りながら言う。

「強いな……今まで噂に聞いた事もなかったのが、不思議なくらいだ」
「あァ、龍麻は、転校生だからな」

何気なく口にした疑問には蓬莱寺が答えた。転校生だと?真神にもか?確か他所でも、転校生がやってきて、学校の空気が変わったとか聞いたんだが。多いのか。

こいつらが気に入った。そして空手部を巻き込んだ犯人に対し、憤りを感じた。
だから、協力を申し出た。

打ち明けた異能の力、二重身と呼ばれる力にも、それほど驚いた様子は無い。やはり、あちらこちらで様々な者が、普通ではない力に目醒めているのか。


これから、面倒な事になるので、余裕があったら来て欲しい。
数日後、早速そんな電話が緋勇から、かかってきた。

指定された場所に着くと、既に何人かが集まっていた。
他人のことはいえんと自覚はしているが……またバラエティ豊かな連中だ。
槍をもった金髪を逆立てた男、鞭を持った茶髪の女、看護婦の格好の少女、そして、真神の制服の……えらく不気味な人形を抱えた小柄な少女。

「これで全員だな、行くぜ」
「あ〜、初めまして〜、高見沢舞子で〜す」
「舞子ッ、自己紹介は後だよッ!ほら、アンタ達も」

「あ、ああ」

随分と鉄火肌の女に手招きされて、少し驚いた。
無闇に高い露出度といい……苦手なタイプかもしれん。

「うふふ〜、弁財天に雷軍星〜。本当に楽しめそう〜」

楽しそうに呟いている少女にも驚かされたが、そんな余裕はないのも確かだろう。急がなくてはならない 。

それらしき廃屋の中に入っていくと、多くのチンピラが、緋勇達を包囲しようとしていた。

「あ、もう来てくれたんだ、ありがとう。ボスは、醍醐に頼むから、みんなは手近なヤツら相手にストレス解消して」

こちらに気付いた緋勇が、軽く手を上げて叫んだ。
確かに、数は多いが、たいしたことはない連中だな。少々残念だ。

何人か、吹き飛ばしながら緋勇の方を横目で眺めると、今は氣を使っていた。まとめてなぎ倒している。
割と容赦のない奴だったんだな。

「うふふ〜、暗き闇の粉よ〜」

心底楽しそうな声に、好奇心を刺激され、そちらを見遣り、驚愕に硬直した。……今、真神の少女は何をやったんだ!?氣とは違う。確かに彼女から闇が放たれ、連中を包んで倒した。

あらかた片して、状況を観察していると、彼女が筆頭だが、他の者たちも能力が違う事がわかった。

緋勇や蓬莱寺、醍醐、鞭の女は氣が使える。槍の男は、氣の中でも主に『雷気』を使う。
美里や高見沢は、癒しや加護というのだろうか、あくまでも防御系。
そして、真神の少女は……魔法なのか?

「うふふふふ〜、惜しい〜。黒魔術よ〜」
「うわっ」

突然背後から囁かれ、本気で驚いた。
口に出してはいないはず。なぜ考えている事がわかったんだ?

「うふふふ〜、そんなに〜、驚かなくていいのに〜。
それにしてもいいな〜、ドッペルゲンガーか〜。今度実験させてね〜」
「あ……ああ、だが何を」

実験――その危険な響きと、彼女の眼鏡の奥で光った瞳に戦慄を感じつつ尋ねる。

「ひみつ〜」
「うおおぉ、紫暮ッ!!何てキケンな約束をしちまったんだ」

詳しくは語らない彼女との間に、どうやら担当分を終わらせたらしき蓬莱寺が入ってきた。

「京一くん〜、ひどい〜。ミサちゃん、哀しい〜」
「事実だろッ!!」

凄まじく実感がこもってるのだが……余程のことがあったのか?
だが、そんな場合ではない気がする。

「そんな事より蓬莱寺、もう終わりそうなのか」
「ああ、あとはあのバカだけだ」

その指した方向に目を向けると、今回の騒動の張本人らしきスキンヘッドの男と醍醐が、真正面から殴り合っていた。
……徐々に、醍醐が優勢になってきている。

「痛ェよな……見てるだけでよ」
「そうだね。……なんでこんな事になるんだろうな」

蓬莱寺の呟きに、戻ってきた緋勇が応えた。
痛い――か。勿論肉体的な痛みではないのだろう。そんなものなら、この連中は耐性が高いはずだ。
あんなフェイントも駆引きもなく、ただ交互に殴りあうような闘い振りならば――深い事情があるに決まっている。

「……しょうがない事なんじゃない。だって、想っていたとしても、すれ違ってしまうのが、人間なんだから」
「そうだな、俺サマも……。あー、今更、ンなこと言ってもしゃーねェか」

このふたりも、闘いの中で知り合ったのならば。
似たような傷があるという事か。


押されていた男から、真紅のオーラが立ち昇る。

「石にしてやるッ」

赤の陰氣が凝縮された右腕を、醍醐へと向ける。
その掌から赤い光が溢れ、醍醐に襲いかかった。だが、彼の全身を包むかと思えた怒りと憎悪の具現は、まるで何かに弾き飛ばされたかのように消えた。

「何ィ!?」

絶対の自信を持つ技を破られた為か、男が棒立ちになる。
それを見逃すはずはない。

「せやああッ」

醍醐の気合が響いた。

「なぜだ、なぜ勝てねェ……」

まともに喰らった男は、うわごとのように呟きながら、倒れていった。


どうやら終わったようだ。
気が付けば、周りの石像が人へと変じていく。こういう力だったのか。

「本当は、怖かった。でもきっと……みんなが助けに来てくれると思ってた」

桜井も、捕らえられ石化されていたのか。……道理でいないと思った。


傷付いた男は、下を向いたまま語った。
これからは、鬼の暗躍する力の世界に変わると。
ならば、こんな闘いが続くという事か。

非常に不謹慎だろうが、正直なところ楽しみだ。
どれほど強い敵と対峙できるのか。命を賭けた実戦で、何処まで強くなる事ができるのか――な。

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