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……よ
菩……娘

誰?この声は…龍麻さん?
似てる…でも少し違う?

なんだ、もう見つかったと思ったら、あの女じゃねェのか
闇の聖母の方かよ

その人は、急に興味を失ったようで、背を向けた。


やみのせいぼ?

聞いた事がある。
何度も、何度も。ずっと昔に

待って!!

消えていく男を、必死で止める。

闇の聖母って何?

ああ?知って愉しい事でもねェぞ。

彼は、迷惑そうに言った。

それでもいいから

私をしばらく眺めた後、言いにくそうに口を開いた。

……お前は、ある女の代りなんだよ。
本物が失われたときに目覚める、哀れな代用品





今のは夢…だったの?
学生服の裾を握った感触が、こんなにリアルに残っているのに。
私が、誰かの代用品?ある女?

浮かんだ人は、ひとりの女(ひと)
龍麻さんの側に、当然のようにいるあの女(ひと)
長い黒髪で、綺麗で、大人っぽくて。
わたしと何処も似ていない。でもその名前が浮かんだ。
美里 葵……さん

―東京魔人学園剣風帖 第七話 比良坂 紗夜―


「緋勇龍麻、力を持つ者の最高位か。くくく。紗夜、調べてきてくれるかい」

ええ、兄さん。
兄の『お願い』に、ただそれだけを答える。
いつものように。


だから、『知り合う』為に、タイミングを見計らってぶつかった。
それから『親しくなる』為に偶然を装って、何度か出会った。
更には、兄さんと同じく鬼に利用されている人達の協力で、襲われているところを助けてもらった。

標的の名前――緋勇 龍麻さん

背が高かった。綺麗な人だった。優しい声だった。そして、輝いていた。
眩しい光の中にいる人。



彼を思って、誰もいない教室で、唄を口ずさんでいた。
そこに、誰かが入ってきた。
「あ、比良坂」

名前も覚えていない、クラスが同じ、ただそれだけの少年が、そこに居た。


「いい唄だな」

彼は、顔を赤らめながら言った。

そう?でも、これは悲しみの唄。

「人を恋焦がれても、決して叶う事のない少女の唄。
誰からも愛されず、だれも愛することなく」

まるで、私のように。




その日は、真神の校門前に行った。
緋勇さんについて探るために。――兄さんに言われたから。


先日、緋勇さんたちに、助けてもらったフリをしたときのお礼を言う。

「あの時は、本当に助かりました。ありがとう」

緋勇さんは優しく微笑んだ。
私なんかに。

「今から、わたしと…デートしてくれませんか?」
「ああ、構わないよ」



品川を、彼に見せたかった。
私の住む町を。

水族館に行き、その後、公園にも寄った。
普通の幸せな恋人たちのように。




「緋勇さん…緋勇さんは、奇跡って信じますか?」
「普通に信じているよ。盲信するでもなく、あったらいいな位の気持ちで」

そういって、彼は微笑う。あの優しい笑顔で。

でも…

「わたしは、奇跡なんてないと思う。
あるなら、大切な人を失う事なんてないじゃないですか」

奇跡があったら、あんな事故は起きなかった。
なきじゃくる私を、突き飛ばす女の人なんて、見ないですんだ。
うるさいってふり払った男の人も。


「ごめんなさい。こんな話して…。
でも龍麻さんには聞いてほしかったんです」


「だって、わたしッ――、」

駄目。
何も言っちゃいけないんだ。兄さんに命じられたから。

やっと我に返って、立ち上がる。
だめだ。これ以上この人の側にいたら、全てを話してしまいたくなる。

「本当にありがとう。ごめんなさい」

もう、帰らなきゃ…
そして、また兄さんに情報を伝えなきゃ。


「紗夜、真神の校門の前で、何人かに目撃されたあと、戻ってきてくれ」
「どうして?」

聞き返してしまった。質問した事なんか無かったのに。
でも、なんだか不吉な予感がして。
兄さんは、ん?という顔をした後に、答えてくれた。

「脅迫状の信憑性を高めるためさ」


言われたとおり、真神に行ってきた。
あの人を……龍麻さんを、陥れる策のために。


「お、お客さんだ。ちょっと行ってくるよ」

兄さんは、監視カメラを見ながら言った。

龍麻さんが、入り口まで来ていた。
普段とは違う。冷たい無表情で、でも、更に綺麗だった。

兄さんは、死人を向かわせたみたいだった。
私も……行かなくちゃ。


凄い
こんなにも強いなんて。
死人たちは何もできずに、倒されていく。


龍麻さんは、辛辣な態度で、兄さんと話していた。

兄さんへの返答は、NOだった。
この場合は、兄さんに言われたとおり、彼の前に行かなきゃ。

「龍麻さん、私――」



兄さんは、三日間、強い薬で龍麻さんの意識を奪い、実験を行った。
どうしよう。このままじゃ、龍麻さんがどうなるかわからない。

誰か、助けて。

そうだッ!!あの人達なら……きっと、龍麻さんを助けにきてくれる。


「た、緋勇さんを助けてください」



あとは、あの人達に任せるしかない。――ううん、わたしも護ろう。龍麻さんを。


戻ると、兄さんは、あの学院長と電話をしていた。
兄さんと同じく、鬼に操られている狂信者と。

私に気付いた兄さんは、なんだか変な目で見て、私を抱き寄せた。

「お前は僕のものだ…。誰にも渡さない」

ちがう。私は誰かの所有物じゃない……

「お前の、この髪も――、この指も――、この唇も――」

いやッ!!

「ん…」

龍麻さんが、身じろぎする。
兄さんは、私から離れて笑った。

「お前の王子さまも、お目覚めのようだ」



蓬莱寺さんたち……急いで、お願い。



「ん……何か音が聞こえた気がしたが……」

蓬莱寺さんたち?
来てくれたの?

死人をあの人達に、差し向ける?
いやよ、もう…

「もう…止めて」

命じようとしていた兄さんを、突き飛ばす。

「龍麻さん、今拘束具を外してあげるわ」

「紗夜…、何でそんな事をするんだい?」

呆然とした顔。
兄さん、あなたにはきっとわからない。

「龍麻さん、わたし、いつも、あなたを見ていました」

そう、あなたの笑顔――、強さ――、優しさを。
命令されたから、だった。
だけど、いつからか目が離せなくなっていた。

「人は、復讐の心だけじゃ生きられない。一生を、そのためだけに捧げる事はできない。
…わたし、間違っているでしょうか?」
「何が正しいかなんて、本人にしかわからないよ。
比良坂が、その答えを出したなら、それが君の真実だよ」

優しく、強い瞳。凛とした微笑み。
あなたが好きです。わたし、あなたを護ります。

「許さないぞ…紗夜。お前は僕のものだ――心も…身体も」

違う。わたしは、兄さんに創られたモノじゃない。
自分で、考えられるの。

「わたしは、兄さんのものじゃないわッ。わたしは、生きてるのッ」
「紗夜…」

兄さんは、呆然としていた。
ごめんなさい、でも、もう聞けない。

「もう、こんな事は終わりにしましょう…。兄さんはあいつらに騙されているのよッ」

いいように利用されているだけなのに。
あの人たちにとって、兄さんはどうでもいいのに。

「フフフフフ」

急に兄さんは笑い出した。
感情の無い、乾いた嘲笑い。

「緋勇龍麻。お前さえいなければ……。そうだよ。お前が死ねばいいんだ」

目が、正気じゃなかった。

「腐童、こいつを殺せ」

兄さんの命令で、特製のゾンビが迫る。

「止めて、兄さんッ!!」

私は、彼を護ると決めたの。



「龍麻さん大丈夫ですか」
「……ああ、そんな事より、比良坂は」
「えへへ、良かった。龍麻さんに怪我がなくて」

護れた。わたしにも。
ずっと、ただ護られるだけだったわたしにも。

枷を外したら、もう力が入らなかった。

龍麻さんが、抱きしめてくれた。
それが、嬉しい。

「そうだ…今度、どこか行きませんか…」
「そうだね、何処がいい?」

一度行ってみたかったところがある。
大好きな人と、ふたりではしゃいでみたかった。

「今度は…ディズニーランドがいいな…」
「わかった、行こう」
「えへへ…。楽しみだなァ…」

暖かい……。
龍麻さんの表情は、もう見えなかったけれど。

ありがとう。優しい嘘をついてくれて。
ありがとう。誇り高く冷酷で、……でも、優しい人。

わたし、……あなたに会えて良かった
いつかまた、あなたに会いたいな……

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