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暑い〜。本当に夏って苦手だ。
色が白いのも問題で、日にあたればあっという間に火傷レベルにまでなって、死にそうになるし。日光そのものにも弱いし。


ああ、やっと授業が終わる。この熱さでエアコン無しの授業。……拷問だ。

この土日は絶対に、エアコン効いた部屋から出ねェ。



にへにへ笑った京一が、授業終了のチャイムと共に寄ってくる。

「なァ、明日俺とプール行かねェか?」

俺がさっき出した結論を、声を大にして語りたい。
水着のねぇちゃんを見れる?
別に俺今、通ってる女の人がいるし。美人だし。特に飢えとらん。


京一も、下級生に範囲を広げれば、いくらでも手を出せるコらが居るだろうに。
格好良い先輩として人気あるんだから。

「ふ〜ん。誰に内緒なのかな〜?」

皆には内緒で行こうと京一は言っていたが、声がでかいだろう。
実際、話を聞いていたらしい小蒔が、突っ込んできた。よし、頑張れ、潰せ。


……と、思っていたら逆だった。
一緒に行きたかったんだな、小蒔。流れは、じゃあ皆で行こうという方向へと進む。

やっぱ、強制イベント?暑いのになあ。

―― 東京魔人学園剣風帖 第八話 ――


待ち合わせ場所で、律儀に少し前から待っていた。

くそー、あついー。
エアコン効かした部屋で、ゆっくりしていたかった。


本当は、わかってるけどな。
京一も小蒔も、みんな気を使ってくれている事は。『沈んでいるに決まっている』俺の気を紛らわす為に誘ってくれた。

だけど、当人は……犬神先生に言ったとおり、平気なんだよ。
失礼な事に――自分をかばって死んだ女を、もう吹っ切っている。
同様の状況だった鳴瀧さんなんかは、二十年近くも囚われ続けているというのに。
やはり、冷たいもんだな。俺の本質は。


一番に葵がやってくる。予想通りの順番だな。

「おはよう、龍麻くん」

「昨日の京一くん、少し可哀想だったわね」
「まあ、いーじゃないか、アレは」

ふたりで、ナンパ行きたかったらしいが。


「あ、小蒔と醍醐君だわ」

醍醐……アツイよ、その格好は。ただでさえ大男なのに。
俺も日焼け防止に黒の長袖だが、少なくとも学生服、しかも長ランよりはマシだぞ。

京一が遅れるって?
あの野郎、自分で誘っといて。

本当に結構な時間がたってから、京一が来た。

「よッ、お待たせッ!!」

なぜに、お前も制服?
もっとも、俺が突っ込む前に、小蒔に遅れた事を責められまくってたので、それどころじゃないようだが。



なんでだか、東京タワーか増上寺に寄らないかってことになった。
希望する小蒔には悪いが、東京タワーは超却下だ。
この暑いのに混雑してそうなところは、イヤだ。

「じゃあ、増上寺にしよう」
「くうゥ〜、ひーちゃんッ、やっぱお前はそういうヤツかッ!!」

別に葵に媚売ったわけではなく。遅れたお前への嫌がらせだ。


増上寺は徳川の菩提寺。
葵の解説を聞いていたら、なんか嫌な感じを受ける。

おまけにそこへ向かう途中、ちょっとステキな淀みを纏った人が対面からやってきた。



「この世界は、放蕩と死に溢れている。だが、それも美しき婦人たちの前では無に等しい」

その人は、謡うように言った。
本当にいきなり。脈絡は欠片もなく。

サイコさんですか?

あ、詩人さんね。そりゃ似たようなもんだな。
そういや聞いた事ある。高校生詩人の水岐 涼って。

その水岐とやらは、ひとしきり吟じたあと、気障に笑った。

「ボードレールの詩さ」
「ぼおどれえるゥ?」
「ボードゲームとは、……ちがうよね」

京一と小蒔のボケに、ちょっと頭が痛かった。
お前らなあ。この前、授業でもやっただろうに。

「Charles Pierre Baudelaire.19世紀のフランスの詩人だよ。悪にひそむ美、自意識の苦悩を描いた」

そして――
破壊への願望……だったかな。



「ほう、君は話せるね」

彼はこちらへ、くるぅりと振り向いて微笑んだ。
感心してくれたらしいが、目が怖い。イってます。

「君は、海が好きかい?」
「好きだけれど、それが何か?」

本当に、会話に脈絡がないな。分裂症とかかもしれない。
俺がひいてる隙に、彼は一通りしゃべりまくった。

あーはいはい。人類は犯した罪の代償に海に沈むのね。
また、敵かよ。

それにしても、こいつら自然とか世界とか地球のためってのが、好きだよな。
ひょっとして俺こそが悪人で、鬼道衆は世界の平和のために闘ってんのだろうか?

結局、水岐に時間を取られたせいで、増上寺には行けなかった。
増上寺って……なにか引っかかものを感じるんだがな。


プールで着替え終わった、友人二名を見て、俺は絶句した。

おい。
俺はお前等の知り合いである事を、これほど恥ずかしいと思った事はないぞ。


ゴーグルにシュノーケル着けた大男と、木刀持った茶髪男。
しかも、どっちが恥かしいかを、大声で言い争っている。

数歩下がって眺めていたら、突然ふたりしてこちらを振り向いた。

「遠慮する事はないぞ、はっきり言ってくれ龍麻」

ボクに、話しかけないでくれたまえ。

だが、いくら目を逸らそうとも、両方が睨んでいるので、心のままに答える。

「両方激バカだ」

「「後で覚えてろよ」」

知らんよ、バカ×2。


「おいッ、そこの妙な三人組!」

そこに、元気な女の子から声をかけられた。
三人組って?1、2……。

怪訝そうな顔をしたら、彼女はこう続けた。

「怪しげな格好しやがって」

一緒にするな。
俺は普通だろうに。

ツレとはぐれたから、見かけなかったか?というのが質問の要旨らしいが、それって、素直に呼び出しした方がいいんじゃないか?

知らなかったので、素直にそう答えると、女の子は心配そうな顔で、そうかと呟くと、また探しに行った。逸れた相手って――子供じゃないのだから、そこまで心配せんでも。

で。彼女が去ってからしばらくしても、葵たちは来なかった。

京一たちが、暑くて我慢できないと騒ぎ出す。

彼女らが来るまで少し泳いでくる――というので、ひとり淋しく待っていたら、また声をかけられた。

「あの、すいません。つかぬことを伺いますが、私と良く似た顔立ちの女性をみかけてはいらっしゃいませんか?」

あ、珍しいほどに大和撫子。さっきの子が、顔立ちだけは少し似ているけど。
でも、茶髪と黒髪は、印象が変わるよな。纏う空気が似ていなかったら、わからんかったよ。

「ああ、見ましたよ。たしかあちらの方に……あ」
「あら……」

ふたり同時に気が付いた。
さっきの彼女が、丁度こちらに向かってくるところだった。

ところで、茶髪の方の彼女は、ハイネックみたいなセパレーツの水着を着ているんだが……さっきも疑問に思ったんだけど、そういうカタチの水着って日焼けの跡どうすんだろう?屋外プールなのに。



京一たちが戻ってきても、葵たちはまだ来ない。
ただ、今度は仲間の女の子達とたて続けに会った。

まずは舞子。看護学校のお友達たちと来ているらしい。
それにしても意外だったんが、出るとこ出てるんだ。ビキニ結構大胆だし。

続いて会った亜里沙は、更に凄かった。

豹柄のビキニだし、グラマーはちがうな。確かEカップって言ってた。
だが京一、人前でよだれは止めておけ。

「あははッ、別に減るモンじゃないし。いいわよ、いくら見ても」

やっぱ、彼女って性格容姿ともに、好みだな。色っぽいのにサバサバしてるって希少だと思う。

「どう?今日のあたし、グッとこない?」

こういうところとか。だから、素直に答える。

「いい女。極上にね」
「嬉しいわ」



それにしても、亜里沙の帰り際のセリフが気になるな。
ヘンな噂?
そこでなんか冷気を感じたら、水着姿のミサちゃんがいた。
あ、わりと可愛い。

「「……」」

こら、固まるなよ、京一・醍醐。失礼だろ。



何故こんなところに!?――と悲鳴調で訊ねた醍醐に、彼女は嬉しそうに答えた。
楽しいことが起きると、占いに出たからだと。

「白い腹、灰緑色のうろこ〜、瞬きしない濁った目〜、うふふ〜。早く現れないかしら〜」

ミサちゃんは、心底愉しそうに呟いた。ていうか目がちと危ない。
醍醐なんか、血の気引いてるのに。

「なッ、何が出るッていうんだ」
「海坊主か?」

京一、それはちがうって。
今の内容から判断すると、多分……クトゥルーだな。


クトゥルーに関しての半端な知識を頭の中で揉んでいたら、いつのまにか時間が経っていたらしい。京一が声を上げる。

「――と、ようやお出ましのようだぜ」

お、やっときたか。
少し恥ずかしそうにしながら、葵と小蒔がやってきた。

五年間も男子校にいたから、なんか同級生の女の子の水着姿って新鮮だ。
つーか、女性の水着姿自体が新鮮かもしれん。下着とか裸ならあるんだが……。

照れまくりながら、醍醐が小蒔の水着姿を誉めている。
君ら、そのヤリトリはカユイぞ。

「龍麻くん、この水着似合ってるかしら?」
「うん、綺麗」

俺は、葵に聞かれたので、臆面も無く答える。実際、彼女も結構なグラマーで、良い眺めだったし。

ところで頭に結ばれたリボンが気になった。
私服時は確かヘアバンドだったのに。わざわざ持ってきたのか?

葵と小蒔の水着姿も見たし、これで知っている女の子は全員かな。
……いや、アン子ちゃん見てないか。ちっ、残念。彼女も巨乳なのに。

プールに向かおうとしたら、天野さんにまで会った。
スタイルいいな、ビキニだし。足がきれいだ。

彼女は、友達と来ているらしい。
約束があるからって、すぐに行ってしまった。
ちょっと残念かな。

これで、やっとプールに入れる。

冷たさが心地よい。
たまには、こんなのも良いかな。



プールでは、醍醐と京一がじゃれてた。

お姉ちゃん見たさの京一と、倫理観念持ちまくりの醍醐がゴーグルを、奪い合っていた。
水中でゴーグル。……京一、それは痴漢の発想かもしれんぞ。

いつの間にやら小蒔も争奪戦に参加して、なんかぐちゃぐちゃになってる。

騒がしい、高校生の男女とは思えないほどに仲良く暴れる彼らに、笑ってしまう。


バカで、単純で、騒々しくて、お人好しで優しくて、楽しくて……
本気で他人の心配なんかをして……。

比良坂の最期の笑顔が浮かんだ。

もう誰も喪いたくない。
だから、何でもする。皆が正しく闘うのなら、俺はどんな手でも使う。
この善良なる仲間を護りきる為ならば。



はしゃぐ彼らを眺めながら、つらつらと考えていたら、上から声が掛けられた。

「フフフッ、みんなずいぶんと楽しそうね」
「あッ、マリアセンセ―――!!」


マリア先生……それは犯罪だろう?

ここ、区民プールだぞ。
長身の金髪の巨乳美女ってだけで目立つのに、真紅のハイレグカットのワンピースはなあ。
醍醐と京一は硬直してるし。大丈夫か
水の中に居て良かったな。


帰り際に、悲鳴が響いた。
また、これかよ。

辺りに満ちる潮の香り、ミサちゃんの言葉――化け物、海の眷属。

連想されるもんは……やっぱクトゥルーっすか?

うわ、やだ。あれ一応、位高いんだよな。狂気の神話。理解できるとすれば狂人のみという面倒くささ。
やっぱり戻るんか。ほっとかないか?知らない人なんざ。



言葉にするわけにもいかず、厭々ながら戻ろうとしていたところに、背後から声を掛けられた。
気配も無く、突然に。

「だめだッ──行ってはいけないッ!」

おや、この声は翡翠か。
気配を持てよ。とりあえず反射的に殴ろうかと思ったぞ。



「お、お前は……誰だっけ?」

京一のボケに、翡翠はしっかりコケて対応した。
意外にノリが良いんだな。ちょっとお前を見る眼が変わったよ。



彼は、なんとか立ち直ったらしく、再び真面目な顔に戻って、行っても無駄だと忠告してきた。

ムダね。理由は?

「もう奴らは逃げた。それだけだよ」
「じゃあお前はなぜ、向かおうとしていたんだ」



こっちの質問には、答えやしない。
多分、逆探知みたいなのができるんだろう。後をつけてもいいが、こいつの感覚じゃあ、ばれるだろうな。

しばらく睨み合っていたが、パトカーがどんどん集まってきたのを察し、逃げる事になった。
どうでもいいが、なんで俺達、しょっちゅうパトカーから逃げてるんだよ。今回は別に逃げる必要ない気がするんだが。


「まったく、プールで泳いだ後に全力疾走なんてするもんじゃねェ」

本当だよ。何の為に身体冷やしたんだか。

「まァ、ここまでくれば警察の目も届かないだろう」

醍醐、それって、完全に犯罪者のセリフだ。


アン子ちゃんに調べてもらったところ、数日で、色々な事が判明した。
港区の失踪事件。青山霊園での化け物目撃情報。

繋げるならば、下水道か?
まさか、連中が交通機関を利用はしないだろうし。



明らかに敵が水系っぽいんで、雨紋を呼ぼうと電話したところ、どうも舞子と亜里沙も一緒にいるようだった。

これから、カラオケ行こうとしてた――だと?
『お父さんは許しませんよモード』に入り、三人とも呼ぶ。

俺たちこれから下水道に入るのに、君らはカラオケだなんて、不公平じゃんか。カモン。


嫌だけど、下水道にもぐる。
予想は正解だったようで、奴らにはすぐに出会えた。別に会いたくもなかったんだが。

「隠れろッ」

下水道に居たモノ、それはまさに異形の化け物。
頭部は魚。大きく飛び出した眼球に、くすんだ灰緑色の皮膚。インスマウスに住んでそうなお顔。
そして、水掻き……。

思いっきり、深き者じゃねーか。
何?俺にあんなヌメヌメした両生類を、素手で殴れと?



非常にブルー入っていたら、水岐くんが待ち伏せをしてくれていた。
良かった。彼担当は俺。決定。



彼はまた、べらべらと語った。説明台詞が多くてよいね。

あ〜はいはい。やっぱり人は穢れてるんで滅ぼすパターンか。
唐栖あたりと勝手に自然を賛歌していてくれ。

まあ主張自体は正しいのかもな。だけど、それはただのアレってやつだ。

「芸術家特有の破滅願望を、他人にまで押し付けるないように」

一言で切り捨てる。
凄い形相になったが知ったことではございません。破滅したいのなら独りで死ね。他人を――世界を巻き込むな。



予想通り、雨紋は水と相性が良いらしく、雷でどんどん屠ってる。
武器持ちっていいよな〜。両生類も倒せるし。きっとゾンビだって怖くないはずだ。
う、この前のことを思い出して、気分が荒んできた。



それにしても意外なことに、水岐くんは剣士だった。しかも結構高位。
技術だけならば、京一をも凌駕するかもしれない。迅さも相当なもんだし。
外見から、絶対に術士系だと思ってたんだけどな。

突き出される鋭い切っ先を避けながら、呑気にそんなことを考える。

ていうか、なんで素手の俺が、フェンシング剣なんていうリーチの長いものと闘ってるんだ。間合いに入るのが、面倒くさい。
両生類が嫌だからって、阿呆な選択をしてしまった気もしてきたぞ。
どうも俺は目先のちょっと嫌なことを避ける為に、余計に困難なことに立ち向かうことになる傾向がある。

「フフッ、見切れるか?フランコナード!!」

躱され続けたために、一気に勝負をつける気になったのか、剣の軌道が変わる。
勿論見切れるさ。
さっきまでに比べて、僅かとはいえ大振りだからな。

ギリギリの箇所で躱す。腕をかすったけど、たいした傷じゃない。
むしろ大変なのは、水岐くん。体重を掛けた突きは、躱されると本当に無防備になる。

「はあッ!!円空破!」

そこそこ強かったけど、やっぱり致命的に打たれ弱いな。
これだけで終わるのは、少し貧弱くんだぞ。



しばらく動けない程度の力は込めたんで、彼を倒した後は皆の補佐に戻ったんだが、侮ったかな?

逃げるだけの余力があるとは、思わなかった。
読み違いか。彼に、逃げられては意味が無いのにな。


「逃げられちゃしょうがない。もう一つの手掛かり、青山霊園に向かうよ」

悪いな醍醐。

目に見えて固まった醍醐に、内心では謝る。
だが、実際は放置。

しばらくして、衝撃から立ち直った醍醐が、女性たちを帰そうとする。
夜遅いから。危険だから。
きっと無駄だって。いい加減に、諦めたらどうだ?

「ここで、私たちだけ帰るなんてできないわ」

結局、葵の決意に押されたし。
女の子が四人とも、家に言い訳の電話しているのが、なんか可愛いかった。


青山霊園は、凄い霊気だった。
俺は醍醐みたいに、明確には感じ取れないし、当然、舞子のように、完全に見えるわけでもない。
それでも、背筋が寒い。底冷えのような感じを受ける。



手っ取り早く、舞子に訊ねる。

「舞子、皆さん、なんて言ってる?」

『皆さん』という言葉に、醍醐が固まった。顔色が、青を通り越して白いけど、我慢してくれ。
俺もこんな墓地に長居したくはないんだ。

「え〜とぉ……そこのお墓から〜、怖いのが出てくるって〜」

さすがレーダー。
彼女の言った墓に近寄ってみて、違和感に気付いた。確かに、微かにだが傾いてるな。

「ここ?」
「うん、そお〜」

調べてみようとした瞬間だった。

「君たち」

……気配を持てッ!!
俺でさえ、少しびびったぞ。醍醐なんか、死にかけてるだろう?



どこからか現れた翡翠の主張は、前と同じ。

危険だ。そして関係無いのだから、関わるな。

無理だね。俺ならともかく、他の皆は人間がさらわれている事件なんか、放っておけるはずが無い。

彼は、葵と醍醐の二段説得攻撃にも、動じてない。
無表情のまま口を開く。

「いや、やっぱり僕はひとりで行くよ。それが、君たちのためでもある」

いいや、それは違う。
ひとりなど危険だ。それに何よりも――使えるものは使う主義で。

「いっしょに来たくれた方が、俺たちの為だ。その方が助かる」

どうせ止められたって行く。お前もこっちが止めたって、行くつもりだろう?


結局諦めたらしく、一緒に来てくれることになった。嫌々ぽかったが気にしない。欠片も。


地下に下り、しばし歩いていると、かすかな音が響いた。
丁度俺の上に、岩が落ちてくる。

避けようとして気付いた。すぐ傍に舞子がいる。
ヤバい……抱えて飛び退くか!?

「龍麻!」

翡翠か、もう任せた。


水が、岩を遥か遠くに弾き飛ばした。

非常識な”力”だな。水使いっすか。
ま、一石二鳥かもな。今回の闘いは水場だし。

京一は、翡翠と合わないのか、妙に突っかかる傾向があるが、これで実力が判った筈だ。
悪いけど、今回ばかりは、翡翠に傍を頼もう。


奥の扉に辿り着く。
そこには、一面の深き者。

……魚くさい。しばらく刺身が食えないな。


聞き覚えのある声に顔を上げると、一段高いところから、深き者たちに演説をしている水岐の姿が見えた。
熱弁を揮ってるとこなんだが、素朴な疑問が。あいつらって、言葉が理解できているんだろうか。

突入するタイミングを計っていると、存在に気付かれたらしい。
水岐の近くに空間の歪みが生じ、鬼面の女が現れた。

鬼道衆か。会話を聞いている限り、翡翠と因縁ありそうだな。
名前からいっても、水だろうし、盾を任すか。



水角とか名乗った女の力によって、水岐が変生していく。
しかも、凄い不細工に。一応美形だったのに……哀れだ。

まあ、同情しても、もう治らないから、皆に戦闘指示を出す。

「小蒔は雨紋の援護、葵もそこで回復、雨紋ふたりを頼む。
藤咲は京一と醍醐の援護、舞子はそこの回復担当。それぞれの四人離れるなよ」

そして、くるっと振り替えると翡翠がイヤそうな顔をして、こっちを見ていた。
スルド〜イ。

「そんな訳でよろしく。盾くん」



翡翠すごいや。
水系を全部防ぐから、俺がやる事が特になかった。
脳味噌がなくなったらしい水岐は、むしろ人間形態より簡単に終わったし、水角は翡翠が殺ってくれたし。



やっと人間の姿に戻れた水岐は、最期だけは静かに穏やかに逝った。
その後、葵に浄化され、彼の身体は光と化して消えた。
良かったな、これで魂は救われるし……俺達の悪事の証拠が消えるし。

崩れ落ちる洞窟から逃げながら、小さく『ラッキー』と呟いた。



洞窟から脱出し、少し落着いてきたタイミングで翡翠が近付いてきた。

「龍麻。僕もこの地を鬼道衆から護る手伝いを、させてくれないか」
「ありがとう」

本気で心から礼を言う。
戦略面でも俺の精神面でも、本当にありがたい。

冷静で闘いに慣れた人間の存在が、善良で懸命に闘う仲間のなかで、どれだけ貴重なことか。

そして、なによりも大きい理由がある。
皆のことは大切だと思う。だが――常に良い人であり続けるのは疲れる。今はガス抜きの場がない。

本性を知っている人間は、居てくれるだけで非常に助かる。

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