男なんて、利用価値の有無でしか、考えた事がなかった。
利用できるかそうでないか――その二種類だと思っていた。

だから、そのどちらでもない【彼】に出会った時は、困惑した。
理解しようと、私から誘った。

事が終わった後の、自然に髪をかきあげる動作も、アルコールのさりげない求め方も


予想してなかった訳じゃないけれど、あまりにも慣れていた。

最近お気に入りの銘柄　ソブラニーを取りだしながら、彼にも訊いてみる。

｢貴方も吸う？｣
｢ええ、頂きます｣

受取り、着火する――その手馴れた姿に、感心する。
寝ても全く判らない。
底の知れない男……と呼ぶには、まだ少し早い青年。

幾つもの疑問が頭に浮かぶ。

煙草や酒、そして女はいつから知っているのか
仲間の皆は、その姿を知っているのか

でも、口をついたのは、別の事だった。

｢貴方、マリアとも寝ているの？｣

ぶはッ

龍麻は、呑んでいたビールを噴き出して答える。

｢そんな危ない。天野さんも、気付いているでしょう？｣


そう。アルカードなんて名字、ある訳がない。
不吉な、闇の血族の名。

でも、似合うと思った。
あの美しい夜の女王と、この闇の青年は。

｢江戸川の連続猟奇事件、ですか？｣
｢そう、天野チャン、ソッチ系得意でしょ｣

原稿を出しにいった編集部で、いきなり仕事をふられる。
猟奇事件、ならば、また彼らと会えるかも知れない。

少し考えていたら、男は馴れ馴れしく、肩に手を回してきた。

｢どうしたの。怖い？
でも、何かあったらボクが守ってあげるからさ｣

軽薄で単純で、だがそれなりに使える男。
それだけだ。調子に乗らないで欲しい。

｢ありがとうございます｣


だが、それでも一応笑顔だけは、見せておく。

私の好きな言葉の一つだ。


｢あ、打ち合わせを兼ねて昼食を｣
｢申し訳ありません。早速、心当たりを調べに参りますので｣

調子を良くしたのか、男はにやけた顔で、近付いてきた。

だが、そこまでの義理は無いので、男の言葉を遮って、とっとと出て行く。
艶やかな笑顔は忘れずに。

触れられた肩の辺りを強めにはたきながら、出口に向かう。
駅に向かう途中で、見慣れた派手な頭を見つけた。


｢ようッ！天野サン｣
｢アラ、雨紋クン｣

ここは渋谷。アナタの街だったわね。


｢真神御一行の予定を知らない？｣

訊ねると、彼は可笑しそうに笑った。

｢それなら学校、だな。全員は無理だろうけど、何人かは確実だぜ｣
｢それって……｣

補習？

｢そ。京一や醍醐サンは確実だろ？｣

言ってはなんだけど、京一くんたちは判るけれど。
でも、龍麻が補習……想像できない。

｢あッ、いたわね｣

校門前には、確かに三人揃っていた。

予想通りに、制服姿の京一くんと醍醐くん。だけど、龍麻だけは、しっかりと私服を着ていた。
やっぱり、彼は違ったようね。

｢今日はみんなに頼みたい事があって来たの。
本当は、あのふたりにも聞いて欲しかったんだけど｣

ある意味で、仕事を手伝ってもらうのだから、ささやかな報酬として、彼らをお昼に誘う。

｢お昼ごはんは何がいいかしら。わたしが奢るわよ｣
｢えーと、えーと…うーん…
ラーメンしか思いつかない自分が憎い…｣

京一くん、可愛いわね。
みんなの行き付けのお店なら、行ってみたいし。

それにしても、龍麻の格好って……。
似合ってるけれど、夏だというのに長袖で、黒の上下。材質は、麻のようだけど。

｢龍麻。貴方、暑くないの？｣
｢暑いですけど、肌が弱くて。
日にあたると、焼けないくせにすぐに真っ赤になって、痛いんですよ｣

そう答えられて、彼の身体を思い出す。
程よく鍛えられた筋肉を持ちながらも、ぬけるような白い肌を。

確かに、小麦色の肌とかには、なりそうもない肌質だった。

ラーメン屋ののれんをくぐると、店内が一瞬静まった。

まあ、それはね。黒の美形の青年、しかも……よく見ると、クロスの揃いのブレスとペンダントまでしてる。
クロムじゃないのがベタじゃなくて、またイヤミね。

その彼が、ラーメン屋で常連の扱いされていれば、普通は驚くわね。

食事中に申し訳ないけれど、江戸川区の連続猟奇殺人事件について、説明する。

醍醐くんと京一くんが、若干顔をしかめたのに対して、龍麻はなにか考えているような表情で、変わらないペースで食べていた。

こういう所が、凄いのよね。
とんこつラーメンを注文した事にも、驚いたけれど。……イメージに、合わなすぎよ。

｢一緒に江戸川へ行ってくれないかしら｣
｢ええ。でも、とりあえず先にふたりを迎えに行かないと｣

協力を求めた私に、龍麻は、そう答えて立ちあがった。
微塵の躊躇も感じさせずに。

店を出ると、全力でこちらに走ってくるふたりの姿が見えた。
ずいぶんと必死のようだけど。

皆も気付いて、怪訝そうな顔をする。

｢あれ、何をやってるんだ？｣
｢お――いッ、美里―ッ、小蒔―ッ！！｣

京一くんが、大きく手を振りながら叫ぶ。

こちらに気付いたふたりは、ホッとしたように駆寄ってくる。
何かあったのかしら。

｢待ってくださ〜いッ！！ Ｍｙスウィートハニーッ！！｣


……ただのしつこいナンパだったのね。

その青年は、美里さんに、しつこい程に、くいついてる。

その執念だけは、なかなかすごいわね。
美里さんは、確かに美人だけど、ナンパしやすいタイプでは、絶対に無いのに。

｢誰だって逃げ出すよッ！！｣

桜井さんの糾弾にも、青年は悪びれずに答えた。

｢Ｎｏ！！それは誤解デースッ。レディたち、逃げるからボク追いかけた｣

……それもどうかと思うわ。

今は、それどころじゃない。
それを繰り返して、どうにかして青年を追い返そうとしていた、京一くんの決めの台詞は、見事に裏目に出た。

｢そうそう、江戸川まで行かなきゃなんねェんでな｣

｢エドガワ？ボクのホームのある街ネ｣

結局、そのナンパ青年――アランくんに案内してもらう事になる。

龍麻って、協力を断らないわね。
他のみんなは、危険だからって、結構躊躇うのに。

｢エドガワはイイ所ネ。
植物園にはホタルもいるネ。
それからゼンヨージのヨーゴーの松も有名ネ｣

アランくんの案内する江戸川は、思ったよりも落ちついていた。
あんな事件があったのだから、もっとピリピリしていても、おかしくはないのに。

何とはなしに話しながら、歩いていた。が、
アランくんが、気負いなく語った過去話に、愕然とする。

アランくん、両親を失ったって……
そんな辛い過去があったなんて、ただ軽いだけではないようね。

次の龍麻の言葉には、更に驚かされた。
気負うでもなく自然に、とんでもないことを言う。

｢あれ、アランもご両親が亡くなって伯父さん夫婦と住んでいるのか？｣

え？
龍麻も親御さんがいらっしゃらないの？

｢【も】って、アミーゴも？｣
｢ああ、俺もそう。うわッ｣

会話の途中で、突然龍麻が叫んだ。
見ると、美里さんとアランくんの様子もおかしかった。顔色も悪い。
三人には、何かが感じられたの？

駆け出したアランくんを追っていくと、事故の多いという噂の橋に出た。

｢あそこに倒れてるのアランクンじゃない？｣
｢見ろッ！！誰かが橋から飛び降りたぞッ！！｣

影がアランくんの側から離れ、一気に橋の下へ飛び降りた。
龍麻が、京一くんたちにその影を追うように指示をする。

美里さんと龍麻と私は、アランくんの方へ向かった。
そこは、事故現場のすぐ側だった。

｢ヘンな仮面を被った男が、……車のレディの首を｣

アランくんが、苦しそうに、それだけを告げる。言葉の不吉さに、鳥肌がたった。
言われてみれば、血の匂いが鼻をつく。恐る恐る車の方に目をやると、ドライバーの女性の首は無かった。
どうやら、先程の鬼道衆らしきものが持ち去ったらしい。

龍麻は、その死体を観察していた。
気持ち悪がるでもなく、珍しげでも無く、ただ冷静に。

本当に不思議な男

京一くんたちが追った先は、地下洞窟だった。
不気味な暗闇が、まるで獲物を待ち構えているかのようだった。

途中で、鬼道衆の待ち伏せを喰らったけれど、龍麻が呼び寄せた仲間の人たちと、そしてアランくんの力によって、簡単に倒せた。

そのときのアランくんの言葉に、何かが引っかかる。

｢風の力が宿った霊銃｣


聞いたことがある。そういう武器の事は。
でも確か、幕末とかそういうレベルの頃だったけれど。

アランくんって一体何者なの？

｢急ごうぜ｣
｢うむ、奴らが門を開くのを阻止しなければ｣

京一くんと醍醐くんの会話で、まだ告げていなかった事を思い出した。

｢そういえば、門に関して――というか、クトゥルフに関してなんだけど、新しい情報があるの｣

龍麻が、軽く嫌悪の表情を浮かべる。

クトゥルフは、倒せない……神
存在を滅する事は不可能で、元の空間に押し戻すのが精一杯の。

嫌悪するのも当然ね。

アランくんの風詠みにより、奥へと迷いなく進んでいく。
ふと、血の匂いを嗅いだ気がした。

｢きゃああぁぁぁ｣

先を行っていた美里さんが、叫んだのもわかる。
その広場にあったものは、女性たちの生首による魔方陣。一体、いくつあるのか数えるのも嫌になるほどの首が、規則正しく並べられている。


闇から現れた鬼道衆が、嘲笑を交えて語る。

死の瞬間、人の頚は死への絶望と恐怖、そして生への渇望に満たされる。
その助けを求める心からの呼び声は、次元をも超える――最高の召喚の道具になる。


罪の無い人々を殺しながらも、その男は得意げに説明し、召喚を完成させる。

顕現した『盲目のもの』と呼ばれる異形の神、それの思念が、頭に響く。

｢此度ノ眠リハナント短キカナ……最後ニ贄ヲ喰ロウテカラ、マダ八年トタタヌ｣


それを聞いた龍麻が、ハッとアランくんの方を振りかぶる。

｢まさか、天野さんの言っていた、八年前の南米の村の事件って、アラン｣
｢そう…、アイツはボクの村に現われた。ボクから大切なモノを全て奪った――｣

両親を友人を、そして村をも奪われた。突如として襲いかかってきた、理不尽な力によって。
……なんて事なの。

｢Ｉ　ｎｅｖｅｒ...　Ｉ　ｎｅｖｅｒ　ｆｏｒｇｉｖｅ　...
Ｉ　ｎｅｖｅｒ　ｉｎ　ｙｏｕｒ　ｍｕｒｄｅｒ！！！｣

堪えきれないように――搾り出すように、アランくんが呟く。
常の陽気さが嘘の如く、殺意でその顔を染めて銃を構える。

でも、彼の気負い過ぎに気付いた龍麻は、アランくんに忠告した上で、皆には的確な指示を出す。
そして、自分は鬼道衆の方へ向かう。

凄い、相手にならない。

鬼道衆の言葉から考えるに、迅さには自信がある様子なのに、まさに【レベルが違う】
龍麻は、簡単に倒してしまった。

そして、盲目のものも、アランくんと雨紋くんの連携によって傷つき、引導を渡される。

長い長い断末魔の声が、頭に直接反響した。

終わったと思ったとき、微かな呟きが耳に入った。

｢う…う…、逃がさぬ…ぞ｣

さっき龍麻が倒したはずの鬼道衆？

｢風よ――ッ、斬り刻めッ、斬り刻めッ｣

｢龍麻くん！！｣
龍麻は、一瞬背後を見やり、諦めたように避けずに目と首だけを庇った。

鋭い、銃弾の発射音が響いた。

何？
アランくんの銃が、風角のかまいたちを砕いたの？

｢Ｔｈｒｏｗ　ｕｐ．
Ｎｏｗ　ｙｏｕ　ｄｉｅ．Ｇｏ　ｔｏ　ｈｅｌｌ．｣

アランくんは、そう告げ、止めの銃弾を、数発放った。

｢九角様ぁぁぁぁぁッ、御許しをぉぉぉぉぉぉッ！！｣

銃弾を浴び、風角は消えていった。

こづぬ？それが、親玉の名前？

それからは、大変だった。
支えを失ったかのように、崩れだす洞窟から必死で逃げる。

アランくんが、その【力】で最短の脱出経路を探してくれなかったら、本気で危なかったんじゃないかしら。

｢ボクは、大切なモノを喪っタ。
そんな想い、もう二度としたくナイ……そんな想い、誰にもさせたくナイ。
だから――、アミーゴたちと一緒に闘いたいネ。ｙｅｓ言ってくれマスか？｣

真摯な、優しい想いを秘めた表情
これが本当の彼の姿？

龍麻はこう答えた。
むしろこちらからお願いする、と。

｢アオーイ！！Ｔｅｌナンバー教えてくださいネ！｣

一転して、ふざけた態度をとる。
照れ隠しなのかしら？

いえ、これもきっと本当の彼の姿。
明るくて、楽しくて。
またひとり、頼れる仲間が増えたのね。

では、私は私のやり方で力になる。

九角

確かに、風角は最期にそう叫んだ。
それこそが鬼道衆を統べる人物。

たとえ【力】がなくとも、彼らをサポートする事はできる。
情報という【力】もある。


ふふふ
さあ、これから忙しくなるわね。