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弓道部の打ち上げが終わって、家に帰る途中だった。
いきなり後ろから肩を掴まれた。

「よぉ、桜井じゃねぇか」
「佐久間クン!無事だったの?」

一瞬ビックリしたあと、怖くなる。
佐久間クン……目が、前と違う。怒りとか、そんなものじゃない。

「い……痛いよ。はなして!!」
「てめぇも俺を叩いたじゃねぇか」

衝撃で、吹き飛んだ。
お腹を……殴られ……た?



……ん…?


「動くと、こいつの面に一生消えねェ傷がつくぜ」

頬に当たる冷たい感触に意識が戻った。
痛い……体のあちこちが。あのあとも、まだ殴られたんだ……。


他に居るのは――醍醐クン?

……その後は、悪夢みたいな出来事だった。

醍醐クンが、獣みたいになって、佐久間クンも鬼に変わって、そして…………。


― 東京魔人学園剣風帖 第拾壱話 桜井 小蒔 ―

どうしよう。醍醐クンが、佐久間クンを……

とりあえず夢中で家に帰ってから、ずっとさっきのことを考えていた。
お母さんは、ボクの怪我と服を見て、乱暴の方を気にしていたみたいだけど……ちがう。そういう『常識』範囲の事じゃない。

…………………………………………………………

「もう、学校行かなきゃ」

怪我も治った。もうボクひとりで考えてもしょうがない。
みんなに伝えなきゃ……醍醐クン、多分ひとりで悩んでる。

「今日も欠席は醍醐クンと桜井サン」


マリア先生の声が聞こえる。
入らないと。

「すみません」




京一も、葵もひーちゃんも、気付いていたみたいだ。
やっと抱え続けていたものを降ろせるような気がして、あのときのことをみんなに話した。

佐久間クンに捕まったこと、醍醐クンが変わったこと……すべてを。



「クソッ、そんなに俺たちが、頼りにならねェってのかよ」

京一、ちがうよ……そんなんじゃないと思う。

「そんな事、醍醐くん、今ごろひとりで苦しんでるわ……」

そうだよ、きっと。



「お前だって、腹立たねェか?」
「いや。それに今それどころじゃない」
「……俺は、お前みたいに物分かりがよくねェからな」

京一が、ひーちゃんに突っかかってる。
多分、京一も、不安でしょうがないんだと思う。



「小蒔、ミサちゃんに占ってもらっいましょう。醍醐くんの居場所を」
「え、あ、うん。……京一たちはいいの?」
「ええ、龍麻くんに、まかせましょう。ね?」


ミサちゃんの占い結果を聞いて、葵が龍山先生――と呟いた。

そっか。おじいちゃんの所ならあまり人も来ないし、
なにより醍醐クンも安心できる。きっとそうだよ。

ひーちゃんたちにも、連絡しなきゃ。
そう思った瞬間に、タイミング良く葵の携帯がなった。

「龍麻くん?」

嬉しそうな言葉に、思わず、葵の携帯をひったくった。

「ひーちゃん?!何してたのさ!!」



ひーちゃんたちも、醍醐クンはおじいちゃんのところっていう結論になったみたいだった。


「小蒔。龍麻くんは、なんていっていたの?」
「あのね、ひーちゃんたちも、おじいちゃんの所にむかうって。あ、雛乃たちも呼んでって、言われてたんだ。」


「ようッ!」
「ただいま参りました。」

ふたりとも、すぐに来てくれた。
中央公園に着いたとき、ちょうどみんなも来るのが見えた。
ひーちゃん、如月クンたちも連れてる。

「いた、ひーちゃん!!」


そこにあの、鬼道衆……ってやつらが現れた。
こいつらがいるって事は、醍醐クンたちも危ない!!


「それは、いったい」
「教えてやらない……、お前だちにに教えたら、九角様に怒られる」
「……どーせ菩薩眼の女だろ?まだ探してんのか」


葵の問いに答えた岩角ってヤツに対して、ひーちゃんが、馬鹿にしたように話しかける。

「どーして……怒られる、九角様に怒られるッ!!」
「安心しろ。お前は二度とあいつと会えない」

ひんやりとした冷たい声。
ひーちゃんはボクたちに、すごく優しい……けど、敵にみせる冷たさが、たまに怖い……。



「早く行け、小蒔ッ!!」

襲い掛かってきた鬼道衆を斬り捨てながら、京一が叫ぶ。

そんな……みんなを置いてくなんて、できないよ


「小蒔」

ひーちゃんが、静かに笑っていた。
その微笑みにさっきの冷たさはなかった。

「眠り番長には、お姫様のキスが一番効くからね」
「ひーちゃん!!」
「行って!頼んだ」

……ひーちゃんは、優しい。それでいいんだ!!

「ウン!すぐ戻ってくるよ、醍醐クンを連れて」


急がなきゃ。

この前たどったばかりの道を、必死で走り続ける。

早く、少しでも早く!



「おじいちゃん……。醍醐クン、ここに来ませんでした?」


おじいちゃんは、笑って、普通に答えた。

「雄矢も、幸せな奴よ。こんなかわいい嬢ちゃんに、そこまで心配してもらって」
「おじいちゃん!!」

今、そんな場合じゃないんだよ!



「雄矢なら――ほれ」

そういって、おじいちゃんが指し示した先には、確かに醍醐クンがいた。
でも、うつろな目をして、なにも見ていなかった。


「三日前から意識が戻らん」

そんな……なんとかならないの?

急におじいちゃんが顔を上げた。

「ん?嬢ちゃん――雄矢と奥に下がっておれ」
「え?」


「くくく……勘の鋭い奴よ」

ゆらり――と、空間がブレて、比良坂さんたちを殺した赤い奴が現れた。

「嬢ちゃん――雄矢を連れて逃げるのじゃ」
「そんなことできないよ」


おじいちゃんに危険なことはさせられない。それに、みんなと約束したんだ。
必ず――醍醐クンを連れて帰るって。

「威勢がいいな、娘。良かろう、俺様が相手をしてやるぜ」
「望むところだッ!!」

そう答えたとき、ひーちゃんの言葉が頭に浮かんだ。

『お姫様のキス』

う、ひーちゃんのバカ。意識しちゃうじゃないか。
でも……それで目が覚めるなら……。


醍醐クンと目の高さをあわせて、思ったことを伝える。
たとえ、今は君にとどかなくても。

「みんな、君を待ってるよ。だから帰ろう……」

ホントに軽く、キスをする。これで目を覚ましてくれるならいいや。……醍醐クンだし。

そして立ち上り、弓に矢を番えた。
すると炎角は、手下をたくさん呼び出した。

醍醐クンとおじいちゃんを殺れって――話が違うじゃないかッ!!

おじいちゃん!
醍醐クン!!

「うぎゃあ」
「ぐぎゃあ」

醍醐……クン?

起き上がった醍醐クンが、一瞬でふたりを倒した。

「桜井……。心配をかけたな」
「醍醐クン」

いつもの醍醐クンだ。優しくて、強くて。

「お前の声が聞こえたよ」

……良かった。届いたんだ。




「そんな馬鹿な。人間ごときが俺様を――」

炎角が赤の宝珠に変わる。
凄い。ほとんど醍醐クンが、ひとりで倒しちゃった。


「先生、すみません」
「そんな事はいい。それより、早く行かんかッ!」

おじいちゃんにそういわれて、やっと思い出した。
そうだ――みんな闘ってるんだ!




中央公園は、なんかへんな雰囲気に包まれていた。

「なにこれ?結界ってやつ?」
「桜井、下がっていろ。――白虎変!!」

醍醐クンが、あの時の姿にかわっていく。だけど、もう怖いなんて思わない。醍醐クンは醍醐クンだ。


ガオオォォォォ


醍醐クンの声が、何かを破った。
ヘンな空間が、ゆっくりと元へ戻っていく。



「みんな、おまたせッ!!」

みんなも無事だった。
信じてた……けど、本当に良かった。


「よし、方陣技解禁」


ひーちゃんが高らかに宣言する。

うんッ、わかった。


「いッくよ―、葵!!」



闘いが終わった後、謝った醍醐クンを京一が殴った。

なんてことするんだ――と思ったら、京一は続けて言った。


「俺たちは、お前の仲間じゃねェのか?俺たちは、お前の力になれないほど無力か?」

京一ありがとう、言ってくれて。

「じゃあ、もっと俺たちを信用しろ。お前は俺の――いや俺たちの、かけがえのねェ仲間だからな」
「京一」


そうだよね、京一すごく心配してたもん。


「くくく。俺も、京一に説教されるようじゃ、まだまだ、修業が足らんな」

笑いあうふたりを見て、なんだか羨ましくなる。
親友……だもんね。



醍醐クンにどんな力があっても構わない。だって、醍醐クンは醍醐クンなんだから。

そういえば、まだ醍醐クンにいっていない言葉があった。

少し離れたとこにいた醍醐クンに駆け寄って、小さく言ってみた。

ちょっと照れくさかったけど。


「おかえりなさい──」

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