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― 東京魔人学園剣風帖 第拾弐話 マリィ―

「20、これを飲まなきゃいつまでも、完成品になれないぞ」
「イヤッ!!」
「まったく、洗脳も効きにくいし、感情はいつまでも残っている。困ったものだ」
「とんだ出来損ないだな。これで潜在能力はトップだというのだから……
力が大した事なければ、始末してしまうのに」


「ヨウ、マタ殺スノヲ嫌ガッタンダッテ?半端者」

出来損ない
不良品

先生たちや『仲間』から投げつけられる悪意が痛かった。

だから外に出ていた。
雨の日は、好き。
元々ここの人たちは、あまり外には出ないのに、こんな日は、一段と中にこもるから。

人に会わないですむ。


今日は、大雨の日。
きっと誰にも会わないですむ。

『どうした?何を泣いている?』

だから、不意に声を掛けられたとき、すごく驚いた。
でも、恐れていた人たちじゃなかった。


半透明に透ける、きれいな人だった。
足元まで伸びる真っ黒な髪、目は金色。


思わず言葉がもれた。

「キレイ」
『言われ慣れている。それよりも、質問に答えていないな』
「マタ――怒ラレタノ。調整ガ効キニクイッテ……」
『調整?お前の制御など、人間如きにできるわけなかろうよ。
気にする必要も無い、誇り高き炎の娘よ』
「炎?」

『ああそうだ…おっと、時間切れか』

すうっと、透明になっていく。もっとお話したい。
私を恐怖の目で見ない人と。私を蔑まない人と。


「イヤ、マダ行カナイデ」
『それは、無理な相談だな』

そんな……せめて名前を教えて欲しい。
「アナタハ、誰ナノ」


その人は、微笑んで答えた。
『メフィスト』


そのまま、消えていった。
もう裏庭には、誰も居ない。

夢だったの?


そのとき、カサカサと、すぐそばの茂みが動いた。
「ニャア」

真っ黒の子猫がそこにいた。さっきの人と同じ金の瞳をした子猫。
雨に濡れて寒いのか、震えていた。

そっと抱き上げて、訊いた。


「オ前モヒトリナノ?」
「ニャン」
「ソウ、ジャア一緒ニイヨウ。
ネ、……メフィスト」




『許可』をジル様にもらわなければならない。
何をするにも、『許可』が必要だから。


サラと一緒に、学院長室で、何かを『視てる』というので、そこに行った。

「20か――。何の用だッ。――何だ、その猫は」

ジル様に、怒鳴られた。恐る恐る答える。



「拾ッタ」
「拾っただと?捨ててこいッ!!」


そんな…こんな小さいのに、死んでしまう。

「イヤ……アッ」

小さく首を横に振ったら、叩かれた。

「貴様は!!」
「ジル様、視えました」

サラの言葉で、ジル様は私の事なんて、忘れたみたいだった。

「おお、なんと?」
「女帝のカードが指し示し名は――ミサトアオイ」


ミサトアオイ?
その人も、また実験されるの?




トニーとイワンが、ふたりの女の人をさらってきた。
ふたりとも、きれいな人だった。

「この娘をどうするつもりなのッ!!」

金髪の人が、黒髪の人をかばいながら叫んだ。


「死にゆく者に話しても、時間の無駄だ。21――この女を、いや20――。
お前がやれ、お前の火走りの力を見せてやれ」

いや…もう殺したくなんかない


「デキナイ」
「ケケケッ、このオチコボレ」

目をつぶって集中していたサラが、ジル様に言った。

「この女性に、不思議な力を感じます。調べてみる価値はあるかと思われます」
「そうか。お前が言うのなら、そうしよう。牢屋に一緒にぶち込んでおけ」

良かった、殺さないですんだ。


「それにしても20――、どうして貴様はそう半端なのだッ!
最も強力且つ、汎用性の高い能力を持ちながら……出来損ないがッ!!」

また、叩かれたけど、それでも、もうあんな事はしたくない。
言われた通りに、力を放って、相手が苦しんで、燃えて……死ぬのを見るのはもう嫌。


「役立たずが!奴らに飯でも持っていけ!」


捕まえられたふたりに、食事を運びに行った。

「あの…Meals」
「ありがとう…あなた、名前は?」

名前?名前って…あ、

「マリィ…マリィ・クレア」

ずっと、呼ばれてないけど


「私は、美里葵、ミ・サ・ト・ア・オ・イよ」

その人は優しく笑った。
けれど、私の怪我に気付いて驚いたように言う。


「血が出てるわ……」
ジル様に叱られた、そう答えると、哀しそうになった。どうして?

「いらっしゃい、手当てしてあげるわ」

優しい白い光に包まれると、血が止まった。
もう痛くない。

「アッタカイ、アノ時計ト同ジ」

思わず呟いた。あのバザーで拾った時計と、同じ暖かさだった。

「え?時計って?」

時計で思い出した。
あまり遅くなったら、また叱られる。もう行かなくちゃ。




知らない人たちが、目の前にいた。学院への侵入者?

「アナタタチ、ダレ」

六人の侵入者、排除せよ、と声が聞こえるけれど、不思議な感じがして動けない。



背の高い大きい人、茶の髪の日本人じゃない人、黒い髪のきれいな人、みんな、なんだか懐かしい。
あと、中央の背の高いきれいな人も、三人とは少し違うけど、でもやぱり懐かしい。

どうして?
懐かしい……暖かい。



「この子の時計、葵のだよ」
「アナタタチ…、葵ヲ知ッテルノ?」

「ああ、友達だ。教えてくれないか、彼女の居場所を」

みんな、心から葵のことを想っているのがわかる。
でも、どうして?



「ナゼ、捜スノ」

だって、ジル様に怒られるよ……

「当り前じゃないかッ。葵はボクたちの大切な仲間なんだから」


髪の短い女の人が言った。
仲間が大切?何を言ってるの?
違うよ、だってジル様にならったもん。

「仲間ハ、大切ジャナイヨ。データガアレバ、イクラデモツクレルモノ、ジル様イッテタ」


きれいな人は、私の近くで軽く手を上げた。
殴られる、そう思って、身体が強張った。けど違った。

哀しそうに私を見て、頭を撫でた。葵と同じ……暖かい。

「俺はタツマ、君は、なんて名前?」

「マリィ…マリィ・クレア」
「そう、マリィか、葵がどこに居るか教えてくれ。頼むよ」

「ソコノ階段ヲ降リタトコロ。
デモ、ジル様ガ実験中ダカラ入ッチャダメダッテ……」


みんなが驚いた顔をする。
「行くぞ」

龍麻が、そう言うと、みんな頷いた。

「マリィ、君はここにいるんだ。危ないからね」

そう言って、みんなは実験室に飛び込んでいった。
入ったら、またジル様に叱られる。

だけど、このままじゃ葵が……

助けたい。私の力で!!



決心して部屋に入ると、ジル様が、悔しそうにしていた。
はじめて見る顔だった。
そうさせたのは、龍麻のようだった。

入ってきた私を見て、龍麻は微笑んで言った。

「マリィ、彼らに併せてごらん。
君が人為的なんかで、力が開花するはずがない」


『彼ら』を見たら、頭に声が直接聞こえた。

目醒めよ…

心臓が、バクバクする。力が溢れてくるのがわかる。
炎が集まってくる。


「四神覚醒・朱雀変」

頭に浮かんだ言葉を口に出した。

背中が熱い。見ると羽が生えていた。

「アオイハ、マリィガ護ルッ!!
許サナイ。アオイヲ傷ツケルヒト――」

ごめんなさい、ジル様、でも葵を護りたいの。

「All in all...fire!!」



ジル様たちを、倒してしまった。
でも、葵は、目をつぶったまま動かない。

「アオイ、アオイ――!!」

葵は、返事をしてくれない。やだ!!

「どけ!!ハァァァァーーッ!!」

ガラスが割れて、葵がゆっくりと落ちてくる。
龍麻はガラスで怪我をしながらも、葵を受けとめた。


「私、いったい…、龍麻くん?」

葵が、目を覚ました。
葵を見て、龍麻はとても優しく微笑んだ。

「来てくれたのね、きっと来てくれるって思っていた」

葵の心が、すごく嬉しそうなのが分かった。
流れ込んでくる暖かい気持ち。


みんなは、あの金髪の綺麗な人を、捜しに行くって、ほとんど出て行った。
でも、あの女の人にも、不思議な力があるって、サラが言っていた。
ジル様が、連れて行ってしまったかも。


コロセ
え?

コロセ…、テキハコロセ…
誰?トニー?


「やめて――ッ!!」

葵!!血が出てる!


「龍麻くん…怪我はない?」

自分が怪我をしても、まず人の心配をする葵に、龍麻は平気だと答えた。
でも、一瞬だったけど、すごく怖かった。
その怒りの『心』は、トニーに向けられていたんだろうけど。


まだ少し怒ったまま、龍麻が葵に包帯を巻いていた。
そこに、捜しに行っていたみんなが戻ってくる。

あの綺麗な人は、牢屋にはいなかったって……
じゃあもしかしたら、あそこかもしれない。

「屋上。屋上ニヘリポートガアルヨ」

みんなが、そこへ行くって言った。
私はどうすればいいんだろう。

「行きましょう、マリィ」

いいの?だって
「ミンナ、マリィノコト出来損ナイッテ、失敗作ッテ」
「そんな事ないわ、あなたは優しくて、とても良い子よ」



屋上では、ジル様が鬼に変えられた。
この人もだまされていたんだ。


たくさんの人を死なせてきたジル様が、人間の姿を失っていく。
そして、簡単に倒された。



あちこちに、爆発する音が響く。
学院が崩れていく。

大嫌いだった。怖かった。
だけど、確かにここは、私の故郷。

「サヨナラ…、ワタシノ故郷…。
サヨナラ…、ワタシノ仲間タチ…。
サヨナラ…、ジル様」


逃げて、学院から少し離れた場所で、これからどうするかという話になった。
どうすればいいんだろう。
私の唯一の居場所は、なくなった。

そうしたら、葵が言った。

「マリィ、一緒に帰りましょう」
「エ?」
「これからは、私の家がマリィのお家になるの。
ね、私がお姉さんになってあげる」

お姉さん?



「さあ、帰りましょう、私たちのホームへ」

いいの?マリィはもう一人じゃないの?



友達といってくれる人たちがいる。
仲間と呼んでくれる人たちがいる。
家族と呼んでくれる人たちがいる。

もう私はひとりじゃない
みんながいる

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