「みんな明日は遅れないように。修学旅行を楽しいものにしましょう」
修学旅行か。普通、二年でいくもんじゃねーの?
俺は去年、既に行ったんだが……、それは中高一貫だったからか?
マリア先生の告知に、内心で首を捻っていたら、ニヤニヤした京一が寄ってきた。
「おーおー、皆嬉しそうに。なんだひーちゃん、お前も楽しみでたまんねェってクチか?」
「ん、まーね」
どっちかというと、どうでも良い事を考えていただけなんだが。正直に答えるのもなんなので、とりあえず肯定しておく。
更に寄ってきた醍醐たちの言葉によると、班分けはいつもの面子らしい。
マリア先生、考えるのが面倒だったな。
で、葵が班長――と。本当に普段通りやな。
「旅行が楽しくなるように、私も班長として頑張るわ」
葵が頼もしく頷く。……何てマジメなんだ。
「いつの間にか、すっかり秋になってしまったな」
話の切れ目に、醍醐が外を眺めながら言った。
そうだな。……ずっと闘ってたもんな。
小蒔の『食欲の秋』発言から、皆でラーメンを食いに行く事になった。
……てさ、じゃ君らいつも秋じゃねーか。
「それじゃ、レッツ――、「ゴォォ―ッ!!」」
俺の呆れ顔には気付かなかったようで、小蒔がご機嫌に宣言をしようとした。
が、いつの間にか側に居たアン子ちゃんが、後半部分を同時に叫ぶ。
別に彼女も来たって構わないだろうに、いつになく京一が強硬に反対する。
一緒に行くって主張するアン子ちゃんを、唐突に何だか用を思い出したという小蒔が、強引に連れていった。
なんかヘンだな。
廊下に出て、周囲をキョロキョロ見回している京一と醍醐。やっぱ様子が妙だ。
「うふふふふふふ〜」
「ぎゃーーーッ!!」
おお、ミサちゃん。ミサちゃんて、確かに気配があるのに、目の前に来るまで気付かないんだよな。すごい。
「うふふふふ〜、我が占いに見抜けぬものはない。ひーちゃんを狙う甘美な罠〜」
罠ね。詳しく内容を聞こうとしたら、醍醐が引きつった声を搾り出した。
「う……裏密……、お……お前に、うら、占って欲しいことが……あるんだが」
醍醐、ジャニーズジュニアの演技より台詞がつまってるよ……。
お前の無茶さに可哀想になってきたから、罠とやらに引っかかってあげよう。大体予想つくけどな。
「あー、俺教室に忘れもんしてきちまったぜッ」
校門で、京一が突然大声をあげた。
それは相当苦しいな。
「忘れものって、何を?」
「いや、その」
葵の問いに、たっぷり時間をかけてから京一は答えた。
「英語の教科書をな」
京一、モデルの演技より下手だぞ。
そもそも、ウソつく時は、細かい設定を決めておくのが基本だぞ。そうすると、臨機応変にいけるからな。
「明日から、旅行だってのに、教科書を?」
許すつもりだったのに、あまりに面白いから突っ込んだ。
旅行前だからこそ、勉強をとかなんとか言って、去っていった。
「罠ってこのことだったのね」
珍しく呆れた様子で、葵が苦笑を洩らす。
「……小蒔に言ってなかったのか?」
これは、おそらく、俺たちをくっつけようという好意。
けどさあ、もう――やってるんだが。
「え、ええ……まだ」
葵の性格じゃ、済みとは言いにくいだろうしな。
「しょうがない、ま、二人きりなんて珍しい機会だ。帰ろうか」
「うふふ、本当はずっとこんな風に、龍麻といっしょに帰りたかったの」
可愛いな。
「じゃあ、これからも、たまにはふたりで帰ろう」
「え、いいの?うれしいわ」
病院の横の道で、治療に通うマリィと送ってくれている舞子に会った。
舞子は学校からの通り道だからって、葵の家まで送り迎えしてくれているらしい。
マリィのことを撫でていたら、私も誉めてと、舞子に言われた。
素直に偉いと思ったので、頭を撫でると、喜んでいた。
「あはッ、嬉しい。もー、ダーリンたら」
喜んでくれて幸いだが、何故だありんなんだろう?この前も不思議だったんだが。
ところで、微妙に葵の目が怖い気がする。
彼女らと別れて、新宿通りの方へ行く。
西口通るより空いていると思って、こっちにしたんだが、失敗だったか。結構混んでいる。
「すっかり秋ね」
「涼しくなったもんな」
確かに待ち行く人の服は、暖色が増えてきた。
「龍麻と会って、半年近くになるのね。ねえ、龍麻。その……前の学校に、好きな人っていたの?」
好きな人か……。自覚は遅かったが、いた。
「……いたよ」
「え……?そう……そうよね。ごめんなさい。私はただ、私の知らない龍麻のこと、もっと知りたくて」
そんな哀しげに目を伏せんでも……聞かれたから答えただけだぞ、好きな人の有無を。
「振られたけどね」
「え?」
安心させるように、軽く説明をする。
あれは、本当に、初恋といって良いのかさえも、微妙だし。
「友人の彼女だったんだ。好きだと気付いた時には既に――ってパターンだ」
「そう……なの。綺麗な人だった?」
「ああ、葵に似ていたからね」
おお、目が潤んだ。純だな。
「私……、その人の代わり?」
「それは違う。多分、逆だな」
「龍麻……」
その表情、すごく綺麗だな。人前だが、手出しちゃおうか。
「よお、龍麻くんに、美里さんじゃねぇか」
ぬぉ、雪乃さん。……手出さなくて良かった。
おまけに雛乃さんもいた。彼女らも、明日から旅行で、支度の買い出しらしい。
しかも、行き先は沖縄だそーだ。
「いーなー」
「京都は良い所ではないですか。私は、むしろそちらの方が」
「ん、ほら俺、龍の因子が強いから、京都はちと辛いんだよ」
去年も前の学校の修学旅行で行ってるし。
その上、京都とは、龍脈を効率よく使うために造られた魔都。
いうなれば、龍を捕らえる結界――俺と相性良い訳がない。
「あ、そうか」
「そうですね……護符などを用意致しましょうか」
さすが、封龍の巫女たち。この程度の説明でもわかってくれた。
「数日だから、平気だよ。少しふらつくくらいだな」
くれぐれも、お気をつけて
そう心配してくれた彼女たちとも別れて、歩き出す。
中央公園か――京一たち、気配が感じられないが、多分彼らの性格上、尾行してるんだろう。
小蒔さえも、気配がない……隠行符とか使ってるのか?翡翠だな、手引きしたのは。
見せつけようかな。
「ちょっと寄ってこうか」
「ええ、いいわね」
ちょうど良く、ベンチが一つ空いていた。
少し離れて座った葵を、抱き寄せる。
「京一たちの好意に甘えようか」
「え?」
まずは、その髪に口付け、軽く上を向かせる。
葵の、このちょっとトロンとした表情が好きだ。間近で堪能する。
「ちょっと、龍麻!?こんなところで、……あ……んッ」
「見せつけてくれるねぇ」
「へへッ、兄ちゃんよォ。随分とイイ女連れてんなァ」
そんな時、不良さんたちが来る。
見せつけてたのは、お前らにじゃないのにな。……殺すぞ。
「だめ……龍麻」
殺気がばれたのか、袖を握って哀願された。
「大丈夫」
笑いかけて、立ち上がる。
誓う――全殺しにはしない。3/4殺しくらいかな。
「下衆が」
「そんなんで、女が喜ぶかッ、この馬鹿ッ!!」
ぶっ飛ばす気満々なのに、格好良く京一たちが登場する。
このパーフェクトリィなタイミング。お前ら……やっぱりずっと居たんだな。
醍醐と京一が、不良さんたちをガンガンぶっ飛ばす。
一般人に氣をかますの、止めなさいって。
「なんだよ、こいつら」
首謀者の人は、そう呟いていた。ナイフを持つ腕にも、力が入らないようだ。
こういう状態の人を苛めるの……大好きだ。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえってね」
呆然としている彼に、優しく微笑みかける。
「ひ、ひぃ……」
首謀者さんは、じりじりと後退し、逃げようとしていた。
でも、悲鳴にオリジナリティがないので、許してあげません。
ゆっくりと近づくと、恐怖に引きつった顔で、周囲を見回す。
表情が面白いので、わざわざ背後に回る。
振り返る前に、蹴り飛ばしてみた。相当強く。
捨て台詞も残さず、皆さんは逃げていった。
う〜ん、徹底性が足りない。どうせ頻出パターンなら、『ちきしょう、覚えてやがれ』も欲しかった。
「みんな、どうしてここに?」
葵が尋ねる。それは本気か?意外に鈍いな。
「その、なんだ、これからラーメン屋にな」
「そ……そうそうッ!」
事前に打合せをしろ。
君らね――嘘とか向いてなさすぎ。せめてアン子ちゃん辺りを、抱き込んだ方がいいよ。
「ずいぶんと、遠回りな道だね」
「わりィ、けど悪気があったわけじゃねェんだぜ」
おお、京一素直だ。
結局、みんなでラーメン屋に行くことになった。
多分キスの時点は、覗いてたんだろうに、流すとは……やるな。
翌朝――
既に集合時間だっつーのに、京一が来やしねェ……。
ウチに泊めるべきだったかもしれないな。
とうとう、乗車する時間になったが、影も見えない。
葵とか醍醐は、心配のあまり、顔色が悪くなってきた。
「龍麻。ここは友達代表として、一緒に残ってあげるッてのはどうかしら?」
「ははは、慎んで大遠慮」
アン子ちゃんに冗談ぽく言われたので、同じ調子で返しておく。
しかし、本当に来ないな。どうするんだろう。
……ん?今微かに京一の氣を感じたと思ったんだが。
「うおォォォォォォッ!!」
戦闘中でも滅多に見せないほどの気合いを入れて、京一が走ってきた。
但し、既に発車のベルが鳴っている。アホだ。
ここに来るまでで全体力を消費したようで、京一は車内では死んだように寝ていた。
その隣にぎゅうぎゅうに荷物を詰め、自分はさっさと葵の隣に座る。
「おいッ、龍麻!?」
「邪魔しないように」
言い捨てて、座ってしまう。
照れまくった小蒔と醍醐が、真っ赤になりながらも並んで座るのを、横目で眺めて確認する。
目線を追ったらしい葵が、彼らをしばらく見ていた。
くすくすと笑いながら、こちらを向き直る。
「龍麻……、ありがとう」
「何が?葵の隣になりたかったからだよ」
「うふふ、あなたのそういう所……大好きよ」
さすがの俺でもちょっと照れた。
もっとも、言った本人はもっと照れて、真っ赤になって俯いてしまったが。ああ可愛い。
京都に到着し、マリア先生と犬神先生の軽いお説教の後、解散となる。
選択肢は、金閣寺か仁和寺らしい。派手か寂か。ずいぶんと極端な二択だな。
「俺は、仁和寺希望」
「あら、龍麻も?」
「俺たちは、どっちでも構わねェよ。てか、ひーちゃんと美里しかそういうの興味ねェんだから、ふたりが好きなように決めてくれよ」
「そーだね」
んな、投げやりな。
「じゃ、仁和寺でいいな」
「あッ緋勇くん、ミサちゃんが探してたわよ」
では遠慮なく、自分の趣味で決定したところ、いきなりクラスメイトの子に声を掛けられた。ミサちゃん?何故に?
行ってみると、相談したいことがあるので、あとで宿のロビーで会ってほしいと頼まれた。別にいいけど、なんか彼女にしては珍しく――迷っているみたいだった。
バス停から少しだけ歩き、仁和寺に到着した。
「あッ、五重の塔だよ」
興味ないと言っていた割には、小蒔が大きいなぁとか、素直に感嘆していた。
笑いながら、京都に詳しそうな葵が、少し解説をする。
そういえば『仁和寺のとある法師』がどうこうって、古典で習ったような気がする。
「他にも仁和寺には、御室の桜という有名な桜があるのよ。春に来たらとても綺麗でしょうね」
今は寂しい桜の木を眺めながら、葵は結んだ。
古典は割と苦手だが、その辺は知っている。去年の春に来たから。
「綺麗だよ、シックな寺の色彩と、淡いピンクが凄くね」
「あ、龍麻は、2度目だったわね……顔色が少し悪いわ、大丈夫?」
「平気だよ」
しまった、外見に出ていたか。
流石に、覚醒してしまうと辛さが増すな。去年より少しキツイわ。まあ、我慢できるレベルではあるが。
「あ、犬神センセー!!」
小蒔が先生を見つけて、駆け寄っていく。
先生、余計なお世話かもしれませんが、旅行時くらいヨレヨレの服は止めたらいかがですか。
問題を起こすなよと釘を刺されたら、小蒔が自爆する。
先生は色々知ってるから、今更良いけどよ。
鼻で笑いながら、聞いてくるし。
「全部終わった……か。そう思うか、緋勇?」
嫌味やのぉ。んな訳ないって、知ってるくせにな。
宿へ向かうには、結構な山道を歩かなければならない。
何故にこんな自然派なんだ……。前泊まったのは、普通の場所だったのに。
今の俺の体調には、それなりにきつかったが、途中お茶屋によったり、夕焼けを見たりで気が紛れた。
そうこうしているうちに、道が開けた。皆の話によると、もう宿の近くらしい。
軽く安堵しかけたが、そうは問屋がおろさなかった。
道に、おばあさんが落ちていた。
と言っても、お婆さん曰く『持病で気が遠くなっていただけ』だそうだが。
『だけ』と言われても、危険なので、皆で交互に手を引いて、近くの村まで連れて行った。
道すがら、お婆さんの話を聞いていた。
それによると、こんな山の中でも、レジャー施設ができるとかで、反対派と推進派で争いが起きていて、その上、推進派が圧倒的優勢らしい。ただ、天狗様が、山を護ってくれているって話だ。
建設会社の人を襲ったり、機械が故障したりって、……そりゃ、明らかに、反対派の人が天狗のフリしてるだけだろう。
お婆さんの家の前まで送っていくとお礼を言われて、更にジュースと八ツ橋を貰った。
なんか地元の人とのふれあいって感じだな。
みんなは、宿についても、天狗や開発について話していたが、本当は、通りすがりの俺たちがとやかく言えることじゃないだろう。
風呂は、結構大きくて、いい感じだった。
ウチのマンションのは、ユニットバスでこそはないが、やっぱり狭いんで、気持ちいい。
消灯までの自由時間はどうするか聞いてきた醍醐に、京一が異様に輝く瞳を見せる。
輝いているが……美しくないぞ、それは。
「一緒に桃源郷を覗きに行こうぜェ〜ッ!」
覗きは、犯罪じゃないのか?
ただ、ミサちゃんとの待ち合わせにも時間があるので、少しだけ付き合う気になった。
京一は、やたらと足取りが軽かったが、俺は最近は、エリさんとか紅とか葵とか、顔も体も極上のばっかり見ているから、悪いけど今さら同級生のレベルじゃ興奮しないぞ。……さすがにマリア先生だったら、嬉しいけど。
だが、心配は無用だったようだ。
風呂裏で、アッサリ犬神先生に見つかった。
「いいい……犬」
何を言ってるんだ。
「おや、先生。覗きですか」
「阿呆。……蓬莱寺はわかるが、お前もか、緋勇」
「ははは、申し訳ない」
素直に謝っておくと、わりとアッサリ見逃してくれた。
但し、またやったら、強制送還だそうだが。
京一は、まだブツブツ言っていた。どうやらやる気満々らしい。
「このままじゃ、俺も、俺のムスコも眠れねェッ」
斬ってしまえ、そんなもん。
あんな『能力』使ってまで張っている先生を、出し抜けるとは思えないので、俺は抜けさせてもらう。そろそろミサちゃんとの約束の時間でもあるし。
「あ〜、ひーちゃん。来てくれたのね〜。相談っていうのはね〜〜」
普段通りのようだが、どうやら言い淀んでいるようだ。
先回りして、尋ねてみる。
「記憶のこと?」
「知ってたの〜?!」
おお、ミサちゃんを驚かせた。
……しばらくの間、皆、悲しそうな目で見てきたからな。おかしいとは思っていた。
「ああ、なんか反応が変だったから。消えなかったの?」
「忘却術はかけたんだけど〜、みんな嫌がって、ある程度は残ってしまったの〜。ごめんね〜」
彼女の術に、対抗するには、本来相当の術耐性がなければならない。
現在の仲間で、純粋に能力だけで可能なのは、せいぜいマリィくらいだろう。おまけにマリィでさえ、極一部を残すのが関の山。他は、完全に消されてもおかしくはない。
なのに――皆が、覚えていてくれた。
「んーん。いーよ。ある意味嬉しいし。ミサちゃんの術に抵抗するなんて、容易じゃないだろう」
「ええ。みんなきっと嫌だったのよ〜、ひーちゃん独りに背負わせるのは〜」
「ありがと」
本心から礼を言っておく。
術をかけてくれたことを。そして、そう思ってくれることを。
彼女だけでなく、すべての仲間も――ありがとう。
去っていくミサちゃんを眺めながら、そんな事を思っていた。
「よお、負け犬くん」
そこに、にやけた面をした京一がやってくる。俺の感謝の念を返せ。
どうやら上手くいったらしい。上機嫌だ。
後からやってきた醍醐は、成功してしまったらしいと知り、オロオロしていた。が、世の中そんなに甘くなかった。
アン子ちゃんには勘付かれていたらしく、カマをかけられて自滅する。
「何を話していたの?」
ちょうど風呂上りの小蒔と葵まで来て、京一ピンチ。
「どうしようかなァ〜。ねェ、龍麻。話してもいいかなァ〜」
アン子ちゃんがわざとらしく訊いてくる。君、俺もいっしょだと思ってんのか。
だが、俺やってない。平然と頷く。
「あ、そう。別にいいんだ。ちょっと意外」
「俺、その時間ミサちゃんと話してたからね。やってないよ。俺は」
「ふ〜ん」
ちなみに、京一は色々約束させられていた。ガンバレ。
そのあと皆で揃って、今日あったことの話しあった。
アン子ちゃんは、小蒔の期待と裏腹に、天狗の話を聞いてもクールだった。
山岳信仰のある地方では、天狗の伝説は『お約束』なんだそうだ。
学校の怪談のピアノとか増える階段みたいなもんか。
「ねぇ、やっぱり天狗の正体を確かめに行こうよ」
どうしても気になるらしい小蒔が言い張って、結局は抜け出して行くことになった。
まあ、いいけどね。それくらい、たいした手間でもないし。
山の中を歩いていると、何かが落ちる音がした。
そちらへ向かうと、天狗が腰をさすっていた。……スタントマン雇ったらどうかね?
彼は、まだ健気にも芝居を続けていたが、京一に一喝されて諦めたのか、凄んでくる。
「やる気か?……いいぜ来な」
大人気ないな。そんな木から落ちるレベルの人を苛めんでも。
「やめて隆!!この人たち、ばあちゃんを助けてくれた人よ」
高まる緊張の中、女の子が、割って入ってきた。
あのお婆さんのお孫さんらしい。おお、情けは人のためならず。
天狗に扮していた青年は隆、彼女は朋子と名乗った。
やはり開発反対のために、天狗の姿を借りて妨害工作をしていたらしい。
皆がすっかり協力に乗り気になっている。
正直、偽善だと思うんだが。建設会社の人にだって生活はあるし、村にだって賛同者もいるからこそ、可決されたはずだ。
……まあ、いいけどさ。
無残に切り倒された木々。剥げた一角。
現場でエキサイトする皆とは逆に、どんどん冷めていく。なんだかな。
少なくとも俺は、便利さのない生活はできない。エアコンのない暮らしとか、夜真っ暗な生活とかは無理だ。そういう人間が口出して良い問題じゃないと思うんだよ。自然の不便さ、恐ろしさを受けいれた上で、自然を愛する人だけだろう。反対資格があるのは。
だから、勿論隆さんと朋子さんにはその『資格』があるけど、数日後に新宿に帰る俺たちが首を突っ込むことじゃないと思う。
だが、最高に乗り気になった小蒔が宣言する。
「こんな機械、全部壊しちゃえ〜ッ!!」
いくらすると思ってるんだろう。建設会社の人の負担になるのに。
それとも『ワルイヒト』は、そういう目にあっても良いのか?全員が悪人とも限らんとも思うが。
彼女も、本当に良い子なんだが――想像力が足りないよな。真っ直ぐすぎるというか。
内心では、突っ込んでいたら、横手から数人の男が現れた。
「まったく、近頃のガキはタチが悪いな」
同感。って、皆さん、見るからにヤクザ屋さんではないですか。
開発の邪魔をしたいのなら、このネタだけで十分な気がする。ただでさえ、京都は開発に厳しいんだし。
……組のバッチを頂かなくては。
下っ端八人、偉そうな人がひとり。
全員大した腕でもない、当然、普通の人間だし。怖いのは、後々の報復くらいか。
「京は左二人、ゆうは右二人、さくらとあいは、彼らを護ってて」
とりあえず名前を伏せて指示を出す。
分かってくれたらしく、皆指示通りに動き出す。
君ら、剣掌・発剄とか拳掌・発剄とか、氣を使うの止めてやれって。
偉い人の周辺の子分四人ほどを一気に倒したら、彼は、焦ったのかちゃんと構えた。空手か、無駄だけどな。
「覚悟しな」
彼は、蹴りを繰り出してきたけど、……あはははは。それってギャグ?それとも蝶野ファンなのか。
いいのか?喧嘩キックことヤクザキック使うヤクザさんなんて。やっぱ、駄洒落なのか?
ま、笑えたので、一発で倒してあげた。本当は、疲れるまで逃げ回ってようと思っていたんだが。
「それで?どうするつもりだ。こんな無駄なことをして」
偉い人は、起き上がってニヒルに呟いた。アンタ、ガキにのされて格好つけても……。
「無駄かどうか、やってみなけりゃわからねぇ」
「あなたにだって、故郷があるでしょう?汚されたくない大切な想い出が」
隆さんと朋子さんが、説得モード全開になる。
その熱い想いが、ヤクザさんの心を揺り動かしたのか、彼は引き上げる際に言った。
「そんなに止めたきゃ、もっといい方法があるぜ。ここの開発会社は、ヤクザと癒着してますって広めてやんな」
元から、そのつもりです。
「組長もこの話にゃ乗り気じゃなかった。うちの組は痛くも痒くもねえ」
「では、お言葉に甘えて、これ使いますよ。実例が有ると無しとじゃ、力が違うので」
そう言って、紋章を見せる。さっき殴る際に、取ったものだ。
流石に少し嫌そうだったが、それでも彼は何もせずに去っていった。偉い。
「本当にありがとうございました」
彼女らは、並んで頭を下げた。
さっきの組のバッチを隆さんに手渡す。
「いいですよ。はい、物的証拠」
「ああ。きっとこの山を護ってみせる」
彼は、それを握って宣言する。この山で暮らし、自然を愛している彼らにならば、頑張って欲しい。
そうなることを、願っているよ。
消灯時間間際の宿に、滑り込む。
俺は免除だが、京一たちはマリア先生に捕まったらしい。
京一と醍醐が並んで廊下に正座させられていると聞いて、わざわざ見物に行く。
「大丈夫?醍醐くん、蓬莱寺くん」
優しく声をかけてみる。
あまりにも笑える光景だったからな。
「ひーちゃん!なんでお前は平気なんだよ!?」
「だって、ボクは財布を忘れた葵と小蒔に付き合って、ガードとして出かけていたんだモン」
そもそも、その言い訳考えたの、俺だし。
「モンじゃねぇだろ!……チクッてやる」
ほう?
ダブル覗き魔が、何を言うんだ?
「覗きの罰だよ」
ダブルのね。そう微笑むと、ふたりは硬直した。
今ごろ報復されるとは、思ってなかったんだろう。人は、予想外には弱いものさ。
俺は、人をおちょくるのは大好きだが、逆は嫌いなのだよ。
小蒔は女の子だから、一応免除。翡翠には、お土産にかんざしを買っておいた。
一転して、笑って優しく言う。
「心配しないで。ふたりの分のお土産は、買っといてあげるよ」
ふたりは、安心したような顔になる。可愛い奴らだ。
だが、甘いな。
「京一は、新撰組ちょうちん、醍醐は嵐山のペナント辺りな。もちろん金は君らのだ」
「鬼か、てめェは」
「龍麻ッ!?」
なんだ、西陣織の財布の方が良かったか?
ついでにダンサンブルかつスタイリッシュに、ふたりの足を踏んでみる。
「うぎゃあ」
「ぬぉ」
痛そー。
ちゃんと、どちらにより体重がかかっているか、チェックしてから踏んだからな。
怒号をシカトして、去っていく。
実は、お土産を買ってやるというのは、本当だ。
ちゃんと葵たちと約束してあるし、本気でヘンなもの買うほどマメじゃない。
そう――ただ、からかいにきただけだ。
彼女たちと合流して買い物をしながら、京一たちの姿が浮かんで大変だった。
思い出し笑いを堪えるのが。
頭痛はあったものの、総合的には楽しい旅行だったと思う。
というか、足を踏まれた彼らの顔を思い出すだけで、腹が捩れる。楽しい、良い旅行だった。
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