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入院している美里。とてもじゃねェが声をかけられなかった龍麻。

そのふたり以外の仲間が、如月骨董店に集っていた。
騒がしいまでの普段とは異なり、誰も口を開かず、気まずい雰囲気が満ちていた。

「なんか合宿みたいだな」
「ふざけている場合か」

和ませようと思って口にした言葉は、醍醐にたしなめられた。
ケッ、堅物め。

「で、何を説明すればいいのかな。緋勇龍斗と九角天戒のことかい? それとも、龍麻と天童の関わりかい?」
「両方だ」

如月の問いに、勝手に答える。
だが、皆も聞きたい話だと思うしな。

「わかった。少し長くなるよ」

如月は語った。前世とやらのことを。

自分が『緋勇』に仕える忍びだったとか、俺が剣聖の名で呼ばれる剣士だったとか、僧だった醍醐とか、自分のことは……照れくさいな。

    前の菩薩眼の娘は、――美里藍といった。
    それを護る鬼の一族。
    幕敵を斃すための徳川側の人間。

    九角天戒と緋勇龍斗はそこに居た。
    ――ふたりは、敵対する組織の中心人物同士でありながら、友人でもあった。
    しかし徳川の九角殲滅により、選択肢は消えた。彼らは闘い、相打ちとなった。

    今回も、龍麻はどこかで天童と出会い、知り合いになっていた。

そういう話だった。

「龍麻の部屋で、九角に会ったことがあったが、そういうことだったのか」
「それは、本当に一度きりの事だったようだけどね。そこに偶然、君と蓬莱寺くんが来たらしい」


酒を酌み交わしていたであろう時間さえも、奴らを止めることは敵わなかったのか。

口に出すことではないってことくらい理解している。それでも全てを背負うとするあいつのことが、哀しかった。

「クソッ、水臭いって、一発ぶん殴ってやる」

立ち上がろうとしたが、できなかった。
なんだ、体が動かねェ。

「やっと効いてきたか。結構遅かったね」
「ミサちゃん特製の〜、お薬なのにね〜」

感心したような冷静な言葉と、不吉な声が響いた。
……何だと、オイ。

「ちょっと、如月君……ミサちゃん! どういう……こと」
「睡眠薬と痺れ薬だよ。痺れ薬は痛みで意識を保つ等の、ベタな方法をさせないためさ。怪我してほしくないしね」

小蒔に応じる言葉も、落ち着いたもんだ。……だが、全く、答えになってねェ。

「どういうことかって……訊いてんだよッ!」

もつれそうになる舌を、懸命に動かして怒鳴った。
予想は、ついていた。何でもかんでも、自分だけで背負っちまうあいつの発想など。


「龍麻に頼まれていた。きっと君らは、自分のことを尋ねるから、すべてを話してくれと。そして、話したら君たちの記憶を消してくれとね」
「ごめんね〜、ミサちゃんは記憶をいじるのは〜、あまり好きじゃないの〜。でも〜、あんなに悲しそうなひーちゃんの頼みは断れないわ〜」


見事にそのままだ。
どうして……そうやって、全てを背負う? 昔ッから、なんも変わらねェ。あの時だって……あいつは……ひとりで。

「待ってよ……ひーちゃんは、ホントに……それでいいの?」
「そうだ……忘れてしまったら……、俺たちにとって、九角はただの……復讐鬼に……なってしまう」

小蒔と醍醐が、力なく呟きのような声で、言い募る。
如月は、一瞬だけ哀しそうに、だが、すぐに常の無表情に戻り、裏密を促す。

「それが龍麻と、そしておそらく九角の願いだ。忘れてやってくれ。さあ……裏密さん」

裏密は頷いてから、高く低く謡うように呪文を紡ぐ。


……忘れるものか

『はじめるか』
静かに呟いて立ち上がった、九角の辛そうな顔を、

自分の手で、友人に止めを刺した龍麻の想いを。

俺たちだけが、のうのうと救世主気分でいていいハズがねェッ!!


頭の中をかき回されるような感覚に、必死で抵抗する。
対術にと教わった箇所――額のチャクラ。全身の氣を、そこに集中する。

どのくらいたったのか、裏密の声が聞こえた。


「すごいわ〜、完全に消せた人が、誰も居ない〜。舞子ちゃん・京一くん・紫暮くん・雛乃さんなんて、ほとんど残ってるわ〜」

残っている?

ああ、確かに覚えている。
龍麻と九角のことも、奴らの前世のことも、藍との出会いも……藍って誰だ?
会った事は覚えている。だが、顔も何もかもが、わからねェ。これが消された部分か?


「そうか、ならば仕方ない。僕が頼まれたのは、彼らの自由を『一度』奪うことだった」

『一度』を妙に強調して、如月が言った。

「ミサちゃんは〜、『一度』忘却術をかけてくれって〜」

同様にそれを強調して、裏密が頷く。

「それ以上は、頼まれてない。けれど、……皆で話し合ったりしないように。では、お休み。眠ったら布団をかけておくよ。悪いが今夜は雑魚寝で我慢してもらうよ」

忘れないで良いってことか? 記憶の照合さえしなければ。
有難い。これ以上の抵抗できるとは思えなかった。

こいつらが、融通をきかせるなんざ意外だった。……こいつらだって、不満だったんだろうな。全てを龍麻ひとりに背負わせることは。

「じゃあお休みなさい。暗き眠りの粉よ〜」

裏密の声に、眠気が急激に襲ってきた。
さすがに、さっきので抵抗力を根こそぎ奪われていたので、すぐに意識が遠くなる。




「おはようみんな。朝食を作るけど、何か苦手なものとかはあるかい?」

翌朝、如月が白々しく起こしにきた。
――ただ、皆が泊まっていっただけの如く。

わかってる。普段どおりに振舞えばいいんだろ。

「ナス。絶対食えねェからな」


― 東京魔人学園剣風帖 第拾四話 蓬莱寺京一 ―



あれからいい雰囲気の美里とひーちゃんを、何度か見かけた。

あのふたりを、くっつけてやりたい。
そう思ったから、協力が必要な醍醐と小蒔を連れて、如月の家へ行った。




「というわけで、ひーちゃんにも気付かれないようなアイテムを売ってくれ」

なにしろ、あの人間レーダーが相手だ。俺や醍醐だってヤバイのに、気配の消せない小蒔までいる。

「面白そうだけど、相手はあのひーちゃんだよ!?」
「うむ、難しいんじゃないか。それに、そういうのは本人たちの意志が大切なのでは」

首を捻る小蒔に、顔を顰める醍醐。
確かに難しいだろう。ドラえもんがいなければ、な。

「うるせェ、だからココに来たんじゃねーか。何か無ェのか」

皆の視線を受けて、ドラえもん……じゃねェ、如月が口を開く。
小さく溜息をついたりして、呆れた様子を隠そうともしねェ。嫌味な奴だ。

「麻雀仲間に、高位の術士の友人が居るから、そういう護符なら用意はできるが、無駄じゃないかな」

なんで、そんな麻雀仲間が居るんだ? ……いや、問題はそこじゃねェか。

「何でだよ、せっかく平和になったんだ。あいつらも自由にさせてやりたいと思わねェのか?」

「いや、そうじゃなくて……まあ、いいか。でも、護符は高いよ」
「それは……旧校舎で稼ぐ」


結局、一枚一万円も取りやがった。
それでも、まけてくれたらしいが……なんか納得いかねェ。こんなの『ひーちゃんから身を隠すとき』くらいしか使わないってのに。




「いつの間にか、すっかり秋になってしまったな」

ミッションスタートの合言葉を、醍醐が発した。よし、行くぜッ!!

「秋といえば、食欲の秋――ラーメン食べに行こッ」
「龍麻、もちろんお前も来るよな」

小蒔の誘いに、ひーちゃんに話を振ると、テキはあっさりと頷いた。
よしッ、幸先いいぞ。この調子で――と、小蒔に目配せする。頷き、手を振り上げた小蒔だったが、邪魔が入った。

「それじゃ、レッツ――、「ゴォォ―ッ!!」」


後半、ハモったのはアン子。なんで、こんな時にいるんだよ。け、計画が……。

「そッそーだッ!! 急用を思い出しちゃった。ねェ、アン子! お願い!! 付き合ってよォ〜」

だが、小蒔がどうにかアン子を連れ出した。
いいぞ、小蒔。これでまだ続行可能だ。




廊下に出て、次の邪魔になりそうな裏密の存在をチェックする。よし、確かに居ねェ、気配も……

「うふふふふふふ〜」
「ぎゃーーーッ!!」

真後ろで笑っていた。どっから出てきたんだ!!


「うふふふふ〜、我が占いに見抜けぬものはない。ひーちゃんを狙う甘美な罠〜」

よ、余計なことを。く、今度は俺が、こいつを連れて行くしかないのか。が、俺が口を開く前に、醍醐がひきつった顔ながら、一歩足を踏み出した。

「う…裏密……、お…お前に、うら、占って欲しいことが……あるんだが」

すげェ、漢だぜ、タイショー。
ここまで付き合ってくれるたぁ、意外だった。


校門まで来た。今度は俺がいなくなる番だ。

「あー、俺教室に忘れもんしてきちまったぜッ」
「忘れものって、何を?」

不思議そうに首を傾げる美里。
しまったッ、この反応は、考えてなかった。

「いや、その」

美里の方が、チェックが厳しいとは意外だった。
ん……どうすりゃ……そうだ!

「英語の教科書をな」

プっと、ひーちゃんが声に出して吹き出しやがった。

「明日から、旅行だってのに、教科書を?」

突っ込まれた。
ウルセー。とにかく何とか逃げ出して、背後に回る。
どうやら護符を発動したらしき、醍醐と小蒔と合流し、自分も護符を使った。


歩き出したふたりは、駅へ向かう道の途中で、高見沢とマリィに会っていた。

ひーちゃんが、マリィの頭を撫でているのは、別にいいぜ。兄妹みたいなもんだし、マリィも、嬉しそうな顔をしてるしよ。
けどよ……、高見沢の頭も撫でているのは、どうしてだ?




駅前では、織部姉妹と遭遇していた。
小蒔をも凌ぐ男女が、ひーちゃんに対しては柔らかく笑うのは何でだよ……。
天然タラシが。




中央公園に着いたひーちゃんたちは、なんか語り合っていた。

「いい雰囲気だね」

小蒔の言う通り、イイ雰囲気だ。
ベンチに腰掛けて話すふたりは、恋人同士にしか見えなかった。
元々、美男美女ってかんじでお似合いだしな。

急に、ひーちゃんが美里を抱き寄せた。
髪に軽くキスしたりして、気障極まりない。
つーか、オイオイッ! 急ぎすぎだろ。

「どうしたの、龍麻」

へ? たつま?
それに慌てる様子もない。

「京一たちの好意に甘えようか」
「ちょっと、龍麻!? こんなところで、……あ……んッ」

美里の口が塞がれる。……ひーちゃんのキスで。
あれは……もしかして。

「ねェ、あれディープキスってヤツじゃないの?」
「だな」

呆然とした小蒔の呟きに、同じく呆然としたまま返す。
醍醐は、硬直していた。

「しかも、いつの間に名前で呼んでたの!?」

やっとパニックになった小蒔が、醍醐の襟首を掴んで、ガクガク揺する。
それでも醍醐は、固まったままだった。
名前を呼び捨てで呼んでいる。それに美里が今躊躇ったのは、『こんなところ』だからだ。じゃあ、人目のないところでは?

「ていうか、あいつらの雰囲気……もうヤっちゃってねェか?」
「そ……そうかも」

如月の乗り気でない様子が思い出される。
あいつ、知ってやがったな。なのに、言わなかったのは、面白がっていたのか、商売の為か。


しかし、新宿での熱烈なキスシーンは、周りの連中の反感を喰らったらしい。
みるからにレトロな『不良』たちが、彼らに因縁をつける。


ひーちゃんには、助太刀なんていらねェだろうが、美里が危険なので間に入る。
しかし、喧嘩というレベルにもなりゃしねェ。もう普通の連中相手じゃ……つまんねェな。


「みんな、どうしてここに?」
「その、なんだ、これからラーメン屋にな」
「そ……そうそうッ!」

美里の当然の疑問に、醍醐と小蒔がどもりながら答える。
疑いの目でみる美里と、既に笑ってるひーちゃん。

「ずいぶんと、遠回りな道だね」
「わりィ、けど悪気があったわけじゃねェんだぜ」

やっぱり気付いていたか。
でも、本当に悪気は無かったんだ。ただ、くっつけてやろうと……とっくにデキてたわけだが。


翌朝、目が覚めたら集合時間の三十分前だった。

あ?
って、即出なきゃ間に合わねェ。

ガタガタ仕度をしていると、母親が起きてきた。

「どうしたの、こんな早くに起きて」

今日から、修学旅行だと怒鳴ると、目を丸くしていた。本気で知らなかったらしい。


ひたすら全力で走る。
障害物を氣で吹き飛ばしたい衝動を抑えながら、走りつづける。

ホームの階段の下まで行ったときに、発車ベルが聞こえた。

「うおォォォォォォッ!!」




間に合ったが、疲れきって電車の中で何もする気にならねェ。ずっと寝てた。


車中の記憶なんざ欠片もねェ。気付いたら京都で、我に返ったら解散宣言がされていた。
寺になど、興味がないので、ひーちゃんと美里の希望に従い、仁和寺の方へ来た。

「他にも仁和寺には、御室の桜という有名な桜があるのよ。春に来たらとても綺麗でしょうね」
「綺麗だよ、シックな寺の色彩と、淡いピンクが凄くね」
「あ、龍麻は、2度目だったわね……顔色が少し悪いわ、大丈夫?」
「平気だよ」

のどかに寺について語り合うふたりを高校生とは思えんと、半ば感心しながら眺めていたが、ひーちゃんを、美里が気遣ったのが気になった。
今更気付いたが、確かに、ひーちゃんの顔色が少し白い。
……寝不足か?


気にはなったんだが、小蒔の叫びに、気を取られてしまった。

「あ、犬神センセー!!」

ぐぇ――と小さく呟いてしまった。
何で旅先でまで、コイツと会うんだよ。

揉め事とかを起こすな、そう注意されると、小蒔が口を滑らした。
おいおい、余計なことを。

『もう大丈夫。全部終わったんだから』

それを聞いた犬神は、馬鹿にしたように小さく笑い、首を傾げた。

「ふ……。全部終わった……か。そう思うか、緋勇?」

訳知り顔の犬神に、ひーちゃんは、たっぷり黙ってから答えた。
声が暗い……。

「だと良いのですがね」

『陽と陰の闘いに、終わりはない』

九角の最期の言葉を思い出した。あれだけやって、……なんにも終わってねェのか?
大体犬神も、何者なんだ? 今さら敵とも思えねェが、得体が知れなさすぎだ。


てくてくてくてく。

延々と、山道を歩いていた。

宿まではまだ相当あるとの話なので、途中、峠の茶屋に寄ったりもした。

心あらずといった風のひーちゃんの様子が気になる。注意を散らさない普段が嘘のように、集中できていない。食欲も無いのか、団子を小蒔にやっていた。

それから、更に歩いていたが、ひーちゃんは頭を抑えたりしていて、具合が相当悪そうだった。


そんな時、ふいに視界が開けた。

小蒔がわぁ――と、歓声をあげ、辛そうだったひーちゃんの瞳がわずかに和む。

見下ろす先は紅葉だらけ、山の谷間に夕日が沈み、夕刻を示す鐘が鳴り響く。これが荘厳ってやつか……完璧なまでの景色だった。


しばらくそこで沈む夕日を眺めていたが、またテクテクと歩き出す。
宿の近くまできたところで、醍醐が倒れている人影に気付いた。


近所の村に住むという婆さんは、もう平気だと言い張った。だが、発作を起こした直後の人間を放っておくことはできないので、皆で送っていく。

途中で、このへんの開発に関する話を聞いた。
よくある自然重視と開発派の争いの話――だが、開発会社の邪魔をする、天狗の面を被った奴――てのが、気になるな。
――面か。




風呂から消灯までは自由時間。
醍醐が土産物を見に行くかとか言ってるが、冗談じゃねェ。
修学旅行には、もっと大事なイベントがあるじゃねェか。

「一緒に桃源郷を覗きに行こうぜェ〜ッ!」

醍醐は予想通り来なかったが、ひーちゃんがついてきたのは意外だった。
が、このレーダが居れば頼もしい。そう思っていたのに、犬神にあっさりと見つかる。何でだよ、体調悪くて、レーダが働いてねェのか?




くそー、何でこうなるんだよ!
もう女湯とかの話じゃねェ。俺と犬神の勝負だ。引き下がれるものか!!

続行を宣言すると、ひーちゃんは、もういいと去ってしまった。くそー、負け犬め。

やってやるさ。独りでも!!


ボイラー室の立ち入り禁止の札に緊張する。周囲のタイミングを見計い、中に入る。
思ったとおり、風呂場とつながった小窓がある。だが……二つ。

いや、悩む必要もねェ。声の聞こえる方を覗けばいい。




……なんで、女の声が聞こえた方が男風呂なんだよ。
風呂場で反響して変に聞こえたらしく、覗いた方は、男風呂だった。

わざわざ覗きに行って、すね毛だのナニだのを拝んでしまったので、やる気は失せきった。
ふらふらとロビーへ向かうと、ひーちゃんの後姿が見えた。

声をかけようと近寄ると、話の内容が聞こえてきた。

「んーん。いーよ。ある意味嬉しいし。ミサちゃんの術に抵抗するなんて、容易じゃないだろう」
「ええ。みんなきっと嫌だったのよ〜、ひーちゃん独りに背負わせるのは〜」
「ありがと」


お互い、忘れたつもりでいれば良いのか。
顔を上げたひーちゃんと目が合ったので、さも今来たかのように軽く言った。

「よお、負け犬くん」



やってきたアン子に、覗いていたことがばれた。
といっても、女湯は見てねェんだが。男の裸を見てしまったショックで小さく叫んだのが、かすかに聞こえていたらしい。

「何を話していたの?」

そこに風呂上りの小蒔たちまでやってくる。
まずい。あの時間帯にボイラー室に居たなんてばれたら、小蒔に射られて、ハリネズミになっちまう。

見たのは男湯だなんて言い分は、おそらく通用しねェし、そもそも言いたくねェ。

「どうしようかなァ〜。ねェ、龍麻。話してもいいかなァ〜」
「どうぞ」

アン子の言葉に、ひーちゃんがあっさり頷く。てめェ、自分が関係ないからって……。


一応、場は収まったが、何か言いたそうなアン子の笑みが恐ろしい。
アン子の興味がそれたのは、小蒔の聞いてきた『面白い話』が原因だったのだが、聞くにつれて失望の色が表れる。

アン子は、『天狗伝説』は、山岳ならばどこにでもある話――そう断言した。
だが、小蒔は、どうにも気になるようだ。この辺は、『面』への関心の差なんだろう。

「ねぇ、やっぱり天狗の正体を確かめに行こうよ」

確かに、あまりに話が新しいこともある。面は――気になるしな。




宿を抜け出し、山を歩いていると、木から落ちた天狗を見つけた。

その抜け加減から判断するに、開発反対者なんだろう。予想できた中で、――最も退屈な答えだった。
……間違っても連中は、木から落ちねェだろう。

「やる気か? ……いいぜ来な」

懸命に凄む天狗に告げ、軽く殺気をたたきつける。
明らかに、腰が引ける天狗に、素人としてすら楽しめそうにない腕なのだと悟らされる。ちッ。


「やめて隆!!」

そう叫んだ彼女は、昼間助けた婆さんの孫で朋子ちゃんというそうだ。
開発反対の為に、彼らは天狗を騙って、行動に出ていた。工事を遅らせ、邪魔をする為に。

それを皆で手伝うことになった。



工事現場は、恵まれた自然の中で、そこだけ別の空間のように傷つけられていた。
木が滅茶苦茶に切り倒され、地盤が見えている。

隆が拳を握り締め、震えながら搾り出すようにいう。

「奴らは、俺たちが大切にしてきたものを、土足で踏みにじりやがったんだ」


小蒔は、しばらく隆を辛そうに見ていたが、決心したかのように叫んだ。

「こんな機械、全部壊しちゃえ〜ッ!!」

よし、俺たちも山を護る天狗様ってわけだ。



だが、いざ行動にうつる前に、視線を感じた。
しかも、殺気もこもっている。こんな山奥で……。
ひーちゃん、醍醐と顔を見合わせ、周囲を注意深く観察していたら、ガサガサと音をたてて、何人かの男たちが現れた。

「まったく、近頃のガキはタチが悪いな」

こいつらが、癒着しているヤクザってワケか。
はん、たかがヤクザに止められる俺たちじゃねェぜ。

「京は左二人、ゆうは右二人、さくらとあいは、二人を護ってて」

ひーちゃんの指示が、一瞬誰のことを指しているのか分からなかった。
ヤクザ相手ということで、気を使ったんだろうか。



言われたとおり、木材に区切られた場所の左の連中を倒す。醍醐は同様に右に向かった。
あとの五人はどうするのかと思ったら、ひーちゃんは中央の木材を足場として跳躍し、連中の中央に着地する。
驚愕に動きの止まった雑魚四人を一撃ずつでアッサリと倒す。

そして、焦って構えたアタマらしき男の蹴りを余裕で躱して間合いに入り、超至近距離から掌打一撃。鮮やかだ。
五人を相手に、五手で終わらせやがった。


「そんなに止めたきゃ、もっといい方法があるぜ。ここの開発会社は、ヤクザと癒着してますって広めてやんな」

男は、隆たちの熱意に打たれたのか、そう言い残して、手下を連れて去っていった。
しかし建設会社とヤクザの関わり云々よりも、一撃の間に組のバッチを取っていたひーちゃんに呆れたんだが。


隆たちは、約束してくれた。
この山をきっと護ってみせると。

へへッ……頼んだぜ。


今、俺と醍醐は並んで正座させられていた。
わざわざ違うクラスの奴まで、見物にきては笑っていきやがる。

納得いかねェ……。
くそー、俺たちは人助けしてきたんだぞ。

「大体、なんでひーちゃんは居ねェんだよ!」
「さあな。あいつも抜け出していたことは、バレているはずなんだが」

醍醐も不思議そうに首を傾げる。
そう、おかしい。同罪のはずのひーちゃんの姿は、見えなかった。
美里たちが免除になるのは、分からなくもねェけど、ひーちゃんは妙だ。

「大丈夫? 醍醐くん、蓬莱寺くん」

労わりに満ちた声音で、心配そうな顔をして、奴は現れた。
会った頃ならきっと騙されていただろう。だが……てめェ。今、心底面白がってんだろう!!

「ひーちゃん! なんでお前は平気なんだよ!?」
「だって、ボクは財布を忘れた葵と小蒔に付き合って、ガードとして出かけていたんだモン」

ボクじゃねェだろ。何がモンだよ。
あまりにむかついて、思わず怒鳴りつけていた。

ひーちゃんの雰囲気が、急に変わった。
スッと、目が細められる。笑ったまま、一気に凄みが出る。笑顔の質が、変わる。


「覗きの罰だよ」

今頃それがくるかよ!?
とっくに許されてるもんだと思ってたぞ。

「まあまあ、ふたりの分のお土産は買っといてあげるよ」

なんだイイ所、あんじゃねェーか

「京一は、新撰組ちょうちん、醍醐は嵐山のペナント辺りな。もちろん金は君らのだ。ああ、財布ならココに」

確かに持っていたはずの財布がねェ……。
一瞬でもこいつをイイ奴だと思った、自分の迂闊さが憎い。


「鬼か、てめェは……んぎゃあ」

痺れた足を踏んでいきやがった。本気で痛ェ。

「頑張って〜」

それから、高見沢のマネで去っていった。……アイツの性格が掴めねェ。

「これも……龍麻が本心を見せて……くれるようになったということで、良かった……のか?」

妙な話し方だと思って横を向くと、醍醐の目には、涙が溜まっていた。
……体がデカイぶん、余計に痛かったんだろう。哀れな。

「まあ、良かった……んだろうな。前のあいつは演技だったってことなんだろうし」

何もかも隠し通す優等生ではなくなった。
心を開いてはくれたんだろう、本心を見せてくれるようになった。闘いが終わったからだろうか。

だが、周囲の奴にとっては、どっちが良いかわからねェ。
というか、前の方が良かった気も、少しするな。いや――かなりか。

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