TOPへ

―― 東京魔人学園剣風帖 第拾五話 ――

「緋勇くん、緋勇くん」

放課後、少しボーっとしていたら、同級生に声をかけられた。

犬神先生が探してたって?
建設会社のことでございましょうか?

「ヒマなら職員室に行ってみた方がいいかもね」

彼女は悪戯っぽく笑い、教室から出て行った。


どうしようか。
すぐの説教 or 後で会ったときにチクチクの嫌味。強いて言うなら……説教の方が、少〜しだけマシかな。

幸いというか、今日は皆、それぞれ部活等で居ないんで、ひとりで叱られてくるか。

「よォ、お前がひとりとは珍しいな……と、そうか、今日は部会の日だったか」

犬神先生が、不機嫌そうに待っていた。だが、いつもの事なので、気にしない。
それにしても白々しいことだ。皆がいないからこそ、呼んだのだろうに。

「ええ、皆は色々と。知ってて呼んだのではなかったのですか」
「いいや、それにしても色々と首をつっこんでいるようだが、少しは勉強をしているのか?」

ふ……勉強?成績の心配など、小学生のときからされたことがないぞ。

「それはご冗談ですか?」
「まあ、お前には心配するだけ無駄か。数学の先生が嘆いていたぞ。お前が化学系だと聞いて」

せっかく雑談してくださるのに申し訳ないが、尋ねてみる。
彼らのその後は、それなりに気になっていたから。

「化学が好きなんですよ。で、本日は、進路相談をして頂けるのですか?」



地雷だったか、目が光った。やはり今の話は、ただの前振りだったようだ。
生徒の前だというのに、灰皿を引き寄せて、煙草に火を点ける。

「ふ……。修学旅行で泊まった山の辺りの話だが、暴力団との癒着が発覚したレジャー会社が撤退したそうだ」
「ほぅ……。美しい自然が、ひとつ護られたのですね」

朋子さんたち、成功したんだな。それは良かった。
弄うようにじっと目を覗き込んでくる先生とは、根性で目を合わさずに、こちらも白々しく応じた。

「お前ら、この件にも首をつっこんでいたんじゃないのか」
「何のお話ですか。侮辱です、弁護士を呼んでください」

視線を更にそらしながら答えると、電話に手をかけやがった。
見えるように1を二回プッシュして、こっちをジッと見てくる。


「建設会社の方が雇ったヤクザ屋さんたちを、少々畳みました。
別に、もっと簡単に計画を潰すことも可能でしたがね、皆がやる気になってしまったので」

救急車を呼んでくれるのではなさそうなので、諦めてあのときの概要を話した。

「なるほど。業者の開発現場に入り込んで、ヤクザ相手に大暴れか。結果が良い方向に転がったとはいえ、無責任な行動だな」
「正直そう思います。でも救われた人間もいたようですけどね」

先生は、少し考えて、電話から手を離し、何か荷物を持ってきた。

「まあな。お前らに届いたものがある。ほらよ」

生八ツ橋を貰った。さすが京都。
……俺、モチモチ系食えないのに。御干菓子の方が良かったな。
郵送なんだし、その方が楽だったろうに。

まあ、頂いたものに、心の中とは言え、あんまり文句つけるのもアレだな。あとで、欠食児童’Sにあげるか。


話は終わったとばかりに、職員室から出て行こうとした先生は、一言だけ残していった。

「あまり調子に乗って足元をすくわれんようにな」
「俺が……ですか?」

さっきから新鮮な怒られかたをするな。
調子に乗った事って、生まれてからは一度も無いんだが。

「平気だとは思うが、じゃあな」
「あッ」

出際に、丁度中に入ってこようとしたマリア先生とぶつかったようだ。

「おっと、すみません」
「イエ……」

いつもながら心凍る風景だ。頼むからもう少し友好的にしてくれ。同種なんだろうに。
割と冷ための視線で、犬神先生の背を追っていたマリア先生は、ようやく俺の存在に気付いたようで、表情が和らぐ。

「アラ、龍麻くん。どうしたの?」
「犬神先生に、進路指導をして頂いてました」

にっこりと微笑んで素直に答える。……何しろ今日のマリア先生、マジ空気が怖いので。
満月だからか?

「アラ、ワタシに会いに来てくれたのかと思ったわ」
「実はそちらがメインです」
「フフフ、ありがとう。ケド、残念なことに、これから出掛けるの」

私用で満月にお出かけですか。明日は、貧血の人が多そうだな。


なんだかどっと疲れながら教室へ戻り、戸を開けると、いつもの四人が揃っていた。
どうやら、部会も終わって待っていてくれたらしい。

「あー、ひーちゃん、良かった。まだ帰ってなかったんだ」
「言ったろー、ひーちゃんはそんなヤツじゃねェって」
「調子のいい奴だな、お前は」

ほう、つまりは

「逆のことを言ってたと?」
「いやいや、んなことねェぞ」
「うふふ、それじゃあ、みんな揃った事だし」


さて行こうか的な雰囲気になった。
だがちょっと待ってくれ。今を逃したら、俺はこの八つ橋を鞄の中で発酵させる。確実にそんな未来が想像できる。

「あ、ちょっと待って」
「どうしたの?龍麻」

もそもそと、先程の郵便物を取り出す。
説明は普通にすればいいか。

「犬神先生に渡されたんだ、コレ。隆さんと朋子さんから。開発が中止になったお礼だってさ」

小蒔の顔が、本気で輝いた。
本当に菓子全般好きだな。失礼かもしれんが……嫌いな食べ物ってあるんだろうか。

「八つ橋だぁー、わーい。ってひーちゃんはいいの?」
「俺、モチモチ系苦手だから、皆で分けて」

みんな幸せそうな顔で、はむはむ食べてる。
なんか小動物って感じだ。

「ところで、何かあるのか」
「そっか、ひーちゃんは知らないんだよね」

さっき何か言いかけた葵に向かって聞いたら、小蒔から返ってきた。
彼女は満面の笑みを浮かべて、楽しそうに続ける。

「えへへッ、今日は花園神社で年に一度の縁日があるんだッ」

あー、好きそうだもんな。そーいうの。



皆で縁日へと行くことになり、一緒に帰っているところで、突然京一が硬直した。
察知が早いな。俺は、今やっと気付いたよ。

「うふふふふ〜、みんな〜、今帰りなの〜」
「くそッ、今日は会わずにすんだと思ったのに」

無茶苦茶悔しそうに、京一が呟いた。もういい加減に慣れろよ。


ミサちゃんも、縁日に誘ったんだが、何でも彼女が神社に行くと、恐ろしいことが起きるから、行けないんだそうだ。どんなになるんだか興味があるな。
まあ、どちらにしろ今日は元々用があって行けないそうだが。

「あたしがどこに行くのか〜、ひーちゃんは興味ある〜」
「そりゃ勿論」
「うふふふふふふふふふふ〜、それじゃあ連れてッちゃおうかな〜」

それも楽しそうだな。次元が同じかどうかも怪しそうで。
と思っていたら、京一に物好きだと怒られた。だって、楽しそうだと思わんか?

「うふふ〜、でも〜、それより、目の前の凶刃に気を付けたほうがいいかもね〜」

含み笑いでの不吉な言葉。

「凶刃?」
「またかよ……。今度は、いったい何だってんだよ」

割と普通に訊き返す葵と京一。
なんつーか、みんな、もう慣れてきたな。厄介事に。

「うふふ〜、天の宿星が教えてくれた〜」

ミサちゃんは、嬉しそうに笑いながら、宣託を続けた。


『竹花咲き乱れる秋の宵、相見える龍と鬼〜。いずれもその死をもってしか〜、宿星の輪廻より解き放たれざる者なれば〜』


ガッと、なにかがぶつかる音がした。

「いってーーッ!ひーちゃん、何すんだよ!」

京一の悲鳴とも怒声ともつかない声が聞こえる。
……俺が、カバンを京一の足に落とした音だった。なんか、意識が遠い。

「……ごめん」
「おい、ひーちゃん?いや、大して痛くねェから……気にすんなよ」

心配そうな京一の表情すらも、あまり入ってこない。
それは……どう考えても、アイツのことだよな。



「ミサちゃん、用事ってのが終わったら来てくれないかな。神社の前まででいいから」
「ええ〜、いいわよ〜。あ、そろそろ行かなくちゃ〜。じゃあね〜」

嫌な事態を想像し、彼女に頼んでおく。
当たって欲しくはないが……。


「そろそろ行こうぜ」
「あ、私たちちょっと」

京一の言葉に、葵が少し困った表情になって口篭もった。

「そうそう、ボクたち家庭科室に用があるんだ」

フォローするように、小蒔が引き継ぐ。
家庭科室だァ?と、不思議そうに言う京一に、曖昧に笑って、彼女らは行ってしまった。……先に行っててと言われても、俺は行き方を知らんのだが。

「しゃあねェ、一足先に行くとすっか」
「そうだね」

俺は後を付いていくしかないし。
醍醐は、なにか考え込んでいるらしく、反応しなかった。

「おいッ、醍醐。どうかしたのかよ?」
「あ……、あァ、何でもない。よし、じゃあ行くか」

彼はそう答えたが、また真顔に戻って、小さく呟いていた。信じたくないように、独り言のように。

「竹に龍に、鬼……。まさかな」

いや、残念なことに。多分その想像は、あっているよ。


「ッたく、おせェな」
「まァ、落ち着け」

葵たちがなかなか現れず、京一がイライラしてきた。
基本的に待つのが嫌いなんだろうな。

「ちょっとくらい先にのぞかねェか、なッ」
「少しくらい待ってやれよ。ま、どうしても行きたいなら行って来なさい。小蒔に告げ口するけどな」

段々もの欲しそうに中を覗き込んだりして、こっちに許可を求めてきたので、適当に答える。
俺に許可を取ったって仕方ないだろう。

「ちェッー、せっかく浴衣のネェちゃんたちを鑑賞しようと思ってたのによ」

その後も、ひーちゃんには美里が居るけどよーとか、なんかブチュブチュ言ってたけど爽やかにムシです。


「おッ?おッ!?」

うるさいので放っておいたら、大声で騒ぎ出した。……相当に騒がしい。
呆れながらそちらに目を向け、なるほど騒ぐわけだと納得した。そちらには、相変わらずにスタイルのいいエリさんが居た。

「あらーーッ」

気付いたエリさんが、手を振りながら早足で寄ってきた。少し残念なことに、スーツのままだが。

仕事ですかとの醍醐の問いに、彼女は含み笑いで答える。なんかあるようだ。

「あら、私にもプライベートはあるわよ。今日は友達とのんびりってね」
「エリちゃんとお友達のおネェ様かァ……俺もお供したいぜ」

実感のこもった京一の呟きに、彼女はコロコロと笑い出した。一緒に来るかとも聞いてくれた。

「一緒に行きたいのは山々ですが、あのふたりを待ってるんですよ」
「そう……ちょっと残念だけど、そのうちまた会いましょう」

こちらとしても、相当残念。だが、小蒔たちを置いていったりしたら、針ねずみになってしまう。それはきっと痛い。


更に少し経ってから、小蒔の元気な声が聞こえてきた。

「お待たせーー」
「小蒔、わざわざ着替えてきたのか?……美里は?」

京一が呆れた顔を見せてから、訝しんだ。確かにそこに居るのは小蒔だけ。
にっこりと笑い、彼女は角の方に手招きをする。

「えッへへ〜、ほら、葵」

おずおずとした様子で、葵が出てきた。ああなるほど。だから時間かかったんだな。
小蒔は、普通に私服姿だったが、葵は浴衣だった。

「あの、私の着替えの為に待たせてしまって、ごめんなさい」
「大丈夫だよ、そんなに感じなかったし」

うるさかったのは京一だけ。実際、そんなに時間は経ってない。
ところで、小蒔が浴衣じゃないのは、食べ歩きに向かないからだそうだ。清々しいよな。

ま、わざわざ着替えるくらいだから、相当気合い入ってるんだろう。
彼女は、目を輝かせて宣言した。

「それじゃ縁日へ、レッツゴーーーッ!!」



中に入ると、それぞれが目に付いた所に行きたがった。
別に時間はあるのだから、全部行けばいいと思うんで、順番に巡ることにする。


最初は焼きそばの屋台に向かった。

「ボク、どうしよっかな……」

小蒔が、欲しそうに覗きこんで悩んでいる。意外だ。彼女なら、絶対に買うと思ったのに。
と思ってから、ふと気付いた。

彼女、兄弟の多さから考えると、あまりお小遣い多くないのでは……と。
運動系の部活をしているから、バイトもしていないようだし。今って、金相当あるんだよな。


「おごるよ」
「ウソッ!!ホントにいいの?」

すっごく嬉しそうに喜ばれた。
気にしないでくれ、皆で稼いだお金だ。それを俺が搾取してるだけ。
といっても、手に入れた金は、基本的には貯金しているんだけどな。武器とか護符とかも、俺が皆の分を買ってるんだから。

もぎゅもぎゅふぎゅふぎゅと、理解の出来ない言語が聞こえてくる。
小蒔と京一が、口一杯に焼きそばを含みながら話していた。よく互いの言葉がわかるものだ。俺には無理。
それにしても、そこまで一気に食うほどに、美味いもんなんだろうか。ま、幸せそうなので良いけど。


「まったく、品がないったらありゃしない」

呆れたような声が背後から聞こえた。アン子ちゃんか?

振り向いた先に居たのは、やはり彼女。PTAの広報用の写真を撮りに来たそうだ。そういうまともな新聞部らしい活動もしてるんだな。驚いた。

マル秘情報があるとのことなので、焼きそば代償に教えてもらった。
って、マリア先生が浴衣で来てるらしいってだけのことだが。まあそれもその種の人たちには、大切な情報なのだろう。

ああ、でもそういうことか。エリさんの友達と約束。マリア先生の私用。
どんな接点だかは知らないが、知り合いなのだろう。京一が、『エリちゃんとお友達のおネェ様』と言ったときの笑いは、随分と楽しそうだったから。

ふたり並んでいたら、年上の美人好きの京一は、さぞかし喜びそうだ。

アン子ちゃんは、マリア先生の浴衣姿を撮るんだと張り切って、去っていった。カモフラージュ用に、キグルミまで用意している辺りを少し尊敬した。



そんなこんなで、あちこちに引っ張りまわされた。
りんご飴を食いに行っては、目を輝かせて飴を珍しがる葵におごってみて、くじ引きをやろうとしては、皆に真剣に励まされた。
結果、指輪を当てたので、軽い気持ちで葵にあげたら、感動していて逆に焦った。少し大きくて、葵の指では、中指になってしまうようなものなのに。申し訳ない。
クリスマスにでも、もっとちゃんとしたモノをあげた方がいいかもしれない。



「葵オネエチャン、オニイチャン!!」
「マリィ!」

呼ばれた声に振り返ると、浴衣を着たマリィに遭遇した。
金髪に浴衣って、結構映えるな。ロリの気はないが、素直にかわいいと思った。

『友達』と楽しそうに、縁日へ遊びに来るあの子は、もう既に普通の子かもしれない。
明るく去っていく彼女に、少し安心した。



「じゃあ、ボクたちもくじ引きに行こッ!」

なんでも、神社つながりで、雛乃さんが手伝いに来ているらしい。
小走りになっている小蒔の背を追っていくと、一際目立つ巫女装束の人が居た。いっちゃなんだが、周囲のいかにもアルバイトなねえちゃん方とは、一線を画している。

「まぁ、皆様!!お待ちしておりましたわ」

相変わらずに、丁寧な人だ。
微笑を絶やさない。この人も、結構色々と大変な気がする。

全員で引いてみた結果は、少し笑えた。俺・大吉、小蒔・中吉、葵と醍醐・吉。なんか、みんなそれっぽいよな。

そして、京一 ―― 大凶。
……本当に、あるんだな。

「けッ、冗談じゃねェ、俺は占いの類は信じてねェんだ!」

半ば絶叫する京一。じゃあ、やるな。
くすくすと笑いながら、それでも雛乃さんは警告した。

「ですが蓬莱寺様、神社で起こることには、必ず何らかの啓示が含まれているものです。念のため、用心なさってください」

ああ、ミサちゃんの予言。……ふぅ、忘れてたよ。忘れていたかったよ。



かなり凹みながら帰ろうとすると、明るいというかなんというか……コメントに困る曲が聞こえてきた。
強いて言うならば、戦隊モノか?

「そういえば、ヒーローショーがあるって、弟が言ってたよ」

おいおい、神社でか?

さりげなく行きたそうな小蒔の目に気付いたし、それに、……帰りたくない。
ミサちゃんなら、俺たちが出てく時間に合わせて現れてくれそうなので、見ていこうか。

「見てってみる?」



子供が大量に集まっているので、場所はすぐに分かった。
もう、クライマックスらしく、凄まじい歓声。が、主役三人を見て、少し凍りついてしまったよ。

三人組は普通。ひとりが女性なのも、まあ許容範囲。三人だと、普通は全員男な気もするけど。問題は、彼らが構えた武器。

ふーん、スポーツがモチーフ。それにしてもサッカー、野球、新体操とは……斬新な発想ですね。


「コスモレンジャー!!」
「今、必殺の」

どうやらキメシーンらしい。三人がポーズをとり叫ぶ。
そのとき、確かに感じた。龍脈の反応を。
それだけではない。彼らの周辺を、効果の如く光が取り巻く。

「何だ、この光」
「演出じゃ……ないよね、この感じ」

皆の視線が、俺に集まる。
まあ、演出でこんな凝ったことは出来ないだろう。

「多分氣だ。まだ、無意識に使っているだけのようだが」



小蒔の提案で、さっきの連中と話してみることになった。
ショーが終わって片付けをしている彼らの所へ行き、声を掛けた。



えっと……結論から言うと、話が通じなかった。
俺たちをファンだとカンチガイするわ、葵を『れっど』と『ぶらっく』で取り合うわ、その発展で、どっちがリーダーか喧嘩するわ……。

頭痛くなってきたが、それでも責任感の強い醍醐が話を進める。

「君たちは何者なんだ」

その訊き方は、ある意味間違っていた。……ヒーローに名乗りをあげさせちゃいけない。長いから。
彼らは、ひとりづつポーズをとって名乗ってくれた。

「大宇宙高校3年 紅井 猛ッ!俺ッちが、勇気と正義の使者!コスモレッド!!」
「同じく3年 黒崎 隼人だ。そして友情と正義の使者、コスモブラック!」
「同じく3年 本郷 桃香よッ!愛と正義の使者、コスモピンク!!」


ごめんなさい、俺が悪かったです。君らエクスクラメションマークの使用率高すぎ。
どうでもいいが、この名乗り順なら、やはりレッドがリーダーなんじゃないのか。それにブラックは普通はリーダーじゃなかろう。

と、せめて思考を逸らし、目を合わせないようにしていた。
だが、彼らは、ドンドン盛り上がっていった。誰か止めてくれ。

黒崎と名乗った一見クールな眼鏡の青年が、フッと笑って問うてきた。

「コスモレンジャーに入隊したいのか?」

助けてください。イエス言いたくないです。

この俺が、最も恐れるもの――『努力』・『熱血』・『勇気』。その系統を全て満たしている彼らも、仲間にするのか……?

だが、どーしても、俺はコンプリートに弱い。
ゲームでも、仲間からアイテム・技・魔法に至るまで、揃えないと気が済まない。ここで、否定を返したら、彼らは仲間にならないんだろう……。
決心して、プライドをふんずけて、友好的に微笑む。

「ああ」

この間、わずか一秒。頑張ったぞ俺。偉いぞ俺。でも、本当にこれでいいのか俺。

もう、その後は魂を売ったと同然なんで、簡単だ。
理想の崇高さがどうとか、彼らの問いには、全部友好的に答えたさ。フフフ、さようなら。今までの俺。

しかし、彼らと話していたら、偽悪的なところがある京一がピキピキしてきたので、一旦退出する。
彼らは偽善ではなくて、マジモンなんだろうが、見ていると辛いのも分かるし。


で、葵たちは着替えてくるそうなので外で待っていた。
そこに、浴衣姿の美女が近寄ってくる。

「マリアせんせ!!」
「こんばんは、三人とも」

友達――多分エリさん――は、用事が入ったので先に帰ったそうだ。
アン子ちゃん、写真撮れてるといいね。



「ごめんなさい、待たせて」
「さ、あったかいラーメン、食べにいこッ」

葵たちが戻ってくるのとほぼ同時に、スッと誰かが現れる。

「うふふふふ〜、神社の空気て興味深いわ〜」
「「ぎゃあぁぁぁーーッ!!」」

醍醐と京一が悲鳴をあげる。
大げさだな、俺が頼んでおいたのに。

「ありがと、ミサちゃん。用事のほうは上手くいった」
「もうバッチリ〜」

具体的にどんなことがあったのか、是非聞いてみたいんだが、醍醐が涙目なので止めておいた。ごめんな。


そんな経緯で、六人で歩いていると、とある路地裏で不自然な程の静寂に包まれた。一段階以上薄暗くなっている。

「あれェ、この道って、こんな静かだったけ」

小蒔、ナイスぼけ。
んなわけないだろう。全くの無音だよ。都会に在りえない。こんな静寂は。

「ミサちゃん」
「ええ〜、スッポリ包まれているわ〜」


へへへ、ヒヒヒと典型的な下っ端系の笑いを浮かべながら、何人かの若い男が現れる。
そいつらは、あの禍々しい氣を発しながら、―――変生した。

「こんなこと……」

葵が哀しそうに呟く。対してこちらは気分が荒む。
ああ面倒だ。だから帰るのが、嫌だったんだ。だが、愚痴ってても仕方ない。勝手に消えてはくれないのだから。
こちらの人数に対し、敵の数が多いから、布陣を組もうとした。


「ちょおッと待ったァッ!」

今日は厄日か?
振り返るまでもない、正義にあふれた皆様が助けに来てくれたらしい。彼らも一応力持つ者だから、人払いの結界が効かないんだろう。

「いいか、てめェら!!邪魔だけはすんじゃねェぞッ!!」

正直、俺もその感想を持ったよ。
仲間にするにしても、もう少し異形に慣れさせたかった。

「キャアアアッ!な、何よコイツらッ!」

悲鳴が聞こえるし……。
仕方ないことだけどさ。今までの人たちは、割と平気だったのにな。

「君らは後方で、か弱き女性たちを護ってくれ」
「あ……。ああ!」
「お、おう!任せろ」

言い換えるだけで角が立たないのう。
要は、引っ込んでろってことなんだけどね。ま、話は、そのうち旧校舎で、弱い敵で馴らしてからだな。


鬼自体は、そんなに辛い強さでもなかった。というか、彼らさえいなければ、六人でも問題はなかった筈。

彼ら自身はやる気はあるし、性格はいいんだろうな。
わざと瀕死の奴を一匹彼らのほうに逃したら、引きつりながらも必死で倒してくれたし。


ちなみに彼らは、『人知れず悪と闘う』俺たちに感銘して、協力してくれるそうだ。
儲けた、一挙に三人か。


で、鬼の一匹が、消える直前に思わせぶりなことを口にした。

我、竹林に───待つ


ふん……。

危険すぎるので、コスモの皆さんには帰っていただいた。
六人だけで向かう。あれが待っているであろう竹林――龍山先生の住居へ。



そこには、やはり巨大な鬼が待っていた。

「九角……さん」

ぐらりとよろけながら呟いた葵を、ソレはしばらく凝視して、そして笑った。

「女……旨そうだな」

鳥肌が立った。

信じられないほどの怒りで。
この眼は本気でそう思っている。演技なんかじゃない。


『鬼になんぞ、最後までならん。この美貌が崩れちまう』
『なにが美貌だ、このざんばら髪』

そういう会話を交わした事がある――天戒とだが。
冗談めかしていたが、こいつは本気で鬼となる事を厭っていた。

美醜の問題などではなく、飢えと妄執と憎しみと――そういった本能だけの存在に堕ちることを、彼は恐れていた。数多くの堕ちた人間を間近で見たからこそ、誰よりも怖れていた。


それなのに、死してなお、鬼として蘇るだと。
絶対にこいつの意志ではない。


許さない。
自分の意志以外で、このプライドの高い奴が行動を決められるなんて。

この御膳立てをした奴――、後悔させてやる。
そう決意したとき、制服のすそを引かれた。



「龍麻、お願い。私を九角さんの側に連れていって」

はい?葵、自殺行為って言葉の意味を知ってる?
食欲の塊となった理性をなくした鬼に、無垢の具現である自分が、どれほどに輝いて見えるか理解している?

「無茶だ」
「お願い!!……あんなあの人を見ていられない。せめて人に戻したいの」


そりゃ、俺だって、あんなのは嫌だ。
だが、本能や欲――飢えに支配されている状態に近寄ったら、攻撃されるのも構わずに極上の獲物である葵を食おうとするだろう。それさえも防ぐ攻撃力は、ちょっと持ってない。


だが、葵の真剣な眼差しは揺らがない。心底……本気か。
仕方ない。

「きゃッ、なに?」

葵を、抱きかかえる。危ないからな。

「降ろすまで、話さないように。舌噛むよ」


そして、適任者に声を掛ける。

「ミサちゃん、少しでいい、石化かなんかで、あいつの動きを止められないか」
「本当に〜少しでいいならできるけど〜、気を付けてね〜」

充分だよ。葵が正気に戻せなかったら、もうあのままだというのなら、俺がすぐにでも殺す。
だから、本当に一瞬で良い。

「ん、ありがと。ある程度近付いたら頼むよ」
「任せて〜」

彼女にしては力強い答えに、安心する。あとの皆には、援護に回ってもらおう。元より力の強い鬼、元の身体があいつで、さらには死から無理やり戻されたがゆえに、攻撃能力がとてつもないことになっている筈だ。

「京一たちは、遠間から援護を頼む。攻撃力が上がってるから、くれぐれも射程内に近付かないように」

「龍麻!」
「ひーちゃん、それこそ危険過ぎるだろうッ!!」

皆が怒った顔になるが、聞けない。今のあいつを相手に、接近戦なんて正気じゃない。
それを今から仕掛けなきゃならないことには苦笑するしかないが、あいつをあのままになんて出来ないし、それは俺と葵の我儘だから、皆は巻き込めない。

「だから、皆に援護を頼んでるんだ。守ってくれよ」



言い捨て、飛び出す。
相手は、力任せに腕を振り回すだけだが、その勢いが半端じゃない。
喰らったら、即死かも。

そう考えてから、気付いた。

念のために、葵に防御の補助掛けてもらえば良かった。なんて初歩的なミスだ。


軽いとはいえ、人間ひとりを抱えてるんで、避けながら近付いていくのは、相当苦労した。
だが、間近に入ることに成功する。

「ミサちゃん、今ッ!!」
「グゥオオォォォ」

げ、やばいッ。
ほんの一瞬だけ、指示を出すためにミサちゃんに視線を遣った。偶然だろうが、まさにその隙を突いたように、攻撃がくる。ただ苦しげに振っただけの腕が、モロに頭に当たるように迫ってきた。

「ひーちゃん、伏せてッ!!セイッ、ヤッ!!」

小蒔の声に、反射的に屈み込む。……葵を、持ったままで。

ご……50Kg弱の負荷かけて、スクワットやるもんじゃねェ。
頭のすぐ上を矢が掠めたことよりも、膝がどうなったのかが怖い。ゴキュって鳴った。

小蒔の矢は、二本とも狙い違わず、攻撃をしかけた腕に刺さったようだ。
そこに、ナイスなタイミングでミサちゃんの石化魔法が発動する。

「地獄の深遠より来たれ〜」


呪力により、鬼の動きが止まる。
表面だけだが、石化しているようだ。……既にピシピシ音がしてるけどな。

「葵、急いで」
「ええ」

降ろすと、彼女は正面から奴に抱きついた。
――もっとも、身長差から足にしがみついているようにしか見えないが。



ごめんなさい。
泣きながらそう繰り返す。

だけど、奴の目は狂ったままだった。もどかしげに葵を見ている。早く石化が解けないかと。早く喰いたいと。その紅い瞳が焦っていた。
このまま殺すしかないのか……。解けた瞬間に、……殺す。


だが、高めていた氣は無駄になった。
きっかけは簡単な一言。

「ごめんなさい、お兄様」

その言葉で、奴の瞳は急速に正気を取り戻す。血のような赤い輝きが、弱まっていく。

お兄様――確かに、藍もそう呼んでいた。
今なら、理性もあるようだ。戻れるかもしれない。今殺せば……、人間として死ねるかもしれない。


本当は自分ひとりの力でやりたかった。彼女に背負わせたくはない。
だが、浄化という点では葵の……菩薩眼の力に勝るものはない。

「葵、いくよ」
「はい、私の力、あなたに預けます」

かといって、彼女ひとりにやらせるなど論外。
この方陣ならば、彼女の担当は制御。俺の担当が力の抽出。

「「破邪顕正 黄龍菩薩陣」」



人間の姿に戻った天童が、力なく立っていた。

「九角さんッ」

駆け寄ろうとする葵を引き止めた。

「龍麻!?」

どうして?その瞳が問い掛けてきたが、黙って首を振る。
もう違うんだ。あいつは同じ世界にいていい存在じゃあ……ない。


俺たちを見て、微かに笑ってから、奴は月を見上げた。

「月――綺麗な月じゃねェか。あァ…だが、もう…よく見えやしねェ」


こいつは、月が好きだった。
闇の中、光を失わず、全てに平等に降り注ぐ月の光が。

昔、最後に飲み交わしたのは月見酒だったな。最期が、こんな場面で、こいつは満足なんだろうか。


忘れるなと、奴は言った。
闘いに終わりなどないことを。

「陰と陽のあいだに巣食う底なき欲望の渦を。そして思い出せ、前世も現世も陰と陽は同じ場所から生まれたということを」

忘れない。覚えている。
陰と陽でありながら、共に何かに動かされているような感が消えなかった。それが我慢ならなかった。

「忘れはしないさ。これを仕組んだ奴も許しはしない」

眠っていたお前を起こした奴のことを。
等々力不動で、最も厭う行為を、変生を選択したのは、紛れも無いお前の意思。死ぬわけにはいかないから選択しただけの手段。それをどうこうほざく権利を、俺は有していない。

だが、今回鬼として蘇ったことは、違う。
何者かが、何らかの目的の為に、最悪の形でお前を利用した。

「絶対に後悔させる。許さない」

天童は、それを聞いて笑った。
相変わらずだなと言わんばかりに。本当におかしそうに。

龍麻、この女を――あおいを護ってやれ。

優しく葵を見て微笑んだ。嘗て護り続けた妹のことを。獲物とした敵の女のことを。護ってやれと宿敵に任せて。
そして、声にならないほど小さく囁いた。


すまないな。

それが最期の言葉。
人の形すら失い、消えていった。



あおいを――葵を、藍を、護る。俺がそう決めてあるから。
それはお前に頼まれたからじゃない。お前は俺に何も強制していない。何の重荷も負わせていない。

だから、そんな哀しそうに、謝る必要なんてない。
少しの間でも、安らかに眠ってくれ。

戻る