「クソッ、見失ったか」
「どこに隠れやがった」
まだあの人たちは、私の事を探している。
お前は俺の女なんだから……
にやにや笑った男の、蛇のような容貌が浮かんだ。
ここ数ヶ月、ストーカーという存在に、付きまとわれだした。
一般的にいわれているように、彼の頭の中では自分は恋人らしく、度々横柄な態度で近寄ってきた。
他のファンを暴行しているらしいとの噂も聞いた。
男の子と一緒に行動すれば、少しは諦めるかと思い、仲の良い同級生に頼んでみた。ボディーガードのような事をして欲しいと。
好きだったから……今の友達以上恋人未満といった関係が動いてくれればとの考えもあった。
むしろそちらの方が大きかったかもしれない。
彼は、笑って引き受けてくれた。
フェンシング部ということもあり、優しい容貌とは裏腹に頼れる人だったし、実際に彼はとてもよくやってくれたと思う。けれど、あの男があまりにも異常だった。気にも留めなかった。
それどころか、彼――霧島くんといる時にも現れて、そして、手下にちょっかいを出させるようになった。
新宿の路地裏――助けなど望めそうもないところに、逃げてしまった自分の愚かさを後悔する。でも、もう遅い。あの男はいないものの、三人に追われていた。いくら霧島くんでも、そんなの危険過ぎる。
「私がふたりで遊びに行こうなんて言わなければ……ごめんなさい」
「君のせいじゃない。仕事や知らない誰かの為に、自分を犠牲になんかしちゃだめだ」
穏やかなのに、きっぱりと言い切って首を振る。やっぱり……、私はこの人のことが好き。
真っ直ぐで、優しくて。
「さ……行こ」
― 東京魔人学園剣風帖 第拾六話 舞園さやか ―
「ケケケッ、もう逃げられねェぜ」
「さァ、大人しく来てもらおうかァ」
とうとう囲まれてしまった。しかも、さっきよりも奥まった路地裏で。
こんな所じゃ、きっと誰も気付いてくれない……。気付いたって助けになんてきてくれない。
暗い想像に塗りつぶされそうになったとき、ぎゅっと手を握られた。暖かい……。
「君だけは、きっと守るから」
そういって霧島くんは、前に出た。
そんなのは嫌。誰にばれたって構わない。霧島くんが傷つく方がずっといやだ。
「きゃああああぁぁぁーーー、誰か助けてッ!!」
限界なほどの大声で叫ぶ。お願い、誰か来て。
せめて、誰か人を呼んで。
「てめェッ!!」
「だ、誰だよ、体面を気にするから、きっと騒がないって言った奴は」
悲鳴を聞きつけてくれたのか、何人かの走ってくる音が聞こえた。
良かった。
「くそッ、さっさと連れて……」
中央の人がそう言った時に、路地の方から学生服の人が現れた。
同じか少し上くらいの年のようだ。彼は、こんな状況に脅える事もなく、馬鹿にするように言った。
「人ん家の庭先で、ちょいとオイタが過ぎるんじゃねェか?」
「何だ、てめェは」
「怪我したくねェならとっとと失せろ」
ひとり――そう見た手下の人たちが、口々に凄む。
「てめェら――誰に向かってモノ言ってんだァ?この俺を知らねェたァ、とんだド田舎モンだぜッ」
だけど、その人は、全く意に介さない。不敵に笑い、宣言した。
「新宿、真神一のイイ男。超神速の木刀使い、蓬莱寺京一様とは、この俺のことよ!!」
何を言ってるんだか……そう呟きながら、更にひとり現れる。
手下の人たちが硬直する。無理も無い、その人は190cmくらいはありそうな、筋肉質の人だったから。
「俺は、同じく真神の醍醐雄矢だ」
その名で退いてもらえるのならば、手間がかからない――と、周囲を睥睨する大きな人の鋭い眼光に、手下の人たちが竦みあがる。
覚えてろ――そう言い捨てて彼らは逃げていった。
「何だ、もう終わっちゃったの?」
残念そうな声が聞こえて、助けてくれた男の人たちの後ろから、茶髪の女の子が顔をひょっこりと出した。もうひとり黒髪の綺麗な人もいた。皆、少し上くらいの年齢だと思う。彼らは皆、真神学園の制服を着ていた。
「お前ら怪我はないか」
はじめに来てくれた人……ほうらいじ きょういちと名乗った彼が、心配そうに言った。
本当に助かったので、礼を言う。
今、何かバキッという音が聞こえてきたけれど、何だろう。
「いやなに、俺は当然の――」
照れたように笑おうとした蓬莱寺さんは、私のことに気付いたらしく、絶句した。
「どうかしたのか?」
更にもうひとり、こちらにやってくる。背の高い、落ち着いた空気の人だった。驚くほど綺麗な人だった。
彼は、私の顔を見ても驚くでもなく、普通にしていた。
事情を話し、自己紹介を互いにした。
彼らはやはり二年上で、真神学園の三年生だった。
黒髪の美人な人が美里葵さん、茶髪の可愛い人が桜井小蒔さん、最後に現れた綺麗な人が緋勇龍麻さんと名乗った。落ち着いてから、彼らをよく見ると、顔の良さにくらくらした。ぱっと見でも綺麗な美里さんと緋勇さんは勿論、蓬莱寺さんたちも、実は相当な美形だ。
少し見とれていたら、すぐ近くに緋勇さんが来ていた。が、すぐに視線が霧島くんの方へ向く。
「怪我を……貴女じゃないな、君の方か。右手を見せて」
「え?い、いえ」
慌てて右手を隠そうとした霧島くんよりも速く、彼はさっとその手を取った。
手首を握られてしまった霧島くんは、諦めたように手を開いた。そこには一文字に刃物で切られたような傷があった。さっきの人たちから逃げる時に……ごめんなさい。
「葵、お願いできるかな」
「え?……そうね」
少しだけ躊躇し、頷いた美里さんが、手をかざす。柔らかな光が溢れ、霧島くんの腕の傷が、塞がっていった。
え?これって……
私たちの物問いたげな目に気付いたのか、緋勇さんは、少し考え込んだ。
「これから、みんなでラーメン食べに行くんだけど、よかったら霧島クンとさやかちゃんもどう?」
「そうですね、どうです?お互い訊きたいこともあるでしょうし」
取り成すように発言した桜井さんに、緋勇さんがそう付け加える。
「ところで、辛気臭いお話は、ごはん食べてからにしましょうね」
皆さんが連れていってくださったラーメン屋さんの入り口で、緋勇さんがそう言った。
心遣いの細やかな人だなと、感心してしまう。
店主らしいおじさんにサインを頼まれたのだけれど、こういうことがある度に不思議に思う。飲食店の方って常に色紙を用意してるのかしら……。
今まで食べた中で一番美味しいと、思いながらラーメンを食べていると、蓬莱寺さんに凝視されている事に気付いた。彼は、呆然としたように呟いていた。
「さ、さやかちゃんが…、本物の舞園さやか――、ラーメン食ってる」
「そんなに意外ですか?」
少し哀しくて訊ねてみた。そういう言い方を、一番されたくなかった。
何かをするたびに、アイドルがどうこう言われて、ずっと嫌だった。
「いや、別に。彼女だって普通の人なんだし」
だから、『ねッ』と言うように、そう私に笑いかけてくれた緋勇さんに涙が出るかと思った。
「妖精のようなアイドルがラーメン食ってるのに、何も感じないなんて、さてはお前、不感症だな」
「そんなこと無いわ」
冗談めかした蓬莱寺さんの言葉に、美里さんがポツリと返した。
多分、無意識だったんだと思う。……本人は。
だけど、全員が確かに聞いてしまった。
緋勇さんがテーブルに頭をぶつけ、醍醐さんが吹き出し、蓬莱寺さんがむせた。
桜井さんは真っ赤になっていた。多分美里さんと緋勇さんは恋人なのだとは思ったけど、そこまで……なんだ。
皆がなんとなく困った末に、話を逸らす。
蓬莱寺さんは、私の大ファンだと言ってくれた。その言葉に霧島くんが目を輝かせて、緋勇さんに尋ねる。
「あの、緋勇さんもさやかちゃんのファンなんですか?」
「ええ、だって、天使の歌声に惹かれない者は少ないでしょう?」
彼はくすりと微笑みながら答える。私にも笑いかけてくれた。
なんでそんなに優しく笑えるのだろう。
ラーメン屋を出て、しばらく霧島くんと蓬莱寺さんの押し問答になっていた。
霧島くんが、こういう強くってきっぱりとした人に憧れていたのは、よく知っていたから微笑ましく見てしまう。皆さんも、笑いながら口を出していた。蓬莱寺さんは、こうやって、からかわれつつ愛される存在なんだろう。
諸羽って呼んで下さい――そう霧島くんに詰め寄られた蓬莱寺さんは、少し困った後、話題を逸らした。但し、本題ともいえる核心へと。
「中野の帯脇ってのは、お前らの知り合いなのか?」
本当は、知り合いと答えるのも嫌だった。
関係といったら、恋人気取りのストーカーとしか答え様が無い。あの人にはじめて会ってしまったのは、いつ頃だったのだろう。
「おかしな力を持った奴じゃなきゃいいんだが」
蓬莱寺さんのその言葉に、何かが引っ掛かった。
そうだ、この人たちは、どうしてこんなに落ち着いているのだろう。面倒なことに巻き込まれたのに。
それに、さっきの美里さんの力のことも……。
素直に話せた。今まで、霧島くん以外には黙っていた不思議な力の事を。
今年の春頃から、私の唄が人を癒すという話を聞くようになった。噂を聞いた時点では、笑っていた。だけど、駄目元くらいの気持ちで、お母さんの傍で歌ってみた。そう酷いものではないけれど、お母さんは気管支が弱くて、たまに喘息の発作を起こしていたから。
唄は、それを癒した。小児喘息から今に至るまで、ずっと治ることのなかったお母さんは、この時期になっても、一度も発作を起こしていない。兆候すらないと話していた。
自覚してからは、色々試してみた。旋律に感情をのせる。そうすると周囲に影響を与える事ができるようだった。癒すことも……傷つけることも。
「こんな力もってるなんて、私、変でしょうか」
善だけではない。人を傷付けることもできる力。
だけど、緋勇さんは、笑って否定してくれた。
「私たちも仲間も、こういった力の持ち主が多いんです。けれど、力が無かったとしても、きっと普通に接してましたよ。実際力を持たない友人も、そうしてくれています」
何気ないことのように、力を畏れることも否定する事も必要ないと。
それから、ふと気付いたように苦笑する。
「あー、でも例外もいます。その人とか京一は、貴女の熱烈なファンだから『普通』に接するのは、ちょっと難しいでしょう」
少し声を落とし、続ける。
「あまり気を悪くしないであげて下さい。あれも悪気はないのですよ」
気付いていたんだ。さっきの蓬莱寺さんの言葉が、少し辛かった事に。
本当に細やかな人なんだと感心する。フォローを忘れないところも、それをしたことを本人には気付かせないところも。
「よォ、霧島ちゃん!!こんなトコで会うとは奇遇だな」
新宿駅まで向かう途中、もう慣れた、でも耳障りな声が聞こえた。
帯脇くん……いつものようにおかしい目で、私を見ていた。
ストーカーは、ある意味では最も強い愛情だと聞いた事もあるけれど、彼に関しては絶対に違う。
彼の感情は、視野狭窄に陥った愛などではない。ただの強すぎる欲望だと思う。自分以外の誰かが、私を見る事さえ気に食わない――そういうことだ。
彼は、散々緋勇さんたちにも毒づいていった。
緋勇さんたちが、全く動じていない事だけが救いだけれど。
「それじゃあ、僕たちはそろそろ行きます」
駅まで送って下さった彼らに、霧島くんが頭を下げる。私ももう一度、お礼を言った。
緋勇さんが、少し微笑んでから、真剣な表情へと変わり言った。
「くれぐれも気を付けて。君だけでは危険な事になったら、すぐに連絡下さい。私たちも向かうし、近場に居る仲間にも頼みますから」
「格好いいね」
歩きながら、霧島くんが、思わずという様子で呟いた。
「そんなに蓬莱寺さんに感銘したの?」
「え、ううん、京一先輩も格好良いけど、少し意味が違う。龍麻さん大人だなーと思って。……二つしか変わらないなんて信じられないよ」
ふふふ、霧島くん、もう龍麻さんって呼んでる。
「え……なんで笑ってるの?」
自覚はないみたい。
蓬莱寺さんのように許可を求めることはなく、自然に呼んでいることを。
「だって……霧島くん、もう龍麻さんって呼んでるんだもの」
「あ……ほら、皆さん名前で呼んでいたから」
言い訳するように、慌てていた。
その気持ちは、分かる気がする。憧れ――龍麻さんに抱く感情は、それが一番近いと思う。
霧島くんが、いつもの待ち合わせ場所に時間になっても来なかった。
遅れた事なんて今まで無かったのに、十分経過しても現れない。……携帯もつながらない。
不安に思いながらも、学校に向かう。そろそろ周囲の人たちが私に気付いてしまったから。
校門の前で立ちすくんでしまった。学校の空気が、おかしい。ちょうど登校時間だというのに、周囲に誰もいないし、なによりも静かすぎる。
とりあえず人のいる方に戻ろうと思って、振り返った。
そこでは、十人以上の手下を連れた帯脇くんが笑っていた。
「よォ、さやか……迎えに来たぜ」
即座に踵を返して、校舎内に逃げ込む。だけど、彼らは何の躊躇いもなく追ってくる。やっぱりおかしい。学校内の人は、皆静かに立っていた。なにをするでもなく、ただその場に立ちつくしている。
必死で、上へ上へと逃げる。
途中、霧島くんに電話をしたけれど、やっぱりつながらない。
霧島くん……そうだ、龍麻さん!
震える手で、教わったばかりの番号にかける。だけど……呼出音さえならない。確かに電波は三本立っているのに。警察にも……どこにも。
屋上まで来てしまった。
どうしよう、ここからなんて逃げられるわけが無い。
ガチャッと音を立てて、扉が開いた。
「さやかァ、待たせたな」
振り向きたくない。顔さえ見たくない。
「鬼ごっこは終わりだ」
後ろから抱きすくめられ、校舎の方へ連れて行かれそうになる。
いやッ、気持ち悪い!!
階段を何人かが駆け登ってくる音がする。
「さやかちゃん!!」
ガラッっと大きな音をたてて扉を開けたのは、何人かの高校生――蓬莱寺さん、醍醐さん、美里さん、桜井さん、それに知らない金髪を逆立てた男の人と、茶髪の美人な女の人だった。嬉しくて駆け寄ろうとしたけれど、当然させては貰えなかった。引き寄せられる。
「寄るんじゃねぇッ!!さやかの顔に傷がつくぜ」
「てめェ、卑怯だぞ!!」
頬に冷たい感触が当てられた。ナイフのようだった。
蓬莱寺さんたちの動きが止まる。……え?龍麻さんがいない?
「ひひひ、あいつらも霧島みたいな目にあわせたいのか」
霧島くんに……何かしたの!?
「調子に乗るな」
冷やかな声と共に、風がきた。龍麻さんの跳び蹴りが、帯脇くんの顔に命中する。
彼の腕の力が緩んだ瞬間、ふわっと誰かに抱き寄せられていた。
黒髪の……龍麻さんなみに綺麗で、でも細身で霧島くんとそう変わらない体格の人が、軽く私を持ち上げて龍麻さんと皆の方へ退く。
「失礼をした」
彼は軽く頭を下げると、私を美里さんの方にそっと押し出した。
龍麻さんとこの人……どこから来たの?だって、そっちの方には何もなかったのに。
「なんだと!?てめェら、どこに居やがった」
顔から血を滴らしながら、睨み付ける帯脇くんに、彼らは平然と答える。
「壁」
「そう、外から屋上に来てみた。もう二度とやらないけど」
龍麻さんは、冷ややかに帯脇くんを見ていたが、急にこちらを振り向いた。
「怪我はなかった?」
優しく微笑む。
その微笑みに、助かったんだと実感し、安堵が広がる。
ブンブンと、何度も頷いて、無事であったことを示すと、彼は笑いながら、落ち着かせるように私の頭を撫でた、
「霧島くんは、もう大丈夫だよ」
「新宿一の名医がついているから、心配はいらねェよ、さやかちゃんッ!!」
蓬莱寺さんも、明るく宣言する。
やっぱり、怪我はしたようだ……それでも、無事で良かった。
「翡翠と雨紋、後ろの連中を頼む。あとは自由。あ、小蒔と葵はさやかちゃんをよろしく」
緋勇さんは、それだけを言うと無造作に敵の中に踏み込んだ。
皆がそれぞれ勝手な方向に行って、複数の人を相手にしている。……女の人まで。
「大丈夫よ、龍麻が指示を大雑把にするとというのは、余裕があるの」
私の表情に気付いたのか、美里さんが教えてくれた。
慈愛の表情、人を安心させる笑み――龍麻さんといい、何て優しいのだろう。
「そうそう、敵が手強い時のひーちゃんは、詰め将棋みたいに細かいもんね」
桜井さんも同意する。
彼女は既に、弓を下ろしていた。さすがに矢は番えているけれど。
帯脇くんたちの攻撃は、全く当たらない。実力差って、こういうことなのだろう。
「てめェをどうこうして霧島が治るわけじゃねェ。さっさと失せな」
蓬莱寺さんは、自ら倒した帯脇くんを見下ろしていた。
帯脇くんは、膝をついていて苦しそうだった。手下の人たちは、皆突っ伏して動かない。
「ククク、この俺様を見逃すだと?」
嫌な笑いを洩らし、彼は笑い出した。
何だろう?周囲の紅い光は……。
「変生?」
「もう、往生際が悪いなァッ」
桜井さんが下ろしていた弓を構え、美里さんが私の前に出る。
何が起きているの?
夢――悪夢のようだった。帯脇くんの輪郭が歪み、新たな形をとる。
光が完全に消えた時、そこにいたのは化け物としか言いようの無い姿。巨大な一匹の蛇。
「おお――そこにおったか、わが巫女――クシナダよ」
ずるり……ずるりと寄ってくる。
帯脇くんと全く同じ『欲』だけが満ちた瞳。怖いッ!!
「クシナダァ」
バンッと音を立てて、扉がもう一度開いた。
「待てッ!さやかちゃんには……指一本触れさせはしないッ!!」
叫んだのは霧島くん。同年代に見える看護婦さんが、彼を支えていた。
怪我が酷い……。あちこちに包帯が巻いてあって、所々は血が滲んでいる。
「ごめんなさい、私のせいで」
「約束したろ?どんな時でも君を護るって」
霧島くん……。
「割り込む余地は無いんじゃないかな?」
くすくすと、龍麻さんが蓬莱寺さんに笑いかける。
蓬莱寺さんは、チッと軽く口を尖らせた後、優しい目になった。
「ふん、知ってたさ……いくぜ、諸羽ッ!!」
霧島くんと蓬莱寺さんによって、もう一度倒され、元の姿に戻った帯脇くんは、ずっと呟いていた。
「オロチとなった俺は不死身じゃなかったのか、あのホラ吹き……恨んでやる、あの野郎」
恨んでやる恨んでやると――それだけを何度も繰り返し呟いて。
その後狂ったように笑い出した彼は、屋上から飛び降りた。
「翡翠以外はその場で待機!!」
鋭く告げると、龍麻さんは私を助けてくれた綺麗な人だけを連れて、下を覗き込んでいた。
う〜ん、どう思う?
あれは……駄目じゃないか?
切れ切れと、そんな会話が聞こえてくる。まさか、飛び降りるなんて。
目の前で起きた出来事に、ガタガタと震えが走った。
……私だけじゃない。傍らの霧島くんも、震えている事に気付いた。
「霧島くん?」
「え……どうした諸羽?美里!!傷が開いてやがる、頼むッ!」
美里さんが癒し、騒ぎに戻ってきた緋勇さんたちが、止血をしながら手当てをする。
まだ、顔色が少し悪い。こんなに無理してくれたんだ。……私のせいで。
旋律が自然に浮かんだ。霧島くんの側に座り、謡う。
「さやかちゃん……すごく楽になった。ありがとう」
ううん、だって私の為に無理をさせたのだから。
私だってこの力を、あなたの為に使いたい。
「唄で癒した……のか?」
「解毒も入ってたみたいだ。良く考えれば、解毒もしなければまずかったよな。止血に気を取られて、思い付かなかった、ごめんね、霧島くん」
謝る龍麻さんに、霧島くんがぶんぶん頭を振って、また貧血のような状態になる。
「こらこら、無理はしない。どちらにしろ、これから君は病院直行だからね」
やっと皆さんにお礼を言っていない事に気付いた。
慌てて、皆に頭を下げる。
「私、本当に嬉しかったです」
「いいよ、友人を助けに来ただけだよ。ね、みんな」
微笑む龍麻さんの言葉に、そうだよッ――と、桜井さんが力強く頷く。
「お礼なんかいいからさ、自分の力に自信を持って頑張って」
私の力――唄で、人を癒し活力を与える事ができる。
皆さんのお役にも立てるかもしれない。
だから、協力を申し出た。誰よりも優しくて暖かいこの人たちとなら、闘っていける。
「ありがとう。よろしく頼むよ、霧島くん、さやかちゃん」
やっぱり入院となった霧島くんに、今日だけならばと付き添いを許されたので泊まっていく事になった。ちょうど今日、明日はオフの日だったし、家への連絡は、美里さんがやってくれた。……とても慣れていた。
退屈そうに横になる霧島くんに、話し掛ける。
「格好良かったわ」
「た、龍麻さんの事、そう思う!?」
焦ってくれるのが、少し嬉しい。
でも違うの、龍麻さんに抱く感情は、本当に憧れ。あまりに完璧すぎて、私では恋愛まで行けない。
「ううん、龍麻さんは、確かに格好良かったけど、私が言っているのは霧島くんのこと」
「え!!そ……そんな、だって」
それから聞き取れないほど小さな声で、だって約束したから――そう呟いた。
「本当にありがとう。助けに来てくれて」
私も、本当に小さく言った。聞こえないくらいに。
大好き――と。
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