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―― 東京魔人学園剣風帖 第拾七話 ――

『いや〜ん、エッチ』

目覚めの悪さに、頭痛がする。
もう少しまともに、人の睡眠を破れないものだろうか。

あの目青不動で会った青年――霧島くんを助けたらしき人物が、妙な目をした連中を正気に戻している夢だった。祝詞のようなものを唱えていたが、日本語じゃなかった。中国語か?

祓い終わった後、上空を見上げて言った台詞が『いや〜ん、エッチ』だ。
語尾にハートマークがついていたような気さえする。……まあ、同じ破られるにしても、犬先生みたいに、怪我させられるよりマシなんだが、俺だって意識して夢見している訳じゃないのに。何でこんな目に……。

彼の事は、敵じゃなくてこちらの不利益になるような事はしない――そう認識しておけばいいか。下手に信じて足元すくわれても困るしな。



あの後も眠りが浅かったので、早く起きてしまい、当然学校にも早く着いてしまった。
…まだ、葵しかいないよ。彼女と軽く話していると、廊下から、バタバタ走ってくる音が聞こえた。

いつも通りに、大変大変――と、アン子ちゃんが、教室に入ってきた。
そういえば、調査をお願いしていたな。先生が始末してくれてたから、忘れかけてたよ。だが、帯脇の台詞によれば『あの野郎』が、奴にオロチを憑けたようだったな。


「なにが大変かわかるでしょ」
「ありがと、依頼していた中野周辺の異変だよね」
「そう、さすがね龍麻。これをプレゼントよ」

真神新聞を貰った。彼女、まめに発行しているよな。

説明を聞いているうちに、小蒔・京一・醍醐の順でやってきた。

池袋で多発する猟奇殺人事件――か。
関係ないが、昔『猟奇の檻』ってエロゲー(18禁)をやったとき、行方不明者が多数出ているデパートで、事件の調査をする話なんだが、途中で、精肉売り場のソーセージに盲腸の手術痕を見つけるイベントがあって、結構ひいたなあ。ソーセージ食いたくなくなったね。
あれ以来、――猟奇って言葉自体が嫌だ。

それはいいとして、事件の概要は二つ。
突発性の精神障害と大型獣に襲われたかのような猟奇殺人――ね。

だが、後者の方は最近めっきりと数が減ったか。これは、あのカラフル蛇がやってたんだろう。
で、前者の方は、被害者によれば、身体の奥底から自分を呼ぶ声に応えた結果の事らしい。

「人を獣に戻す力か…、帯脇もそんなことを言っていたな」
「獣か…。獣になっちゃえば、悩むことも辛いこともなんにもない、ただひたすらに本能の赴くままだもんね」

醍醐の台詞に、小蒔が遠い目をして呟いた。……なんかヤなことあったのか?

「ひーちゃんは、そういうのどう思う?ちょっといいなァとか思ったりして」

何でやねん。ゲームもできんし、本も漫画も読めないし、野球やプロレス観戦もできん。冗談じゃないね。

「まったく思わない。人間に生まれて良かった事の方が、圧倒的に多いし」
「そっか…そうだよねッ!!」

でも次に生まれ変わる時は、南の方の海でふよふよしているワカメになりたいと思っている事は、秘密だ。なんか気持ちよさそうだから。昆布もいいよな。



あとは、放課後に専門家――ミサちゃんに相談する事になった。


「メシ食おうぜ、ひーちゃん」
「ん」

昼休み、京一に返事をして立ち上がった時に、呼出のチャイムが鳴った。
顔を上げたのはなんとなくだった。
まさか『3― C緋勇龍麻くん。マリア先生がお呼びです』とくるとは、予想してなかったよ。

「なにやったんだか知らねーが、どーする?ついてこうか」
「いや、いいよ。悪いし。先行っててくれ」
「そっか、じゃあ屋上にいるからな」


さて、なんだろね。
そもそも、犬神先生とマリア先生の連絡がもっと密なら、俺もこんな面倒な目にあわないですむのにな。お互い情報を分け合ってくれよ。しんどい。

職員室――中に気配を感じないので、泣きそうになりながら入ると、やはりマリア先生しかいなかった。俺を招き入れた彼女は、この時間の職員室は、誰も来ないといって微笑んだ。く・食われる。

「また、妙な事件に足を踏み入れたりしてないわよね」

踏み入れてはないよな。もう既に全方位に、囲まれた感じだったんだから。
つうか、そもそも俺たち、そんなに自分からは、首突っ込んでいないような気が……。

事件の方がカモネギ……いや、鴨が材料一式と鍋とコンロ持って、一直線に走ってくるんじゃ。

「龍麻、そんな顔をしてもダメよ。どうしてアナタはそう危険な方へ進んでいくの?」

俺は悪くないよな――と、考えていたら、哀しげな顔になっていたようだ。
いやだから、好きでいってるわけじゃ……。

と、困った顔をしていても、追求の手は全然緩まない。
しかも、鳳銘での騒ぎも耳に入っているらしい。何処からなんだか。

「アナタは一体何をしているの?話してちょうだい」

ここで知ってるくせにィ〜とか、ボケたらどうだろう。
いや、でもマジに怒りそうだ。……仕方ないか。どうせ殆ど知ってるんだろうし。

「はい」
「よかった…アナタは――」

じっと、その魅惑的を通り越した瞳で見つめられる。
――そういや、高位の吸血する人たちって、魅了の力持っていたな。フッと一瞬気が遠くなりかけたけど、一応正気だ。良かった。
仕方ないので、ちゃんと自分の意志があるうちに、ある程度は都合の良いように歪めて話そうと決意した時、外から足音が聞こえた。

ガラッと扉を開けて、誰かが無造作に職員室に入ってきた。
やった、先生!!もう後頭部にケリとか思わないよ。鳩尾くらいで我慢する。アリガトウッ!

「おや――、どうしましたマリア先生」
「犬神先生……。もう、昼食はお済みですの?」
「ええ、実は、俺は昔から早食いで有名でしてね」
「……緋勇クン、もう戻っていいわよ」

なんで俺ばかり、この冷戦に遭遇するんんじゃ。怖いっつーに。

「はい、失礼しました」

犬神先生にも礼をしながら出て行く。もちろん心からの感謝を込めてな。

おや、お邪魔でしたか―
―イエ

そんな会話の片鱗が聞こえてきた。助けてママン。
いや、あの人たちマジでもう少し友好的になれないもんか?凍える。

「よッ、遅いから迎えにきてやったぜ」
「大変だったな、説教か?」

だから、目の前の京一たちの存在に安心した。冷凍地獄にホッカイロ。

「ああ、お説教」
「何かやったのか、それとも事件の」
「もちろん事件のだ。俺が個人でばれるようなことするか」
「そりゃそうだ」

失礼だな。人にいわれると腹立つぞ、おい。
でも、同情してくれたのは少し嬉しい。

ふたりの疑問――どうして俺だけが叱られるのかってのは、俺が獲物だからなんだろうな。彼女の、何らかの目的の為の大切な贄。さすがに、少し荒むね。

放課後、ミサちゃんの元へ向かおうとした時に、京一がすっかりそのことを忘れていた。防衛本能か?小蒔に責められる京一を放っておきながら霊研へと向かった。


「ミサちゃん、いる?」

霊研にて、小蒔が声をかけると、暗い部屋にポッと明かりが灯る。ミサちゃん……怖いよ。

「うふふ〜、汝が望む知識の全てを声なき声により授けよう〜」

やはり全てを把握しているらしく、ミサちゃんは愉しそうに微笑んだ。
でも、その前に一つ聞きたいことがあるそうだ。

「なッ、俺のスリーサイズなら、秘密だからなッ」

京一が話を飛ばした。知ってどうすんだ、そんなの――小蒔はそう突っ込んだが、ミサちゃんは笑って答える。

「うふふ〜、それはもう知ってるからいいの〜」

さすがミサちゃん、奥が深いぜ。
そうやってずれていく話を、例によって醍醐が強引に戻した。

ミサちゃんの聞きたいことってのは、オロチについてだった。
状況をざっと説明すると、彼女は深く頷いた。大体推察どおりだったようだ。
帯脇の場合は、本人がオロチの転生とかではなくて、憑依現象ではないかという話だった。尤も、奴本人の源が蛇であることは確かなようだが。

「ねェ〜、ひーちゃんは憑き物って知ってる〜?」

説明途中で言葉を切って、別のことを聞いてきた。いや、多分関わりのある話みたいだな。

「ああ、ざっとなら」
「うふふ〜、ひーちゃんて博識なのね〜。そんなところが、また魅力的なの〜」
「ありがと」

でも、漫画とか小説で得た知識だけどな。

ミサちゃんは、既に豊島での事件を知っていた。真相もほぼ掴んでいるようだ。
さっきの話とつながって、どうやら事件は、憑き物の仕業の可能性が高いとの事だった。

人間の素を的確に見破り、それに相応しい動物霊を憑依させる力を持った者たち――憑依師という一族が太古に存在したらしい。勿論とうに滅びているはずなのだが、その末裔か何かが、事件に関与しているのではないかというのが、彼女の推論だった。

面倒そうな相手だな。オカルト系なんで、醍醐が既にひきつってるし。まあ頑張れ。
ミサちゃんに礼を言って部屋を出ようとしたら、忠告してくれた。

「あァそれから〜、憑依師と接触するときは気を付けてね〜。あまり感情を高ぶらせると霊の進入を容易くするわよ〜」
「ふーん。気を付けろよ、三人とも」

そう言ったら、彼らから怒られた。だが、どう考えても危ないの君らなんだが。



「そのころは退社時間とも重なる。池袋も結構な人手だろう」
「その中で憑依師を探すのかァ、大変かもね」

校門の所で、池袋への行き方の話になったとき小蒔が、嫌そうに言った。
そうでもないよ。と内心思ってたら、京一も否定する。

「えッー?」
「俺もそう思う。向こうがこっちを探している目算も、それなりに高いからね」
「そういうこった。俺たちはヤツの手駒を倒しちまったんだから」

説明したら、小蒔も納得したようだ。
では出発となった時に、小蒔が道の向こうに居る霧島くんに気付いた。
彼も気付いたらしく、パタパタと駆け寄ってくる。

「京一先輩、龍麻先輩!!
みなさんもお久しぶりですッ!!」

いつの間に俺も先輩?という心を押し隠して訊ねた。

「久しぶり。怪我はもう平気なのかな?」
「ええ!!もうすっかり!!」

なぜにこう!使用率が高いのか……。まあいいか。
どうやらもう、通院だけで良くなったらしい。今も桜ヶ丘の帰りだそうだ。

これからの予定を訊かれたら、小蒔があっさりと事件について話した。
彼には、言わない方が良いと思うんだけどな。
やはり犯人が、帯脇と関連があるらしいなんて聞いた途端、彼の表情が変わって、連れていくように言われる。ほっといたら、尾行してきそうなくらい意気込んでいる。

「そいつが、さやかちゃんを傷つけるのに荷担したなら、僕は絶対に許さないッ!!お願いします」

ふぅ……仕方ない。

「無理しないこと。約束できるかな」
「はいッ!!ありがとうございますッ!!」


はりきった霧島くんを加えて、池袋に向かう。
勿論何人かに連絡を入れたが、あえて合流はしなかった。多分待ち構えている相手に、固まって飛び込むこともないだろうから。



「こういう場には、あらゆるものが引き寄せられるというが……」

現地に着いた途端に、醍醐がゲンナリした顔で呟いた。まあその気持ちは分かるよ。

「龍麻…、お前も何か感じないか?」
「もうバリバリに。…アラン連れてくれば良かったかもな」
「そうだな、俺は大体しか感じられないからな」

結局、詳しく特定できない俺らが悩んでいても仕方がないので、街全体をざっと回ってみることになった。どっちから行くと聞かれたが、地理的にはあんまり詳しくないんだが。

「やっぱ霊威がすごい方かな」
「仕方ないな」

非常に嫌そうに、醍醐も同意する。そういうわけで、池袋大橋の方へと歩いていった。


「特に何もなさそうだけど」
「あァ、俺も同感だな」

小蒔と京一が、のほほんと話していた。霧島くんも、表情からしてそんなものらしい。うそん。

「そうか……、やはり俺はお前たちが羨ましいよ」
「俺も、醍醐に同感だ。背筋が寒いを通り越して痛い」

そう同意すると、醍醐はなんか嬉しそうに続けた。そんな良いことか?

「なッ!それに、どうも妙な気配を感じるんだが」
「私もよ、醍醐くん」

今度は葵が、同意する。なんか本当に醍醐嬉しそうだな。ひとりだけ霊関係が察知できるのが、そんなに嫌だったのか。

「そうか……。一体この辺りは何なんだ?」

京一の疑問に、新たな声が応じた。

「ふふふ……知らないの?お兄ちゃんたち」
「女の子だよ、キミこの辺の子なの?」
「近付くな、小蒔」

足を踏み出して問おうとした小蒔を引き戻して、醍醐の方へ渡す。

「ひーちゃん!?」
「あの子、気配が狂ってる。無いんならまだ良いけど、何人分かが入ってるんだ」
「えッ!?」

「この辺は昔々、寂しい森だったの。追いはぎや人斬り――悪い人がいっぱいいて、みーんな殺しちゃったの。馬も犬も、それから……」

目が怖い。正気じゃない幼い子って、すげえ怖いな。

「猫も!!」

悪意が一気に強くなった。猫が憑いてるのか?

「うふふ、ついておいで。みんながいるよ」

そういうと、彼女は駆け出した。幼女とは思えないスピードで。
行ってみるしかないよな。


着いた先は霊園だった。――雑司ヶ谷霊園。

「せ、背中が痛いよう」
「本当に、眩暈がするな」

鳥肌が収まらん。おまけに見られている気配もする。

「本当に?ボクは感じないよ」
「お前ら過敏になりすぎなんじゃ」

そんな訳あるか――そう言い返す前に、暗い声がした。

「君たち…」
「わッ!何だ、ただのおっさんか」

違うって。突っ込む前に、その横に現れた若い男が続けた。

「君たち、死にたいと思ったことはあるかい?」

それから、次々と現れては、皆一様に狂った目で、鬱になりそうなことを呟く。心に隙のある人間が付け込まれやすいって奴だな。
どうしよう。殺すには、メンバーが純真揃いだ。

「みんなー!!早くこっちへ!!」

そこに聞き慣れた声がした。霊園の外から、エリさんが手招きをしていた。

「ここは『彼ら』の憩いの場なのよ。私が安全な場所まで、案内するから早くッ!!」

追ってくる彼らから、スーパーダッシュ。つ、疲れる。



「もう大丈夫よ」

そう言って、エリさんが止まったのは、随分あとのことだった。

「はァ…、ボクもうダメ」
「えェ…。もう足がもつれて」
「さすがの俺も、…息切れしてるな」
「ぼ…僕もです。天野さんて足が速いですね」

京一と醍醐が少し、皆は相当ばてているくらいに、相当な時間が経過していた。
ジャーナリストは足が基本だから?
俺でさえ僅かとはいえ、息が上がってるのに、そんな理由で納得できるわけがあるか。
それに何か違和感がある。表情が、言葉遣いが微妙に違う気がする。

「ふふ…みんな、そんなに息切れしちゃって」

嬉しそうに笑った彼女は、俺に目を留めた。傍目には、全く疲れていない俺に。

「緋勇…くん、あなたは大丈夫かしら」

緋勇くん?やっぱ、おかしいな。
息を完璧に整えてから、返事をする。

「ええ、助かりました。……天野さん」
「そう」

残念そうだな。おまけに『天野さん』に反応なしか。

――名前で呼んで欲しいわ。寝た男に、名字で呼ばれるなんて何か屈辱じゃない

はじめて寝た日に、彼女は確かにそう言った。偽者というよりは――操作されている感じか。

「天野さん…様子が」
「ああ、いつもと感じが違うな」

皆も、違和感を感じたようだ。
そんな中、京一が躊躇いがちに、口を開いた。

「なあエリちゃん、さっきの奴ら…
あれはみんな憑依されたヤツらなのか?」
「いいえ、違うわ。あれこそが、誰もが心の奥底で望んでいた姿なのよ」

「天野…サン」

「来る混沌の世には、獣の性を持つものこそが相応しい。生きるため―ただそのためだけに殺し合い奪う合い、そして――喰らい合う。それこそが人間の本能であり本性」


限界だ。もう耐えられん。

「貴様がいくら寝言ほざこうが、自由だがな――それは、彼女の身体から離れてからにしろ。本来たいした力も持たん小者が、借り物の力で調子に乗るな」
「なッ、き、貴様」
「天野サンの声じゃないッ!!」

何を今さら。さっきの台詞が、彼女が言うものじゃないよ。

「離れろ。でないと、本体で出会ったときに、生きてきたことを後悔させるぞ」
「た……た、龍麻先輩?」

びびらせたか、すまんね。そういや、霧島くんにこの状態を見せるのは、初めてだったか?

「くッ、この女を解放して欲しければ、ついて来い」

ほぅ、条件出すか。……面白い人だなぁ。
少し先の廃屋のような場所に、入って行った。中から陰鬱な空気が流れてくるようだ。

とりあえず発信機の役割を果たすために、気配を全開にしてみる。京一たちに不思議そうな目で見られたが、意味はちゃんとあるんだよ。
それから、小蒔たちに武器の準備をするように言って、自分たちも中に入る。

やはり、素敵な目をした方々が、待っていらしゃった。サラリーマンやOL風の人が多いのが泣けるな。
その中央で、腕組みをして待っていたエリさんもどきは、俺たちの姿を認めて、下卑た笑い声をあげる。

「フッフ、ウヒヒヒヒヒ。ここまでくれば、こっちのもんだ。余計なことに首を突っ込んだ、己の愚かさを呪う……」

途中で俺の表情に気付いたようだ。言葉の勢いが消えたな。

「この程度の連中にどうにかできると?おめでたいことだ。まったく、状況認識能力の低い、貴様ら雑魚な方々の楽観的なところは、見習うべき点も多いな。さぞかし幸せな人生なのだろう?」
「つ、強がるんじゃねェ。この囲まれた状況を、たったの六人でどうやって」
「囲まれてないさ」

銃の発砲音が響いた。端のふたりが倒れ伏す。
所有者が敵と認めた者だけを傷つける、霊銃によって。

「まったく、アミーゴひどいネ。風でミンナの居場所を探って、尾行してこいなんて」
「ありがとう、アラン」

アランに続いて、どやどやと何人かが中に入ってくる。

「龍麻は人使いが荒いからね」
「つーか最近、ここら辺多いっスね」
「オ兄チャン、来タヨー」

マリィ以外は、手近な連中を気絶させながら。
これで囲まれてないだろ?

エリさんに入った奴の表情が、驚愕に歪む。
その表情、次は貴様の顔でさせてやろう。

「今のうちに、遺書の用意をしておいたらどうだ?」




そんなに大変な戦闘ではなかった。まあ、所詮常人だもんな。
四神方陣で一挙にいけたし、なんか醍醐とか雨紋、気絶させるのなれてるし。さすが、喧嘩に明け暮れてた人たちは違いますな。
俺がやって殺してもまずいんで、霧島くんと一緒に女の子たちの側で、眺めていた。


数分で、憑かれた人々は皆、倒れていた。――エリさんを残して。

「これで全部か―、一応峰打ちだが、当分起き上がれない――ん?」

周囲を見回して、確認するように言った醍醐が、途中で怪訝そうに黙り込んだ。
その様子に、京一が何かを言おうとして、同様に言葉に詰まった。そして、小蒔も。

どうしたんだ?様子が妙だ。

「くくく、まったく単純な奴らだぜ。てめェらもう終わりだな」

さっきまでシュンとしていた奴が勢いを取り戻した。
……まだ居たのか?

「どういう意味だッ!?」
「てめェらはもう逃げることはできねェ。ようこそ、獣の王国へ」

ムツゴロウ?などと阿呆なことを考えていたら、エリさんが急に倒れた。奴が出ていったようだ。

「天野サン…大丈夫!?」

ざっとみたところ、外傷とかはなさそうだ。

「気絶しているだけのようだけど」
「いったんここを出て、さっきの公園までもどりましょう」

葵の言葉には、頷けるんだが問題は誰が運ぶんだ?ざっと見回して、問題なさそうな奴に言う。

「じゃあ、翡翠。彼女をよろしく」

「「なぜにッ!?」」
「Why!?」

仲良いな、君ら。
翡翠本人も、なんでじゃという顔だが、仕方なかろう。

「醍醐だと、小蒔に悪いし、京一たちは、ややスケベよりなんで」
ちなみに、俺は葵が怖い。で、霧島くんだと、持てるかどうか不安だし。

小蒔まで加わって、ぎゃいぎゃい言ってるけど放っておく。
翡翠は関わってられんと思ったのか、彼女を軽く抱えると、すたすた歩き出した。

皆も慌てて、後を追う。ナイスだ、翡翠。


公園で、エリさんをベンチに寝かせる。
呼吸もしっかりしているし、やはり意識を失っているだけのようだ。

「う…、ここは…?」
「あッ、天野サン!!」

しばらくして、エリさんが目を覚ました。

「無事だったか、天野サン!!」
「Oh!良かったネ、エリー」

あ、知り合いだったな。

「わたし…、いったいどうしたの?」

頭を抑えながら、呟いていた。
だが、こっちが口を開く前に、自分で思い出したらしい。

「そうよ…、私この事件を追いかけてあの男に会って……。
私、もしかしてあなたたちに酷いことを?」

嘘ついても……無駄だろうな。聡明な女性だし。

「問題ないです。みな無事だったから」
「わたし、手助けするつもりが迷惑かけちゃって……ごめんね、龍麻」
「平気ですってば」

実際、本当にたいしたこと無かったんだし。
エリさんは、やっと笑ったあと、事件のあらましを話してくれた。ある程度真相に近づいたら、憑依師の方から接触してきたらしい。

豊島区 狗狸沼高校の火怒呂 丑光

という名らしいが。なんつー名前じゃ。俺も人のこと言えんけどさ。

「そいつが帯脇に蛇の霊を憑けて、皆さんのことを……目的は何なんでしょう」
「そうね。そこが腑に落ちないのよ。彼自身は、人間全てに獣を憑依させて、その王として君臨すると言っていたわ」

そりゃアホだ。

「典型的な利用され型のアホですな。東京の混乱のために、使われているとしか思えない」

ここまで小者だと、力も誰かに与えられたっぽいな。プライドと名前だけが残ってた、憑依師の末裔なんじゃないか?

「そうね、この事件の背後には、大きな力を感じるわ。でも……あなたたちなら、それを覆すことができる――そう信じてるわ」

運命を覆す力か――そうくすぐったそうに微笑む小蒔に、京一が何か話し掛けようとして、急に動きを止めた。口元を抑えながら座り込む。

「きょ、京一先輩!?」

「京一!!どうした――くッ、頭が…割れそうだッ!!」
「ボクも…体がヘンだよ」

醍醐と小蒔もそれに続く。廃屋で妙な反応をした三人だ。共通しているのは、眩しいほどの強い紅の輝き――陰の氣を纏っていること。

『あまり感情を高ぶらせると霊の進入を容易くするわよ〜』

出掛けのミサちゃんの言葉を、今やっと思い出した。
まずった。これを狙っていたのか。って、こ、この三人を相手に峰打ち!?

「どうすればいいんだッ!!」
霧島くんの叫びに、シンクロしたいよ。どうしよう。


「なんや、人の枕元で騒がんといてや」

呑気な声がした。

「誰!?」
「誰って……見ての通り、安眠を妨害された、善良な中国人留学生やんけ――って見ただけでわかるかいッ!!」
おお、ひとりボケツッコミだ。

そこに居たのは、あの目青不動の青年。もう、一生偶然なんて信じないからな。
彼の姿に、霧島くんが目を丸くして叫ぶ。

「あァー、あなたは…、あの時僕を助けてくれた……」
「おー、君は、あん時死にかけていた少年やんか」

やっぱりか。

「彼を助けて下ってありがとうございます。で、唐突ですが、お願いします」
「な、何や…」

「昨日の夜、獣に憑かれた人たちを祓ってましたね。『我求助』とかいう奴で。彼らを助けて下さい。お願いします」
「……あー、あんさん、あのエッチな覗きの人か」
「誤解を招くよーな発言は止めてください」

彼は少し笑ったあと、一気に無表情になった。これは、実戦に関わった者にしかできない目だな。

「で、ここで何をしてたんや。あんたら――何を知っとるんや」

背の刀に手を掛けた彼は、まったく隙がなかった。
正気の皆が構えかけるが、そんな余裕はない。

「池袋界隈に発生した、憑依による猟奇事件の解決にきました」
「なッ!?」

「申し訳ないが、急いで下さい。彼らを操られたら、辛すぎる」

京一たちの苦しむ様子に決心してくれたのか、急に集中した空気を纏う。
青の清浄な氣が、周囲を浄化するかのように輝く。

「我求助、九天応元雷声普化天尊百邪斬断、万精駆滅、雷威震動便驚人、活剄!!」

彼の気合とともに、紅の色が徐々に消えていく。これでもう、大丈夫だろう。


「とりあえずは安心ね、龍麻」

エリさんに頷いてから、青年の方を向く。確認しておきたい。

「ありがとうございました。本当に感謝します――けれど、一つ聞かせて下さい。貴方の立場は、私たちの『敵』『味方』『敵じゃない』『味方じゃない』のどれですか?」
「う〜ん……今の時点では、『敵じゃない』としか言えんなァ」

それなら、構わないな。



「彼は一体?」

正気に戻った醍醐が、青年に気付いて首をかしげる。
ああ、醍醐は会ってなかったな。

「あ…、この人はあの時僕を助けてくれた人で、今もみなさんから獣の霊を追い払って下さったんです。
えっと……あの、お名前は?」
「ははッ、そうやった。自己紹介がまだやったな。
わいは台東区華月高校3年、劉 弦月」

中国の人が、なぜに関西弁――その疑問は、京一が突っ込んだが、日本語が話せない頃に世話してくれた人が、関西人だったそうだ。
で、そのまま自己紹介タイムになったので、名乗っておいた。

「緋勇 龍麻か……。ええ名やな」

何か引っかかる言い方だな。詳しくは分からないが。
もやもやしながら、何気なく聞いた。ほんとに、たいした意味も無く。

「漢字で、どう書くんですか」

劉の表情が、一瞬だけ引きつった。何でだよ。
彼は、すぐに普段のへら〜っとした表情に戻して、字を書いてみせた。

「こんなん、メンドいやろ」

劉 弦月とあった。気にするほどのことでもないのかもしれない。だが……『弦』?
普通に考えれば単なる偶然だろう。だが、一連の事件が始まってから、俺は偶然ってものは、存在しないと思うようになっていた。
鳴瀧さんは、言ってたよな。父は、中国で命を落としたと。――関係者か?

「さて、そんじゃそろそろ行きまっかッ!!」

彼は、一瞬だけ考え込んだ俺に気付いたかのように、急に話題を変えた。
戦力としては、非常にありがたい。多分、剄関連だけでなく、剣術の腕も京一と張る。いっちゃなんだが、勿論霧島くんは、比較にならない。
問題は、信用できるかなんだが――して良い気がする。保証なんて無いから、危険なことくらいわかるけど、それでも。

「それじゃあ出発――」
「って、どこへやねん!!」
「うッ……さすが、本場仕込み」

何やってんだか。人が真剣に考えていたのに。
でもそうだな。憑依師の潜伏先がわからん。
ミサちゃんに頼もうかと考えていたら、劉くんがエリさんに訊いた。

「天野はん、ルポライターなら知っとるやろ、この辺に渦巻く怨念の正体を」
「怨念?強い怨恨?――――!!」

自問するように呟いた彼女は、何かに気付いたらしい。顔を上げる。

「東京拘置所と呼ばれる場所が、この近くにあるわ」

あースガモプリズン。メガテンにも出てきたな。確かにあそこなら、怨念なんぞ、売るほど余ってそうだな。
今度こそ、エリさんに池袋から離れてもらって、スガモプリズンの後にできたという公園へ向かう。
しかし、人通りが激しくて邪魔だな。

「あッ、信号が変わっちゃう!」
「急げ」

結構デカイ通りの信号が変わりそうだったので、みな走る速度を上げる。

「わッ、わッ、なんや急に」

事態が掴めなかったひとりを除いて。
まさかひとり残して行く訳にもいかないので、諦めて信号待ちに付き合う。
……マリィでさえ、行ってしまったよ、やれやれ。

すまんと謝る彼に、構わないと答える。別に、本当は、ここで一分一秒惜しむことも無いんだ。憑依師は、逃げるタイプじゃない。今ごろは、必死で配下の連中を集めている所だと思うから。ただ、みんなノリで、こういうときに急いじゃうんだよな。

「もしかしたら、わいこんな風についてきてしもうて、迷惑だったんとちゃうか?」

更に殊勝な顔で、聞いてきた。そんなことは無いんだが。
というか、この人こういう顔になると、意外に童顔だ。苛めているような気になるじゃないか。

そんなことはない

そう答えると、彼は泣きそうな顔になって視線を下げた。
そのまま小さく呟く。

「わい、この東京で、やらなあかんことがあるんや。せやけど」

俯いたまま、彼はそこで言葉を切った。敢えて促さずに待っていた。
すると、彼はしばらくしてから顔を上げた。

「もしかしたら、あんたに会えるんやないかとおもうてた」
「それは、あなたの名前の『弦』と関係が」

思わず訊いてしまった。
彼は、微笑むだけで直接は答えなかった。でも、そういうことなんだろう。

「わい、あんたとは、昔一度会ってるんや」

そういえば、俺って生まれた場所は中国だったんだよな。

「おいッ!!何やってんだよ、置いてくぞ」

話しているうちに、とっくに信号は変わっていたようだ。
道の向こうから、京一が怒鳴った。

「ッて、もうおいてっとるやないか!!――なんて場合とちゃうか」

ボケともツッコミともつかない返事をしてから、彼は続けた。

「へへッ、行こうで」



「オ兄チャン、気持チ悪イヨ」
「ごめん、こんな所まで来させて。他の三人は平気か?」

青ざめたマリィを撫でながら、全員を見回す。
一応頷いてはいたが、やはり葵と四神は、明らかに顔色が悪い。
無理もないか。この東池袋中央公園――スガモプリズン跡地は、敷地内全体が澱んでいた。もちろん、普段はここまで酷くないんだろう、一応公園なんだし。直接の原因は、憑依師が、術を使ったせいだろうな。


「噴水の前に人が……まさかあの人たち、みんな」

霧島くんの示した方に目を向けると、頭が痛くなってきた。総勢二十人近い人間が、ふらついていた。
いや、一番奥のひとりは、普通に立っている。
おそらく奴が憑依師なんだろう。

「なあ、翡翠。あれって、水ぶっかけたら正気に戻らないか?」
「遠隔操作ならまだしも、あれだけ近くに憑依師がいたら無駄だと思うよ」

だめか。面倒だな――憑かれた方々、正確に数えたら十八人もいるじゃんか。


「くくく、よく来たな。この俺が、稀代の憑依師――火怒呂 丑光様よ」

ブサイクが笑っていた。
古代より連なる邪なる術士の一族――その末裔が、こんなブサイクでいいのか?

「泣きながら、必死で兵をかき集めたくせに、格好良いな。
ところで知っているか?統計によると、自分で『様』をつける奴は、99%小者なんだぞ」
「て、てめェ」

あ、京一が居た。まあ、1%ってことで。あ……雨紋。
それはともかく、奴はまだキャンキャン吼えていた。一番奥から。

更に馬鹿にしようと思ったが、動きが凍りついた。――背後の殺気が恐ろしすぎて。

「あんさん、そないなこと、誰に吹き込まれた?」
「な、何だと?」
「そいつはどこや。今、どこにおるんやッ!!」

凄い。静かなんだが、深い怒りがこもってる。
なんか余程のことがあったな。だけど…無駄だ。彼を押しとどめる。

「な、アニ……緋勇!?」
「こんな小者に教えるわけが無い。無駄だよ。こういう連中を、ひとつひとつ潰していくしかない」
「ああ……そうやな」

静かに、そう呟いた彼は、やや落ち着いたようだった。
あまりびびらせて、逃げられても困るから。


それにしても、雑魚十八人か。面倒な。
でも、おそらく奴を倒せば、他は解放されるはずだよな。

ってことは、数名が中央突破して、奴を狙う。あとは、固まったとこで四神をかまし、それ以外は個別にやればいいか。

「京一、霧島くん。補助するから、中央を抜けて、奴を頼む。方陣使っちゃって」
「おうッ」
「はいッ」

良い返事。さらに、もうひとり必要だ。

「あと、劉くん。いっしょに行って下さい。多分三人でも、方陣あるから」
「多分――って、実戦でそんな、不確かな……」
「実戦といっても、あんな雑魚――旧校舎より、遥かに安全です。頼みましたよ。
皆、中央まで行って、そこで四神方陣まで待て。それから京一たちは、そのまま前進。他は、散って気絶させる、OK?」


四神方陣で、十人巻き込んだので、楽だった。
主力は京一達だし、遊撃は雨紋たちに任せて、一応気を配りながらも、京一達の闘いを眺めていた。
――心配いらなそうだな。

京一と霧島くんの方陣で、火怒呂周辺のねーさん方は倒れたし、やはり劉くんを加えた三人の間に、光が発生した。あとは、あれをぶつければ終わるだろう。

「お前の勝手な理由で、さやかちゃんが傷ついたんだ。それに、帯脇だって、あんな目に合わずにすんだんだッ!!」
「けッ、皆、自分でやったことだ」

その状態で、霧島くんと火怒呂は会話をしていた。余裕あるな。
でも、霧島くん、帯脇にまで同情してたのか。偉すぎる。
そんな優しい彼に、火怒呂の返答はお気に召さなかったようだ。

「身勝手すぎる!!」
顔を赤くして叫んでから、彼は視線を他のふたりに向けた。

「いきます、京一先輩ッ、劉さん!!」
「よっしゃ、まかしとき!!」
「いくぜッ!!」

刀による三連撃。おまけに、増幅された強い陽の氣が付く。
火怒呂は、くるくると回りながら吹き飛んでいった。ギャグのようだ。


やはりというか、方陣がヒットした瞬間に、その他の方々は糸が切れたかのように倒れた。念の為、確認してみたが、呼吸も脈も正常だった。


「これで、ようやくカタがついたな」
「あァ、ろくでもない事件だったぜ」

周囲を確認して言った醍醐に、京一が苦い顔で答えていた。
でも……と、葵が小さく言った。

解放されていく動物達が見えた――きっとみんな寂しかっただけだ、と。

「そうだね。ついさっき、すぐ近くであんなことがあったのに、この街を歩く人たちは、誰一人気付かないんだもんね」

いつになくしんみりとした口調で、小蒔までもが言う。
俺は、結構好きだけどな。皆が、周りのことをあまり気にしないのも。



「さてと、一件落着したことやし、なんや腹が減ってしもうたなァ」

一番しんみりしていた彼が、調子を変えるかのように明るく言った。
上手いな。やはり、彼女が釣られた。

「あッ、ボクもボクもッ!!」
「おッ、なんや気が合うなァ。それやったら、みんなでラーメン食いに行こか」

池袋だったら、良い店を知ってる――そう言って、彼は手招きした。
ここでも……。ラーメンの呪いだろうか。

一応、皆に時間があるか確認する。特に、マリィと葵。

「ウン、大丈夫ダヨ――イイヨネ?オ姉チャン」
「大丈夫よ。私も一緒なんだから。うふふ、マリィまで、すっかりラーメンが好きになったわね」

そういや、アメリカ人とメキシコ人と中国人――は、いいのか――といっしょに、ラーメン食べに行くというのも、何だかすごいな。無駄に国際的だ。

「じゃあ、劉くんに案内してもらおうかしら」

そう笑いかけてくる葵に、頷こうとしたら、京一が仕切りなおすように、軽く手を叩いた。

「その前に、劉。お前、さっき妙なコト言ってたよな」

俺は、流そうと思ってたのに。あまりに事情が深そうだったからな。
アランと同じで、いつかは自分から、話そうとしてくれればいいと思う。

「そういえば、さっきすごくコワイ顔してたよね」
「あァ?わいの顔が怖いやて!?ひどいワ、小蒔はん。わいかて好きで、こんな糸目に生まれたんとちゃう。わざと、こんな傷こさえたんでもない。せやのに……こんなお茶目なワイを、怖いだなんて」

よよよと泣き崩れる彼を見ている限り、まだ話すとは思えない。

「えッ!?ゴメン、ボクそんなつもりじゃ」

小蒔が、途端に慌てる。わざと誤魔化されてあげてるのかと思ったら、どうやらマジなようだ。すばらしい。
その言葉を引き出した劉くんは、くるっと表情を変えて笑った。

「ちゅうわけで、気のせいや。ほな、行こ行こッ!!」

オホホ捕まえてごらんなさ〜い風に、彼は駆け出した。

「あッ、ウソ泣きしたな」
「このー、待ちやがれ」

一瞬呆気にとられてから、小蒔と京一が追いかけていく。


「あいつ…何か知ってるな」
「だろうね」

醍醐に同意したら、怪訝そうな顔をされた。

「いいのか?」
「多分、彼は、ボクと同じ悲しみを持った人。いつかきっと、話してくれると思うヨ」

先にアランが答えてくれた。まったく同意だったので、頷いておく。

「そうね、私たちは、もう仲間だもの」

葵もそう言った。
そのうち心を開いてくれるだろう。
ただ、今の重荷を全て抱え込んだような彼では、色々と危険過ぎるから、早くその日が来ることを願うけどな。




「うッう、あいつら許さねェ……」

何の進歩も無い。
恨み嫉みの対象を、世間一般から、自分を倒した者たちに変えただけだ。
ただ、何かを憎む。己は、何の努力をすることもなく。

だが、そんな彼の人生も、終わりが近付いたようだ。

「――!!、あんたは。
あんたが…、あんたがやれっていうから」

彼は、鈍感にも目の前の男に文句を垂れる。
死を具現化する男に――愚かにも。

「なッ……、何すんだよ。待て!た、助け――」

肉の斬れる音と、断末魔の叫び声が響いた。
それでも、やった人間の姿は見えない。闇が微かに動いたようにしか認識できなかった。

その人物が、何らかの行動にうつるまえに、急いで接続をとく。
これ以上怪我してたまるか。


「ふぅ……」

また、目が醒めたよ。
確かに、あのまま接続切らないでいたら、また、怪我すると思うので仕方ないんだが。

最近、夢に見すぎだよ。もっと少なくてもいいのに。


憑依師くんのご冥福は、一応祈ってやろう。
――あの黒幕っぽい奴は、わりとマメなようだな。今後は、敵を敢えて始末する必要は無さそうだ。……ラッキー。

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