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―― 霧降月 ――


例によって、真神学園旧校舎へと集合を掛けられた面々は、そのメンバーのあまりの共通点の無さに首をひねっていた。先日加わったばかりの壬生紅葉が居る事から、彼関連の方陣技のためだという事は分かる。だが、それにしては、他のメンバーに、彼との共通点が少ない。


「よくわかんねェ面子だよな。こん中だと、精々紫暮ぐらいじゃねェか、壬生と方陣がありそうなのは」

方陣技とは、戦闘スタイルや氣の性質等が、近い者に多く発生する。
それゆえに京一の疑問はもっともであった。
ただ彼は、頷く皆に気を良くしたのか、余計な事まで続けてしまった。

「にしても、おせェなぁ。ひーちゃん、責任感が足り……うきゅ」

代償として、足音はもとより気配すらなしに、背後から首をクイクイ絞められて、不思議な声を出す羽目になった。
にこやかに親友の首を絞めながら、緋勇が現われる。

「やだなあ、まさに定刻通りに来たのに。偶々、奇跡的に早く来たからって、調子に乗って、こいつぅ〜。京一に遅いって言われるなんて、アランに妙・紅井に大食いって責められる並みにショックだぞ♪」

さりげなく酷い事を口にしながら、きゅうきゅうと首を絞め続ける。どうやら力の加減はしていないらしく、京一の顔色はみるみる白くなっていった。
そして不幸な事に、緋勇の制御がある程度は可能な美里と如月は、この場に存在しなかった。そして、ある意味可能な壬生は、止める気など更々なかった。

だが、京一の命運が尽きる寸前に、救いの手は、意外なところから現われた。

「ひーちゃん〜、駄目よ〜、まだもったいないわ〜」

尤も、本当に救いかどうか、定かではなかったが。

ただ、一応手は離された。
そうだね、一気になんてもったいないか――そう優しく笑いながらの行動であったので、京一は、人間を信じられない小動物の目になって、緋勇からサカサカと離れた。


最早、そちらには目もくれずに、緋勇は一同を見回して口を開く。

「皆さん察しの通り、そこのムッツリスケベくんが加入したために、方陣技の演習を行います」

ムッツリのあたりで、頭部目掛けて複数個飛んできた岩を、ヒョイヒョイ躱しながらの発言であった。仲間も、もうこの『一対の存在』の仲に慣れたらしく、ごく自然に会話が流れていく。

「ふ〜ん、あッ!!じゃあ、藤咲サン、壬生クンと方陣技あるんだ。運命の人?」
「亜里沙じゃないよ。彼女は補助要員。
この方陣は、多分実戦で使えないと思うが、まあ、趣味だな」

ワクワクしながら冷やかそうとした小蒔に、あっさりと、水を差すような答えが返ってくる。
実戦で使えない――緋勇が最初から、そんな断を下すのも珍しい事であった。通常ならば、もったいないから――それだけの理由で、最前線と後衛だろうと、方陣技を無理にでも使おうとするというのに。

「なんだよ、そんなに難しいもんなんか?」
「ある意味ね。構成は、俺と亜里沙以外」

は!?

その場に居たほとんどの者が、似た表情となった。今までの最大は、五人――しかも、コスモレンジャーという、戦隊モノのお約束――だったのだから無理もない。

「だから、舞子、ミサちゃん、霧島くん、京一、小蒔、紅葉、紫暮、劉の八人による方陣なんだって」

緋勇は、言い聞かせるように、ひとりずつの名を挙げる。

「ひーちゃん!?ふざけてんのか?」
「ちなみに、ミサちゃんによる占いの結果だよ。ほい、京一くん、大きな声で、セイ アゲイン」

うふふふふふ〜、そんな空気を背後に感じた京一は、あっさりと口を噤んだ。
それを確認した緋勇は、皆に対して言い聞かせるように言った。

「最初俺も驚いたけど、八人じゃしょうがない。規模とか威力のデータを一回取れば、俺的には満足。この人数じゃ、つくづく実戦向きじゃないんだよ。だから、麻痺とか魅了とかで敵の位置を操作するために、俺と亜里沙が補助するんだって」

「はーー、八人か。なんかスゴイねッ!!」
「まね。ただこれって、内部でそこそこ方陣があるから、構成自体は、それほど無茶でもないんだ。ミサちゃんと舞子、霧島くんと京一プラス劉、紅葉と紫暮で方陣あるから、敵が残ったら、それ使って」



戦闘は、割と笑える光景となっていた。
中央に方陣の八人がボーッと待っていて、藤咲が敵を魅了して誘導し、それを緋勇が中央付近で麻痺させる。
ある程度集まった時点で、緋勇は周囲を見回して、小さく頷いた。

「よし、今」


「って、どうすれば発動すんだよッ」
「あ〜、分かったぁ〜、いっきま〜す」

思わず突っ込んだ京一を置き去りにして、舞子が宣誓のように手を挙げる。
そして、その手で何かを宙に書いてから、一言だけ唱える。

『仁』

それからは、皆、思い出したかのように、一人一言を続ける。

義礼智忠信考悌

指先で空中に書いただけの文字が、不思議な事に、わずかに発光しながら残っていた。
傍から眺めていた緋勇は、感心したような声をあげた。

「へぇ、里見か」
「龍麻、何それ?」
「たしか……南総里見八犬伝ってお話。お姫様と、その愛犬の子孫が集まって、お姫様の一族を滅ぼした敵を倒すんじゃなかったかな……つまり、獣姦だったのか?」

同じく暇そうに見ていた藤咲の質問に、彼は自信無さそうに答える。
さすが、記憶力に欠陥があると自認するだけはあるようだ。

「あ、昔角川とかで映画になってた?」
「そう、たしかあれに八玉が出てきて、一つ一つに、今の『礼』とか『仁』とか書いてあったような気がしなくもない」

相当に怪しい解説をしている内に、方陣が完成する。
八つの文字が、一段と強く輝く。線が文字間を繋ぎ、完全を意味する八芒星による結界が強い氣を生み出す。

『里見八方陣』


「すごい……」

輝きが収まると、藤咲は呆れたように呟いた。
緋勇も苦笑で返す。

なにしろ、ここまではこないだろうという位置で麻痺させた敵まで消失していた。威力・範囲ともに、四神方陣さえも凌ぐ。尤も、実戦での使いにくさは、その比ではないが。

「さて、じゃあ続き行くか」


「今日、とうとう連中を狩る予定だったんだ。こっちに付き合ったんだから、手伝え」

地上へと戻る途中、壬生が小声でそう伝えた。
言われた緋勇は、露骨に顔を顰める。

「こんな疲れてるのに、鬼か」
「お前は、たいした事していないだろう」

しばらくにらみ合っていた彼らだったが、緋勇の方が折れたようだった。
ラーメン屋に行こうとしていた京一たちに、声をかける。

「ごめん、ちょっと用ができたから、みんなだけで行ってくれ。これ、軍資金ね」

魔物たちからせしめた金から適当分を、嫌そうな表情の京一に渡す。

「ひーちゃん、これ……」
「はっはははは、モノとお金に罪はない。気にせず使いたまえ」

それでも納得できずに金を睨んでいた京一を横目に、小蒔が訊ねる。

「でも、ひーちゃんたちはどこに行くの?」

その疑問に、緋勇は自信を持って答えた。

「ホテル。これからホモってくる」
「えッ〜〜!?」
「ひーちゃん!?」

一瞬だけ眉根を寄せてから、壬生は奇妙に無表情になって続けた。

「そう、僕たちできてるんで」

ズザッと音を立てて引いた一同に、それ以上関心を示さず壬生は歩き出そうとした。だが、制服の裾を引かれて立ち止まる。


「藤咲さん?」
「大丈夫だと思うけど……気を付けてね」

心配そうに見上げる瞳は、彼らの嘘など気付いているようであった。壬生は珍しく、困った表情になって、それから藤咲の耳元で囁いた。

「ありがとう、平気だから」




仲間たちと相当離れた事を確認してから、緋勇は隣りを歩く男に、嫌そうに話し掛けた。

「亜里沙と結構イイ雰囲気なんだな。……よりによって」
「ほっといてくれ。……よりによってとは、どういう意味だい?」

途端に険のある表情となる壬生を、緋勇は無表情で見返した。

「そのままの意味だよ。
お前はそういう仕事をしている以上、他の連中より遥かに危険度が高い。そして、何かあったときに、彼女は――耐えられない派だな。彼女とか雪乃は、強がっている分脆い」

雛乃とか舞子の方が、芯はずっと強いんだよな――最後は独り言のように、そう呟いていた。

そんな事は、壬生も嫌というほど承知していた。
捕らえられ、それでも気丈に振舞っていた藤咲は、自分がずっと泣きそうな顔をしていた事に、気付いてなかっただろう。愛犬と仲間の安全を案じることで、なんとか精神の平衡を保っていた事にも。

優しく強く、そして脆い。そんな彼女に惹かれたことを、壬生はすぐに自覚した。
だからこそ、わざわざ助けた。
無関係の者は極力巻き込まない――確かに拳武の掟だ。だが本来の壬生は、そんなものに囚われてはいない。あのとき八剣に語った言葉が欺瞞でしかない事は、自分が一番分かっていた。


「分かってるよ、そんなことは」

その吐き捨てるような言葉の強さに、緋勇は僅かに眉を寄せた。彼らが予想以上に、惹かれあっていることに頭が痛くなる。

だが、気持ちを切り替えるように頭を振ってから、あえて軽く言った。

「頑張ればーー。それにしても、副館長派の連中も気の毒にな」

更に不機嫌になる壬生に、緋勇は笑って続けた。

「これから、お前に八つ当たりをされるんだから」


深夜、新宿中央公園の外れにて、剣戟の音が響いた。
地面には、戦闘力を失った異形の者たちが、数体転がっていた。それらは、伝説でいわれる鬼に一番近い形状をしていた。ただし、手にした得物はユーモラスな金棒などではない。研ぎ澄まされた日本刀であった。

尚も十体近くの『鬼』に囲まれた青年は、肩で息をしながら愚痴をこぼす。

「くッ、何でこんなに氣が効かないんや」

防御力が高すぎて、氣の通りが悪い。ほぼ剣技のみで闘っている状態といえた。
いかに彼が攻守、そして治癒に至るまで優れた万能型とはいえ、この数の差は辛すぎる。

深くため息を吐き、それから一転して不敵に笑った彼は剣を構え直した。自分を奮い立たせるが如く。
だが、彼が気合を入れる前に、緊張感のない声が掛けられた。

「気が利かない子ねッ――という意味みたいだな」
「阿呆なこと言ってないで、さっさと助けたらどうだ?お前の仲間だろう」

聞き覚えのある声に、劉は視線だけをちらと向けた。

そこに居たのは、緋勇龍麻と壬生紅葉。
仲間内でも最高のコンビネーションと、最悪の相性を誇るふたりであった。

「紅葉、彼のガードを頼む」
「はいはい」

それだけが、彼らが戦闘中に交わした言葉。
だが、それだけで十分であった。




「終わりかな」

息も乱さずに辺りを見回す壬生に、劉は呆れた視線を向けた。

彼らはふたりで、この数の鬼を瞬く間に屠った。
いくら相性というものが存在するとはいえ、あれほど苦戦していたものを、こうも簡単に倒されると、己の存在意義を疑ってしまう。

「そのようだな」

同じく平素の呼吸のまま、目を閉じていた緋勇が頷く。
彼は周囲の気配を探っていたようだが、すぐに目を開いた。

どうやら、もう敵は存在しないようだ。


「大丈夫だった?」
「おおきに、アニ……緋勇はん、壬生はん。ホテル帰りでっか?」

ふたりに染み付いた血の臭い――それに気付きながらも、劉は敢えてそう訊ねた。

「ああ、アツイ時間を過ごしてきたところ」

その辺りを承知の上で、緋勇も白々しく応じる。
それから、表情がさすがに真剣味を帯びる。劉の傷が浅くはないことに、気付いたようだ。

「それにしても、傷は大丈夫?出血はそうでもないけど、結構ひどくないか?」
「たいしたことあらへん。なぁ、ア……、事情を聞かへんのか?」

上目遣いに見上げてくる劉の、叱られた小犬のような目に、緋勇は知らずのうちに苦笑していた。
彼は人間には厳しいが、動物には優しいのである。

「話したくなるまで、待つ主義なんだ。で、あのさ、アとかアニで切らんで、好きなように呼んで良いよ。皆、結構好き勝手に呼んでいるんだから。師匠とかアミーゴとかあるし」
「ええんか?」

遠慮がちに訊ねた劉に、緋勇が答える前に、横やりが入った。

「ちなみに劉くんというのも、可哀相だね。どこぞのくされ外道と被ってしまうから。呼び名変えたら?」
「今日は早く寝ろよ、濡れた新聞紙顔にかけてやるから。で、確かに劉ってのは、俺は言いにくいな。どこかのムッツリスケベを思い出して、機嫌が悪くなる」

緋勇の台詞の後、蹴りの応酬を行うふたりを、劉は呆然とした表情で眺めていた。
どう反応すべきなのか分からないらしい。

「気が利かないね。止めなよ」
「こういう時は、止めに入るんだよ」

彼らはしばらく妙に高等な闘いを続けてから、ふいに中止し、同時に振り向いて、そう突っ込んだ。
劉としては、更に狼狽するしかなかった。
オロオロする彼に笑いかけてから、緋勇が訊ねる。

「シェンとユエ、どっちがいい?ちなみにシェンユェはいいにくいから、却下ね」

少し考えてから、劉は照れくさそうに笑った。
自分の名には、誇りを持っている。その中でも、最も大切に思う文字は一つ。

「弦で頼むわ、アニキ」
「そっか。了解。
で、傷の手当てって、ここからだと翡翠ん家かな。物資も考えて」

「そうだね。ついでに僕らも泊めてもらおう。明日の朝御飯代が浮く」

労働させられるのがオチだと思うが――そう、首を捻る緋勇に、劉が慌てる。そこまで迷惑をかける訳にはいかない。
これは――己の私情による調査が招いた事態なのだから。

「そんなん、大丈夫やから」

安心させるように、手をぶんぶんと振るう劉を、緋勇は静かに見ていた。だが、ふいに表情が緊張する。

「なッ!?」

いきなり大声を上げて、ある一点を凝視した

「どないし……」

つられて、そちらに目を向けた劉の意識は、簡単に消失した。
壬生が延髄に手刀を入れ、劉の崩れ落ちる身体を支える。
この辺りの連携は、流石としか言いようがない。
その後、どちらが運ぶかで、ふたりが再びもめたことは、劉には知る由もなかった。




「ん……ここは?」

目覚めた劉は、ぼうっと呟いた。

そこは見覚えのない景色だった。
古いが清潔な、落着いた和の空間。

目が覚めたかい――そう劉に声を掛けてきたのは、仲間のひとりの骨董店店主であった。

「き、如月はん!?な、壬生はんたちは?」

思わず半身を起こして、問うた。

「奴等なら、僕に君の手当てを押し付けて、即寝たよ」

穏やかにそう答える如月の言葉に、わずかだが怒りの気配を感じた。
少し胸が痛んだ。――人に嫌われて、楽しい訳が無い。これ以上気に障らないように、遠慮がちに礼を述べる。

「おおきに。せやけど、如月はん、わいのこと嫌いと違うんか?」
「嫌いというよりも、苦手なんだ。もちろん君の責任ではない。
――僕が、個人的に関西弁が苦手でね」

あまりといえば、あまりの返答に、劉は危うく後ろに倒れそうになった。
如月の瞳は、嫌悪まで行かずともそれに近い感情を宿していたので、はじめて会った時から気にしていた。嫌われる理由に心当たりはないが、ずっと何故なのか疑問に思っていた。
まさか――関西弁だとは。

「ひょっとしなくても、顔に出していたようだね。僕もまだ甘いな」

そう独りごちる冷静な青年に、劉は目眩を感じた。
そして、つくづく思った。この青年と緋勇と壬生は、本質的なところでは同類だと。


「そもそも、今僕がいらついているのは、君のせいではない。紛れもなく奴等のせいだ」

それでも如月は、その中では比較的まともな人間といえる――尤も、五十歩百歩を通り越して、九十九歩百歩といった違いだが。
怪我人に対する配慮はあるようだ。フォローのつもりなのだろう。

その言葉に少し安堵し、如月の指した方に視線を遣った劉は、目を丸くした。
そこには、敷布団やら枕を身体の上に乗せたまま眠っているふたりの姿があったから。

劉の視線を追って、その表情に気付いた如月は苦々しげに説明する。

「ああ、そいつらはね……家にくるなり、眠いから布団を寄越せと騒いだんだよ。この時間にね」

どうやら腹を立てた家主に投げつけられた布団類を、そのまま気にせず眠ったようだ。

劉は思わず頭を抱えた。
凄腕で冷静な彼らが、そういった間抜けた行動をとる情景が、全く違和感無く目に浮かび、なんだか額の辺りが痛くなってしまったから。

そんな彼に対して、如月はぶっきらぼうに続ける。

「だから、君もそんな連中に気を使う事はない。好きなようにするんだね――納得できるまで」

仲間に事情を打ち明けていない劉の負い目や逡巡を見透かすように――その上で、それを気にするほどもない些末事のように、断言する。

胸を突かれたように黙りこくった劉は、相当の時間が経ってから小さくと呟いた。

「せやけど……わいは、なんにも話してないんやで?」

存在を認められて、仲間として受け入れられながらも、自分は真実を隠している――なおもそう悩む劉を、如月は不思議そうに眺めていた。
彼にしてみれば、何を悩んでいるのか分からないから。


「なんだか……僕の知っている『緋勇龍麻』と、君の見ているそれとは、大分ズレがあるようだけど」

そう前置きしてから、如月は常の無表情のままで言った。

「彼も――仲間の人たちも、細かい事を気にする質ではない。
だから、君が望むようにしていい――話したくなったら、その時に話せば良い。
そういうことだと思うよ」

同じ内容を、緋勇本人にも言われた事を思い出して、劉はやっと笑って頷いた。


緋勇らがそう言ってくれていても、やはり自分の中では後ろめたさが消えない。
だが、そう遠くなく、凶星の者のことを告げることになるだろう。


その時こそは――皆に話そうと思った。

家族を、一族を一瞬にして失った悲しみとその想いを。
押し付ける訳でもなく、ただ聞いてもらおうと。

目を逸らすのではなく、忘れるのではなく、その痛みと傷も、己の一部として受け入れる事ができるように。

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