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―― 東京魔人学園剣風帖 第弐拾参話 ――



「くそッ、まるで、地の底から何かが這い上がって来るようだ」
「あァ、こいつは急がねェとやばいぜッ」

寛永寺の周辺は、澱んだ空気に満ちていた。
半ばわざとやった事とはいえ、少々遅れすぎたか。三十分程度は、早くても良かったかもしれない。
陰の器クンには、自己崩壊位はしてもらう気ではあったが、これでは存在そのものが消えるかもしれないな。

「さてと、では皆にお願いがいくつか」

ぐるりと周囲を見回す。
あれだけ危険だと諭したというのに、全員が集まっていた。
それぞれの住む場所を守るためという理由で待機させることも可能だったろうが、結局、ありがたく協力してもらうことにした。仲間が多ければ多いほど、死んでもいいかという投げ遣りな気持ちが消えるから。

「くれぐれも、パニックにならないように。そして、基本的には彼らの指示に従うように」

どうせ奴の相手をしなければならないのだから、戦闘の指揮などやる余裕が無い。
今回は、前もって、いつもの冷静連中に頼んである。

大部分が、緊張にガチガチに固まっている。最終決戦――というと少々恥ずかしいが、それを意識してしまっているのだろう。
特に、等々力不動戦に参加していなかったコスモや霧島くん、さやかちゃん、比良坂たちは凍ってる。
その点、シェンや紅葉や皇神組は、本人たちが修羅場に慣れているせいか、経験はないのに落ち着いて助かる。
不慣れが六人なら、どうにかなるだろう。

「最後にもうひとつ……必ず生きて帰るように」

これだけは何があろうと遵守してもらう。
本来なら平和に生きているべきである彼らを、犠牲になんてできるわけがないのだから。



「なんだ、この感じは」
「醍醐クン……」

京一と小蒔が、周囲を不安そうに見回す。
感覚的には鈍い彼らにさえも、明瞭に感じられるのだから、相当なものだろう。俺辺りでもかなりの負担だ。
現に、境内に足を踏み入れた途端に、葵と醍醐は言葉を失っているし、術者系の仲間の顔色は酷いもんだ。

「ふっふっふっ……。ようやく、俺の元へ辿り着いたな」

どうして、こう一々大袈裟かな。じじいポエマーめ。
既に臨戦態勢らしい、日本刀を手にした赤いのが出てきてポエムる。


「よく来たな。緋勇 龍麻――――。そして、菩薩眼の娘と《力》持つ者共よ」

このフルネーム呼びはどうにかしてもらえんものか。
もちろん龍麻って名前で呼んでね(はぁと)――という訳ではなく、できれば苗字にしてほしい。まあ、こいつにとっての『緋勇』は、あくまでも父だという愛を示しているのかもしれないけどな。

「――――すべては宿星によって定められた因果の輪の内というわけか」

なんか、タメを効果的に使いやがってむかつく。

「そこで、見ているがいい。ヒトの滅びる様を――――」
「ふざけんじゃねェッ!! 俺たちが、この場で引導を渡してやるぜッ!!」

マリア先生のこととかで、どうにも言い返すだけの気力が無く黙っていたら、いつの間にやら言い争いが始まっていた。皆……頑張ってくれ。こいつと言葉を交すことさえダルい。

「愚かな……。この俺を、斃せるつもりでいるのか。この無限の刻の中を生きる俺を、たかがヒトが、斃せると思うか?」
「無限の刻?」

怪訝そうに、醍醐が聞き返す。
そんな愚痴を相手にしなくてもいいのにな。所詮元は人間、全然『無限』ではないはずだ。
先生たちから見れば、鼻が笑いまくって困るくらいの年数だろ。

「そうだ……。俺は、幕末の動乱の時代に生を受け――――、以来、130余年の長き刻を生き続けて来た。この龍脈の《力》を手に入れるためにな」
「いッ、生き続けて来た――――って」

プー、クスクス。百三十年で無限ですってよ、奥様。
小蒔は律儀に驚いているが、笑ってしまいそうだ。マリア先生が、幾世紀あんな想いをしていたと思ってるんだか。

「もうすぐ、新たな覇王が誕生する。《器たる者》に、この地下に集まる龍脈の力が流れ込めば、偉大なる黄龍の力を手中に収める事ができる――――」
「そんなコトさせるもんかッ!! この東京を、キミの自由になんかさせてたまるかッ!!」

ただただ呆れて、あまり話を聞いていなかった俺とは違い、小蒔が気丈にも怒鳴り返す。
だがやはり、恐れもあるのだろう。小さく震えていた彼女の肩に、励ますようにさりげに手を置いて、醍醐も言い募る。

「貴様が、その永い刻の中で何を見、何を聞いてきたかは知らないが、たかが、130年の年月を生きて来た奴のために、この東京を滅ぼさせる訳にはいかない」

このふたりは、ホントいつの間にやら良い感じだな
ただ、今の台詞は、奴は怒ると思う。

「たかが……だと? 俺は、今まで、ずっとこの国の歴史を観てきた。ヒトの無力さとヒトの愚かさを、そして、天命という、もって産まれた宿星の力を――」

だが、たかが――だろ?
今までずっとこの国の歴史をだと?
知らなかったよ、この国の歴史ってのは、幕末からのものだったとは。

「因果の流れは、全ての者に平等ではない。現世に於いて、その流れに逆らう事ができる《力》を得られるのは、天に選ばれた者だけなのだ」


奴は己の矛盾点にも気付かずに、大演説を続ける。
狂ってやがるぜ――と、吐き捨てた京一に対し、蔑むように笑いながら。

……こいつ、おかしい。本当に狂っている。

発想が、生きた人間のものではない。
永く生き過ぎて、進むことはない。ただ後ろ向きに、何もかも否定するだけ。総てが、己の思い通りにならない――と。

ああ、納得。こいつは――――不老不死なんじゃない。
ずっと――死んでいるんだ。

「人の歴史が愚かなものだというなら、その愚かな刻を生きてきたあなたは、何なの? あなたは、その歴史の中で、泣いていた赤子と同じじゃない。何もできず、誰にも認められず、ただ、泣いていただけのあなたは――――」
「よく口の廻る女よ。貴様らの《力》がいかに無力か――、その考えが、いかに愚かか、教えなければわからぬか……。見せてやろう、俺の《力》を――。俺が、刻の中で、何を観てきたか――」

我慢できずに、とうとう笑いが洩れた。
阿呆にもほどがある。コレだから――ガキが。
貴様の事情なぞは知らん。そりゃ、そんだけ生きていれば、哀しいことも辛いこともあっただろう。で、哀しくて、寂しくて、それに他者を巻き込んできただけじゃないか。しかも傍迷惑に、大規模で。

「葵の言う通りだよ。永き刻を生きる? それは可哀相だな。だが、お前は生きてないだろ。刻の中で、何を観てきたか――――だと? はは、お前は何も見てないだろ?」

まったく何言ってんだか。
お前が今まで、延々と長い間やってきたことは言葉にすれば簡単。

「哀しいことがあって、それからは、ただ膝を抱えて、震えていただけだろう?」

餓鬼が、泣いていただけだ。

別に馬鹿にする意図はなかった。ただ腹がたったから投げただけの言葉は、奴の痛いところを突いたらしい。

柳生は、憤怒の表情で刀に手を掛ける。これは一気に来るかもしれない。
距離にして、約5メートル……互いに一足で無とできる距離だ。緊張はそのままに構える。

「ほざけ、小僧が!!」

ほんとに一気に来やがった。足を踏み出したとほぼ同時に、間近に刀が迫っていた。
微かに見えるようになった剣閃を頼りに躱す。居合いの対策を練った今でも、半分近くはカンだ。ったく、どーいうスピードしてんだよ、このオッサンは。
剣相手に素手が、ほぼ同じ速度で、どう対抗しろっていうんだ。


この前みたいに、相打ち狙いは使えない。何しろ、もうひとつ闘いが控えている。……これから一週間寝こむわけにはいかないのだから。
コレを相手に、俺は殆ど傷付かずに倒す方法か……。せめて、氣を練る時間があればいいんだが。



「ふっふっふっ」

幾度かの交錯の後、飛び退いて距離をとる。
すると、何が愉しいのか、柳生は不気味に笑ってらっしゃった。
怪訝な顔になるこちらのことは気にもせず、奴は気持ち良さそうに、勝手に語り続ける。

「真に殺すには惜しい男よ。今からでも構わぬ――我が元に下らぬか? 何しろ、貴様は、我が野望の為に働いてくれた最大の功労者のひとりだ」

聞き流していた雑音だが、なにかが引っかかった。
聞かなければいい、それは分かっている。だが、奴の言葉の先が読めて、頭に血が上りそうになる。

「緋勇龍麻、九角天童。貴様らは、実によく働いてくれた。龍脈の《力》を活性化させるために、先祖共々……陰と陽の象徴として、道化としてなッ!!」

予想通りの内容に、鳥肌がたつ。

理性は止めろと叫ぶ。この相手に冷静さを失うなと。
感情がささくれ立つ。今の暴言を心から後悔させよと。

相反する指令に、僅かな間ではあるが心が硬直していた。
その隙に、我慢できなかったらしい『何か』が、表面に出てくる。

「ふざけるなッ!!」

口から勝手に、やたらと激昂した言葉が洩れた。

「貴様に躍らされた!? 勝手な事を抜かすな。あれは我らの意志だ。これ以上双方に無駄な犠牲を出す前に――――何者かにいいように操られ続けるよりは、決着をつける。そう考えた我らの結論だ」

言葉の内容自体には大賛成だが、自分の意志ではない。また、勝手にきたのか――龍斗。

周辺に居た思考能力を持たない鬼は、人格交代など気にせずに、ただ隙のある存在に対して、襲い掛かってくる。支配権を強制的に龍斗から奪ってでも退くべきか考えたが、その必要はないようだ。

突如として巻き上がった凄まじい殺気に、怒りに燃える目に、連中は臆したように硬直した。
だが『彼』は許すつもりはないらしい。苛立った様子のままに叫ぶ。

「下衆どもが。邪魔を――――するなッ!!秘拳・青龍」

自分を中心として巻き上がった突風が、連中を吹き飛ばす。
これは……基本型は、昇龍脚か? 凄まじいな。

「貴様……一体」
「全ての黒幕を気取るのならば、百三十年前に、直に我らの前で謳うべきであったな。そもそも我らがあの場で決着をつけた事自体が、貴様の計画の外であろう?」

人が感心している間に、そっちはなんだか勝手に盛り上がってますな。

……それにしても、こいつ、全て終わらす気か? それはそれで楽だが、俺だって殴りたい。なにしろ柳生は、あいつの事を愚弄した。


『――そんなつもりはない、これはお前の闘いなのだから。ただな、俺としても、無性に腹が立ったから、一発いれさせろ』
『……いいけどよ』


不意に頭に響いた言葉に、とりあえず応じておく。
何つーか驚いたな……。前世の人格と、会話までできるとは。

呆れる精神には構わずに、身体が勝手に炎氣を取り込み、精錬する。

「秘拳・朱雀!!」
「くッ」

猛火が柳生を襲い、相当な距離を稼いだ。これの基は、巫炎だろう。威力は比べるべくもないが。そういや、鳴瀧さんが、自分には基本型しか教えられないから、闘いの中で取得しろとか言ってたな。

柳生を燃やしたことで満足したのか、龍斗の意志は潜ったようだ。

瓢箪から駒。
今ので、自分の身体を傷付けずに奴を倒す手段を思い付いた。
精神が二つあれば、別の行動ができる。『誰か』がアレの相手をしばらく引き受けてくれれば、その間ゆっくりと氣が練れる。

問題はその『誰か』。
しばらくの間といっても、柳生相手に渡り合えるのは、そういないだろう。

最適なのは無論、龍斗。だが、降ろしたいのは別の人物。
それが可能か聞こうと思い、チラッとミサちゃんか御門を探した瞬間だった。背後から間延びした声が聞こえる。

「大丈夫よ〜。貴方たちの絆なら〜。ここなら邪気も充分あるし〜〜」

なぜ判る!?

「ひ〜み〜つ〜。でも〜なにか、触媒が有ったほうが〜確実よ〜〜」

だからなんで判るんだ……声に出してないぞ。
まあいいか、ミサちゃんだしな。

触媒――最適なものが家にある。だが、ここは柳生の結界内。可能なんだろうか。

……一応やるだけやってみるか。
柳生との距離は、相当に開いている、失敗しても損はないだろう。


「汝を召喚す。我が元へ来い。童子切安綱」

右手に、見慣れた剣が『跳んで』きた。
おー、良かった。これで来なかったら、俺、馬鹿だもんな。


「愚かな、生兵法は怪我の元。いや、この場合は死の元か」

柳生が偉そうにノタマッタ。
……リーチ伸ばすために、剣を呼んだと思ってんのか? そんなアホなこと、考えるわけないだろ。大体剣術素人の俺が、剣持って何の意味があるんだ。素人じゃない人間に闘らせるんだよ。

向こう側からも、無茶だって声が三個聞こえてきた。
今の声は、シェンに京一に霧島くん。覚えとくぞ。……お前らも俺が、そんな単純な事を考える人間だと思ってたのか。

「剣には剣で対抗って? 切ないな。そんな馬鹿に見えるか?」

鼻で笑っておく。
器の存在を、ただの龍脈の付属品と見做していた体力馬鹿には分からんかもしれないけどな。黄龍の器とは、無限の容量を持つ、優れた入れ物。……別に、入るものは、龍脈の力とは限らない。
強力な降霊機能もあったはずだ。その代償となる邪気は、ここに渦巻く怨念を使う。

呪文は、ただ呼べばいいのだろう?
小さく呟く。召喚の呪に代わる言葉を。

「さてと、こいつは、お前の事さえ、自分が操った結果だと愚弄したんだ。悔しかったら手伝えよ」

まだその辺にいるんだろう?
龍斗と同じく――――納得できないなら、ここへ来い。


「ほう、違うと言うのか」
「当然だ。大体……『生兵法じゃねェんだよッ!!』」

そう叫んで鋭く斬り込んだ『緋勇』を、柳生は驚愕の眼差しで見ていた。
そりゃド素人のはずの相手が、あの太刀筋で自分と渡り合ってれば驚くよな。しばらくはあいつに任せて、俺は氣を練っておこう。

幾度か斬り結ぶうちに、やっと柳生は異変に気付いたようだ。

「貴様ッ、緋勇龍麻ではないな!?」

遅いって。
さっさと気付けよ。『彼』の身体から立ち昇る、真紅の陰の氣に。脳味噌が百三十年で発酵して糸引いてるんじゃないか?

「いーーや、俺は正真正銘、冷酷で尊大で残虐で無慈悲で淫虐で外道で極悪非道で血も涙もない色魔の緋勇龍麻本人だぜ」

一息で言いやがったな、あの野郎。魂魄打ち砕いてやろうか。
確かに他は否定はできないが、淫虐ってなんだよ。使用法が変だろ?



これだけ時間を稼いでくれれば満足。
氣は十分過ぎるほどに練れた。あと必要なものは隙。

何度かの鍔迫り合いの後に『ふたり』が離れた。
これで大技を使ってくれれば――――その思いを読んだかのように、『彼ら』が同じ構えをとる。

最高だ。

強い紅の輝きを纏った彼らが、同時に技をだす。ふたりの声が、唱和する。

「「乱れ緋牡丹」」

奴が、柳生の剣をほぼ相殺する。欲しかったのは、まさにこの一瞬。どんな達人でも免れない、大技のあとの隙。対してこちらには、何の影響も無い。
今まで身体を動かし、技を使ったのは、自分ではないのだから。

身体の支配権をスイッチし、剣から手を離す。
じっくりと時間を掛けて練った氣――、あとは、これを全て叩き込むのみ。


死・ね・よ、ジジイ
色々――そう、本当に色々なことへの礼だ。

「秘拳・黄龍」

まともに入った。
超至近距離からの――――この龍穴に流れ込む大地の氣さえも、いくらか着服させて戴いた上での、最高奥義。しかも攻撃直後の隙をついての直撃だ。
倒せないはずがない。



「乱れ緋牡丹は、殺人剣の奥義。なぜ……」

地面に転がった柳生が、苦しそうに呻く。
飛び乗って踏み躙って踊りたい誘惑を、皆が見ているからと必死で抑え、説明してやる。

「そう、鬼道衆の頭目になら簡単の事だな」
「誰がてめェに操られたって? あぁ?」

俺の口から、二種類の声が流れる。
柳生は、それでようやく事情が飲みこめたようだ。

「九角天童……か。なぜ、貴様が陽に……手を……貸す?」
「てめェが気にくわねェからだ。陽も陰も関係ねェよ」

そう吐き捨てたあと、身体が勝手に肩を竦める。
おお、妙な感覚。

なおも身体が動く。苛立たしそうな――その実、照れている声が続く。

「人使いの……いや、怨霊使いの荒い奴だな。折角気分良く眠っていたのに、何てことさせやがる」
「だって――――むかついただろ?」

薄く笑ってそう首を傾げると、自分の身体が、まぁな――と不機嫌な声で答え、ぷいと横を向く。


……周りの皆のヒいた表情から、相当気味が悪い様子なのだなと察しがついた。
戻ってもらうか。これ以上彼に力を借りるのは、図々しいだろうし。

「ありがとう。今度、雪中梅を墓参りに持っていこう――――小瓶でな」
「ふん、期待しないで待っていよう。……じゃあな」

中にいた気配が、忽然と消える。
ありがとな、本当に。


さて……。
視線を巡らしていると、地面の柳生が、嘲笑を浮かべながら言った。

「だが、もう遅い……。まもなく、黄龍が目醒める。この俺の造り上げた《陰の器》によってな。何もかも、もう……遅い」

遅い? 間に合わない? ふん、面白い奴だな。

「ふふ、ははははははは。本当にそう信じているのか? 楽天家だな、気の遠くなるほど生きた男が」
「なんだ……と」

心底面白くて、哄笑してしまう。
はは、止めてくれよ。地面に転がったままの相手に対して高笑いなんて、こっちが悪役みたいじゃんか。

「感謝するよ。この地脈の乱れを押さえるには、器が受け取るしかない。だが、これほど荒れ狂った強大な力、私でさえ暴走するだろう。しかし、一旦誰かが受け暴走させた力――それにより変生したモノを倒してから受け取る、緩衝された力ならば、話は別だ」

流石、頭の回転が速い。
俺の意図に気付いたらしく、柳生の顔色が変わった。
敢えてゆっくりと、この上なく優雅に、頭を下げる。礼儀正しいな、俺。

「ありがとう、東京を護り、そして私を護ってくれて」
「貴……様ァ、まさか……わざと遅れて……」

悔しそうに唸る柳生を良い気分で見下ろしながら、懐からあるものを取り出す。
目を見張った柳生の顔に、更に幸せな気分が満たされる。携帯に、カメラの機能がついてなくて残念だ。待受画面にとっておきたいのにな。

それにしても、あいつらから報告を受けていないのか?
いや、ひょっとしたら、奴らは命令ではなく、自主的に影を残していたのかもな。

まあ、俺には興味の無い話だ。敵の事情など二度と考えない。
味方を守るために――そう決めたのだから。


で……、お前がしたことで、何が一番むかついたか分かるか?
父を殺された事。友人を殺さざるを得なかった事。客家を滅ぼされた事。自身を殺されかけた事。

――全て違う。

――――胸くそ悪い異世界に封じられ、佐久間やその配下の雑魚連中にボコられたことだ。


あれがあったからこそ、決心した。お前を滅ぼす事を。
必死で探した。その手段を。

その手段とは、五色の摩尼。柳生が嘗て、鬼道衆を操る為に使った術の触媒。
こいつの狼狽する顔を眺めているのも楽しいが、早くしないと回復が進んでしまう。

「そ……それは」
「己が手で創り出した、純然たる陰の結晶。これが織り成す結界ならば、ほぼ無限に近く貴様に供給される氣も遮断できよう。その間ならば……貴様を殺せるな」

倒れる柳生の周囲に、珠をひとつひとつ置いていく。
それだけで宝珠が淡い光を放ち出す。

「私の腕では、結界を張るのに少々時間がかかる。その間に、貴様の生汚い身体は、ある程度は回復するだろうが、所詮は『ある程度』だ。貴様は、父の仇だったな。そして客家の村も……。礼を兼ねて、その長すぎた無駄で無価値で無意味な人生を終わらせてやるよ」
「く……」

黄龍の力を半ば解放する。
本来は、五行の全属性の強力な人間が必要だから。
それをひとりで成すには、全てを備えた存在になるしかない。

「嵐巻き起こすは木鬼
 業火で焼き尽くすは火鬼
 大地を震わすは土鬼
 生死を司るは金鬼
 濁流に飲み込むは水鬼」

詠唱に従い、五行の陰氣が巻き上がる。
寺に充満した陰の氣は多すぎる。それを、一挙に制御か。
頭痛がしてきたが――――やるしかない。

「天の息吹、地の息吹。我が手に集え、陰陽五行の脈々よ」



「貴様……」

結界展開中の邪気の供給により、少しは回復したのか、柳生は剣を支えに立ち上がっていた。その重病人如き有様で、何ができるのかは見物だが。

「剣掌鬼剄!!」

くすくすと笑いが洩れる。あの神速の斬撃が見る影も無い。お可哀想に。
この程度ならば、背後に廻るまでもない。

「おやすみ。己が弄んだ哀しい鬼たちの力によって――――死ね」

柳生の身体が、塵となって消えていく。

鬼になっていたわけでもないのに?

……ああ、やっぱりそういうことだったか。不老不死なんかじゃなかったんだ。
時が止まったその瞬間から、本当は、ずっと死んでいたんだな。


結界を解き、五色の摩尼を回収する。
歩き出した先に、人影がふたつあった。

「終わったようだね」

翡翠と御門が待っていた。
ああ、皆を先に行かせてくれてたのか。途中から忘れていたな。

「ああ。ありがとう、あやうく仲間の前で、殺人をするところだった」
「それよりも顔を拭いたら如何ですか?」

そんなに酷いか――そう思いながら、手の甲で顔を拭ったら、べっとりと一面に血が。

スプラッタ……。あーやっぱ、心臓は止めときゃよかったか。頭とどっちにするか悩んだんだが、脳漿かぶるのも嫌だったからなぁ。

「殺人鬼のようだな」

続けた翡翠の感心したような言葉に、繊細な心を傷付けられながらも、タオルを取り出して拭く。

一生使う気になれなさそうな赤く染まったそれを、その辺に捨てようとしてから思いとどまった。
上に放り投げ、炎氣を放つ。

柳生 宗崇……血の一滴に至るまで、この世から消えてしまえ。
その存在の痕跡など、欠片も残さずに。




お堂のような建物の前で、皆が待っていた。
途中、崩れていく鬼の姿を何度か見かけたということは、露払いもしてくれていたのだろう。

「待たせた。途中、ありがとう」
「龍麻さん……柳生は?」

遠慮がちながらも、雛乃が聞きにくいことを、はっきりと口にする。
神主さんのことがあったから、気になっていたんだろうな。

「終わったよ」

簡潔に答えると、皆の視線が下を向いた。しかも一斉に。

……赦すつもりは全くなかったし、人殺しを悲しむ神経は持っていない。
だから、そんな申し訳なさそうな顔をしないで欲しいんだが。微妙に恐怖も入っているのも、少々悲しい。

ま、仕方ないか。皆、優しいのだから。
それに、さすがにそろそろ急がなくては。
龍脈が噴出する前に、器を人間形態のうちに一回倒して、制御力を削っておいたほうが望ましいから。



「くっくっく。我は、全てを統べし者――」

怖。
中に居た無表情の男は、なんか笑っていた。
柳生……、失敗したなら、中途半端に感情を与えんな。怖ェだろ。

「我が名は、渦王須――――。太極を知り、森羅万象を司る――――」

わらわらと、鬼がヤツ――過王須を護るように発生する。
どちらにしろ、間に合わせるつもりなんぞ、欠片もないのに。ご苦労さまだな。

ほんと……中途半端な存在だな。
顔だって整ってるのかもしれないが、そんな印象は微塵も感じない。マネキンに対し、美形とか感心しないのと同じことだろう。

現れた『敵』を、機械的に見回していた奴の視線が、一点で止まる。
勿論その先は、俺だったりする。

無機質だった目に、初めて感情らしきものが宿る。
それは憎しみか、嫉妬か、羨望か、憧憬か。
どれにしろ、他人から向けられる感情としては――嫌いじゃない。


「ハァッ!!」

全く遠慮も無く、しかも突然、急所である側頭部を狙ってくる。おまけに攻撃までの出が迅く、堅い肘でだ。こんなの通常人に喰らったって死ねるっつーのに、氣もたっぷりと込められている。

呆れを隠しつつ、掌で受けで止める。
当然の結果として、至近距離から相手の目を見る羽目になり、気が滅入った。やる気満々になったらしく、その目には殺る気が満々に溢れていた。

「これは引き受けるから、他を宜しく」

ま、仕方なかろう。因縁的にも、自分がお相手すべきだろう。


ロン毛なので、てっきり術系がメインかと思っていたのだが、外れだったようだ。
過王須は、その後も、普通に拳で襲い掛かってくる。最も避けにくいタイミングで、最も見えにくい方向から、鋭い攻撃がという厄介極まりない方法で。

なんて性格の悪い闘い方だ。お前は紅葉か。



……いや、違う。
この構えを知っている――誰よりも深く。
これは『型』。鏡で幾度となく眺めた、己に染み込ませたものだ。

「まさか」
「人の虚を突き、隙だの死角だのを容赦なしに狙う、そのいやらしい闘い方は、お前のものだよ。その体術も技も呼吸も――間違いない」

呆然と呟いた疑念は、遠間にいた紅葉によって容赦なく肯定された。

同じ……だと? ふざけるな。
己の鍛錬も、死に瀕した経験も、すべて勝手にこいつに流れたというのか。
あの鳴瀧さんに幾度となく殺されかけた日々も、高レベルの敵とやりあって神経をすり減らした経験も、低レベルとはいえ大量の敵に囲まれてそれなりに苦心したことも、全ては俺が苦労した己だけのもの。

それなのに、こいつはそんな経験を積むことなく、俺と同じ強さにあると?
――――納得できるか。消えろ。

だが、己と同じ技を有し、同じだけの反射精度の人間を倒す方法……か。

手がない訳ではないな。
今までに覚えたことを、こいつが真似るのならば

――――初めてのものを、ぶつける。

そして、その一撃で終わらせれば良い。

多少の不安はあるが、紅葉にはできたことだ。型の記憶は、微かにあるのだから、条件はほぼ同じ――可能なはずだ。いや、陰の氣がそこらじゅうに溢れている分、こちらの方が楽かもしれない。

そんなことを考えているうちに、過王須が見覚えのある構えを取る。
あの距離から鳳凰ってことは、俺だったらそれを囮として同時に距離を詰め、接近戦で練氣ではなく手数で押す。

――ということは、相殺直後に氣を練れば、おそらく間に合うだろう。
アレは確か硬直時間が尋常じゃなく長かったはずだが、この空間で当たれば、相手はもう動けないと思われるしな。


「「秘拳・鳳凰」」

遠間からの撃ち合い。
相殺された光が眩しいが、それに目を細める余裕はない。

「秘拳」

溜めの時間が、鳳凰並に長い。よくこんな恐ろしい技を使えていたな、アイツは。
おまけにこれは、終わったらしばらく動けない。

正直、怖くて仕方が無いが、集中しなくては話にならない。
これは陰の龍――――静謐なる闇にたゆたう龍の技なのだから。

一瞬で間合いを詰めてきた渦王須の連撃を、半ば勘で躱す。一応己の技だから、なんとなく身体が覚えている。数発は貰ったが、芯を外している以上、問題足りえない。

続けていた練氣により、五行の氣は十分に集まった。
目の前の男に、それを解放する。

――五龍殺


己の身体を、五行を象徴する五色の龍が通り抜けていった感覚に、しばらく硬直していた。
なるほど……、これでは動けない。身体内のバランスが、一時的とはいえ狂っている。

ゆっくりと呼吸を整えて、歪んでいた視界を戻す。
戻ってきた五感を確かめつつ、視線を巡らす。

これだけの欠点を持つ技だ。もちろん、その代償分の力が、攻撃力に上乗せされる。
倒れた渦王須の身体は、ぴくりとも動かない。


「間に合ったようだな」
「あァ。――――――ッ!!」

安堵しかけた京一たちには悪いが、そんなわけ無いだろう。大体間に合ったら、困るんだ。

「おッ、おいッ。渦王須の氣が――ッ!!」

行き場を失った噴出寸前の龍脈が、暴れている。
俺の方にも打診するかのように、力が流れ込みかけるが、拒絶すれば良い話だ。
結果、既に受入態勢に近く、拒否などという感情を持たぬほうに、その強大な力が殺到する。任せた、ファイトだ。

「ウオォォォォォッ!!」

狙い通りに、過王須の身体に膨大な力が流れこんでいく。君が居てくれたからボクも生きていける、ありがとうって感じだ。実際のところ、コレが居なければ、封じから放たれた地脈を、俺ひとりで受け取るか、紅葉と折半するしかなかったのだから。想像しただけでも、疲れる。

「なッ、なんて氣だッ!!みんな――、逃げろッ!!」
「ウオォォウオオォォーッ!!」

醍醐の忠告は、ちと遅かった。
ほぼ同時に、過王須の身体が膨れ上がる。四神覚醒の比ではない大量の氣が、過王須の中に流れこんだのだから、ヒトのカタチを維持することさえ、不可能だったのだろう。

それに伴い、金の渦だの暴風だの氣の乱れなどが、一斉に生じる。揺れも感じるな。龍脈の活性化も起きているようだ。
それがやや納まった時には、上空に巨大な黄金の龍が浮かんでいた。空間自体も、異次元チック。

そして、四神の力を宿した宝玉が現われ、場を固定する。
そういや、アレも一応は黄龍、四神の王だったな。

苦笑しながら、皆を見回す。
大玉転がしの玉のような宝珠の破壊は、彼らに任せるしかない。

「宝珠を破壊すれば、この異界は維持できず、黄龍も消える。それぞれの色が、四神と対応しているから気を付けて。で、それぞれ守護場所が弱い。玄武は上部中央、ってね。詳しくは翡翠と御門、頼む。俺は、龍からの力を防ぐのに一杯だから」

敵意一杯の目で睨み付けている、あの金の龍をどうにか抑えなければならない。
そういや渦王須の奴も直前までは感情が無かったくせに、一番にこちらを狙ってきた。そんなに本物が憎いのだろうか。こんな宿星、大して嬉しい事もないのにな。



「いてて……」

何度目かの上空から降り注ぐ金色に輝く力を、吸収し中和する。

そろそろきつい。

これは、黄龍が本来は陰陽両属性だからこそ可能な技。
アレが居る限り、俺はあくまでも陽属性が過多。陰の吸収効率が、相当に悪い。
で、奴の攻撃は陰属性が過多になってると。困ったもんだ。

集中が僅かに乱れた時、ヤツが連続して波動を放った。
まずった……。

「危ない」

誰かが避雷針の如く、ヤツの力を吸収し、逃した。
紅葉か。よく考えれば、できるよな。器ではないが、こいつが真の陰の王龍なんだから。

「助けて欲しかったら、言いなよ」
「お前、この期に及んでその言い草か」

この非常時に。
流石に脳の血管が切れかけたが、平然とした顔で返される。

「言っただろう。お前が『望む』のならば、協力させてもらう、と」


ああ。
――そうだ。突然思い出した。

ガキの頃に、言われたんだった。

それが定められたことなら、仕方がないので協力はするし、君を護る。
君が――――『望む』かぎり。

それを自分で『望まない』と答えたんだった。
ウマの合わない相手に、いかにも嫌そうに言われたことも、その原因。

だが、なによりも、代用品ということが申し訳なく、そして同時に嫌だった。
今はそんな場合ではない。
ここで吸収しきれず、死ぬなり瀕死なり――器の存在が消える事態となれば、残った龍脈の力の制御は、不可能となる。

「……頼む」


こうなればこっちのもの。
二人掛かりならば、陰も陽も完全に備えた状態だ。
陰陽の均衡が、急に崩れることのある元・渦王須の黄龍の力だが、どちらにしろ問題なく吸収できる。

その間にも、御門や翡翠の指示により、皆が、的確かつ丁寧に弱点を突いて、宝珠を砕いていく。



「秘剣、朧残月ッ!!」

最後の朱雀の宝玉が、京一に砕かれる。これで、黄龍を固定していた場が、完全に消滅する。

――と思っていたのだが。
流されまいと、黄龍が必死に足掻く。
その無限ともいえる能力を、ただその場に居残る為に使っている。

あまりに無様。
いくら作り物とはいえ、仮にも黄龍を名乗る存在だというのに。不愉快だ、さっさと消えろ。

残る為に全能力を使用する黄龍。それを断ち切るには同じ力を使えばいい。
この場でならば、アレが可能だろう。
が、ひとりで完全に降ろすのは、負担が大きい。

せっかく奴が『協力』してくれるというのだから、存分に巻き込もう。
おまけに、ここには封龍の一族までもいる。


「シェン頼むよ」
「へ、何を?」

それはもちろん、双龍の制御だな。客家の長の一族に望むのは。
あくまでもあっさりとそう告げると、顔面が引きつっていた。この非常時だ、気付かないふりをしよう。

「ちょ、ちょい待ちッ!! あれは、仙道士級でないと使えん秘術や」
「今の君なら平気。ちなみに秘術――神龍天昇脚でなく、もう一個上」
「……禁呪やんけ」

呆れ顔で呟いていたが、本当に平気だと思う。
私的強化週間ってことで、何人かに二名以下で旧校舎196〜200階のクリアをさせてみた時、彼は達成できたのだから。

「紅葉」

双龍の制御――――その言葉で察していたのだろう。
視線を向けると、嫌そうな表情ながらも、既に集中の姿勢をとっていた。

「ああ。では……陰たりし陽は、闇に舞う紫龍。闇王降臨、紫龍変」

紅葉の瞳が、色を持つ。
覚醒する。
陰中の陽、陰に在りて誇り高く輝く、陰陽備えた王龍――紫龍へ。

「陽たりし陰は、光煌く黄龍。聖王天臨、黄龍変」

陽中の陰、陽に在りて安寧を纏う、陰陽備えた王龍――黄龍を自分の身体に降ろす。


「龍吟の如く、鮮麗と天翔るは、陰」
「龍笛の如く、轟破と天貫くは、陽」

元在る場に還れ。

「「陰陽・神龍滅霊破陣」」

真に大極を知る者による存在の否定。
いかなる結界も、いかなる存在も、総てが無効となる。

消えろ。

「見ろッ、黄龍が消えていく――――ッ」

黄龍の力は、消え去った。その姿は縮んでいく。
ただし、戻るんじゃない。
人間の器として限界をも遥かに超えた故に、もはや人としてのカタチも保てまい。



「終わったのね」
「ああ……。もう、黄龍の《力》を感じない」

あちこちで安堵の声が聞こえてくる中、おそらく一・二を争うほど負担の高かった隣のふたりに、確認の問いを投げる。

「生きてるか?」
「んーー。疲れたけど、わいは基本的には、制御しただけやし」
「多少ふらつく程度で、問題はないよ。氣がいくらでもあったから、補給したようだ」
「そっか。ふたりともありがとな」

変生や方陣よりも、その前の力の中和が効いていて、非常に疲れてるせいか、するっと礼の言葉を口にしていた。
紅葉には、妙な物でも見るような目付きで、気持ち悪そうに返されたが。

「何かヘンな物でも食べたのかい」
「お前には一生礼をいわん」

言い捨てて、皆の中心へと歩き出す。
せっかく本音だったのにな。


「これからも、こういった事が起こっていくのかしら」
「人の欲望が尽きない限り――――、心の奥底に陰がある限り――――、これからも、柳生の様な者たちは現れるだろう」

寛永寺を振り返り、不安そうに呟いた葵に対し、醍醐が応じていた。

……が、そうか?
今時、世界征服を目指して、あいつほどに、日々コマメに頑張る奴は、そうそう居ないと思うんだが。

「だが、俺たちがそうであったように人の心には、陽がある」

黙りこんだ皆を励ますように、醍醐が諭す。
俺とは違う理由で黙り込んでいた彼らは、その前向きな言葉に、力強く頷いた。

「うん……、そうだよ。人には、誰かを護りたいと思う心がある――――」
「あァ……。希望のために闘う心がある――――」
「それに、人を愛する心がある――――」

……順に、小蒔・京一・葵の言葉だ。
中に……入れねェ。というか耳まで赤く染まりそうだ。

いや、良い言葉なん……だけどさ。

「ああ。そうだ――――。その心がある限り、何度でも闘ってやるさ。たとえ、陽と陰の闘いに終わりはないとしても」
「えェ。この心があれば、きっと、乗り越えて行ける。何度だって。きっと。きっと――――」

美しく締める醍醐と葵の間に、やはり入れず、助けを求めるような目で周囲を伺ってしまった。

皆の反応は、感涙にふける組と、ちょっと引いてる組に見事に分かれていた。正確には、その他としてミサちゃんと舞子と芙蓉がいたが。

ひとりじゃないことに安堵し、つい笑いが洩れた。
その声が聞こえたのか、全員の視線が集まる。二十人以上に注視されると、今更だがなんか照れるな。

まあ、真の締めの言葉は自分が言うべきだろう。
皆を見渡し、ゆっくりと口を開く。

「本当にありがとう。無事に終わったのは皆のおかげだ」

それは本心からの言葉。
皆が居てくれたから、生きようと思い続けられたのだし。

そうだ……報告に行かなくてはな。先生たちの待つ学園へ。

「さあ――帰ろうか」

それぞれの街へ。それぞれの大切な場所へ。

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