「わりと真剣な依頼があるのですが」
事件の始まりは、御門のそんな言葉だった。
稀代の陰陽師の真剣な顔に、江戸の守護を担う飛水の裔と、その主にあたる黄龍の器は、思わず姿勢を正した。
「今度、型月のオンリーイベ」
「……おい、薄い本買ってこいとかなら、式神にやらせろ」
遮る龍麻の言葉に、御門は、下らないことを――とばかりに肩を竦めた。
「その用事なら、足を運びますよ」
「運ぶのか」
「それでですね――」
如月の突っ込みはスルーされた。
仲間内においては、基本はツッコミ属性の面子ではあるが、彼ら性格に問題アリグループ内に限っては、ツッコミ・ボケが適度に流動する。
「星の巡りが、ここ数年で、最強最悪になる日がありまして、まさにイベントの日なのですよ」
しかも鬼門近くだというのに――と、御門が溜息を吐く。
閉鎖空間にて人が一定以上集まるだけで危険なレベルだというのに、煩悩やら情念やら強い思いを抱く人々が集まるのだと。
「私の見積りでは、二割弱ですかね。それなりの厄介ごとが発生する確率は。無償で趣味と実益も兼ねて、何かあった場合の用心に行こうかと思っていたのですが、外せない『仕事』が重なってしまって」
そう高い可能性ではないのだと、御門は説明する。
所詮『嫌な予感がする』程度の懸念であるのだから、配下の陰陽師を赴かせることも考えたのだが――
「全くの一般人に同人即売会は、敷居が高いかと思いまして」
言外にて『お前らは平気だろ』と断じられた気がして、ふたりは不満を口にする。
「人聞きの悪い。俺は基本隠れオタだから、イベントとか未経験だぞ」
「僕もそうなのだが――興味がなくもないかな」
但し、如月は意外にも割と乗り気だった。
こちらから攻略すべきだと判断した御門は、経費で適当に買い物して良いなどの条件を持ち出した。
家訓が『タダより素敵なものはない』な商売人は、あっさり頷いた。
ふたりでならまあ良いかと、渋々頷いた龍麻に、御門は嬉しそうに懸念材料を追加した。
「実は、私が行くなら記憶弄るつもりでしたので、潜り込む手配をしていないのですよ。だから――悪目立ちして下さい」
コスプレOKな会場なので、『凄い目立つ○×△』が居たなーという印象で、現物の方を塗りつぶせと。
スタッフなりなんなり、自由に動ける立場があるのかとの予想に反し、バレてでも立ち回り、目撃情報はコスプレで誤魔化せとの無茶な指示に、龍麻が珍しくも嫌そうに顔を顰める。
「めんどい……コスプレだって未経験なのに」
「裁縫の心得はないのだが」
やはり、意外なことに如月の方が乗り気だった。
その辺はこちらで用意しますと御門が請負い、では『誰』にするかという話題になった。
「おい……ランサーとか全くなしか。先生とか」
君は・貴方は、言うまでもなく言峰――と、議論を早々に終わらせられた龍麻は、抗議の声をあげるが――
「黙っていれば確かに美形といえますが、ランサーはありません。貴方に奥ゆかしさはない」
「ボイスもグリリバじゃない、君のツラと性格のキャラは子安とか置鮎だろう。あと、先生の文系もやしの線の細さは、君にはカケラもない」
――ダブルで迎撃を喰らった。
顔は良いが、図々しくて、図太いとのお墨付きだった。
「ヒデェ、こいつら。……翡翠はどうすんだよ。一番似てるのってぶっちゃけ舞弥さんだけど、彼女普通サイズだろ。そもそも言峰と舞弥さんて変な組み合わせだし。俺も切嗣にして、元キャラより10センチほどデカイ人たちになるとか?」
「……折角なので、龍麻さんは動かしたくないですねぇ」
御家族とか……などと、ブツブツ呟きだした御門のシンキングタイムを、如月は慌てて遮った。
「は、はいてないシスターや、キャミソール美女は、幾らなんでも嫌だ! というより無理だ!!」
「その人選は、線の細い美形でも、男がやっちゃいけない露出だと、俺でも思う。かといって、赤スーツも金ピカも、翡翠のイメージじゃないんだよな」
「金ピカも180cm超えですからねぇ。師匠は体格は大体OKですが、如月さんに赤が合わないですし」
侃々諤々のやり取りの後、数日が経過し、試作品を持参した御門が、骨董堂を訪れた。
「露出度低いとはいえ……女装か」
「もの凄く今更ですし、せっかくここまで製作したので、そのまま進めて頂きますが……」
げふーとエクトプラズム出しながら自分の衣装を眺める如月に、御門は言い辛そうながら告げた。
「龍麻さんが言峰なら、体格差と関係性から考えれば、如月さんは切嗣でも良かったですよね」
「あ」
「あ」
身長180台半ばのラスボス神父。
それとのセットは、何も神父に従う暗殺者の170cm前後のスレンダー女性にすることはない。
体重・身長ともに大体如月と似通っている、比較的細身な主人公でも問題ないはずだ。
「あー、つい陣営ごとで考えていたな。普通の他陣営は変だが、宿敵レベルで関係あるなら、アリだよなぁ」
「黒のスーツとコートだけ……銃は、モデルガンが間に合わないようなら、こちらで本物を手配するから」
女装を避ける為に。
何か間違っている意気込みを口にする如月に、龍麻は冷水を浴びせまくった。
「コンテンダー用意は流石に厳しいだろ。それに、イメージは相当違う。雰囲気だけなら、まだ俺の方がいける」
「雰囲気はそうかもしれませんが、175cm67kgは図々しいですよ、ガチムチ体型」
今度は御門が龍麻に放水した。
「……ガチムチ言うな。オマイラが細いんだ。俺は普通だ。戦闘者には、体重も要るんだ」
珍しい龍麻のガチへこみであった。
結構、気にしてるのだろう。
「布地増やしてアレンジしてもらったんだし、そもそも仮面あるんだから良いだろ」
結論は『そのままで』。
まだぐちぐち文句を垂れる如月に、神父姿という特に抵抗のない服装である龍麻は、簡単に言う。
「……『他愛なし』でも良かったんじゃないか。なんでわざわざアサ子さんなんだ」
神父の配下の暗殺者は、複数居る。
確かに出番がまだ多いのは、女性アサシン 通称アサ子さんではあるのだが、次点として、やられ役として脚光を浴びた男性アサシンもいるのだ。
「「なんでって……くのいちっぽいキャラ、とっても似合うから」」
如月の、しつこい抗議に帰ってきたのは、息の合った止めであった。
一言一句同じであった。
着替え終わったふたりに対し、御門は、なんとも微妙な半笑いの表情をみせた。
「如月さんは、雰囲気よく出て……というか、龍麻さんは、まんまですね」
エクステにより、ポニーテールを結い上げ、本来のキャラより、胸や腰周りの布をさりげなく増量することで、すっかり男だとは分からない如月も確かに高レベルだった。
対して龍麻は、髪型を変えた程度で、神父服をまといロザリオを下げただけだというのに、体格やらも大体同じの為、異様にキャラに似ていた。
「……確かに言峰にも非常に似てるが、正直、がっしりした壬b」
「それ以上はいけない」
如月の見も蓋もない感想を、龍麻は素早く遮った。
前髪を下ろした髪型が、かっちりしたカソック姿が、それらが醸し出す印象が、学生服時代の半身に、酷似しているのである。
「鏡見て、リアルにぐげって呟いたんだぞ」
自覚はあった。
だが、言わないで欲しかった。
「あ、そうだ。黒鍵欲しい」
「絶対言うと思って、試作してました。氣を通してみてください」
こんなこともあろうかと――と、御門は衣装荷物の奥から、何かを取り出した。
刀身のない柄のようなものを渡された龍麻は、言われたとおり氣を練った。
某光のセイバーの如く、ぶおんというわずかな音と共に、刀身が現れる。
「え、何これ? ホントすげー」
「柄の中に符を仕込んであり、その符が、通過したエネルギーを金氣に変換します。サイズの方を固定してありますので、氣の多寡は刀身の強度に反映されます」
某光のセイバーほど蛍光灯的ではなく、突然生じたという事実を知らなければ、普通の刀のように見えるものであった。
「うわー」
「「おお〜」」
シャキーンとポーズを取る龍麻に、基本無感動なふたりが、珍しいことに歓声をあげる。
そろって拍手さえもしていた。
本人のツラの良さだの鍛えられた体格だの――衣装がプロ製作だということも手伝い、凄まじいまでの完成度だった。
「ん? これ、接近戦どうするんだ。言峰、舞弥さんのときどうしてたっけ」
「さあ。まじかる☆八極拳で全て押したらどうだろう」
「どうしてましたっけ? 如月さんBD持っていましたよね?」
しばし、そのまま余計な話まで視聴する。
ちなみに、彼らは三人ともBlu-ray BOXで購入済みである。
「よし、こうなったら、この戦闘方法を旧校舎で練習しよう」
「珍しくやる気に満ちているね。まあ、承知した」
龍麻はもとより、如月も乗り気のようだ。
元々原作から好きで、BOX購入しているのだから、必然の流れともいえるが。
「……私は、それなりに忙しい身なのですけどね」
御門は、当然のように召集面子に自身が含まれていることに嘆息しつつ、そもそも自分の頼みが発端であったのだから仕方ないかと、なんとか己を納得させた。
「……その格好は一体?」
「今度、このコスプレ状態で、……ちょっとした潜入をするのさ」
神父の服装くらいで、金髪逆立てた奴に言われたくないと思いつつも、龍麻は軽く経緯を説明する。
「――で、慣れない武器を使う可能性があるので、慣らし運転。別にカルテットデートじゃないから、浮かれないようにな」
「なッ!!」
「うッ」
召集面子――恋人4組――から、少しはそんな期待があったのだろう。
付き合いだしてから、それなりの時が経過したのに、今も尚初々しい雪乃・雨紋は、揃って頬を染めた。
「雪乃・雨紋は、守りの要なので、術師たちの護衛をマジよろしく。マリィと御門は、何かあったらすぐ発動できるレベルで攻撃術用意。葵と舞子は俺と翡翠が怪我をしたら即時回復を」
「こんな階層で、龍麻くんたちが怪我するか?」
疑問を口にする雪乃に、全く戦法が違うから、念入りに安全策を取るのだと龍麻は説明した。
実際のところ、くないや忍者刀と大差ない形状・重量の暗殺者の短刀を使う如月には、それほど影響はない。
だが、龍麻にとっては大問題。
最近剣術は結構なレベルで習得してみたが、このキャラの基本戦法は投擲。
彼の奥の手である八極拳の方は、むしろ得意分野といえるが、投擲――しかも長剣レベル――は、全く心得がない。
正直、投げてみて調整するしかない。
ゴメンネ☆旧校舎の魔物さん(ゝω・)という状況なのである。
「全くの未経験だって言ってたよな。何で当たるンだ……」
「すごい……どんどん正確になっていくな」
顔見知りの拳武の投擲系暗殺者たちを夜分に捕獲して、練習してみた下準備があったとはいえ、尋常ではない習得速度であった。
手足のみを狙う程度は当然として、最終的には身体ギリギリを縫うようにして壁に張りつけ身動き取れないようにした後、止めで頭部を貫くという、悪役にしか必要でない技能を会得していた。
「じゃあ、次俺の防御練習。翡翠頼むわ。御門は、そいつ麻痺かなんかで動き止めといて」
龍麻が、仲間内の殴り合いがレベルアップ等に有効なS・RPG的なことを言い出した。
確かに旧校舎においては、敵を全て倒すと、蠕動するかのように、次の階層に追いやられてしまうので、敵を残す必要はあるのだが。
「普段の得物で良いかな? この剣だと咄嗟の寸止め等の自信がないよ」
「勿論そうしてくれ。怪我やだ」
コスプレ用の小型曲刀を地に置き、如月は手馴れた忍者刀を取り出した。
「僕の練習にもなるから、奇襲を前面に出すよ」
「おけー」
言葉上は弛緩していたが、ふたりの間の空気は一挙に張り詰めた。
高速、かつ撹乱を多様しながら斬りかかる暗殺者の刃。
神父の剣が、それを受け、弾く。
澄んだ刃音を鳴らし、数合打ち合い、距離を取る両者に、見物人たちは拍手を送った。
「うがーッ、指折れる」
緊張感をぶち壊す情けない悲鳴を、龍麻が上げた。
涼しい顔で、激しく刃を交わしていたが、我慢していただけのようだ。
「指に挟んだだけで、剣受けたら、それはねぇ。投擲に特化しているから剣戟に向かないって、型月 Wikiにもあるのですから」
「小太刀と同等重量の忍者刀でそれでは、太刀や……ましてや西洋刀だったら、手首から折れるよ」
「複数本を使用するのは投擲のときだけだな。……防御の際は、一本にして、ちゃんと握らないと余裕で死ねる」
このまま色々練習して武芸百般になったうえで、実は徒手が一番強いってキャラになろうかな――などと、真剣に武芸に取り組んでいる人々に張り倒されそうなことをほざく龍麻に、割と真剣に取り組んでいる雪乃と雨紋は顔を見合わせて、そっと溜息を吐いた。
「じゃあまず長物の会得から。雪乃と雨紋、次の階で教える」
「断定かよ」
「命令形ですらないンかよ」
これで四次ランサーもできる――と言いながら、本当に二刀流ならぬ二槍で攻撃を捌いている龍麻を見て、如月は何だか色々と嫌になった。
無論、雨紋たちは手加減をしているのだろうが、一日でとりあえず二人同時に相手取れるとか何なのだ。
「不公平だ……なんだあの才能」
「あの人、パラメータでいうと、ほとんどがA適正なのでしょうね。術師にもなれると思いますよ。絶対私は教えませんけれど」
珍しい如月の愚痴に、御門が苦渋に満ちた表情で応じる。
相当の才能を持って、面倒な家にて、途方もない努力により、今の立場に在る彼らには、周りの庇護があったとはいえ、高校まで割と呑気に暮らしていた龍麻の凄まじい才気は、羨ましくもあるが、正直、恨めしい想いすら抱く。
「ただいまー」
二本の長槍を、バトンかなにかのように、クルクル回しながら戻ってきた龍麻に、彼らは微笑んで応じた。
「お帰り、爆ぜろ」
「お帰りなさい、もげるといいですよ」
「酷ッ!? 特に御門!」
その完成度と元々の素材の良さにより、当然のように会場中の注目を集めまくった龍麻たちであったが、残念ながら、全ての視線独り占めとはいかなかったようだ。
同様に衆目を浴びる、黒のスーツに同色のロングコート――主人公 衛宮切嗣と、寄り添う銀髪に赤い瞳の美女――妻のアイリスフィールがいた。
「……どこの人だろう」
役作りの域を超えた『切嗣』の暗く鋭い目つき。
最大の特徴である『目が死んでる』をここまで再現できるレイヤーさんは、プロの役者にでもなるべきである。
「おそらくは――MM機関の審問官だろう。日本の系統ならば、御門の耳に全く入らないことはないだろうし、外部でありながらこんな陰陽寮の管轄に平然と入ってこれるのは、あそこぐらいだ」
「またバッティングかよ。俺、いい加減、ブラックリスト載らないか?」
もう載ってるんじゃないかとの如月の言葉に顔を上げてみれば、『切嗣』にガン見レベルで凝視されていた。
ひー勘弁してくれとの呟きが聞こえた訳ではないだろうが、彼らは仕掛けてくることなく通り過ぎていった。
そのまま何事もなければ良かったのだが。
コスプレが結構な目玉なイベントであるらしく、ベスト○●と、メインどころのキャラの出来の良いコスプレイヤーがちょっとしたステージに集められ、当然のように龍麻たちは選ばれた。
壇上からなら、全体の様子が見渡せて良いかと拒まずついていけば、同じ発想なのだろう。
既に審問官たちが揃って居た。
「『切嗣』と『舞弥さん』にしようか迷ったんですが、こんなに完璧な人がいるなら、『言峰』と『アサ子さん』にしといて良かったですよ」
「『言峰』さん、意外に軽いですね〜」
チクチク刺さる審問官たちの胡乱げな眼差しをスルーしながら、適当に司会者の質問に軽く応じつつ、会場全体を確認する。
ああ既に澱んでる一角があるなと、しばらく考え込んでいた龍麻は、如月に小さく裾を引かれて、意識を近場へと向けた。
流石は主人公とラスボス的宿敵――どうやら最優秀的なものに、男性の審問官とダブルで選ばれてしまったらしい。
「外道コンビのお二人が絵的に格好良過ぎるので、握手かなにかして頂けますか」
司会の女性の異様に期待が満ちまくった瞳に、龍麻は苦笑する。
こんなレベルの殺気を発する相手に、片腕預けるなんて無理だった。
それは相手も同様だろう。
「このふたりなら、801的に、武器の突きつけあいとかの方が良いんじゃないですか」
「それはまさに願ったり叶ったりですけど……」
己の欲望に素直な司会者はともかく、審問官は、一瞬僅かに息を呑んだ。
「801的というと……君の口に銃突っ込んで、【そう――もっと飲み込んで。僕のコンテンダー】とか?」
直後、意外とノリ良く下ネタ放ってきたが。
「【ふえぇ、そんなに大きいの入らないよぅ】なので、まあ普通に」
龍麻は同じく下で応じながら肩を竦めてみせる。
ああ、普通にと――淡々と返す男の腕の中に、一瞬で魔法のごとく大型の銃が現れるのを見て取り、御門から渡された符入り柄を一本手に取り、適度に氣を練る。
結果として、よくイラスト等で見る構図になった。
――審問官の銃は、龍麻の額に突きつけられ、氣で生成された刃は、審問官の首筋に当てられていた。
きゃあああという歓声とともに、写真を撮られまくっていたが、眩しいフラッシュにも目をつむることはできなかった。
予想以上の腕利きであった。
銃を取り出す速度が凄すぎる。
彼の早撃ちの実力に、そのまま直結しているのだろう。
コンテンダーなどという特殊な銃を、常時使用しているとは思えない――つまりは、不慣れな得物での速度がこうなのだ。
頚動脈に刃面を置いている以上、引き金を引かれても、相手にも致命傷を与えることは可能ではあるが、脳天をぶち抜かれて再生できる自信は、流石の龍麻でも持っていなかった。
絶対に死ぬとは言い切れない辺り、最近『人間』としてどうなのだろうという自覚はあるが、限界点を試してみる気は更々ない。
ゆえに、結構危険な状況であると言えるので、敢えて余裕ぶるために、口元をわずかに歪める。
それが気に食わないのか、審問官の眉根が寄った。
黄色い歓声が、一段と高まった。
偶然ではあるが、表情が見事なほど、それぞれのキャラと合っていた為、何だか色々昂ぶったのだろう。
芸能人かよ――というレベルで、先程の比でなく写真を撮られていた。
しばしの膠着状態の後、同時に武器を収める。
下ろすだけではなく、完全にしまいきる。
司会者に突っ込まれると、お互い困るとはいえ、非常に素早いものだった。
先程チェックした、要観察ポイントへの移動中、銃をあてられていた額をさすり、龍麻が嘆いた。
「ひどいなアレ。普通に硝煙の匂いしたぞ、あの銃。隠す気Zeroだ」
囁き声に、心底面倒だという想いがとてもとても篭っていた。
あの雰囲気ならば、やりあうとしても彼ら同士だろうと読んだ如月は、すっかり他人事の気分で戯言に応じる。
「普通の人は硝煙の匂い分からないから、大した問題じゃないのでは?」
「一般常識だろ。……そういや女性の方、マジもんの髪だったよな。いいなー、俺、ホントは銀髪碧眼に生まれたかったんだよなぁ」
「それは黄色人種にとっては、非常に絶望的な望みだな。オッドアイじゃなくて良いのかい?」
「そこまでぱーふぇくつに厨ニじゃない」
ひそひそと小声ながら、彼らは、軽口をたたき続けた。
これから、面倒ごとが待っているなど知る由もなく。
「早ッ。……フットワーク軽いな。陰陽寮なんて、御門の推測でも動かなかったんだろ?」
「『切嗣』の方は、元々日本駐留なのだろう。顔立ちも日系のようだし」
現場に到着した龍麻は感心した様子で、見えない筈の結界内を視ていた。
雑多な霊に囲まれ、既に戦闘中の審問官たちの様子に、くきりと首を傾げる。
「あの腕で……なんで、この程度の連中に、そこそこ苦労してるんだ?」
「これは……人選ミスじゃないかな。おそらく、彼、タイマン型だ。対多数の殲滅力はさほどでもないのだろう。『アイリ』は術者なんだろうけれど、……彼女は抑えの結界張りっぱなしか」
女性の方は、雑霊どもを会場側に行かせぬ為に、結界を維持し続けて、手が出せないらしい。
なるほどねーと呑気に頷きながら、柄を取り出した龍麻に、如月は首を傾げた。
「手出しするのかい? 時間を掛ければ、問題なく処理できると思うのだが」
「見物のみもヒマだしな。十字架の形にすれば、彼らならどうにでも使えるだろ」
ヒュッというかすかな風切音。
結界を破壊することなく透過する剣の雨が降り、雑霊たちは全て刃に縫われていた。
繋げると巨大な十字架を模っていると気付いた銀髪の女は、片腕をかざし、聖句を唱えた。
「Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis, dona nobis pacem.」
結果を見届けることなく、龍麻たちは逃げ出していた。
気になったのか、現場の方を振り返りながら、如月は疑問を口にする。
「さっきのはラテン語による詠唱ってやつなのかな?」
「うん、ラテン語。アニュス・デイは、確か平和の賛歌だったな」
平然と応じた龍麻に、如月は『ああヲタってラテン語とかドイツ語、やたら強いもんな』と納得した。
口にはしなかったのだが、顔に出たらしい。
「ちっがーう。忘れてるかもしれないが、俺、お坊ちゃま校出身だぞ。真神に転校するまでの五年は、中高一貫のカトリック系ミッションスクールだ」
「……ああ、転校生だったね。お坊ちゃま……か」
財力・家柄から判断するに、確かに正真正銘の『お坊ちゃま』なんだろうが、その響きが似合わないことこの上ないなーと、如月は少々酷いことを考えていた。
ちなみに彼自身も境遇的には十分にお坊ちゃまの範疇だが、彼も印象としては『若旦那』の方が相応しい。
「うろ覚えだけど、『我らをあわれみたまえ。我らに平安をあたえたまえ』って感じの訳だったから、おかしくないんじゃないか」
「ラテン語の授業まであるのか?」
「ないわ」
独り言じみた呟きはあっさりと否定された。
ミサ等で歌われる聖歌がラテン語で、音楽の授業にて、そういったものをざっと習うのだと。
「『Kyrie, eleison.』だって、桜ルートで見る前から、元々知ってたぞ。普通は『あわれみたまえ』とか訳すから、あのシーンの『この魂に憐れみを』は、厨ニ格好良すぎて魂震えたけどな」
「ああ、あそこは格好良かったね。初見で分かる黒幕が、あのルートではとうとう共闘し続けるのかと思ったのに」
型月トークを続ける彼らは、既に全て終わった気分であった。
「……なんのおつもりで?」
あとは薄い本チェックして帰るかーなどと、すっかり一般客モードと化していた龍麻と如月は足を止めた。
「こちらの台詞だ」
「いや、こっちのですよ。……正気か?」
不可視の結界を張ってくれるでもなく、人気のないところを狙ってくれるでもなく。
正真正銘、衆人環視の中、審問官の青年が銃の照準を合わせた状態で現れた。
ちゃんとキャリコなのが芸が細かいなあと、軽く現実逃避をする。
如月も龍麻も、記憶操作系の力は全くないのである。
相手が銃だということはどうでも良い。
事後処理、どうしろと言うのだ。
「質問に答えれば手荒な真似はしないさ」
「……ていうか『既に手荒だよな。せめて英語かなんか使ってくれ』」
ふっと微かに口元を緩めた審問官の面に、微かな嘲りを感じて、龍麻は結構イラッと来た。
英語なんてブロークンにしか話せない身としては、本当は使いたくはないのだが、こんな場所で多数の人間に、情報を垂れ流す趣味はない。
「『所属と目的を教えてもらおうか』」
「『無所属。強いて言うなら陰陽寮。そこの友人に、嫌な予感がするから少し様子を見てきてくれと頼まれた。仕事ではないのですよ』」
肩をすくめておどけてみせる余裕っぷりに、審問官は渋面を作った。
徒手状態でありながら、銃を相手に取る態度ではない。
龍麻としては、正式なお仕事の人を相手に、余計な手出しをしたという引け目があった。
だから、これで質問が終わるなら、銃を突きつけられたこと程度――見逃してやろうと思っていた。
「『……友人の名は?』」
プロとしてなら当然のこと、『人員の照合』をし、裏をとろうとしただけだったのかもしれない。
だが、そういう意味では、龍麻はあくまで素人で『友人を売る』気などなかった。
龍麻の口元が歪み、室温が確かに下がる。
如月は仮面の下でそっと溜息を吐いた。
多分、交渉決裂だな――と。
「『不足だとおっしゃる?』」
「『最低の譲歩ラインがその人物の名だ』」
シャッという微かな衣擦れの音と共に、龍麻の手には六本の剣が握られていた。
目に見えて高まる緊張感と冷気を嫌というほど感じながら、如月は、すっかり『もうどうにでもな〜れ』のAAの心境になっていた。
「……断る。私はそこまで広量ではない」
「そうか」
日本語に戻った二人の間の空気が弾けそうになった時点で、現実から目を逸らした如月は、銀髪の女性と仮面越しに目が合った。
彼女も現実を見ないようにしていたらしい。
『どうします?』
『もうほっときましょ』
『そうですね』
確かに目で会話して、諦めた顔で頷きあった。
その間も、睨み合うふたりの緊迫感は高まり続けたが。
僅かな動作での投擲。
同時に放たれた六本全てが、己の手足を正確に狙っているのを見て取り、審問官は目を見張った。
『言峰』の戦法は、現実的ではない。
多数の携帯が必須である投擲物を、長剣にする利点がない。
投擲の威力は長さに由来しないのだから、ただただ武器数を減らすだけになる。
だからこそ、創作物としてはハッタリが利いて、ビジュアル的に非常に映えるのではあるが、採用するはずのない戦法――つまりは、『今回限り』の偽装の技術のはずなのに。
「……それでこの精度か」
呆れた様子で呟き、六本全てを撃ち落す。
刃とほぼ同時に届いた蹴撃を、仰け反って躱し、最低限の距離をとる。
着地した直後の、無防備な背中がすぐ目の前にあった。
投擲+体術。あくまで『言峰』の戦法通りそのままの行動を、実戦で取る愚者の背に、銃をつきつけようとして気付いた。
至近距離でこの体制からの八極拳の有名な技があることに。
直後、審問官は、炸裂弾を喰らったかのような衝撃を受けた。
わざわざ鉄山靠にしてる辺り龍麻も十分凝り性だな――と、如月は呑気に構えていた。
殺しはすまいとの信頼感は、鉄山靠直前の、龍麻の怖気だつほどの無表情に、かなり揺らぎはしたが。
まあそれでも、おそらく大丈夫だろうと思っていた。
「がッ!?」
「え?」
審問官の呻きと、龍麻の呆気に取られた声。
それと、幾重ものガラスが粉砕されるような音が響いた。
本来身体ごと吹き飛んでもおかしくないほどのクリーンヒットであったのに、審問官はよろめいただけであった。
同時に、鋭利な刃物で切ったような傷が、龍麻の頬に生じる。
審問官は、僅かに見える口元の血を乱暴に拭い、更に眼光を鋭くして銃口を上げた。
だが、敵意を向けられ挙句に怪我をした――ぶちきれても可笑しくはない龍麻が、わずかだが困惑していた。
主人公と宿敵の大立ち回り。
すっかり出し物か何かと勘違いした観客の興奮はとどまることがなかったが、今が止めどころだと判断した如月は、一歩踏み出した。
「それ以上続けるなら、私じゃ無理よ。止めて」
銀髪の女性に先を越されたが。
ゴインと鈍い音が鳴るほど、拳骨で相棒の後頭部をどついていた。
「あ……うわ、あー、そういうことか。ホント失礼しました。テンション上がって調子に乗りました」
途端に、本気で頭を下げる龍麻に、如月はしばらく事態が理解できなかった。
が、審問官の青年が、後頭部を抑えながらパチッと指をならすと同時に、会場中の人間が、糸を切られた操り人形のように倒れた様子に、やっと得心がいった。
「いや、こちらも『言峰』と対峙したら何かテンションが。申し訳ない……我らの記憶を全て忘れ、映像等を消去せよ」
後半は暗示なのだろう。
一斉に立ち上がった無表情な人々は、指示に従い己の電子機器を操作する。
「うわ、便利」
「それが彼の特技で――本分ですもの。騒動起こしてごめんなさいね、『残虐なる龍王』」
にこりと。
美しい肉食獣の様な微笑みとともに、銀の女は優雅に頭を下げた。
「これが報告書になります。よく撮れてますね」
後日、骨董堂を訪れた現役審問官は、雁首そろえた今回の関係者たちに、結構なぶ厚さのものを差し出した。
「……ありがとう」
「あ、投げた瞬間の姿見てみたかったんだよな。嬉しい」
「このシーン、直に拝見したかったです。まさに二十四話の再現だったでしょうに」
さすがは強面宗教の実行部隊。きちんとバックアップもあり、しっかりと外部から観察されていたようだ。
龍麻たちは、鮮明な写真付きの報告書にざっと目を通す。
英文ではあったが、大体の所は理解できた。
「……あの女性、あんなに華奢で、大剣使いなのか」
「まさに『それは剣というにはあまりにも大きすぎた』です。己の身長より長い対魔の剣をぶん回す怪力さんですよ」
如月の呟きに対し、術もある程度は使える戦士型だと、壬生が補足する。
そして、青年が、常に多重結界で護身している高レベルの術者なのだ――と。
「で、彼の方が精神と心霊のスペシャリスト。はぁ、ちゃんと最適の人材が派遣されていたんだな。……彼、怪我なかったか?」
「残ってない。近付かれたら終わりという術者の欠点をカバーする方法はいくつかある」
自動防御、または近接戦闘特化型使い魔を使役。
近接戦闘者の仲間、または護衛と離れず行動。
数撃凌げる程の堅さの防具、またはなんらかの魔術アイテムの所持。
ガチガチの防御結界を常時展開。
彼は結界と近接戦闘者の相棒を持つこと、そして、更にもうひとつ併用している。
最も原始的で、ある意味では一番役に立つ手法――本人が直接戦闘能力を身につける。
「――彼は、通常は霊銃使いとして振舞える程に己を鍛えた。か弱き術者を相当ぶん殴ったと気に病む必要はないと思うよ」
「それにしたってさぁ」
龍麻にしてみれば、鎧装備だから力任せに殴ったら、それはダンボール製でした――ぐらいの感覚で、珍しく本気で申し訳ないと思っていた。
「どうしても気になるなら、直に謝ってきなよ。彼、東京常駐だから。昔、彼にボロボロにした襲撃者たちを押し付けたことがあるんだろう? あまりに『言峰』だから、最初分からなかったが……僕を見て思い出したってさ」
「え? あ、四谷の。……切嗣ヘアって凄いな。全然分からなかった」
確かに昔、壬生と間違えられて襲撃された際、半殺しにした連中を教会の年若い神父に投げ捨てたことがあったな――と、記憶の奥底から引っ張り出す。
「ていうか何で役割交換してたんだよ。コスプレ対策か?」
「コスプレは今回限りだが、交換は普段からだ。見た目だけで判断して、彼女と距離を詰めれば潰され、彼を多数で囲めば一挙に殲滅される。有効だろう?」
彼らは偽装用技術も、余裕で実戦に耐えうるレベルだしね――との言葉に、龍麻は溜息を吐いた。
「結局――除霊の邪魔しただけだったのか。それも悪かったなぁ」
「いや、それに関しては、おかげで、非常に楽ができたと、礼を言っていたよ」
彼らも御門と同じく、場の違和感が気になって、正式な仕事ではないのに潜入していたのだという。
上に報告はしていた為、最低限の支援はあったが、隠蔽工作は間に合わず、基本的には青年の精神操作が大前提だったのだと。
「除霊用に彼が秘かに展開していたのは、結構な大規模魔術だった。後の多人数記憶操作のことを考えれば、発動したくない程度には。対して、彼女が実際に行ったのは、場のバランスを崩しただけ。魔力も手間も、格段に少なくて済んだってさ」
「雑霊の抑制や二人の戦闘被害を防ぐ程度の結界で割と苦労していた人なのに、あんな爆発音する術が発動できるのか?」
青年は銃使いとしても相当なものだった。
だが、女性は、結界術を使う者としては、そこまでではないように見受けられたのだ。てっきり、キャラに合わせて治癒魔術が得意などの設定なのかと思っていた。
「彼女は、維持する術全般が不得意でね。攻撃系の術ならそれなりだ。……で、そんな彼女が行使して、アレだったんだ。自分の――自分たちの異常レベルをもっと自覚すべきだよ。日本最高の陰陽師お手製の符と黄龍の氣の塊が、十字架の形に配置されていたんだ。ほんの少し手を加えれば、あの程度の魔なんて、簡単に消し飛ぶ」
手持ち花火に点火したら、打上げ花火が出たイメージだと苦笑していたと、壬生は続けた。
「ところで話は変わりますが御門さん、僕にもあの黒鍵もどき譲っていただけませんか」
「龍麻さんにしか使えないようにしてあるのですが――壬生さんなら微調整でいけますかね。何本ほどでしょう?」
「僕はあんなもの投げないので、数本で――」
何に使うのか――どうせなら、うちで通して売買してくれないだろうかと、商売人的な思いを巡らす如月に、未だに報告書を眺めていた龍麻が同じようなことを話しかけてきた。
「あれ、金属探知機とか余裕な便利グッズだもんなぁ。卸してもらえば? ――あぁッ」
「同じことを考えていたけど、何だい騒がしい」
途中で小さく叫び、わなわなと震えだした龍麻に、如月は首を傾げた。
「記憶消去後、連中と一緒に脱けたから、薄い本買ってない」
「あ……ああッ」
物色中に、審問官に因縁をつけられ、そのまま脱出してしまったのだ。
わざわざ出向いて、何一つ得ていない。
結果的には、ご機嫌でコスプレして出掛け、目立ちまくり、よその人間のお手伝いをして帰ってきただけである。
せっかく御門もちだったのにぃ―――と、頭を抱えぎゃあぎゃあ騒ぐ普段クールだと言われている二人の醜態を、壬生と御門は冷ややかに眺める。
「龍はいつものことですが、如月さんまでもが煩いですね」
「まあ、放っておきましょう。会場入りと同時に買わない彼らの落ち度です。非常識です。で、壬生さん、この状態で氣を通してみてください――」
二人を止めるでなく諌めるでなく、勿論、慰めるでもなく。
彼らはただ静かに、符の調整を続けた。
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