如月骨董品店との古びた表札。
「ここか?」
あまりに本格的な『骨董屋』っぷりに、少々怯みながら紹介者へ向き直る。
「ああ。武器、買ってくれそうな所てーっと、ここしか知らねェぜ」
「大丈夫かなぁ、ホントに。確かにココ弓とか売ってるけど」
自信ありそうな京一の言葉だが、小蒔は不安そうに口篭る。
「まあ、とりあえずは入ってみよう」
「ええ」
旧校舎の探索に凝ってしまい、その報酬として武器が余り出していた。
弓、槍、日本刀、手甲、鞭、帯あたりは使う仲間がいるので構わないが、杖だの呪符だの――しかも、ミサちゃんの見立てでは呪力つきだった――青竜刀などは困る。
旧校舎の教室に適当に置いといたのだが、積もり積もった現状、そろそろ犬神先生の目が怖いので、どうにかする事になった。
そこで京一や小蒔が、部活で使った事のある店ならば、もしかしたら買い取ってくれるかもしれない、という話になった。
「いらっしゃい」
中にいた人物が、静かに言う。綺麗な顔をした細身の青年だ。制服姿だというのに、妙に老成した雰囲気を漂わせている。
なんだか懐かしい気がした。
また、仲間の一人なんだろうか?
「えっとボクたちね、その、あの」
「だから、物を買ってくれるかを聞いてるだけじゃねェかッ」
怒鳴り声に、我に返った。
……君ら、どうして人が考え事をしてる一瞬の隙に、モメ事を起こせるんだ?
「僕は、その品物とやらが、どういったものなのかを尋ねているだけだよ。旧家の馬鹿息子が、納屋からあさった物を、売りつけられて、気付いて血相変えた親に、後から怒鳴り込まれても困るからね。小遣い稼ぎならば、余所でやってくれたまえ」
そう言い放った青年の表情は、相当に冷たかった。
ほう……それに、割と好みな言い方だ。
直接的だが、客にならなさそうだと判断したからだろう。
商売人らしくて、好感が持てる。
「そんなんじゃね、痛ェ!」
さらに喧嘩腰で続けようとした、京一の後頭部を殴る。
事前に注意をしておいただろうに。交渉は俺がやるって。
「お前が言うと、ややこしくなるから、しゃべるなって言ってあったよなぁ。京一?」
「うっ」
京一を黙らせて、青年に謝罪する。
「申し訳ありません。連れが失礼な真似を」
「いえ、構いません」
丁寧に返される。お、俺には客オーラを感じてくれたな。
これで話がしやすい。続けて、尋ねてみた。
「実は買い取り等について、お伺いしたい事が」
「だって、ひーちゃ うがっ、ぎゃっ」
まだ不平を言おうとした京一に、肘うちを入れ、更に足も踏む。
「ごめんね、葵。先に帰っていてくれる?」
「わかったわ。でも脅したりしないようにね」
さらっと言って、連れてってくれた。助かる。
奥の部屋に通された。完全に和室。
ここまできたら、いっそ彼には、和服でいて欲しいくらいだ。
「大物は不可能なので、小物だけ持ってきました。品物とはこういった物の類です」
そういって、比較的小物――忍者刀、指輪、符などを出す。
青年の驚愕の表情から判断するに、結構な代物のようだ。
「これは……みな名品ですね」
彼は、忍者刀を鞘から抜き、軽く振った。
その見事さにこっちが驚く。間違いなく相当な腕だ。
マジで忍者だったらどうしよう。
「それで、これらは何処から?」
「化物からです」
怪訝そうな顔で見返す店主に、平然と微笑む。
「信じて頂ける気がしますので、正直に申し上げますと、今、頻繁に『化け物』に襲われます。いわば、その副産物ですね。それらは」
「化生が落としていったと、おっしゃる訳ですか」
「ええ。信じて頂けますよね。経験がおありの様子ですから」
カマをかけると、わずかだが店主さんの顔に動揺が現れた。
図星なら、平気だろう。
いきなり立ち上がり、殺気を全開にして手加減なしの蹴りを放つ。
座った状態の鳩尾を狙った蹴りは、あっさりと躱される。
彼は飛び退きざまに先程の忍者刀を抜き、切りかかってくる。
京一の剣術とは異なり、抜刀術に近い。
三連撃。一秒間にそんな抜くなよ。
ゴエモンみたいな奴め。やっぱ忍者だな。
呑気な感想とは裏腹に、彼の狙いに容赦は無かった。
眼・首筋・心臓となんの躊躇も無く迫る刀の軌跡をなんとか総て躱し、距離を取る。
もう彼の目がマジになっているので、敢えて穏やかに語りかける。
怖いしな。
「ね、信じて頂けるでしょう?」
彼は、しばらく殺気を漂わせながら、睨んでいたが、ふいに力を抜いた。
「話で納得させる事ができただろう? 君ならば」
呆れたように言うと、彼は刀を置いた。
「手っ取り早いですし、店主さん腕利きっぽかったので」
「……そういえば、自己紹介がまだだったね。王蘭高校三年の如月翡翠だ」
疑わしそうにこちらを見ながら、一応自己紹介をしてくれた。
「真神学園三年の緋勇龍麻です。では、引き取ってもらえます?」
「はかにも沢山あるのかい?」
嫌そうだったので、ちゃんと買いに来る可能性も匂わせておく。
「槍とか鞭とか長刀とか山ほど。また、仲間が増えたら、買いにくる事もあると思うんで」
今ある物の価格を計算しながら、彼は言った。
「ところで敬語はやめてくれないか。これで君はお客なのだから。同学年でもあるようだし」
「了解。護符とかの防御の類がいくつか欲しいんだけど、値段表かなにかあるかな?」
「どうぞ」
ポンと手渡された『お品書き』の値段に、笑ってしまいそうになった。
なんだこの高値。
「……どういったものをお望みで?」
「万能」
どキッパリと答えると、彼は一瞬黙った。
そして、薄笑いになって答える。
「ひとつだけ所持しているけれど、六十四万するよ」
「欲しいな、それ。……みんなの分を買わなきゃいいんだよな」
少し本気で、考えてしまった。現時点では少々足りないが、何度か金稼ぎ場――旧校舎に潜れば。
「非道いリーダーだな」
「それこそが、俺。ま、実際はこれを三個お願いします」
「三個でいいのかい? 確かにこれは色々な異常を防ぐけれど」
数に突っ込まれた。
確かに、最低でも五人いるってのに、三個だからな。
「癒しの力を持つのが、ふたりいるんで、そやつらに装備させて防げればOK」
異常の回復は、彼女らがすればタダだ。
「三個というのは?」
「あとは当然、俺の」
あたりまえじゃないか。
俺が怪我をしたら、どうしてくれる。
「いい性格だ」
お、冷笑しやがったな。
そんな時には、こう返す。
「性格が良いって? ありがとう。よくいわれる」
本当にな。
優しいとか、控えめとか、面と向かって。
凄いだろう。
「見る目がないね」
あっさり言われた。
「言うね」
「事実だろう? はい、商品と買い取りの差額、19780円」
「おまけで二万円くれ」
正直、ただ面倒だったからなんだが、途端に顔を顰められた。
「端数切り捨て、にしようか」
「ケチだなー」
「当然だろう」
なにか変な事を言ったかい? くらいの表情だ。
商人の鑑みたいな人だな。
「仲間になってくれても、自分の装備品を俺に買わせそうだね」
嫌味は、平然と流された。
「当然だね。トノレネコは自分で買ってたかい?」
しかも、ドラクエ4ネタかい。
古いぞ。
「なんでトノレネコなんて知ってるんだ? 今トノレネコっていったら、普通は"不思議のダンジョン"の方だろう」
「ゲーム歴は長いんだよ」
「今度PCゲームも貸してくれ」
「君が貸してくれたらな」
俺のエロゲーは、偏ってるぞ。
「俺アりスとか有名どころしか持ってないよ」
「僕はり一フが多いので、利害は一致する。……時々、ここへ来るといい。君は、猫をおろすべきだよ」
こんな早くに性格がばれるのも、珍しいな。
二人目……かな。
「俺、煙草吸うし、酒豪だし、ゲーム猿だが良いんか? 本読み出したら、とまらないし」
「やっぱり、止めてもらおうかな」
真面目な顔でそう応じる彼に、笑ってしまった。
確かに、負担が大きくなっていた。
今や家族も居ないので、地が出せず少し疲れていた。
心優しい皆のことは、本当に好きなのだけど。
帰り際、彼に挨拶をする。
「ありがとう。じゃあ、翡翠」
その際、不思議な事にごく自然に名で呼んだ。
まるで何度も口にしていたかのように。
彼のほうも、あっさりと応えた。
「ああ。また来てくれよ、龍麻」
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