TOPへ

―― 続・或る野球凶の唱 ――

「へへへッ、ひーちゃん。ぺタジー二が巨……はうあッ」
「龍麻……いきなり回し蹴りは、少し酷くないか」

学習しない親友1が、容赦のない親友2により美しい蹴りを喰らった様を、醍醐雄矢は呆れた眼差しで見ていた。
親友2――緋勇龍麻は、悪びれることなく平然と口を開く。

「球界の戦力不均衡化を認める者に死を。全く、只でさえ今年のペナントレースは十三試合で終わったっていうのに」
「あれは……本当に酷かったな」
「四月のうちに、『ああ今年も終わったな』と思ったのは初めてではないが、開幕からいきなり十三連敗されたのは、流石にな。勝率が、一割を超えたときは、柳生を倒した瞬間より遥かに喜んだぞ」

宿願とか宿星とかは良いのだろうか―――宿星的には主にあたる彼の言葉に、少々悲しくなりながら、醍醐はふと、矛盾点に気付いた。

「それはどうなんだ……なあ、龍麻。時間的に可笑しくないか?昔もこんな会話をしたような」
「瑣末事を気にするな、某海の幸家族のことを考えてみろ」

流石に海の幸一家の事や猫型ロボットの事などを持ち出されると、醍醐とて言葉に詰まる。
その隙に、龍麻は話を強引に戻し、嘆息した。

「あーあ、野村は引退するし、隆まで出て行くし……。
海外に行ってもまた佐々木の後輩になったら笑えるのにな」
「ああ、例の高校・大学・プロでずっと後輩というアレか。しかし、佐々木とイチローに斎藤では、多すぎないか?」

永遠のパシリ:タカシ―――それは、某ベイスターズ四コマ漫画においては、有名な話ではある。
だがやはり、一球団に三人の日本人選手は、多いであろう。

「まあな。しかし、本当に来年からどうすんだか。今年はドラフトもなー」
「本当に……あそこのオーナーはどうする気なのだろうな。というよりも、ファンも正直な話、あれで嬉しいのだろうか。京一は、俺達をからかう為に喜んでいるフシがあるから、あまり参考にはならんしな」

そもそも、彼らの周りには、野球ファンという存在が極めて少ない。
高校生でありながら、野球に欠片の興味さえも持たない仲間が多いのである。ちなみに、唯一の例外である平和を守る赤い人は、なんと近鉄ファンである。

「もういっそさ、金本も中村もみんなとって、縛りプレイするのはどうだろう」
「し……縛りプレイ」

自棄になったように肩をすくめた龍麻の発した言葉に、醍醐が口篭もる。
どうやら勘違いしたらしい。

「顔を赤らめるなよ。醍醐、意外にヤラシイな」
「ななな」

真っ赤になった醍醐を、面白そうに見遣りながらも、龍麻は軽く頭を下げる。
ゲームをやる人間内では、割と使われる言葉であるために、一般的には誤解を生みかねない語感を持っていることを失念していたためである。

「悪い、確かにゲームやらん人間には、馴染みのない言葉かもしれない……。
敢えて不利な条件でプレイすることだよ。FFでアビリティなしとかドラクエで特技を使わないとか、魔人で主人公一人プレイとかオール愛のみとか」
「他は名前くらいは知っているが、魔人というのはなんだ?」
「気にするなって。ともかく、巨人は先発九人はベンチ入りの中からくじ引きで選択、三回までは選手交代禁止とかどうだ?『やべッ、今日ピッチャーいねェ!!』みたいな」

あまりに無茶だ――と思いかけた醍醐であったが、途中で考え直してしまった。

「それは流石に―――と言いたいが、良い勝負をしそうで嫌だな」
「そうなんだ、本当は捕手・投手を選び、後の七人はクジと思ったんだが、巨人って、それで何の問題も無さそうだからな。せめて投手選択、後はクジだな。これが譲歩ラインだ」

「もっと直接的に、常に他チーム三点上乗せとかでも良いかもしれんな」
「それも効果的だが、ちとつまらん。やはりどうしようもなくて、キャッチャーする仁志とか、マウンドに立つ元木とか、逆に投手が余ってセンターを守る桑田とか、笑えて良いと思うんだ」

無責任に案を出す龍麻の言葉は、ファンにとっては許容できなかったようだ。ピクリとも動かなかった京一が、不意に不死鳥の如く跳ね上がって、叫ぶ。

「無茶を抜かすなッ!!アンチ巨人はキツすぎるんだ。
大体醍醐まで何だよ。そりゃ、最初調子が良くて、監督も偉そうで、結局Bクラスで勝率5割を切って悔しいのは分からんでも……うがッ」

再び、中々の勢いで吹き飛んでいったが。

「今のラリアットは良い角度だな。小橋健太ばりだ」
「ふ……照れるだろう」

動く素振りのない京一の事は気にも掛けないらしく、龍麻はパチパチと手を叩き、醍醐は照れくさそうに頭をかく。
何か間違っているような気もするのだが、これが彼らである。



ボーっと倒れ伏した京一を眺めているうちに、龍麻の表情が曇った。
先程の『勝率五割を切った』という言葉に、悲しい思い出を刺激されたらしい。、

「けど、まだええやん。横浜なんか今年、49勝86敗5分け―――50勝届かなかったんだから」

何しろ、見るたびに負けているのである。
龍麻が勝ち試合を見る事ができたのは、終盤の数試合だけであった。
龍麻にとって、感覚的な勝率は2割を切っていたので、最終勝率が三割二分を超えていた事は、寧ろ驚きであったりした。―――悲しい事に。

「だがな……今年は本当に期待したのだぞ」

まだ安心してはいけない―――ずっとそう己に言い聞かせて、それでもあまりに好調が続いた為に、五月まで勝ち越していた為に、そろそろ少し期待しても良いかもしれん、と思った瞬間に転がり落ちていったのである。
もう慣れた痛みだ、そう思い耐えようとしたが、凍える心は、やはり痛かった。

「悲しいよな……」
「ああ……」

やたらとしんみりしてしまったふたりの様子に、京一は、既に意識を取り戻していたが起き上がれなかった。
彼は親が長嶋ファンであり、その流れで幼少のうちに巨人ファンになった為に、そういった哀しみを知らないのである。
なにしろ巨人とは、五年優勝しないとファンが騒ぎ出す球団である。三十八年間優勝していなかった横浜のファンである龍麻や、十七年間優勝していない阪神のファンである醍醐の気持ちは分からない。



「選手は仕方ないんだろうけどさ。スポーツ選手の寿命は短いのだから、効率良く金を稼ぎたいのも理解できるし」
「巨人OBという肩書きがあるだけで、引退後の収入が段違いらしいしな」

現実的な面から、諦めとともに乱獲を認める方向に進みつつあったふたりの様子に、京一はそろそろ起き上がろうかと考えていた。
床暖房とはいえ、十一月の下旬は寒いのである。

だがタイミング悪く、つけっぱなしのテレビから、ドラフト会議の様子が流れてきてしまった。

『東 北 高 高 井 雄 平 投手の指名権は、ヤクルトが獲得。しかし、巨人行きを希望している高 井選手。今後の動向が注目されます』

ヒュオッと空気が数度下がる感覚を受け、京一は必死に倒れた振りを続けた。
柳生や九角と対峙した時よりも、殺気を迸るのは人としてどうよ―――と、内心で抗議しながら。

「―――これって、巨人は逆指名使ったから、他球団が一位指名で狙っている逸材を、四位で指名したがってたという話かな」

視線を合わせる気にすらならないが、今きっとひーちゃんは氷のような蒼のオーラでも纏ってるのだろうな―――と、京一は床で己の言動を悔いていた。

「ああ。高校生に、『巨人以外ならば社会人野球に進む』とコメントさせていたアレだろうな」

こちらは烈火の如き怒りの氣であった。
右手に凍結地獄、左手に火炎地獄、そんな環境に、京一はなんだか涙が止まらなかった。


友人、親兄弟―――時に、そんな関係にさえ亀裂を入れる魔のスポーツ、野球。
その魔力はシーズン中だけでなく、ストーブリーグであろうとも、発揮されるものらしい。


京一に幸あらんことを。


戻る