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―― 武刺死の剣 ――



剣を習いたいんだ

真剣な顔で呟いた主――緋勇龍麻に対し、眷属たる四神の宿星を擁く青年――如月翡翠は、無茶苦茶顔を顰めた。

「突然何を――いや、いい。最終目標はなんだい」
「桃の花びらとか雨とかが降る中で、超互角の相手と剣先を相殺しまくる」

ぐっと拳を握り、輝く瞳で呟く。
なんか重力を操る技でも使われたんじゃないかと思うほどに、肩にクる重みを感じ、如月は痛み出したこめかみに手をやった。

「……鬼哭街でもプレイしたのかい。今更に」

確か荒れ果てた桃園で、兄弟弟子が決着をつけるシーンがあった筈。
だがそれは、龍麻お気に入りメーカーの作品ゆえ、今更なことを不思議に思い首を傾げる。

「あ、ちゃう。デビルメイクライ3のデモを見た。鬼哭街でも、格好良いと思ったんだが、あちらは流石に綺麗とはいえ静止画だからな。そこまでは思わなかった」

ムービーで見ると反則だと、龍麻は首を振った。そしてなんだかうっとりした様子の彼は、妄想を語り出す。

「嗚呼。俺も生き別れの双子の兄と雨の中で、ゴシック調BGMと共に、剣ガキンガキンやって、鍔迫り合いになった瞬間に雨落としてー」

わけわからん――とか。
そのBGMは誰が鳴らすのか――とか。
そもそも君には兄弟が在り得ないだろう――とか。
日本に、しかも東京に、廃墟っぽい教会っぽい場所などないよ――とか。

色々と突っ込みたくはあったが、なんだか突っ込んだら負けな気すらしてきて、如月は黙っていた。


「で、デスヨ。お奨めの修行先ないか? お前でも良いぞ」

こんな弟子は持ちたくない。

くるりと振り返った龍麻の問いに対し、筋道の通った説得よりも先に、反射的に浮かんだ想いはそれであった。だが素直に口に出すと、掌打とか延髄蹴りとか氣とか鳳凰とかあげく黄龍とか飛んできかねないので、如月は衝動を堪える。

「何も剣を習得しなくても、壬生に雨の中で喧嘩を売れば良い話じゃないのかい?」
「阿呆ですか。あなたは」

壬生の都合は敢えて無視して。
面倒事は他人に振ろうと試みた如月であったが、妙な丁寧語で即答される。

「徒手空拳の人間が相殺したって、痛いだろうが。足や腕なんだぞ。別に体は剣でできているってわけじゃないんだ」

一応痛みを感じていたのか――とさえ思った。
ならば、あんなに頻繁に喧嘩をしなければ良いだろうにとも思ったが、如月は賢明な人間である為、口にはしなかった。

「なるほどね。だが、残念なことに――僕は正統ではないよ。忍び、隙を突き、相手に抵抗の余地を与えずに倒すのが、僕の技だ」
「あー。天誅とかメタルギア系になるのか。仕方ない」

それもまた魅力的なんだがなーと呟く彼は、心底本気らしく、如月は背筋が冷えるのを感じた。背後に忍びより、音もなく全てを終わらせる龍麻の姿は、ハマリすぎてて怖い。

「いっそ霧島くんというのはどうだろう」
「考えたんだけどさ……さすがにちょっと」

プライドってもんがと続ける龍麻のことを、少し酷いと如月は思った。
だが、実際に、あのタイプは意外に体育会系だったりして、教えるとなると高圧的になる可能性がある。龍麻はその場の我慢は出来るであろうが、後が怖い。旧校舎の魔物たち辺りが、きっと可哀想な目に遭うことになるだろう。

「それに彼は基本がフェンシングだし」
「では――蓬莱寺は?」

しん――と龍麻が黙り込む。僅かに険が入った眼差しに対して、如月は肩を竦めて応じる。
自然な流れだろうに――と。

訳のわからぬテンションに巻き込まれた小さな意趣返しは、思いのほか彼の心を抉ったようであった。
分かってるくせに傷口に塩を塗るのは苛めだ――と呟いたあと、龍麻は皮肉な笑みを浮かべる。

「京一に剣の腕を上げていくのを見せる? ……男の前で、下着姿で足組んだくせに、ヤらせない女みたいな残酷な真似できるか」

もう少しまともな喩えはないのだろうかと思いながらも、ある意味で非常に的確な言葉に如月は頷いてみせた。
蓬莱寺の危険性は理解していた。影との闘いのおりに、龍麻に忠告したのは、如月自身だったのだから。

「紹介先も心当たりはないね。まともな道場に通うか、師匠に相談してみたらどうだい」

師匠はやだと即答してから、比較的正当な心当たりっていうとふたつあるんだがと、龍麻はどこか歯切れ悪く続けた。まともな『心当たり』ではないのかなと思いつつ、続きを待っていた如月は、答えに納得した。

「実家と――拳武の今の副館長だ」

実家とは九角の流れを汲む殺人剣。拳武の副館長も、おそらく活人の剣などとは言わないのだろう。陽たる彼が、触れる領域ではない。

……本来ならば。

「君は殺人剣でも何の問題もないんじゃないか?むしろ似合うよ」

パチパチと拍手までする如月に、龍麻が渋面を見せる。
自覚はあるが、人に言われるとむかつくらしい。

「じゃあ、実家は遠いんで、副館長にする。で、お願いがあるんだが」

むすっとした顔のお願いとやらに、嫌な予感を覚える。
こういう類の予感はよく当たるらしい。

「飛水として、拳武と正式にアポをとってくれ。今あの人は、依頼関連を担当しているはずだから」

お願いというのは――面倒事としか言いようのないものであった。


影の如く闇を歩く。
黒一色のスーツを着た壮年の男性は、暗い公園内で、不意に足を止めた。

「気配を消し潜む者の依頼は、確かな紹介があろうと受けるつもりはない」
「他意はなくただの癖です。申し訳ない」

冷やかな呟きに応じ、音もなく現れたのは龍麻。
お久しぶりですと頭を下げた龍麻の姿に、黒の男性――拳武の副館長は、僅かに目を細める。

無論相手のことは覚えていた。だが、まるで別人。
素質など腐るほどあった。何を教えてもすぐに吸収する。だがそれゆえにコントロールが上手くいかないらしく、少し気を抜くと気配を消してしまうと困っていた。
いかに鋭かろうと、それでは野良猫と同じ。四六時中気を張り、臨戦態勢であることが、まともなはずはない。

今は違う。
微塵も存在しなかった気配は、一瞬で通常のものに切り替わり、穏やかに佇む。

頬には微かな傷痕。他にも残るであろう傷が――負わせるだけの闘いが、彼を成長させたのであろう。


龍麻の方も、内心では驚いていた。
今はゾンビとだってダンスを踊れそうな闇そのものの暗い雰囲気をまとったこの人物は、日の光の下では、むしろ快活で頼りがいのありそうな教師なのだから。

どちらが真でどちらが偽なのかは知らぬが、大した裏表っぷりだなと、自分のことは凄まじい勢いで棚にぶん投げつつ、丁寧に頭を下げる。

「お願いがあるのですが」
「お断りだ」

聞きもせずに即答する。

龍麻は、知らぬ相手ならば胸を締め付けられそうな、哀しそうな表情に、 変 え る 。
尤も彼相手には、通じないであろうことは理解していたが。


剣を主として扱う彼は、龍麻の修行時代にはそれほど接触があったわけではない。そもそも龍麻を担当していたのは、基本的には館長本人。

それでも基礎や館長の手が空かぬときは、徒手空拳担当者にお鉢が回ってきた。
だが要らぬ仕事を増やされた師範たちにとって、龍麻は良い教え子とは言えなかった。

風が強いので今日は休みます――だの、雨が降っているから家から出られません――だのと平然と連絡をしてくる龍麻への怒りは、決して小さくなかった。

もとより担当者は短気であった。
不幸なことに彼と同期である副館長が、その癇癪に巻き込まれたことは、一度や二度ではなかった。
本性など、とうにバレている。

「通常の依頼よりはきっと楽ですよ」
「君と関わる時点で、楽ではない」

どきっぱりと、はっきりと。
強く否定されて、拳武の人ってみんな性格悪いなあと、龍麻は独り言ちる。

「なんていうんでしょうか。剣を教えていただきたいのですよ。
ボランティアで、土曜の朝に公園で太極拳教えている人のキモチになってお願いできませんか?」
「……君が、……努力を?」

演技でなくて絶句しているらしき相手に、龍麻は少々気分を害したが、それを表に出すほど素直ではなかった。
ちょっとした向上心でと、真剣な顔を装って答える。流石にこの相手に対して、ゲームの影響でなどと口にする度胸はなかった。


うさんくさいと顔に大書きしながらではあるが、副館長はしばし考え込む。
シミュレーションでもしているのか、時折眉を顰めたり、頭を抑えたりする。

失礼な反応だと思いながらも、龍麻は黙って待っていた。

「本当は嫌だ。だが」

結論が出たのか、副館長は深々と溜息を吐いて、顔を上げた。

正直、君の才能には興味がある――と、彼は素っ気無い口調のままで続ける。

「無論、過信はしないで欲しい。徒手限定の才能かもしれないし、その場合は突き放す。実らない鍛錬に時間を費やすほど暇な身ではないからね」
「酷いな。それが教育者の口にする言葉ですか?」

龍麻は苦笑しながら尋ねる。
努力に意味などないと断じる彼は、確かに凄腕の暗殺者であるが、同時に高校教師でもあるというのに。

「私の表の専門は美術。尤も才能がものをいう分野だろう?」

確かに芸術系は、努力だけでは実を結ばない。こつこつとした努力による作品は、丁寧――精々が綺麗のレベル。それでもやはり、教育者が結果だけを重んじるのはよくないだろうと、龍麻は心にもないことを呟いた。

「どうでも良い議論だ。君ならば、かなりのレベルに達するだろう。だからこそ――引き受けるにあたり条件がひとつある」

根性燃やせ、根性ぉ!!――とか。
元気があればなんでもできる!!――とか。

猪木やアニマル浜口といった、自分と最も遠い位置に存在する方々系統の主張を聞かされるのかと、身構えた龍麻であったが、予想は裏切られた。

「遊びであることを、決して忘れるな」

徒手の構えにも反応にも――なんら影響を及ぼすなと。
それが絶対の条件だと、彼は結んだ。

龍麻の口元が、微かに弧を描く。

「真面目にならない。それならばお任せを」
「自信を持って断言することでもないのだがな」


「翡翠〜、結構テクを身に付けたよ」

このところ姿を見せていなかった厄介者が、店に入ってきた。
凝り性なのか、例の修行に通い詰めていたらしい。基本的にはおたく体質だしなと、人のことは言えない感想を抱きながら、如月は茶の用意をした。



話を聞き、庭にて実践させてみた如月は、ちょっと己の人生について振り返ったりして、哀しくなっていた。
剣で幹を叩き、落ちてきた枝を斬るというベタな手法にて試させたところ、この男は達人レベルの速度と正確さで、そう大きくもない枝を八つに断った。


「……立派に達人だ」
「よし。あとはアランを捕まえて、ガン捌きを習った上で、二丁拳銃に習熟すればおっけーだな」

満足そうにふんぞり返った龍麻の言葉に身震いした如月は、店から拳銃を隠さなくてはならないと、心から思った。

が、直後、血の涙がでるかとも思った。

契機が赤い悪魔狩人であるのだから、行き着く先を予想すべきであったと己を責めた。なぜならもう既に、年代モノのモーゼルカスタムが、龍麻の手の中に存在しているのだから。


旧校舎にて、魔を追い回す龍麻が、赤いコートを着て大剣を背負って、高笑いをしながら銃を乱射している様を幻視してしまって、両肩にずっしりとした重みを感じた。

あれ、おんぶオバケでも憑いたかな、と。
現実を認めずに、玄武として霊障を診断したりしても、当然何ら反応はなく。

「髪……茶か金髪じゃないか」

せめてもの抵抗に、呟いてはみたものの、なんかもう、この黄龍、髪の毛を銀色に変えるくらいやりかねないので、聞こえなくても別にいいよ、と投げやりな気分になった。

翡翠、薬莢はここだっけ、と。
一応問いのカタチをとりつつ、勝手かつ正確に戸棚を開ける龍麻の姿に、如月は更に疲れが増すのを感じた。

鍵掛けておいたのになと呟く背には、氷の男と名付けた王蘭の生徒たちが見たら気絶するほどの切なさが溢れていた。


後に、如月は、もっと哀しむことになる。
アランと共に呼び出され、旧校舎の比較的低い階層にて、『ほら慣れただろ』と自慢げに――本当に二丁拳銃と剣とを扱えるようになった龍麻の闘い様を見たときに。
なんだかコートが赤いし。

『すごいネ、アミーゴ』と素直に感嘆する同朋とは違って、景気良く吐きだされる薬莢に――如月は泣けてきた。
ほんとにちょっとではあったが、涙が滲んだ。

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