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比翼

”ブルーを殺せ”

考え事をしているとき
ひとりでいるとき

修了式に与えられた課題が、脳裏に浮かぶ。

見た事さえも殆どない双子の兄のことを殺す。

僕たちは、マジックキングダム史上、最高の成績で修了した双子だった。

しかし、双子の特性ゆえ、僕らは片方しか求められない。
殺しあわなければならない一対の存在。

それがブルー


「ルージュ!!」

間近で金属音が響いた。
僕に向けられたユニコーンの攻撃を、アセルスがディフレクトで巧みに受け流してくれていた。

「油断してると危ないよ。ここは」
「あ、ありがとう」

そうだ、余計なことを考えている場合ではない。
特に目的も無く迷い込んだこの研究所は、高位のモンスターの巣窟となっていた。
人間に見える者たちも、ある程度以上近付くと、その本性をあらわし襲いかかってくる。

「吸収はどうします?」

高位の術を展開しながら、妖魔三名とアセルスに尋ねる。
これほどに強力な魔物たちならば、彼ら妖魔の力の素となることも可能だろうから。

「無用」
「いらないよ」
「いりません」

だが、妖魔たちはさらりと拒絶した。

「もう絶対に使わない!!」

そしてアセルスは、強い口調で首を振った。

では、普通に倒す必要は無い、という事だ。
そのまま術を行使する。

インプロージョン

結界が魔物を包み、内部で爆発を起こす。

そして魔術の真髄はこれから。
爆発により生じた過剰のエネルギーで、結界ごと異次元に吹き飛ばす。

閃光と共に、ユニコーンは跡形も無く消えていった。



「終わったね。皆怪我は無い?」

アセルスが皆を見回して尋ねる。

アニー ―― 剣
フェイオン ―― 体術
エミリア ―― 銃
そして、僕 ―― 術士
人間は、得意分野のバランスがとれている。


このパーティを率いるのはアセルス。

今まで自分の宿命とやらを散々厭ってきたが、もっと辛い人が存在するということを、彼女と会って知った。

彼女は半人半妖。
人でもあり、妖魔でもある。

世界でたったひとりの存在。

そして、彼女に血を与えた妖魔とは、通常の階級ではなかった。
それは妖魔の君のひとり、オルロワージュ。

たかが人間が至高の血を与えられ、それでも王に逆らい、逃げだした。
彼女は、多くの妖魔に憎まれ、追われ続けている。

放浪していても妖魔に逢う事すら珍しい人間界だというのに、このパーティには妖魔が三人もいる。

ひとりは下級妖魔、水妖メサルティム。
アセルスに危機を救われたらしく、彼女は従者の如く従っている。

あとのふたりは上級妖魔。
魅惑の君オルロワージュの側近イルドゥン。

オルロワージュの後継者とまで、目されながらも、全てを放棄して、気ままに生きているゾズマ。


そしてモンスターの赤カブ。
もうひとりいた上級妖魔、白薔薇姫がその身と引き換えに闇の迷宮から解放した。

オルロワージュの寵姫でありながらアセルスを想った罪で、彼女は今も闇の迷宮に囚われている。


「それにしても、ここって一体……」
「敵が強すぎるよね」

アセルスとアニーの会話で、現実に引き戻される。

存在すら定かでなかった強力な魔物たち。
しかも、普段は人間の姿をしている……

「噂になら、聞いた事はあります」
「どんな話だい?」

質問してきたのは、ゾズマ。
イルドゥンがいかにも上級妖魔らしく、可能な限り他と接触を持たないのに対して、彼のほうは誰にでも屈託なく話しかけてくる。

「どこかに、最高級の科学者達の集う場があり、彼らは自分自身さえも研究材料として、狂った実験を続けている、と」

マジックキングダムで、よく聞いた噂だった。
ただし、嫌悪ではなく尊敬の対象として。学者としては理想だろうと賞賛して。

「ふーん、それっぽいね。魔物に変わる時の波動が、君が魔術を使うときのに近い」
「体系化された技術、という事ですか?」
「そうそう。ああ、あんな感じ」

頷きながら、ゾズマが手すりに近付き、下を眺める。
彼の言葉通り、階下から強大な魔力が感じられた。

「下の方でも、戦っている人間たちがいるみたいだね」
「ほう、しかもデュラハン相手とは」

皆が続いて下を覗きこみながら、呑気に語る。
だが、それどころではなかった。

今の魔力……。
あれは、ヴァーミリオンサンズだ。
マジックキングダムでも、わずかな高位の者にしか使えない秘術だ。

王国の外に出ていて、使える者など更に限られる。
……まさか、まさか!!

「あ、あの剣士のお兄さん、格好イイ」
「本当だ、ってルージュにそっくりじゃない」

彼女たちの言葉が止めだった。

手すりに駆け寄って、身を乗り出して下を覗き込む。


そこにいたのは確かにブルーだった。
けれど、何度か遠くから見かけた姿――名前通りに蒼を基調としたローブを纏った術士姿ではなかった。

漆黒の鎧を纏い、二振りの太刀を構えて。

周りには大量の敵。
ゴースト系最上位のデュラハン一体に、ブッチが四体。おまけにヴァルキリーが三体飛んでいた。

対して味方は、五人だけのようだ。
彼らの少し上を、天使のような美しいモンスターがふよふよ飛んでいるが、手伝う気はないらしい。

「おいッ、敵が多いんだ。ちゃんと働け、スライム」
「無理だろう。全体攻撃をした後は働いてくれないからな」

自棄になったようにモンスターに怒鳴った粗野そうな剣士の人に、白衣姿の青年が、冷静に応えた。

「そういう事だな。ヌサカーン、雑魚を一掃をしてくれ。ライザはデュラハンの止めを頼む」

「承知した」
「ええ。わかったわ」

リーダーらしく指示を出すブルーを見て、意外に思った。

そういうタイプではなかったはずだったから。
至極優秀ではあるが、全てにおいて我関せず……という風だったのに。

ヌサカーンと呼ばれた青年が、大津波――メイルシュトロームを生じさせる。
デュラハン以外は、それだけで消滅した。

メイルシュトロームとは、年月を経た輝石に潜む魔力を、妖魔が引き出すことではじめて使用できる術のはず。
つまりは、あの人も妖魔なのか。

彼を見ていたイルドゥンの口元が、小さく歪んだ。
興味深げに眺めているゾズマに、皮肉な口調で話しかける。

「ほう……ゾズマ。貴様の同類がいるぞ」
「あの妖魔のことかい?相当高位なようだけど」

首を傾げたゾズマに対し、イルドゥンは笑いらしきものを湛えて説明を続けた。

「指輪の君ヴァジュイールに次ぐ実力者だったヌサカーン。その地位を捨てて、人間たちと暮らしているという話だ」
「どこかでも聞いたような話だね。彼はどうして?」

確か今『君』の位にある妖魔は三名で、そのうち一名は配下も持たず閉じた空間で暮らしていると教えてくれたはずだった。
つまりは、従者を持つ世界でたったふたりの妖魔の君は、両方ともナンバー2に逃げられているということか。それって……少し問題なのでは。

「噂によれば、病気が好きなんだそうだ。だから今は、混沌とした街の裏道で医師をしているらしい。妖魔は病気になんぞならないから、な」

……上級妖魔ってヘンな人たちばかりなのか。

「やるぞ、ゲン、ルーファス」

ブルーが構えながら、合図をする。

「あいよ」
「ああ」

三人が、少しずつタイミングをずらしてスタートした。

長髪の人の太刀に、吹雪を感じた。
吹きつける雪を。

続いたブルーから、美しく冷たい残像が残った。
まるで、彼自身の様な、凍えた月が。

最後の人の剣跡からは、華が視えた。
咲き誇る深紅の大輪の華が。

さすがに弱ってきたデュラハンに、女性が突っ込む。

そのままスープレックス、バベルクランブルと投げ技へとつないでいく。
体術を極めし者のみ、行う事が可能な秘技だ。


「凄い。乱れ雪月花なんてはじめて見たわ」
「ボクもだよ」

剣士ふたりが、感動したように囁きあう。
術士が参加しているのに?
あの連携、そんなに高度なんだろうか。

疑問に思ったので、尋ねてみた。

「あの連携そんなに凄いのですか?」
「凄いなんてモンじゃないわよッ!」

反射的なのか、怒られてしまった。
そんなにも凄いものなのだろうか。

「あれはね、全部が秘技で構成される連携なんだ。しかも刀でしかできない。ボクはまだ一つしか使えない」

説明してくれるアセルスの言葉に、疑問が膨れ上がる。
なんで、ブルーはそんなのが実行できるんだ?

消滅した敵が、なにかアイテムを落としたらしく、ブルーと剣士の人が、結構な大声で話していた。

「また鎧のようだな」
「ペアルックになっちまうな」
「着るか?」

差し出された鎧を、剣士の人はしばらく眺めてから首を振った。

「俺にはちょっと動きにくそうだな。先生の方がいいんじゃねぇか?かなり軽装なんだからよ」

ブルーは、それをアッサリと聞き入れた。

「じゃあ、ヌサカーン」

ブルーが人の意見を聞いた? 嘘だろう?

「しっかし、お前らが、黒い鎧なんか着ていると、どう見ても、悪役そのモンだな」
「ほっとけ大工風め」

剣士の人の軽口には同意するけれど、ブルーが他者と馴れ合っているこの光景が、信じられない。



「何やっているんだッ、あんたは」

思わず上から叫んでしまった。

「ルージュ?」

こちらを見上げた彼は、眉を顰めた。

そうしたいのは、こっちの方だ。
人が必死で、術を集めているのに。

登ってきたブルーは、平然としていた。

「仕方ないだろう?私は、今取得している術を全部極めてしまったが、彼等が、『あとライジングノヴァを覚えるまで』だの『二丁拳銃が』だの言うから、ヒマだから剣を使っていたんだ」

彼は悪びれずに言った。

「うわぁ、月下美人だ」
「すごいね。おまけに冥帝の鎧だよ」

ブルーの装備を見て、ひそひそとアニーたちが囁いている。
そんなにすごいものなのか。
って、そんな事考えている場合じゃない。

「だからって」
「お前だって、とっくに自分は術を覚えたのに、他の奴等は、というときがあるだろう?」
「うっ」

確かにあった。というより、今がそうだ。
どうにも僕は術の習得速度が群を抜いて速いらしく、何度かそういう事があった。

「だったら、剣でも体術でもしていればいい。時間を無駄に使う奴は、愚かだぞ」

……なんで僕が、説教されているんだ。
一応、一刻も早く術を集めるという使命だってあるのに。

「でも」
「こういう時の為に、なッ!!」

気合の入った声。
振りかぶられた太刀。
思わず動きが止まった僕の間近で、耳障りな音が鳴る。

僕のすぐ側に突き出されたランスが、ブルーの二本の刀によって止められていた。
デュラハンが三体も……いつのまに!?
他に、雑魚もたくさんいる。

ブルーはランスを弾き、とくに慌てもせずに、アセルスに話しかけた。

「おい、そこの女。お前がリーダーだろう?」

相変わらず、尊大な態度だけれど。

「え、うん。そうだよ」
「そっちは、デュラハン一体を倒せるか?DSCを使えるやつがいれば、どうにかなる」
「ひとり使えるよ」

ブルーは頷き、軽く全体を見回した。
彼は当然のように、こちらのパーティにも指示を出した。

「では、ルージュとヌサカーン。全体攻撃で、デュラハンの体力を削りつつ、雑魚を殲滅してくれ。あとは、そっちは、最大の個体攻撃を一体に加えた後、使えるヤツがDSC。
ルーファス、そちらに無月を。ゲン、ライザDSCを頼む。スライム、怪我が出たら、最優先でマジカルヒールを」



「超風」

全体攻撃を指示された妖魔の青年が、最大威力の陽術を展開した。
では、こちらは異なる属性の方が良いだろう。

魔力を集中し、朱色の乱舞をイメージする。

「ヴァーミリオンサンズ」

高位の術による力の奔流に耐えきれず、雑魚たちが消えていく。

「きゃあッ」

突然、悲鳴と共に、メサルティムが倒れ伏した。
誰も近寄った様子はないのに。デュラハンということは、死の凝視か!?

すぐにブルーの仲間のモンスターが、彼女の傍へと飛んでいく。
その天使が羽ばたくと、強い魔力が彼女に送られた。
癒しとは、思えないほどに強力な力。

起き上がった彼女は、状況を把握すると、幻獣を召喚しはじめる。
その間に突き出されたランスによる攻撃をエミリアが、反応射撃でくいとめる。

「コカトリス」

ほんの一瞬とはいえ、石に包まれてデュラハンは動きを止めた。

その隙に、上級妖魔ふたりが、連携のタイガーランページを。
アセルスとアニーが最大の剣技を放つ。

「神速三段突きッ!!」
「ロザリオ・インペール!!」

流石によろめいた死の騎士のもとへ、フェイオンが、DSCで突っ込む。

「はあぁぁッ!!」

デュラハンが消えていく。
……あとの二体はッ!?

「「無月散水」」

ブルーと、ルーファスと呼ばれた人がそれぞれ、デュラハンに斬りかかる。
凄い、太刀筋が何条も視える。
ひとりで、一体が倒せるんじゃないのか。

いや、倒れはしなかった。
デュラハンはあれだけの斬撃を受けても、二体とも立っていた。

「いくぜッ」
「ハッ」

短い気合と共に、ふたりのDSCが炸裂する。
さっきの剣士の人、体術もあんなに使えるんだ。




別れ際、ブルーが言った。

「まだ、奴らが技を極めるのに凝っているからな、時間がかかるんだ」

習得可能な術を極めるまで……

つまりは、決着をつけるまで、か。
僕も、アセルスの旅に、最後まで付合いたい。

「僕も、彼女の決着がつくまで、共に旅をするから」
「ふん、ではその後だな。じゃあな」


上級の妖魔を何体も見た。美形には見慣れたつもりだった。

それでもこの相手は何かが違うと思った。
人間の美形とも、根本的に異なる。

ゆるくうねる銀糸の髪。繊細で優美な芸術品のような顔立ち。
なのにその瞳はひたすらに虚ろ。強大な力が宿っているのに――虚無だった。

王ゆえに虚無なのか。虚無ゆえに王に在るのか――目の前の存在は妖魔の君。

だけど、彼女はもう臆さない。
義父を見据えて、はっきりと答える。

「妖魔からは半人と馬鹿にされ、人間からは半妖と蔑まれても」

瞳が煌く。
元から、美しく凛々しい少女だった。
だが、今は威厳さえ備えている。
針の城の前にて、開門を求めた時のように。

「私は自分が好き」

それが彼女の結論。
魔を厭わない。人に妄執しない。
今のままの自分を、世界でただ一人しか存在しない半妖であることを受け入れている。

「……愚かな。所詮は人間の血を有する者か」



強い。さすがは妖魔の君。
だけど負けられない。自分のために、そして彼女のために。

「跳弾ッ」

跳ね返った弾丸が、背後から妖魔の君に突き刺さる。それが、一瞬の隙をつくった。

「さようなら……お父さん。三花仙ッ!!」


「みんな、ありがとう。欲しくなかったけど、力も手に入れたから。なにかあったら、呼んでくれれば、すぐに助けに行くよ」

落ちついた様子のアセルスが言った。
彼女の隣りには、白薔薇姫が居た。

今や、名実ともに妖魔の君となったアセルスには、闇の迷宮から彼女を解放するのも、そう難しい事ではなかったようだ。

「じゃあ、アセルス、ずっとここにいるの?」

アニーの問いに、アセルスは寂しそうに答えた。

「もちろん、たまには色々なところへ行くけど。それでも、一応この城と町は見てないとね」
「アセルス……」
「そんなのって……」
エミリアとアニーが寂しそうに俯く。
年の近い彼女たちは、仲が良かったから。

「気にしないで。これは私が選んだ事だから。
みんな、希望の所まで送るよ。どこがいい?」

だけどアセルスは、強がりではなく微笑んで。
彼女は本当に強くなった。己の存在を肯定する事でこんなにも。

僕以外の希望先は、皆クーロンだった。
僕は
「ドゥヴァンへ」



「つい先ほど、そなたと同じ顔の男も尋ねにきたぞ」

ドゥヴァンの幼き巫女姫はいった。

この人は、寵姫なのだろうか。
雰囲気が、白薔薇姫・金獅子姫に共通するものがある。
それに、彼女も名前に姫が入っているし。

「なにをじろじろみている?」

失礼かもしれないが、訊ねる。
もしかしたら解放できるかもしれないのだから。

「貴女は、オルロワージュの寵姫だったのですか」
「そうじゃ、今も追われている」

転生を繰り返して彼から逃げ続けている――と。

やっぱり……。
でも、今は違いますよ。

「どういう事じゃ?」
「オルロワージュは、彼の娘――アセルスに倒されました。貴方の追手も解除されているでしょう」
「なんと……あの小娘が」

絶句し、心なしか悄然とした彼女は、それでも時術と空術について、語ってくれた。

ブルーは、時術を選んだ様子なので、空術の方へ送ってもらった。



「ごめんなさい」

この空間の守護者たる麒麟を倒した。
伝説の一つ、空術の資質を得た。

これで、人間に習得できるもの全て……手に入れた。

崩れていく空間から、転移する。

「終わったのか?」

そこではブルーが待っていた。

この前のような鎧姿でなく、蒼の法衣を纏って。
何人かの彼の仲間と共に。

「怪我はあるか?治させるが」
「いや、ないよ」

もう大部分が治っている。
それに、残っていても構わない。アセルスたちと共にいるうちに、決心することができたから。

「そうか、では、始めるか」


術が交錯する。
光と影、ルーンとカード、時と空……相反するものが。
魔と魔……同一のものが。

「次で終わりだな」

他人事のように、ブルーが呟く。

「そうだね」

その通りだった。
ふたりとも、致命傷に近いほどの怪我を負っている。

最後の一撃。
互いの魔力が、限界まで高められる。

「行くぞ」

高密度の光を剣と化したブルーが、それを構える。
攻撃に備えて、盾を形成する。
盾が剣に破られれば、僕がその剣に貫かれる。盾が防ぎきれば、彼は魔力の塊に弾かれる。

どちらにしろこれが最期。

タイミングを正確に測る。

もはや一流の剣士でもあるブルーが、跳躍し光の剣を振りかぶる。
その死神の技と称えるべき剣の軌跡が見えた。今では僕も、かなりの拳士であるから。

今だッ!

まるで同時だった。

魔力が消失した。
一帯に敷かれた盾も、一箇所に凝縮された剣も。

ただ、身体がぶつかる。

「馬鹿か。両方が同じことを考えていたら、意味がないだろう」

ブルーが苦笑する。

そう。ふたりとも、魔力を消した。
相手に殺されるために。

「貴様の方が、まともな人格なんだ。残れ」

ブルーは、笑いながら続けた。
彼のほうが若干傷が酷い。きっと最後に攻撃の形をとったから―――待っていただけの僕よりも、傷が広がったんだろう。

「い、いやだ、そんな僕は」
「早くしないと両方が死ぬぞ。俺は、もう知らん。じゃあな」

ブルーは、面倒そうにいって、目を閉じた。

殺し合えと――そう命じられてからずっと、殺されるのは自分の方だと思っていた。

双子の兄は優秀で冷静で――冷酷だと話に聞いていたから。
殺し合いの年齢に達する前に、幾度かだけ見かけたとき、己と唯一異なる氷のような蒼い瞳に、身が竦んだことを覚えている。

きっと成人したら――彼に殺されるのだと。
漠然とだが、信じていた。

なのにどうして。
こんなのはイヤだ。

しまった。
失血のせいか、気が遠くなる。
これじゃ本当にふたりとも……

「ブルー」
「ルージュッ!!」

今のは、アセルスの声?
途切れていく意識の中、微かな話し声が聞こえた。

「今は妖魔の君となった少女よ。御力をお借りしたい。ふたりを助けるために」
「幾らでも使って。妖魔の医師」



「ここは…?」
「やっと、目が覚めたか。どうやら主人格はブルーのようだな」


上級妖魔特有の、恐ろしく整った顔をした男が言った。

ヌサカーン
ごく自然に、記憶が出てきた。自分の物の如く。


アセルスが、鏡を渡しながら言う。

「あ、大丈夫?ルージュ…って言っても、変な感じだね。はい、鏡」

そこに映ったのは、自分の姿ではなかった。
髪はブルーの蒼みがかった銀、瞳は自分の緋色。
どちらでもあり、どちらとも違う。

「これは?」

疑問の形をとりながらも奇妙に心は静かだった。
なぜか事態を受け入れている。

「お前達両方の姿だ。
先程までは、ブルーが目を覚ましていた」

ヌサカーンの台詞を、アセルスが言い難そうに補足する。

「ボクたちの力だけでは治せないほど、ふたりとも傷ついていたんだ。それに、すぐに融合しようとするし」
「元々、お前達は、殺した方が相手を取り込むように、……設定されていた。身体も、心も。おそらくあの魔法王国にな」

心当たりは、確かにあった。
マジックキングダムは、生命すら操る術を至高のものとしていて、それを再現するための研究をしていると聞いていた。


「それを防ぐために、両方の身体が生きているうちに、心を一つの身体に放りこんだんだ。ごめん、勝手な事をして」
「じゃあ、この身体は?」
「ルージュ、君の方だよ。まだ、傷が軽かったから……。ブルーの身体は、ボクが責任持って、針の城でゆっくり癒すね」

頭を下げる。
あの妖魔だらけの空間に、人間の身体を持ち込むことは物議を醸すかもしれないのに。
陰では半人である彼女を批判する者とて、多いだろうに。

「先刻もブルーの方に述べたが、マジックキングダムに行ってみる事が一番だろう。意識は、半ば共有しているだろうから、術や技も両方がお互いのものをも使えるはずだ。
それこそが、王国が狙っていたことなのだろうが」

ヌサカーンの言葉に頷く。
説明してもらおう、彼らに。



マジックキングダムは壊滅していた。
地下深くに封印していたリージョン”地獄”の復活によって。

僕等は、それを再度封じるために創られたのか。

あちこちに術士たちが、倒れている。

ただひとり、まだかすかに息のある男がいた。
服装から、かなり高位の術士だとわかる。

「おお……最強最後の……術士よ、帰っ…てきたか。ブルーか…ルージュ…か」

もう視力も危ういのか、定まらぬ視点で、彼は歓喜の声を上げた。

「両方だ。貴様この髪と瞳を見ても、驚かなかったな。知っているのだな、私たちが何をされたのか」
「ブルー、怪我人にそんな」

胸倉を掴んで、彼を起こしたブルーを思わず咎めたが、術士は僕たちの様子を見て、愕然とした。

「まさ…か双方の…自我が…あるのか?呪法が…働かな…かったのか」

この人は、事情を知っているらしい。
そう確信すると同時に、ブルーが更にきつい調子で問い詰める。

「働いたさ。妖魔の君と、それに比肩する実力者の協力がなければな。
答えろ。私たちは、貴様等王国によって、人為的に分けられた、ひとりの人間だったのか?
相反する術をひとりで習得する、最強の術士を創る為に」

それが、僕らが出した予想。
双子であろうがなかろうが、ひとりの人間は相反する術を習得できない。
双子は、同じ術を共有できないのならば、異なる術を選択すれば良いだけの話だ。

なのに、なぜ素質の高い者同士が、殺し合わなければならないのか?

それは、僕らのように習得したふたりをひとりに戻し、双方の資質を得た『ひとり』を作るためではないのか。

「ちが…う。確かに、多く…の新生児た…ちを処理……してきた。
だ…が、お前たち……は本当…の」

術士は、首を振ると、言葉の途中で息をひきとった。

『お前たちは本当の』?

逆に恐ろしい。
予想していた通りに、ひとりの人間が元に戻ったのならば、まだいい。
が、ふたりの人間が、融合してしまったのならば……存在力の喪失、エネルギー過多など不具合が生じる。

どうなるんだろう……

考えていたら、ブルーの声がした。

…とりあえず、下に巣くっている奴らを、倒すしかないだろう。
…そう簡単にいうけど、僕たちはどうなるんだ。戻れるのかな
…さて、な。だが、この身体のままでは……
…何?
…いや、ともかくさっさと行くぞ。

案の定、地下には新生児処理室があった。

魔術により、ふたりに分けられるひとりの赤子。
でも、やはり僕達とは違う。分けられたせいか、彼らは魔力はともかく生命力が弱めだった。

「ふん、”先生”、どう思う?」

ブルーの放った問いに、ヌサカーンが答える。

お前達とは違う。生命力が弱すぎる――と。
装置の概要や結果等のデータを眺め、彼は呆れた様子で首を振った。

「成功作でさえ弱い。これでは、おそらく虚弱体質になる。
それに、そちらに転がっている失敗作の数を見る限り、成功率も低い様子だな。
これほど失敗を重ねて、やや優秀な虚弱な術士を創るのでは、この実験そのものは、失敗と言えるだろう」


その場にいた術士たちは、怯えきっていた。

それも当然だろう。
僕とブルーの話は、王国では有名だ。

王国の掟を曲げようと言う案が、真剣に論議された。
僕達ならば、ひとりの完全な術士より、ふたりの非常に優秀な術士の方が良いのではないか、と。
結局、そのふたりから創られる、”完全な”術士はどれほどのモノなのかという、研究者らしい好奇心によって、押し切られたのだけれど。

スッと近付くと、彼らは逃げようとした。

「今すぐ、この無意味な処理を止めてください。ここは、僕たちが再封印しますから」
「我々の研究が、無意味だと!!」

術士のひとりが放った憤りに、ブルーが冷然と応える。

「無意味だろう?
我々のような、本当の双子の力を越える者を、生み出す事もできずに」
「ただただ、屍を築いたのですから」

言葉を引き継ぐと、ブルーはなんだかイヤそうだった。
基本的にワガママなんだな。



「さっさと行くぞ」

滅茶苦茶になった処理室を後にする。
僕は、ただ封印するつもりだったんだけど。

ブルー……。カオスストリームで破壊する必要は何処にあったんだ?
ひょっとして、ただの破壊魔なんだろうか。



行き着いた地底――”地獄”は美しい場所だった。
所々には”天使”が、乱舞していた。

しかし、その天使たちは、醜い魔物に変じ、襲いかかってくる。
歪んだ、狂った場所。

魔物たちを倒し、進んだ先には、一際巨大な魔物がいた。

手には、複雑な形の太刀。
あれは七支刀という刀。

では、あれが地獄の君主。



まずい、強すぎるだろう。
この地獄の君主は。

ブルー・ルーファス・ゲンの剣が、何度も攻撃を防いでいる。
だけど、それでもあまりに強い。


唐突に、ブルーの声が響いた。

…ルージュ、お前DSCが使えたよな。
…ああ、できるけど。

生命研究所で、ブルーたちとあったときから、体術もやってみることにした。
意外な程に、色々習得できた。
フェイオンに、素質があると誉められたくらいに。

…俺が今から時術を展開するから、行動できる限りやれ。

ブルーはそう告げて、全術力を集中した。
なんて、精神集中だ……。

「オーヴァドライヴ!!」

ブルーの叫びだけが響いた。音は無い。風さえも流れない。

全員の動きが止まっている。君主も含めて。

これが時術の奥義。己だけが動ける停止空間。

行動できる限りとは、そういうことか。

「ハァッ」

八回目のDSCを放った時、世界が元に戻っていった。

こちらも限界だ。もう僕には、術力も技力も残っていない。
だけど、君主も瀕死に近い。

「頼む!!」

スライムの無数の触手が、君主の動きを封じる。
どうでもいいけど、マリーチの何処に触手があるのかな。

…呑気なやつめ
…うるさいなッ

「スカイツイスター」
「「無月散水」」
ライザ・ルーファス・ゲンが最高技を叩き込む。
もう、ボロボロだね。


ヌサカーンに、凄まじい魔力が集中する。

「塔」

最高レベルの妖魔が、全術力を消費して、秘術最強の、破壊の術を行使する。
魔力によるカードが君主の頭上に閃き、雷と崩れ落ちる塔を映し出した。

ほんの一瞬だけの静寂。

直後には、天罰の豪雷が、地獄の君主に降り注いだ。

”ウガアァァァーー”

君主の断末魔が、脳裏に直接響いた。

君主の死と共に、崩れていく地獄。
これで本当に終わったのかな。



ヌサカーンとアセルス、そして、僕たちで集まっていた。
再び、魂を分離するために。

「では、ブルー。
前にも言ったが、お前の魂が失われる可能性があるが……いいのだな?」

はじめる前のヌサカーンの言葉に、殴られたような衝撃を受けた。

消滅するって……
大体、前にも言ったって……

「前にもって、どういう事なんだ!」

思わず叫んでいた。
ヌサカーンが答える前に、ブルーが言う。

「わざとだな、ヌサカーン。私は構わんと、前に伝えたはずだが」
「僕がどういう事だと、聞いている!」

「一度融合しかけた魂を分離し、また元の身体に戻すのだからな。
分離される方は、消滅の可能性もある」

ヌサカーンは、静かに答えた。

「そんな」

なぜ、ブルーだけ危険な目に遭うんだ。

「それでも行う。これが、一番成功の可能性が高いんだぞ。
確かにこのままの状態は危険は無いが――俺たちは、本当に双子なんだ。王国の思惑通りでいる事など、耐えられん」




心の中にもうひとりの存在を感じない。
そして、隣りには、青の瞳の同じ顔――ブルーが居る。

成功なのか?
でも、なんだろう。この妙な感じは。

ブルーも同じように感じたのだろう。
眉を顰めている。
いや、もっと具体的にわかっている様子だ。

「ヌサカーン、何かおかしい。
私も、ルージュも"時の流れ"を感じない。お前たち、妖魔のように。
実は融合している時も、そうだった。元に戻れば、再び流れるかと思って黙っていたがな」

ブルーは言った。
時の継承者らしい言葉を。

時の流れが無いって――不老になってしまったって事か?

時が止まってしまった。
術も技も、両方使えるままだった。

意識は、完全に離れたと言うのに。

「資質そのものは、それぞれ片方だけが有しているようだな。
しかし、両方が使える……か。わかるか?姫君」

ヌサカーンの問いに、アセルスが答える。

「多分、力が強くなりすぎたからだと思う。人という器に、入れておくには。
彼等は、それぞれひとりのときでさえ、上級妖魔に等しい力があった。それが、ふたりが互いの力が使えるようになって妖魔の君と同等か、それ以上の力を得たから。
あとは―――」

そこで言いよどんだアセルスの推測を、ブルーが自分で引き継いだ。

「それと、歪みという訳か。
人為的に分けられた双子が、元に戻ったのではなく、本当の双子が、ひとりになっていたから」


しばらくの間は、誰も口を開かなかった。
その長い沈黙を破ったのは、ブルーだった。

「まあ仕方あるまい。元々、私は人の世界に興味が薄いしな。用済みになった私たちが、普通の世界で暮らせば、要らぬ刺客が大量にやってくるだろう。
時の君がいた空間で、暮らすさ」
「だって、ブルー」

そんな世捨て人のような暮らしをしなければならないのか。

「オマエな……俺たちの存在がトリニティ辺りに、ばれてみろ。シップ何台と言う単位で、洗脳するために来てくれるぞ。
それを退けるのさえ、もはやそう難しくはないが……今度は、世界ごと滅ぼさん限り、平穏な刻は二度と訪れんだろうな」


人間には確かに、ロクでもない者も多い。
トリニティに限らず、リージョン間の争いは、確かに存在する。

彼らに、術をほとんど――失われた命術さえ使いこなし、体術・剣術を極めた者がふたりもいると知られたら……

愉しい想像は、できそうもないな。

「確かにね。
じゃあ僕は、もう一度麒麟の空間を創り、彼と同じように、恵まれない子供たちを育てるよ」

王国の命のまま疑問に思うこともなく、何の関わりも無い彼を殺してしまった――せめてもの罪滅ぼしに



この世の何処かに、ふたりの術士が住む場所があるという。

微妙に色彩の異なる、それ以外はそっくりなふたりの術士。
年を取らない彼らは、ひとりはある空間で、子供たちと、ひとりは時の止まった神殿で、静かに静かに暮らしている。

稀に、お互いや数人の妖魔が訪れる以外は、静かに、ひっそりと。

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