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月の色人


こんな運命御免だった。
生まれた瞬間から、勝手にすべき事を決められて。
望まない呪われた生を、神様の尻拭いの為だけに使うなんて。

天界にて、呆れた様子で、父様がため息をつく。

「お前はホント気性が烈しいよな」

そんな言い方は酷いと思う。
この性格の半分は、この人のせいなのに。
それに、こんな生の在り方と、激しく制限された人生の選択肢は、やはりおかしいと思う。

「だって、とさまも自分だったら、嫌じゃない?わたしも、蛍月も、もう決められているのよ。朱点童子の呪いを解く為だけに、生きるって」

むっとして言い返すと、更にため息をついた。

「全く、この性格は、オレのせいか?でも碧月もこうだったよな」

父様は苦笑した。
蛍月も困ったように、見ていた。

私は、本当は人間界に降りることさえも嫌だった。
たとえ二年間と生きられなくても、ここで穏やかに生きたかった。


けれど時は来る。
娘を人界に下ろすようにとの通達を受け、父様が別れを告げた。
気が強い方なのに。泣きそうになりながら抱きしめてくれた。

これでもう、二度と父とは会えない。
やはりこんな生はおかしいと、苛立ちながら人間界へ向かった。

藤間家というその家で、ふたりの人が出迎えてくれた。

「よろしくお願いいたします。蛍月様、水月様」

ぺこりと頭を下げたのは可愛らしい少女の姿の人で。
イツ花と名乗った彼女は、お手伝いのような仕事をしているのだと語った。

「初めまして。さすが姉上の娘たち。美人ですね」

金の髪、そして金の瞳の人のその人は、一箇月しか変わらないけど、叔父さんという事だった。

外見は幼くって、でも落ち着いて、穏やかで優しい人だった。
こんな運命は嫌ではないのかと、例の疑問をぶつけてみたら、彼は微笑んで答えた。

『嫌だよ。だけど、僕たちがそうしていたら、父が辛くなる。あの人が一番可哀想なのだから』

そうだった。呪いを受けた本人が、傷ついていない筈が無かった。
子孫を巻き込むことを、苦しく思わない筈は無かった。

『だから父には、尋ねないで欲しい』

あくまでも穏やかに諭す彼を、好きになるまでは、あっという間だった。

忘れた。決められた運命への煩わしさも、怒りも。



「やぁッ!!」

必殺の気合と共に、狙いをつけて攻撃を繰り出す。
けれど直後には、あっさりと穂先をかわされ、首筋に剣が当てられていた。
そして、こつんと額をつつかれた。

「真直ぐすぎ。もうちょっと考えなさい」

おじい様は、そう言って笑った。
訓練中だというのに、ぼうっと見てしまう。なんでこんなに綺麗なんだろう。
男の人なのに。
きれいな蒼の髪を、無造作に束ねているのがもったいない。

「少し休憩だね」
「まだまだ、頑張れるわ。さっさと朱点童子を倒すため、強くならなきゃ」

そういった私を、おじい様は辛そうに見てから、抱きしめた。

「お、おじい様!?」
「すまないな、こんな運命に巻き込んで。私が、短命の呪いなどかけられなければ、私ひとりでどうにかしたのに」

その声はあまりに痛切で、私は言ってはいけないことを口にしてしまったのだと理解した。
違う。おじい様を責めるつもりなんてなかった。
おじい様は悪くなんかない。すべては、あいつのせいなのに。

「大丈夫よ!!おじい様。
あの朱点童子のクソ野郎を倒せば、短命と種絶の呪いも解けるんだから」

元気付けようとした言葉に、おじい様は凄く哀しそうな瞳をした。
どうして?
また私は余計なことを言ってしまったの?


おじい様は、首を振ると少しだけ笑った。

「でも呪いが解けても、叔父と姪は結婚しない方が良いよ。血が濃すぎる」
「えー。って、なんで知ってるの!!」

誰にも言ってないはずなのに。
蛍月にだって、話してなかった。

「見ていればすぐわかるよ。あとはしたないよ、クソ野郎は」

笑いながら嗜めるおじい様は、もう普段通りだった。
だからよくわからなかった。
どうしてあんなにも哀しい顔をしたのか。


それからしばらくして、おじい様は眠りについた。
最期に綺麗に微笑んで。

なんで、笑えたのだろう。
朱点童子なんかのせいで、おじい様は一年八箇月しか生きてないのに。
しかもおじい様は、始めは普通に成長してきたから、物心がついたのは、呪いがかけられた時点から。実質は一年程度しか、生きた記憶が無い筈だ。

朱点童子……殺してやるわ。


大江山で、醜い朱点童子を見た瞬間、頭に血が上るのが分かった。
だけど、それに流される前に、叔父様の手がそっと私を抑えた。

それだけで気分が落ち着く。
冷静に闘える。
そうすれば、こんな大きいだけの鬼なんて、大した相手ではなかった。

「疾風剣梢月!!」

叔父様の剣が、朱点童子に止めをさした。
無様な悲鳴を上げて倒れた奴は、少しも動かなかった。

終わった……?
嬉しくて、涙がでてきた。
これで、叔父様に想いを告げるくらいは許される。

叔父様の横顔をそっと眺めようとした。
けれどそこには安堵の色はなく。険しい顔を崩していなかった。
私達よりも、はるかに強い叔父様が……。

その視線を辿って、やっと気付いた。
身じろぎもしない朱点童子の骸から、瘴気が吹き出ている事に。

邪魔な服を脱ぐかのように、鬼の身体から出てきたのは黄川人。

あんなに、朱点童子を憎んでいるようだったのに。
あんなにも哀しそうに、半透明の身体を見つめていたのに。

全てが偽りだったの?
楽しそうに未来を語る姿も全て?

では、呪いは未だ解かれないの?
叔父様の側にいて、交神の儀をしなければならないの?

「許さないッ、父様がどんな想いで!!」

母様の怒りに同調し、間合いを詰めた。
許せない!許さない!!

穂先が、黄川人に触れそうになった瞬間、衝撃を感じた。



次に目を覚ましたときは、山を降りる叔父様に抱えられていた。

「きゃあッ」

「あ、目ェ覚めた?大丈夫かい?」
「ええ。……黄川人は?」

あの憎むべき鬼は?
暗い声で問うたらば、あの後すぐに消えたと教えてくれた。

「叔父様、ひとりでここまで来たの?」

周辺を見回し、驚いた。そこは、三合目だった。
私たち三人を抱えたままで、大江山の強力な鬼の中を抜けて。

「ああ、くらら使いまくりだけどね」

なんでもない事のように言うけれど。

確かに叔父様は、術力も私達より遥かに多い。

きっと、私とかだったら、とうに術が使えなくなっているほど、それは大変な事。そもそもくららで動きを止められるのは、ほんの一瞬。その隙を利用して、的確に動かなければならない。
親神の位の差と言ってしまえば、それまでだけど。それでも叔父様の強さに驚かされる。

そのとき、叔父様が少し笑っていることに気付いた。

「どうしたの?叔父様」
「いや、なんかその話し方、久しぶりだなって思って」

硬直する。
そうだ。まるで昔のように話していた。
叔父様は、今では当主様だと言うのに。

「あッ、申し訳ありません。当主様」
「いいよ、今だけでも、そのままでいてくれ。流石に、なんか疲れたし、ね」

叔父様も、昔のように話してくれたから、自分もつられたことに気付いた。
その好意に甘えて、そのままの口調で訊ねた。
訊くだけでも辛い事を。

「ねぇ、叔父様。黄川人、すごく強かったよね」

何も見えなかった。
飛び掛った後に、何をされたのかも全く分からなかった。

「ああ、あれはあと何世代か経過しないと、倒せないだろうね」

一太刀防ぐのが精一杯だったと付け足した。
あの叔父様であっても、それが精一杯。それほどに隔たりのある実力差。

「水月も、神様決めておいてね。睦月には蛍月に。如月には、君に交神をしてもらうから」

心臓を貫かれたみたいだった。
やはりりそうだ。私達の力じゃ、倒せない以上、交神して、強い子孫に託すしかないんだ。

「愛せる方がいいのかな。……叔父様みたいに」

その質問は掛詞。
許されぬ思いを、少しだけ口にして。

「そうだね。だから、君が自分で決めなさい。好きになれそうな方を」

貴方だけだ――と、告げてしまいたい。
でも、もう告げる訳にはいかない。

「ん……」

「蛍月も、気がついたみたいだね」

蛍月も目を覚ました。だけど――母様は?

「かあさまは?」
「ぐッ」

疑問を口にするのと、苦しげな咳が聞こえたのはほぼ同時だった。

「姉上ッ!」
「「母様!?」」

意識は、戻っていないのに、母様は血を吐いていた。
蒼白な顔色で、本当に苦しそうに。

「そうか!姉上の寿命はあと、二箇月程。寿命が近いのに大怪我を負うと、即刻、命に関わるとイツ花が言っていた」
「そんな」
「急ぐぞ、ふたりとも」


睦月になってすぐだった。

「歩けるうちは一歩でも前へ。倒れるときは前のめりにね。最後まで未練たらしく悪あがきしなきゃ、生まれてきたかいがないよ」

二箇月早く、母様が逝った。
もう、寿命だったのに、朱点童子をあと少しで倒せるからって、無理をしていたんだ。
たかが二箇月でも、私達の短い人生においては、大きい。
許さない、黄川人。いいえ朱点!

どうせ叶わぬ想いなのだから、愛などいらない。誰とでも交神するわ。
強い子を産むために、血と能力だけを考えて。



蛍月は、今月交神の予定だったから。
どうするつもりなのか訊いてみたかった。

「蛍月は、交神したい方はもう決まっているの?」
「ええ、おぼろ幻八様」

さらりと答えた相手は、風の神。
……叔父様の子を産んだ女神、おぼろ夢子様の弟神だった。

「なぜって、聞いてもいい?」
「だって、おじい様と少し似ているじゃない。おぼろ幻八様って」

え……、それって。

「好きだったわ。あの人をずっと。血も近過ぎるし、一族内では子はなせないから耐えたけど」
「いいの?それで」

蛍月は、艶やかに笑う。
双子なのに、私よりずっと大人びて見えた。

「いいの。だから、もし私の子供が双子だったら、水月は、交神しなくともいいか、当主様にお伺いするといいわ」


思わず息をのんだ。

「知って……たの」

「そりゃあね。私達は双子だもの。
貴女の事だから、黄川人への怒りで、交神を決意してそうだけど」

その通りだった。
生まれる子には申し訳ないけれど、ただの手段として行なうつもりだった。

「大丈夫よ。幻八様と夢子様は、ご自身も双子神だから、双子が産まれやすいのよ。夢子様の子である従姉妹達も双子だったじゃない。おまけに私たちも双子。きっと双子が生まれるわ」



その言葉通り、蛍月の子は双子だった。
叔父様の子も双子。現在の一族は七名。だったら許されるかもしれない。

「行くの?」
「ええ、我儘かな。……いいよね」
「平気よ。ついでに、抱いてもらっちゃいなさいよ。どうせ、子供は出来ないんだから、血の濃さも関係ないわよ」

蛍月は、とんでもない事を平然と言った。
慎ましやかな顔立ちで、何てことを。

「ちょ……蛍月!」
「冗談よ。でも少しは本気よ」

くすくすと笑っている。
確かに子はできないけれど……、そんな訳にはいかない。



「私には愛する人がおります。叶わぬ思いですが、それでも他の人に抱かれたくはありませぬ」

言えた。ちゃんと落ち着いて。

愛する人が誰か、伝えたい衝動を必死で耐える。
この人は、当主だから。
そして、夢子様をちゃんと愛しているから。

構わない、そう言って下さった。
それだけで嬉しかった。

礼を言って、部屋を退出する。
早く離れないと、叔父様にわかってしまう。

「お帰りなさい。ほら、早くこっちに来なさい。そんな顔をして」

丸わかりよ――と、呆れた顔で待っていてくれた姉に、駆け寄る。
でも、まともな言葉は出てこなかった。

「けい……うわぁぁぁぁー」

部屋に連れていかれ、散々泣き喚き、やっと落ち着いた。

そして、気付いた。
私が交神しないで済むように、蛍月が、ある意味では『犠牲』になってくれた事に。

「御免ね。私だけ……。蛍月だって、おじい様の事を」
「いいのよ、おじい様は、もう亡くなってしまったのだから。それに、幻八様も素敵な方だったのよ」

この表情になったら、姉はもう譲らない。
これ以上何か言っても怒られるだけ。

だから、もう一言だけ付け加えた。

「ありがとう。………ごめんなさい」



とうとう恐れていた刻がきた。
平均的に女の方が僅かにだけど、長く生きる。
その上、叔父様は一箇月年上。

こうなることは、判っていたけど。

叔父様は、臥せっていた。
もう、当主の指名も終わった。

一呼吸ごとに、刻一刻と、生命の炎が弱くなっていくのがわかる。

叔父様が、半身を起こす。
いえ、起こそうとした。でも、もう保つことは出来ず、倒れそうになる。

「叔父様ッ?」

慌てて支えた時、胸が潰れそうになった。軽い……こんなにも。
金の瞳が、私を見ていた。頭には、ふわっとした感触。

叔父様の手が、私の髪に触れていた。まるで幼子を誉めるように、優しく頭を撫でる。

「俺の命も魂もお前にやる。受け取るがいい」

聞き取れないほどの微かな声。聞き取れたのは、おそらく間近にいた私だけ。
息を呑む。叔父様は『お前』といった。複数ではなく私に。

そして、力が抜ける。
呆気ないほど静かに逝ってしまった。
最期の最期で、疑念を抱かせて。

……知っていたの?


もう、私も寿命だった。
双子は、こんなところまで一緒なのか、蛍月も同じく床に臥せっていた。

残り少ない時間だというのに、実感は湧かなかった。
寧ろまるで子供のころのような錯覚を受ける。
天界で、姉とよく語り合っていたあの頃のような感覚を。

「ねぇ、蛍月。叔父様は知っていたのかしら」
「そうかもね。あの鈍い人が、貴女にだけ伝えて逝ったんだから」

姉にだけは、叔父様の遺言をそのまま伝えた。
叔父様の娘である従妹たちや一族には言い換えた。『お前』を『お前たち』に。

「それだったら、伝えておけば良かった。損したわ」

ずっと抑えていたのに。
あの人は、穏やかで優しい笑顔のまま逝ってしまった。

「それも、面白かったわね。
ふふふ、どう水月?天界でお父様に言ったこと、今でも、そう思っている?」

『運命なんかに全てを決められるなんて嫌。私は、自分で選択したいの』

父様に告げたことは、勿論変わらない。
流されるなんて嫌だった。自分で決めたかった。

「ええ、当然」
「あらら、そうなの」

こんな運命を与えられたことは、今でも認められない。
それでも、この生を嫌ってはいない。

「でも、運命とやらのおかげで皆と会えたというのなら、米粒ほどは、感謝してやってもいいわ」

優しい祖父や母や姉という大切な家族と会えたから。
いつしか惹かれ、愛した金の瞳の叔父に会えたから。