勿忘草

───── アナタの中の俺を、殺して下さい。
 
 
最初で最後かも知れない、本気のワガママ。
とうとう頷いてはくれなかった人を思い出して、カカシは面の下でふわりと笑う。俺を忘れたあの人が笑っていると思えば、泥の底を這いずっても血の闇に蹲っても、自分は里のために強くあれるだろう。
今でも心の奥を温めるその面影は、けれどもう遠いものでなくてはならなかった。
「…出るぞ」
カカシの素っ気ない号令に、微かな気配が次々と夜を駆けていく。
 
僅かに遅れて、銀の光が奔った。
夜の底へと獲物を屠るために。
 
 
 
 
「…へぇ、新人ですか。」
「いつまでも年寄りを働かせるワケにもいかないだろう?」
五代目の執務室に呼び出されたカカシは、綱手のそのセリフに苦笑した。実年齢を考えれば目の前に座る彼女に年寄り扱いされるのは業腹だが、覚えている限りでその姿が変わらない若々しさを思えば、仕方がないようにも思える。
結局のところ火影の名を継ぐ者に自分は弱い。自分にとって『火影』はただ一人だけれど、それでもあの人の名を継ぐ者だから敢えて逆らおうとは思わない。まあそれだって他と比べれば不遜な部類に入るだろうが。
「いーですけど、使えるのにしてくださいね、五代目。」
一から教えてるヒマないんで、と釘を刺す。
綱手はカカシのそのセリフに、「だからお前を呼んだんじゃないか」とヒトの悪い笑みを閃かせた。カカシが眉を顰めると、猫のようにその笑みが深まる。
「なに、写輪眼のカカシが自ら試験をすると言ったら、それだけで願書を取り下げるヤツが多くてねぇ。」
おかげで少しは手間が省けたよ、と笑う綱手に、カカシの背が一層丸まった。人の名前だと思って安売りしないで欲しいが、ある意味最も効果的だとは言えるだろう。そのあざといほどのやり口は確かに成功しているわけだし。
「やり方は任せるからね、好きにおやり。」
どうせ反論したところで聞き入れられはしないと既に学習しているカカシは、足掻くだけ無駄と肩をすくめる。
「じゃ、俺と一対一で傷を付けられたらってことで?」
「…入れる気ないのかい、お前…」
「んー、じゃ、まあそこそこやり合えたら、にしまショ。」
それでも相当妥協している、と視線に乗せると、仕方ない、と綱手がひらりと手を振って了承の意を示した。
「それでいい。なるべく早く済ましとくれ。」
使えないなら使えないで、また別口を考えなきゃならないからね、という綱手のセリフは身も蓋もないが、確かにそれはその通りで。
「…御意。」
短い返答を残してカカシが消える。
微風すら起こらないその瞬身に一瞬目を見開いて、「あの子も一端の上忍らしくなったじゃないか、アタシが年取るハズだよねぇ」と思ってもいないことを呟くと、五代目火影はクスリと小さく笑みをこぼした。





To be Continued >