勿忘草 二
底なしの夜がぽかりと口を開けていた。
昨日は細い針の先のようだった月さえ、今日は見えない。僅かな星明かりも届かないざわめく森は、里境をぐるりと囲むように続いている。
木の葉隠れの名は里を興した初代火影が木遁の術を得意としていたためとも言われているが、里を覆うように広がる深い森の中でもとりわけ闇が深いのは、火影岩を越えた里の北側に広がる一帯だ。岩山の麓から見渡す限り鬱蒼と続く森は、一部を暗部が演習場として使う以外、あまり立ち入る者もない。
それ故にその森を「入らずの森」という。
その森の始まる手前。火影岩の裏手にそびえる岩山の天辺にカカシはいた。
綱手の呼び出しから三日。任務の合間を縫って都合を付けた日程は、お誂え向きの新月の晩に当たった。暗部が活動するのはほとんどが夜、しかも闇夜であるのが望ましい。であれば当然ながら、それと同じ状況の方が向き不向きも分かりやすいというものだ。
今夜は三人の候補がカカシの前に現れる予定である。試験の内容は簡単で、この森の中に身を潜めている候補者達をカカシが捕まえるという、いわゆる「鬼ごっこ」だ。子供の遊びにも似ているが、それを行う者が上忍や暗部であればそれこそレベルが違う。
まして今回は暗部の入隊試験ということもあり、「鬼を殺してもよい」と言い渡してある。さすがに里に近すぎるので起爆符や毒の類は止めておいたが、それ以外の武器の使用については無制限に許可した。つまり実戦に限りなく近い形で、というカカシの意見は通ったことになる。
手っ取り早く使える人材を確保したいのに、現場に出てから使えないのを寄越されたら話にならない。ならば選ぶ段階からそれを考慮に入れなければダメだ。制限時間いっぱい身を潜めるも良し、逃げ切るも良し。或いは戦闘において自分の眼鏡に適えばそれも良し。どの方法が良いかは各個人の能力と適性によって異なるだろうが、それを自分で選択できないようでは生き残れまい。
さてどんなものか、とカカシは銀色の髪をがしがしと掻きやった。
ちょっと見た限りでは、まあ可もなく不可もなく、といったカンジだった。敢えて言うなら「写輪眼」の名に緊張気味だった一人が気になるくらい。
暗部を希望するからには応分の自信はあるだろうに、緊張を面の内側に隠しきれない様子が仄見えた。あれではおそらく実力の半分も出せずに終わるだろう。それほど己の名はブランドだったか、と思えば面映ゆいよりも苦さが先に立つ。
「…あぁ、一人面白いのがいたねーェ…」
カカシを前にして、ぴり、と僅かに緊張を奔らせた男がいた。張り詰めるでなく緩むでもなく、静謐な雰囲気をそのままに奥底だけが滾っていくようなその気配に、これは使える、と直感で思った。
直感が当たっていればいい、とカカシは溜息をついて「入らずの森」を眺めやる。
現有のメンバーのみで任務を回すのにも限界がある。まして他国からの侵入も極端に増えている今、五代目に念を押されるまでもなく人員の補充は急務だ。むしろ現場を知る者の方がその緊急性を肌で感じている。
「ま、やってみましょーかぁねー…」
やる気なさげにぼそっと呟いたカカシは、ひょい、と岩山から飛び降りた。
更なる闇を抱えた、森の奥へと。