勿忘草 四
最後の一人の気配はひどく稀薄だった。
そういえば、とカカシは試験前に見たはずのその男を思い浮かべる。自分が普段からそうだから大して気にも留めていなかったが、目の前にいたときからその気配は薄かった。意識してそうしていたというなら、それだけでも合格をやって良いかも知れない。
ひたり、と大樹の梢で動きを止めたカカシは、面の内で両眼を眇めた。
「…ふぅン…」
ほんの微かに残る気配は、自然に見えてその実不自然に配置されている。注意深く探れば、その配置は見憶えのあるカタチを描いていた。
──────破軍七曜陣。
高等結界忍術の中でも指折りの威力を誇るそれは、完璧に機能すれば、如何な大軍でも全滅すると言われている。
『破軍の陣』と言われる所以。
「いたんだ、コレを使える奴。」
カカシも実物を見るのは初めてだった。結界忍術はそもそも高度なチャクラの調整と維持が不可欠だから、生半可な技術で施せるモノではない。
しかもこの技は。
「伝説じゃなかったとはね。」
初代火影の編み出したものと言われ、今ではほとんど知る者もないというシロモノだ。千以上の技をコピーしたと言われるカカシでさえ、以前に書物でちらりと見かけたに過ぎない。
考え込むように拳を口元に当て、親指の先だけで顎を辿る。その肘を軽く支えた右手の人差し指で、ゆっくりとベストの脇腹を弾きながら数を数え、はて、とカカシは首を傾げた。
曖昧な記憶しか残っていないが、それが確かなら結界の核は七カ所あるはずだ。
ところが。
森の木々の隙間に点在するチャクラの気配は、全部で六ヶ所。七曜の名は施される結界の数によるものではなかっただろうか。巻物に描かれていた形は確かそうだった、ともう一度見直しても、探れる気配は六つしかない。
んー、と首を捻ったカカシは、がりがりと頭を掻いて溜息をついた。
「もしかして、俺って挑戦されてる?」
これが完全な布陣なら無駄な手出しをせずに、カカシは合格を決めるだろう。それだけの完成度を持つ陣だ、この術は。それはあの男も重々承知していることだろう。そして推測だが、多分完璧な結界をそれと知らせずに張ることもできたはずだ、とカカシは思う。敢えて不完全な結界を敷くのは、敵にそこを突かせたいからだ。明らかに、この陣の施術者は試験官たるカカシを試している。
この陣を読めるか。
意図された綻びに気づくか。
更に結界の糸を解いて自分を捕らえることが出来るか。
「…面白い。」
カカシがすっと面を上げた。
露わにした両眼の底が静かに燃え、赤と青の炎を宿す瞳はひたりと闇の奥を見据える。
カカシはくつり、と喉の奥で笑った。
はたけカカシの名に懸けて、この陣を破る。
木の葉最強の名を、負い続けるために。