この肉体(からだ)が朽ち果てても
逃げられなかったら
貴方は
────詮ないことを聞いた。
シュゥン、と小さな音を立てて扉の閉じる音に、ふっと力が抜ける。そのままずるりと凭れるように背を預けて、オラトリオは瞠目した。
きっと扉の向こうでは───《ORACLE》では、自分の片割れが困り切った顔をして俯いているだろう───困らせたいわけではないのに。
薄暗く照明の落ちた通路はひんやりと静かだ。男のついた溜息だけが小さく空気を動かす。
『俺がいなくなったら、お前は───』
どうもしないさ、と心の裡で呟く声がした。『俺』がいなくなっても《ORACLE》は残るのだから。例え自分を犠牲にしてでも、俺は《ORACLE》にはならないのだから。それがせめても、スペアとして造られた自分への意地だ、とオラトリオは思う。最後の一瞬までロボットであり続けること、『オラクル』を守り通すこと。それこそが今オラトリオを支えている矜持だった。
───絶対に、思うとおりにはならない。
くつくつと低い笑い声が漏れる。考えて欲しい訳じゃない、考えられるとも思わない。多分幾度問うても、オラクルは困惑と根元的な恐怖に萎縮するだけだろう。それでも。
─────ヒトの掲げる正義が、何にもならないと気づきはしないか?
そんな微かな期待とも言えぬものが、オラトリオにその言葉を投げさせる。
人智の限りを尽くして築きあげた虚飾の塔───The Tower of Babel───
自分たちにそれを護れと言う《神》こそが、破壊者となるこの矛盾をお前ならどう考えるのか。回路が灼け落ちそうな二律背反〈アンビバレンツ〉に、男が自嘲した。ヒトに従う者と造られた自分たちにヒトに逆らう術を持たせる、その滑稽さと残酷さに気づいているのか、と。
────お前は、考えなくて良い。
オラトリオは、小さくそう囁いた。どこか祈るように───縋るように。
そうと造られた自分は耐えられる。まず創造主たる者こそを疑えと、そう造られた自分は。けれど、オラクルは────神の言葉を疑うことを知らない、神託の主は────信じよと造られたあいつは。
きっと耐えられない、この罪には。
────それとも。
「狂って、くれるか…?」
答えの返らない、その言葉だけが。
誰もいなくなったそこに、沈んで残った。
正義や現実など今更
何にもならないって気づいて
狂気を見せてよ