Prayer〜祈り〜

 
 投げ出された体、汚れた手足。解けた髪、虚ろな宝石の瞳───
 砂埃の中に投げ出された『それ』に、マリエルはこぼれそうに大きな瞳を見開いた。目の前に倒れたその体はHFR(ヒューマンフォームロボット)───世界にも未だ数少ない科学の奇跡、名だたるA-NUMBERSの一人、A-N〈Ni−hao〉のものだった。
 「ニーハオ!!」
 揺すられても身動きすらしない機体に縋りながら、懸命に見上げた先に人影を見る。逆光に遮られて顔は分からないが、小柄なその人がニイハオをこうしたのだと、朧気ながらも察せられて。目を逸らしてはいけないのだ、と泣きそうになる自分に言い聞かせる。恐くて逃げたいけれど、彼女の中の何かが負けてはいけないのだと囁く。
 出会ったばかりだけど、優しくしてくれた。一緒に遊んでくれた。そして何より、大好きな雷電と同じHFR───大好きな人をこんな風に傷つけて、モノのように扱う、そんな人は大嫌いだ。 
『なっきむしだよなぁ、マリエルは。』
 呆れたような弟の声を思い出す。乱暴でいじめっ子な双子の弟。それでも彼女を泣かせるヤツには、たとえ年上の少年にだって向かっていってくれる優しい弟の声が不意に浮かんで、マリエルはぎゅっと目をつむった。
 『泣いたら負けなんだぜ?』
 ぼろぼろにやられて、それでも全然泣かなかった。キズだらけになった弟の得意そうな顔が、つぶれそうにイタイ心の中にほんの少しだけ暖かく、マリエルを勇気づける。
 『ぜったいぜったい負けるもんか、って睨んでるウチは絶対負けじゃない。』
 大きく息を吸って、吐いて。マリエルは閉じていた瞳を思い切って開けた。
 (ぜったい負けない。)
 弱虫で泣き虫だけど、絶対逃げない。置いていったりしない。
 (だから、死んだりしないで。)
 深い臙脂の上着をきゅ、と小さな手で握りしめて。
 マリエルは顔を上げる。動かない体、見開いた瞳。硬く投げ出された肢体はそれでもほんのり温かい。絶対離さないから、戻ってきてほしい。
 その祈りはどこへ届くだろう。
 


〈BACK〉