制御室の護衛兵を地上軍の兵に任せて、カイル達がずんずんと

    中へと入っていくと、その姿はあった。


    「ようやく来たか・・・。」

    「バルバトス!やっぱりお前か!」


    コントロールパネルの前に立っていたバルバトスは、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。

    チリ、との体が熱くなるが、彼女は自分の腕を押えてそれに耐えた。

    どうしても、バルバトスに対する憎しみが暴れだしてしまうようだ。

    けれど、以前よりは自分を押えられるようになったはず。


    「・・・。」

    「平気。もう変なマネはしないって。」


    ジューダスには依然の醜態を見られているだけに、余計な心配をさせてしまっている。

    大丈夫、とがもう一度言うと、彼はそれ以上何も言わなかった。


    「もう俺は歴史にも英雄にも興味はない・・・。俺の目的は・・・カイル=デュナミス、貴様を倒すことだけだ!」


    戦斧を振り上げ、カイルめがけて突進してくるバルバトス。

    カイルは素早く剣を抜き、それを真っ向から受け止めた。

    ギィン!という剣と剣がぶつかり合う音があたりに響く。


    「プリズムフラッシャ!」


    杖をかざしたハロルドが晶術で牽制し、いったんバルバトスを後ろへと下がらせた。

    そして彼女は一歩前へ出て、真正面からバルバトスへと不敵な笑みを浮かべる。


    「なるほど、あんたは生まれ変わったとしてもディムロスに勝てないわけだ。」

    「・・・なに・・・!?」

    「ディムロスみたいに信念も持たず、ただ敵を求めるだけなんてさるでもできるわ。

     あんたは尻尾まいてディムロスから逃げただけ。

     どうせやるなら最後まで歴史を変えてやるってあがきなさいよ、みっともない。」


    ハロルドの痛烈な言葉に、顔をゆがませていたバルバトスだったが、彼はやがて

    口元にいやらしい笑みを浮かべながらハロルドを見下げる。


    「フッ、歴史を変えたいのはほかならぬ貴様ではないのか?

     ・・・ハロルド=ベルセリオス?」

    「何ですって?」


    思ってもみなかった言葉に、ハロルドはつい晶術を詠唱を止め、怪訝な顔でバルバトスを見遣る。


    「・・・!っ!」

    「わかってる!」


    ジューダスの声を合図に、二人はこれからバルバトスの口から出てくるであろう言葉を

    食い止めるべく、攻撃を仕掛けた。

    そして彼らの意図を察した仲間たちもそれに加わり、ハロルドは再び

    晶術の詠唱に入る。

    彼女はバルバトスの言葉を聞き入れる気はさらさらなかったようだ。

    だが、そんなことでこの男が止まることはなかった。

    カイル達の攻撃を受け流しながらも、彼はなお続ける。


    「貴様の兄、カーレル=ベルセリオスはミクトランとの戦いで刺し違えて死ぬ。」

    「・・・・・・。」

    「どうした?今すぐ向かえば十分間に合うぞ?さぁ、あがいてみろ、

     歴史を変えてやるとな、ハーッハッハッハッハ!」


    バルバトスの言葉に、動揺しているのか、それともただ呆れているのかわからないが

    ハロルドは詠唱を止めようとはしない。


    「バルバトス!貴様!」

    「そうだ、その目だカイル!憎しみに満ちたその目を俺は待ち望んでいた!

     それでこそ殺しがいがあるというもの!さぁカイル、かかって来い!俺の乾きを癒せ!」


    嬉々としてカイルの剣を受けるバルバトスの顔は狂気に満ちていた。


    ―――あれはもうひとじゃない。


    何か冷たいものが背中に流れたような気がしたのは、だけではないはずだ。




    「――・・・、あんた晶術避けられるのよね?」


    いったん後方へと下がったに、ハロルドはいつもと変わらない口調で言う。

    明らかに無理をしているのが目に見えてとれるが、それを指摘することなど誰にも出来ない。


    「まぁ、一応は。」

    「んじゃっ、一発ドでかいのをかましちゃうからヨロシク〜。」

    「了解。」


    前衛3人、中衛1人、後衛2人でバルバトスの動きを止めるようにする。

    そしてハロルドの詠唱が終了する間際、一人、また一人と晶術の範囲外へと出て行き

    最後にはとジューダスだけとなった。


    「(ジューダス!早く!)」


    だががいくら合図を送っても、彼は何も応えてはくれない。

    このままでは彼までハロルドの晶術に巻き込んでしまう。

    そうこうしている内に、周囲にはレンズの力が凝縮されていき

    パリパリと電気を帯びた空気が周辺を包み込んでいく。

    まずい、と思ったときにはもう遅かった。


    「裁きを受けよ、ディバインセイバー!」


    龍のような雷がバルバトスに向かって集束していく中、はジューダスの手を取って

    何とか晶術の範囲外にまで避難する。


    ・・・説教してやりたい。


    しかし今はそんな悠長なことを言っていられる状況ではないため

    彼女はため息だけついて、口を開こうとはしなかった。




    「ぬるいわァ!」


    あの雷の中で無傷とまではいかなかったが、バルバトスに致命傷を負わせることは

    出来なかったようだ。

    カイル達は武器を構えなおし、反撃に備える。


    「ぬるいのはアンタよ!シャイニングスピア!」


    バルバトスが戦斧を振り上げた瞬間、どこからともなくあらわれた白い剣と槍が

    彼の身体を貫いた。

    さすがの彼も油断してしまったのか、避けきることも出来ずその場に膝をつく。


    「敵を騙すにはまず味方から、ってね。ゴメンね〜囮にしちゃって〜。」


    ハロルドは軽くとジューダスに謝罪するが、全く誠意が感じられない。




    一方、まんまと罠にかかったバルバトスはといえば、まだ立ち上がれる状態ではなさそうだ。

    彼の身体を貫いた刃はもう消えているが、傷口からはどくどくと血が流れ続けていた。


    「・・・兄さんの覚悟を汚させはしないわ。私の覚悟も、ほかの皆の覚悟もね。」


    これ以上の歴史介入を防ぐため、何より誇りのために。


    「・・・―――・・・――――――――・・・。」

    「?何・・・。」


    ぐにゃり。

    目の前にいるバルバトスの姿が歪み、段々と薄くなっていく。


    「この時代では駄目だ・・・もっと・・・もっとふさわしい場所を・・・!

     カイル=デュナミス!時を越えた先・・・神の眼の前で待っているぞ・・・!」


    その瞳にはカイルしか見えていない。

    バルバトスは自分の身体が消える最後まで、その視線を逸らそうとはしなかった。

    彼の姿が完全に見えなくなると、カイルは大きく息を吐いて剣を鞘へと収める。


    「結局逃げられたか・・・。」

    「いや、奴にはこれ以上の手出しは出来まい。放っておいても良いだろう。」


    あれほどの深手を負わせたのだ、癒すにしてもある程度の時間をかけなければ

    満足に動けはしない。



    残る問題は――・・・。



    「ハロルド・・・。」



    気遣わしげに、カイルは彼女の名を口にした。

    当然と言えば当然で、彼女の表情はいつもの数倍硬い。

    ハロルドはしばらく何も言わずに一点を見つめていたが、すぐにコントロールパネルの

    端末を操作し始める。


    「ロックをかけておかないとね。またベルクラントを起動されちゃたまんないから。」


    まるで自分を奮い立たせるかのように、キーボードを叩くハロルド。


    「ハロルド・・・その、さっきバルバトスが言ってたこと・・・。」

    「・・・言ったでしょ。たとえ未来を知ったとしても、それを変えるつもりはないって。

     私は自分のやるべきことをする。・・・それだけよ。」


    彼女が言い終わると同時に、管制室内の明かりが薄くなる。

    以前侵入した時のように必要最低限の電気は通してあるようだ。


    「終わったわ。さ、行きましょ皆。ミクトランのいる玉座の間へ!」


    管制室を出ると、天上軍の兵も警備モンスターもいなくなっていたので

    余計な時間を取らずに済んだ。


















    正直、誰もが複雑な心境だった。

    カーレルの死はカイル達にとって必要な事だが、ハロルドは勿論ほかの地上軍の

    仲間たちにとっても、そう簡単に受け入れられることではない。


    けれど、どうすることも出来はしない。


    (・・・覚悟、か・・・。)


    カーレルの死は既に決まっていることであり、何よりハロルドも、そしてカーレル本人も

    歴史の改編など望みはしないだろう。

    カーレルは逃げないと言った。

    そしてハロルドは覚悟を汚させないと言った。


    (覚悟・・・。)


    たとえば、剣を持って戦う覚悟。

    は人間でも、モンスターでも必要であれば斬る。

    だがそれは同時に自分の命も常に危険に晒されるということだ。

    それも一つの覚悟、だとは思う。

    人はそれぞれいろんな覚悟を胸に秘めて生きている。

    おいそれと他人の覚悟を汚すような真似は許されない。



    ―――・・・だから、静かに見守らなければならない。



    玉座の間へたどり着いたときには、もうディムロス立ちとミクトランとの決着は

    つきかけていた。


    カーレルの剣がミクトランに止めの一撃を加え、その身を貫く。


    「ぐっ・・・ふっ・・・私とて、天上の王と呼ばれた男・・・ムダ死にはしない!」


    せめて目の前にいる人間だけでも、と最期のあがきであったのか。

    ミクトランが何をしようとしているのか、彼にはもうわかっていた。

    ズッ、と肉を貫く音がする。

    不思議と痛みは感じない。

    痛覚だけではなく、身体中の器官がマ麻痺たかのように反応がなかった。

    けれど、ミクトランが崩れ落ちるように倒れる姿だけは、はっきりと確認することが出来た。


    大丈夫だ。

    この男さえ倒せば長く続いてきた戦いに終止符を打つことができる。

    もう誰も犠牲になることはないのだ。



    何の後悔もない――――・・・。



    そう思って目を閉じようとすると、カーレルの脳裏には小さい頃の妹の姿が見える。

    妹は泣いていた。



    「兄さん!しっかりして兄さん!」



    ああ、そういえば小さい頃はよく他の子にいじめられていたな。


    ハロルドは昔からその天才ぶりを発揮させ、周囲の人間から変人扱いされてきた。

    その度にカーレルは優しく妹の頭を撫でて慰めていたものだ。



    どうしたハロルド?

    なに泣いてんだ、・・・また誰かにいじめられたのか?

    安心しろ、兄ちゃんが守ってやるから。

    いつも一緒にいてお前を守ってやるから。


    これからもずっと。



    「兄さん!兄さんっ!」



    泣きじゃくるハロルドとは反対に、カーレルの表情は最期まで穏やかだった。























    (ああ、なんて穏やかな顔で逝くんだろう・・・。)


    彼らから少し離れたところで、はボーっと二人を見ていた。

    あの人は、地上の人々や何より大切な妹が戦わずに生きていく世界を

    大事なものを守れたから安心して逝くことができるんだ。


    昨日も見たカーレルの穏やかな横顔を思い出した。

    あの温かい手、声、後姿。


    ああ、思い出さないようにしていたのに。


    知らないうちに目が熱くなるのに耐えていると、ふとは視線を下ろす。

    それはあまりにも自然で今の今まで気付かなかったけれど。


    「・・・・・・。」


    冷たい手だったが、逆にそれが心地よかった。

    何かに耐えるように、その手に力を入れれば、また強く握り返される。


    (・・・余計に泣きそうだよ。)








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    ―――――――――――――――


    ん?最後に更新したのはいつだったか・・・。
    やっぱし一度データが消えたのがキツかったな・・・。

    いや、その、ホントすんません。

    といいますか、どうも糖度が低いですね。
    ようやく手をつなぐって。